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最終章
たくさんの嘘と、秘められた真実 4
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「ど、どうして?天国だよ?天主の花嫁候補だよ?」
「天主さんがどんな人か知りませんし、俺はこっちが合ってます」
困惑するルオに、聡一朗は頭を下げた。
「ルオさん、心配してくれてありがとうございます。でも俺、ここでの最後の期間をしっかりじっくり味わいたいんです。仲のいい鬼も増えたし、まだやりたい事も残ってるし……」
「で、でも、花嫁に選ばれなかったら、君は……!」
「だからこそ、悔いの無いように、です!」
鼻息を荒くしながら言うと、突然笑い声が響いた。天蓋の布を掻き分けて、リュシオルがドカリと寝台へ座る。
「やっぱ、聡一朗は面白いわ~」
突然現れたリュシオルに、テキロと護衛のハロルは跪いた。ルオは驚いた後、悔しそうに顔を歪める。
聡一朗はポカンと開いた口のまま訊ねた。
「ああ、あなたは……いや、名前は知らないけど……」
「リュシオルだよ。やっぱり聡一朗は、僕らの元に連れて帰る」
(今度はどこだよ……)
聡一朗が項垂れていると、ルオがリュシオルを見据える。聡一朗の手は握られたままだ。
「リュシオル様、聡一朗さんを後継者として連れ帰るのは早急ではありませんか?もう少し私たちの世界に慣れさせてから……」
「いや、遅すぎるくらいだよ。もう何度も迎えに行こうと思ってたんだから」
リュシオルに髪を撫でられ、聡一朗は仰け反った。思えばルオに手を握られているのもおかしい。
慌てて離すと、ルオとリュシオルを交互に見る。今更ながら混乱してきた。
「ち、ちょっと、状況の整理を……」
寝台の奥の奥までズルズルと後ずさりすると、壁にぶつかった。
(壁?壁なんかあったか?)
聡一朗が首を傾げていると、ルオが壁に向かって睨み付けている。
「……マダリオ。少なくとも地獄には、置いておけないぞ」
(マダリオ!ってことは、この壁……エンか!!)
後ろを振り向けない。というかいつからそこに居たのだろう。
先ほどまで自分の痴態を恥じて身悶えていたのに、獄主の顔など見たら憤死してしまう。
「聡一朗は、私の嫁だ」
「マダリオ!いい加減にしないか!」
ルオが立ち上がって叫ぶ。指を突き付けているようだが、聡一朗はその光景をぼーっと見ていた。
(よ、嫁?今……嫁って言った?)
心臓がバクバクと鼓動を繰り返す。思考が追いついて行かない。
言い争う2人に割って入るように、リュシオルが口を開いた。
「マダリオ。お前が聡一朗を花嫁に選んでも、地獄では彼の心の傷は癒えないままだ。その点は天国の方が聡一朗にとっては幸せだろう。……今の時点で、聡一朗が一番不幸なのは地獄に留まることだ」
(ここにいるのが……不幸?)
聡一朗は振り返って獄主を見た。
あの表情だ。なんの感情も籠っていない冷たい顔。鉄仮面をつけた、会ったばかりの時の表情。
こんな顔じゃなくて、色んな顔を獄主は持っている筈だ。
甘い顔も、嬉しい顔も、怒っている顔も、聡一朗は知っている。
聡一朗は自然と舌打ちを零す。そして、自分を奮い立たせた。
「あんたたちなぁ……!」
怒りに任せて言葉を放とうとした口を、後ろから塞がれた。口を塞いでいる手とは逆の腕が、聡一朗を抱きしめるように後ろへ引き寄せる。
「……まったく、聡一朗は……」
耳元で、獄主の優しい声が響いた。少しだけ笑みを零した後、聡一朗の肩口に鼻を寄せる。
「……ここは私が格好つけるところだろ?」
肩口に埋まっていた獄主の顔が、ゆっくりと正面を向く。頬と頬が触れ合うような近さで、獄主は口を開いた。
「私は、聡一朗を愛しています。彼の心の傷は、私が生涯をかけて寄り添って癒します。彼の過去も傷も、全てひっくるめて愛しています」
聡一朗の口に当てた手を離し、獄主が「聡一朗」と呼びかける。
両頬を包み込まれ、獄主の双眸と目が合った。
鉄仮面はつけていない。穏やかに優しく微笑んでいるエンが、そこにはいた。
「聡一朗、愛している。私の全てを、聡一朗にやる」
「……だ、駄目だろ……」
「駄目じゃない。もう私の全てはお前に預けている」
聡一朗が眉を寄せていると、リュシオルが深く溜息をついた。
「ったくマダリオが、こんな強硬手段に出るとは……聡一朗、マダリオの事を何と呼んでいる?」
「……んん?最近は、エン、と」
「エン!!?」
ルオが青い瞳を最大限開いて、聡一朗を見る。信じられないといった顔で、今度は獄主を見据えた。
「正気か!」
「正気だ」
完全に置いてけぼりな聡一朗は、2人の顔を行ったり来たりするしかない。リュシオルに顔を向けると、苦笑いのようなものを向けられた。
「リュシオル~遅いぞ。まだ聡一朗の件、片付かないか?」
またもや違う人物の声が響き、またかよと聡一朗はうんざりした。
(今度は誰だよ……)
呆れた顔を獄主に向けると、その顔は青ざめていた。明らかに慌てている。ルオも、獄主と言い争っている姿勢のまま固まっている。
そんな中、リュシオルの猫なで声が響いた。
「我が主~ごめんねぇ、時間かかっちゃって」
「聡一朗、いるの?」
天蓋から新たに顔を出した人物は、何とアロハシャツを身に着けている。
顎に無精ひげが生え、垂れ目の瞳は緑色だ。
早期退職して遊び歩いているといった感じの男性は、聡一朗を見つけると垂れ目を更に垂れさせた。
「聡一朗~大きくなったなぁ。ボロボロだけど。誰にやられた?鬼か?天使か?今すぐ殺すから連れてこい」
「主~駄目ですよ。神様が殺すなんて言ったら~」
リュシオルが寝台から降りて、男に抱きつく。リュシオルの腰を男が引き寄せると、獄主とルオが跪いた。
獄主とルオに目もくれないまま、男が聡一朗を見据えた。上から下まで舐めるように見ると、頭をガリガリと掻きむしる。
「あちゃぁ~、リュシオル。聡一朗はしばらく俺らの元に帰れそうもないな。出来ちまってる」
「……やっぱりそう?僕もまさかとは思ったけど」
聡一朗が首を傾げ「出来てる?」と言うと、男がニコリと笑った。家族に向けるような親しみの籠った笑みだ。
聡一朗の腹辺りを指差すと、それを数回動かす。
「珠宮と、珠が出来ている。人間でいう子宮と卵子だ」
「……は?」
「聡一朗はもう半分獄母だ。おめでとう、と言うべきなのかな」
「……っ!」
息を呑んだのは聡一朗では無い。ルオと獄主だった。
獄主は聡一朗を見て、嬉しそうに微笑んでいる。幸せそうに眉を下げて、口は引き結んだように弧を描く。
ルオはまたもや信じられないといった顔を、獄主に向けている。
「マダリオ!なんて奴だ!お前がこんなに考え無しだったとは思わなかった!」
ルオが責め立てると、リュシオルもうんうんと頷く。
「ほんと、5万年大人しいと思ったら、こんな行動に出るとはねぇ。神子名で呼ばせてるあたり、本気度が窺えたけどね……」
「神子名?」
問う聡一朗の頭を、男がぐしゃぐしゃと撫でる。子供のような扱いだったが、不思議と嫌な気はしなかった。
「神から貰った名だよ。神からその名を呼ばれると抗えない、鎖のような名前だ。その名を呼ばせるという事は、命を預けているのと同等なんだぞ」
垂れ目を下げながら「愛されているな」と微笑まれると、聡一朗の胸に温かいものが広がっていく。
「でもなぁ……」
男の顔から微笑みがすうっと引いていき、ビリビリと空気が震える。
男は聡一朗を見つめる獄主を一睨みすると、獄主が頭を垂れた。
「うちの子と知って、珠孕みさせるとは良い度胸だ。今度ゆっくり話をしようか、マダリオ」
「……御意」
珠孕み、神子名、意味不明なワードが増えていく。
聡一朗が目を白黒させていると、ルオが心配そうに聡一朗を見る。
「早く侍医に診てもらった方が良い。地獄の侍医は、獄母を5万年以上診ていないんだから、見逃しても不思議じゃ無い。……マダリオ、後でしっかり話をしよう」
「ああ」
「『ああ』じゃないよまったく」とルオが言い、リュシオルと男もうんうんと頷く。
終始置いてけぼりの聡一朗は、腹を擦りながら首を傾げるしか無かった。
「天主さんがどんな人か知りませんし、俺はこっちが合ってます」
困惑するルオに、聡一朗は頭を下げた。
「ルオさん、心配してくれてありがとうございます。でも俺、ここでの最後の期間をしっかりじっくり味わいたいんです。仲のいい鬼も増えたし、まだやりたい事も残ってるし……」
「で、でも、花嫁に選ばれなかったら、君は……!」
「だからこそ、悔いの無いように、です!」
鼻息を荒くしながら言うと、突然笑い声が響いた。天蓋の布を掻き分けて、リュシオルがドカリと寝台へ座る。
「やっぱ、聡一朗は面白いわ~」
突然現れたリュシオルに、テキロと護衛のハロルは跪いた。ルオは驚いた後、悔しそうに顔を歪める。
聡一朗はポカンと開いた口のまま訊ねた。
「ああ、あなたは……いや、名前は知らないけど……」
「リュシオルだよ。やっぱり聡一朗は、僕らの元に連れて帰る」
(今度はどこだよ……)
聡一朗が項垂れていると、ルオがリュシオルを見据える。聡一朗の手は握られたままだ。
「リュシオル様、聡一朗さんを後継者として連れ帰るのは早急ではありませんか?もう少し私たちの世界に慣れさせてから……」
「いや、遅すぎるくらいだよ。もう何度も迎えに行こうと思ってたんだから」
リュシオルに髪を撫でられ、聡一朗は仰け反った。思えばルオに手を握られているのもおかしい。
慌てて離すと、ルオとリュシオルを交互に見る。今更ながら混乱してきた。
「ち、ちょっと、状況の整理を……」
寝台の奥の奥までズルズルと後ずさりすると、壁にぶつかった。
(壁?壁なんかあったか?)
聡一朗が首を傾げていると、ルオが壁に向かって睨み付けている。
「……マダリオ。少なくとも地獄には、置いておけないぞ」
(マダリオ!ってことは、この壁……エンか!!)
後ろを振り向けない。というかいつからそこに居たのだろう。
先ほどまで自分の痴態を恥じて身悶えていたのに、獄主の顔など見たら憤死してしまう。
「聡一朗は、私の嫁だ」
「マダリオ!いい加減にしないか!」
ルオが立ち上がって叫ぶ。指を突き付けているようだが、聡一朗はその光景をぼーっと見ていた。
(よ、嫁?今……嫁って言った?)
心臓がバクバクと鼓動を繰り返す。思考が追いついて行かない。
言い争う2人に割って入るように、リュシオルが口を開いた。
「マダリオ。お前が聡一朗を花嫁に選んでも、地獄では彼の心の傷は癒えないままだ。その点は天国の方が聡一朗にとっては幸せだろう。……今の時点で、聡一朗が一番不幸なのは地獄に留まることだ」
(ここにいるのが……不幸?)
聡一朗は振り返って獄主を見た。
あの表情だ。なんの感情も籠っていない冷たい顔。鉄仮面をつけた、会ったばかりの時の表情。
こんな顔じゃなくて、色んな顔を獄主は持っている筈だ。
甘い顔も、嬉しい顔も、怒っている顔も、聡一朗は知っている。
聡一朗は自然と舌打ちを零す。そして、自分を奮い立たせた。
「あんたたちなぁ……!」
怒りに任せて言葉を放とうとした口を、後ろから塞がれた。口を塞いでいる手とは逆の腕が、聡一朗を抱きしめるように後ろへ引き寄せる。
「……まったく、聡一朗は……」
耳元で、獄主の優しい声が響いた。少しだけ笑みを零した後、聡一朗の肩口に鼻を寄せる。
「……ここは私が格好つけるところだろ?」
肩口に埋まっていた獄主の顔が、ゆっくりと正面を向く。頬と頬が触れ合うような近さで、獄主は口を開いた。
「私は、聡一朗を愛しています。彼の心の傷は、私が生涯をかけて寄り添って癒します。彼の過去も傷も、全てひっくるめて愛しています」
聡一朗の口に当てた手を離し、獄主が「聡一朗」と呼びかける。
両頬を包み込まれ、獄主の双眸と目が合った。
鉄仮面はつけていない。穏やかに優しく微笑んでいるエンが、そこにはいた。
「聡一朗、愛している。私の全てを、聡一朗にやる」
「……だ、駄目だろ……」
「駄目じゃない。もう私の全てはお前に預けている」
聡一朗が眉を寄せていると、リュシオルが深く溜息をついた。
「ったくマダリオが、こんな強硬手段に出るとは……聡一朗、マダリオの事を何と呼んでいる?」
「……んん?最近は、エン、と」
「エン!!?」
ルオが青い瞳を最大限開いて、聡一朗を見る。信じられないといった顔で、今度は獄主を見据えた。
「正気か!」
「正気だ」
完全に置いてけぼりな聡一朗は、2人の顔を行ったり来たりするしかない。リュシオルに顔を向けると、苦笑いのようなものを向けられた。
「リュシオル~遅いぞ。まだ聡一朗の件、片付かないか?」
またもや違う人物の声が響き、またかよと聡一朗はうんざりした。
(今度は誰だよ……)
呆れた顔を獄主に向けると、その顔は青ざめていた。明らかに慌てている。ルオも、獄主と言い争っている姿勢のまま固まっている。
そんな中、リュシオルの猫なで声が響いた。
「我が主~ごめんねぇ、時間かかっちゃって」
「聡一朗、いるの?」
天蓋から新たに顔を出した人物は、何とアロハシャツを身に着けている。
顎に無精ひげが生え、垂れ目の瞳は緑色だ。
早期退職して遊び歩いているといった感じの男性は、聡一朗を見つけると垂れ目を更に垂れさせた。
「聡一朗~大きくなったなぁ。ボロボロだけど。誰にやられた?鬼か?天使か?今すぐ殺すから連れてこい」
「主~駄目ですよ。神様が殺すなんて言ったら~」
リュシオルが寝台から降りて、男に抱きつく。リュシオルの腰を男が引き寄せると、獄主とルオが跪いた。
獄主とルオに目もくれないまま、男が聡一朗を見据えた。上から下まで舐めるように見ると、頭をガリガリと掻きむしる。
「あちゃぁ~、リュシオル。聡一朗はしばらく俺らの元に帰れそうもないな。出来ちまってる」
「……やっぱりそう?僕もまさかとは思ったけど」
聡一朗が首を傾げ「出来てる?」と言うと、男がニコリと笑った。家族に向けるような親しみの籠った笑みだ。
聡一朗の腹辺りを指差すと、それを数回動かす。
「珠宮と、珠が出来ている。人間でいう子宮と卵子だ」
「……は?」
「聡一朗はもう半分獄母だ。おめでとう、と言うべきなのかな」
「……っ!」
息を呑んだのは聡一朗では無い。ルオと獄主だった。
獄主は聡一朗を見て、嬉しそうに微笑んでいる。幸せそうに眉を下げて、口は引き結んだように弧を描く。
ルオはまたもや信じられないといった顔を、獄主に向けている。
「マダリオ!なんて奴だ!お前がこんなに考え無しだったとは思わなかった!」
ルオが責め立てると、リュシオルもうんうんと頷く。
「ほんと、5万年大人しいと思ったら、こんな行動に出るとはねぇ。神子名で呼ばせてるあたり、本気度が窺えたけどね……」
「神子名?」
問う聡一朗の頭を、男がぐしゃぐしゃと撫でる。子供のような扱いだったが、不思議と嫌な気はしなかった。
「神から貰った名だよ。神からその名を呼ばれると抗えない、鎖のような名前だ。その名を呼ばせるという事は、命を預けているのと同等なんだぞ」
垂れ目を下げながら「愛されているな」と微笑まれると、聡一朗の胸に温かいものが広がっていく。
「でもなぁ……」
男の顔から微笑みがすうっと引いていき、ビリビリと空気が震える。
男は聡一朗を見つめる獄主を一睨みすると、獄主が頭を垂れた。
「うちの子と知って、珠孕みさせるとは良い度胸だ。今度ゆっくり話をしようか、マダリオ」
「……御意」
珠孕み、神子名、意味不明なワードが増えていく。
聡一朗が目を白黒させていると、ルオが心配そうに聡一朗を見る。
「早く侍医に診てもらった方が良い。地獄の侍医は、獄母を5万年以上診ていないんだから、見逃しても不思議じゃ無い。……マダリオ、後でしっかり話をしよう」
「ああ」
「『ああ』じゃないよまったく」とルオが言い、リュシオルと男もうんうんと頷く。
終始置いてけぼりの聡一朗は、腹を擦りながら首を傾げるしか無かった。
応援ありがとうございます!
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