【続】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王様に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)

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聡一朗、家出する 

第5話

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 ルオがにっこり微笑むと、護衛の2人もクロトも跪く。
 聡一朗も慌てて頭を下げようとしたが、ルオにやんわりと制止された。

「言ってくだされば、お迎えにあがったのに……」
「いや、ただの見学です。ブラブラ見て帰るつもりでしたから」
「そうはいきません」

 苦笑いを浮かべながら振り返ると、クロトとミカが狼狽えながら頭を垂れている。聡一朗が戸惑いの目を向けていると、ルオが小さく笑った。

「地獄ではどうか知りませんが、天国では神の愛し子は尊き存在です。戸惑うこともあるでしょうが、彼らの反応は普通なのですよ?」
「いやいやいや、止めて下さい。俺は普通のおじさんです」

 仰け反りながら言うと、ルオから諫めるような目を向けられる。眉根が寄るとルオは悩まし気な顔になるが、それはそれで迫力があった。

「34年しか生きていないのですから、我々からすると赤子のようなものです。しかも聡一朗様は、あのお方にそっくりです。天国の者ならば、跪かずにはいられません」
「あのお方?」
「神です」

 聡一朗の脳裏に、神の姿が浮かんだ。

 早期退職して遊び歩いている様な雰囲気の彼に、自分は似ているらしい。
 垂れ目でイタリア系のイケオジのような容姿だ。似ても似つかない気もする。

 何とも言えない顔をしていると、ルオがお手本のようなビックスマイルを浮かべた。

「うちに来ませんか?娘をお見せしたいです」
「え?俺が?」

 聡一朗の問いに答えないまま、手を引かれる。半ば強引に引っ張られながら、聡一朗はクロト達に手を振った。



________


(聡一朗が、泣いていた?)

 大事にしていたはずだ。そう思いながら、獄主は唇を噛んだ。

 無理してはいけないと、庭の手入れは鬼たちに任せた。勿論彼が好きな花をちゃんと聞いて、鬼たちに植えさせたはずだ。

 聡一朗は人知れず無理をする癖があるからフウトとライトも側につかせ、無理をしないように見張るよう指示した。

 生前無理をしていたから、これからは甘やかそうと思っていたのだ。


「なのに何故、泣いていたんだ?」

 執務室で独り呟く獄主に、誰も声を掛けられない。トウゴが独り言の様に呟いた。

「お子が出来ないことを、嘆いていらっしゃったのでしょうか」
「……子供?」
 獄主は思案するように唇を擦った。違和感が頭を擡げる。

「子が出来ないから落ち込んでいるのだとしたら、それは大きな間違いだ」

 言いながら、怒りが湧いてくる。
 自分自身の感情表現の疎さは、理解していたつもりだったが全然伝わっていなかった。

 獄主は側で控えているコウトとトウゴを見遣る。

「コウト、トウゴ、私の世継ぎを望むな。心配せずとも、誰かが獄主を継ぐ。聡一朗が子を成せずとも、私の隣は聡一朗しか考えられん」
「……勿論でございます。我々は獄主様と聡一朗様の幸せを望みます」


 フウトとライトは、お互い顔を見合わせる。
 獄主は未だ硬い表情のままだ。ここにいない聡一朗の事を想っているのだろう。

 2人して、達観した様に小さく頷いた。

(尊いかよ……)



________


 一方、薄水色のベビーベッドを覗き込みながら、聡一朗は尊死しかけていた。

「はわぁあああ、可愛いぃいい」

 正に天使のような可愛さ。ルオの子供はきゃいきゃい言いながら手足を動かしている。
 聡一朗に向けて喃語を繰り返す赤子に、これでもかと眉を下げる。

「おしゃべりが上手だねぇ。うんうん」

 コーヒーの準備が出来ているが、聡一朗はベビーベットから離れようとしない。
 ルオの側近が眉を跳ね上げて、ルオに小声で話しかけた。


「獄母、どちゃくそ可愛いっすね」
「……言葉遣いに気を付けろ」

 小声のやりとりも慣れているのか、側近はすぐさま表情を切り替える。何もなかったように、行儀のいい笑みを浮かべた。

「聡一朗様、お茶の準備が出来ております」
「ああ、すみません」

 聡一朗は引かれた椅子に腰を掛けると、出されたカップを見つめた。またしてもコーヒーだ。自然に頬が緩む。

「もうすぐ妻が来る。ゆっくりしておいてくれ」
「妻?」

 聡一朗がカップに口を付けていると、奥の部屋から男性が出てきた。妻、と呼ばれていたのは、彼の事なのだろう。

(日本人だ。しかも男の人……)
 年は多分、聡一朗より少し上だろう。黒縁眼鏡を掛けた、優しそうな男性だった。
 学校の先生にいそうなタイプだ。

 男性は聡一朗を見ると、にっこりと微笑んだ。ルオが満面の笑みで、男性を迎える。

「明さん、体調は大丈夫?」
「大丈夫だよ」

 明さんと呼ばれた男性はルオの隣に座り、ペコリと頭を下げた。聡一朗も習慣的に頭を下げる。

「聡一朗さん、お話は良くルオさんから聞いています。僕の名前は明です。田畑明」
「初めまして。霧谷聡一朗です」
「見たところ年下かな?僕は39歳だけど……30歳くらい?」
「くっ!明さん良い人だ……!34歳です」

 明と聡一朗が笑い合っていると、赤子が泣き始めた。目の前に誰も居なくなったのを不安に思ったのかもしれない。
 聡一朗が狼狽えていると、ルオが立ち上がった。

「マキは僕が見ているから、母同志お話していて良いよ」

 百点満点のウインクをして、ルオはマキを連れて部屋を出ていく。明はルオに笑い返すと、聡一朗にも笑みを向けた。

「僕はひとつ前の候補者でね。今では三人の子供がいるんだ」
「ええ!?すごいな……」

 言いながら、聡一朗の胸が疼いた。

 天国の母である明は自分の立場をしっかり理解して、役割を果たしている。それに比べて自分はなんだろう。

 無意識のうちに溜息をついてしまい、明から心配そうな目を向けられる。
 聡一朗は居た堪れなくなって、口を開いた。

「……明さん……俺は、全然覚悟が出来てなかったんです。地獄の長の伴侶なのに、色んな事に戸惑いを感じてしまって……駄目ですよね」
「……」
「大事にされていることも、素直に受け入れられない。本当にダメダメだ……」


 聡一朗が零していると、明が大きく溜息をついた。

 明は眼鏡を掛け直して聡一朗を見据える。
 途端に教師のような顔になり、聡一朗は進路指導室に来ている学生の様な気分になった。

「霧谷聡一朗くん」
「は、はい!」
「君と、獄主の一連の出来事は、ルオから聞いているよ」

 明が手の平をテーブルに叩きつけ、衝撃でずれた眼鏡をまた掛け直した。聡一朗はその迫力に、少し身を反らす。

「いいかい、獄主のやり方は非常に良くなかった。非合法的とも言っていい。君が逃げられないように囲って、無理矢理とも言って良いぐらいだ。普通の男女として考えてみなさい。女の子を手に入れたいがために妊娠同様の状況にさせるなんて、鬼畜以外の何物でもない」

 急に捲し立て始めた明に圧倒されるが、色々勘違いしている部分が多い。
 慌てながら、聡一朗は口を開いた。

「いや、普通の恋愛と比べるのはどうかと……。選ぶ側と選ばれる側でしたし……」
「君は、選ばれるのを望んでいたかい?初めの頃は、どうだった?」
「……い、いや、最初の頃はそりゃ、選ばれたくなかった、です」

 友人関係を結んでから、見事にゴロゴロと転がっていった感じはあるが、最初の頃は候補からも外れた気でいた。
 勿論それが悲しいとも思っていなかった。

「聡一朗くん。僕はね、最初からルオを愛していたよ。候補者って普通そうなんだ。彼に選ばれたときは、心の底から嬉しかった」
「お、俺も、戸惑いましたけど……結果的には嬉しかったというか……」
「望んで望んでゴールインと、戸惑ってゴールインでは、後々の心もちが違うのは当然だ」

 本格的に叱られている生徒の気分になってきた。
 聡一朗が口を引き結んでいる間も、明の口は止まらない。

「しかも獄主は、君が愛し子だと途中から知っていたんだよ?自分が花嫁に選ばなくても、君には神の愛し子としての未来が待っていたんだ。聞いてる!?聡一朗君!」
「は、はいっ!!」
「君はもう少し怒っていいんだ!獄主には君を囲い込んだ罪を、一生かけて償っていく責任があるんだよ!!」
「は、はいっ!!」

(とは、言われましても……俺、何に対して怒れば……)

 聡一朗が黙り込み、明がふぅっと息をついた。すっきりした、という顔をしてにっこりと微笑む。

「とはいえ、君が獄主を愛しているのは分かる。獄主がどれだけ君を大事にしているのかもね。結局僕が言いたいのは、聡一朗君が抱えている戸惑いは、至極普通ってことだ」
「え?普通……?」
「……僕は6ヶ月間の候補者期間でルオを愛し、彼の子供も授かりたいと願っていた。君は候補期間も半ばで獄母候補になってしまったんだから、心の準備が出来てないのも無理はない。あとはパートナーと良く話し合う事だ。何の事を言っているか、もう分かるね?」
「……はい」

(す、凄い。全部見破られている)
 さすが天国の長の奥さんは、滅茶苦茶人が出来ているようだ。
 自分の気持ちを察してもらえるなんて、こんなに嬉しいことは無い。つい涙腺が緩んでしまう。

 聡一朗が袖で目を擦っていると、眠りこんだマキを連れてルオが帰ってきた。
 マキを抱き込んでいるルオは、愛しさに溢れた瞳で赤子を見ている。

 聡一朗の脳裏に獄主が過ぎり、胸がぎゅうっと締め付けられた。
 許可は取って出かけたものの、天国には大分長居してしまっている。

「俺、帰ります」

 聡一朗はそう言うと、席を立った。ベビーベッドの側で、ルオが少し寂しげに微笑んでいる。

「またおいで。天国の者達は、みんな君の味方だよ」
「……ありがとうございます」

 めいっぱいの感謝の気持ちを込めて、聡一朗は微笑んだ。
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