【完結】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)

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最終章

たくさんの嘘と、秘められた真実 3

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 朝餉の準備をしながら、テキロは大きく溜息をついた。

 場所は元十居。
 隣の獄主の居が出来てから、聡一朗の寝室はずっと使われてなかった。そこに、今日は客が寝ている。

 しかもその人物は恐れ多くも、というか恐れ多すぎて何でここに居るのかさえ不明な人物なのだ。

「おはよぉ」

 間の抜けた声と共に聡一朗の寝室から出てきたのは、神の側近リュシオルだ。

「聡一朗の匂い、すっごい良かった~おかげでぐっすり」
「そうでございますか……」

 テキロは口を引き結んだ。

 情報が渋滞を起こしている。なぜリュシオルがここにいるのか、なぜ聡一朗の事を知っているのか、それすらもテキロには教えられないままなのだ。

 神の側近に質問するわけにもいかず、朝餉を並べたらそそくさと隅に引っ込んだ。

(ああ、もう訳が分からない)

 獄主の居のゲストルームには、天国の主であるルオが泊まっているのだという。護衛のハロルも一緒と聞いた。
 再度言う。訳が分からない。

 一瞬の気の緩みも許されない。ピリピリと神経を張り巡らせていると、リュシオルと目が合った。
 テキロはビクリと身を揺らし、視線を下げる。

「君は、聡一朗と仲が良いらしいな」
「そ、聡一朗様の世話役を務めさせて頂いております」
「ふぅん」

 そう言いながらリュシオルはテキロを値踏みするように見つめ、ふふ、と笑った。

「世話役から見て、獄主はどう思う?」
「……と、言いますと?」
「聡一朗の事、大事にしてる?」
「はい」

 「即答だねぇ」と言って、リュシオルは片眉を吊り上げた。言葉の真偽を見定めている顔は、確かに神の側近である貫禄に溢れている。

「そ、聡一朗様は人に甘えたりしない性質なんですが、獄主様は先回りして甘やかしているというか……とにかく大事にしてると思います」
「そっか」

 リュシオルは食卓の葡萄を口に放り込むと、テキロに向かって微笑む。
 驚くほど美しい笑みだが、見惚れているとひどい目に合いそうな笑みだ。

「僕は朝あんまり食べないんだ。聡一朗の様子を見に行ってあげてよ。朝方見には行ったけど、やっぱり心配だから。ここはもういいからさ」
「は、はい!」

 やっとこの空気から逃れられる。
 テキロは安堵と歓喜の顔を押し殺しながら、リュシオルに頭を下げた。


________

『エン……キスしたい』

 自分の言った言葉が、呪いのように脳内にリフレインする。

「ぬ、ぉおおおお」

 朝方、聡一朗は布団の中で唸っていた。
 湧きあがる羞恥心を殺したくて自身の腹を殴りつけていると、骨が折れているわき腹が激痛を放つ。
 その痛みすら、今は有り難い。

「お、俺は何という事を……」

 34歳と言う一般的には父親になっていてもおかしくない年の男が、泣きわめいてキスをねだる。
 昨夜浴室で行われたであろう罰ゲームの様なイベントについては、獄主に謝罪するしか選択肢は残っていまい。

(恥を知れっ!いや違う、大いに恥じている!いっそ殺してくれ!死んでるけど)

 布団の中でみ悶えながら、隣を見遣る。
 獄主はそこにいない。どうやら朝方出ていったようなのだが、一切気配を感じなかった。

 獄主の言いつけを破り(という設定のはず)、三居の候補者に襲われ、挙句の果てに泣いて怖かったと言ってキスをねだる……。

(うん!嫌われる要素は、お釣りが来る程あるねっ!)
 脳内で可愛く言ってみたが、自分に追い打ちをかけるだけだった。

 はぁ、と吐き出す息はまだ熱っぽく、トウゴに処方された薬のせいか身体が眠いし怠い。
 布団の中で悶えていると、天蓋の布の向こうに慣れたシルエットが浮かび上がった。

「テキロ?」

 声を掛けると、案の定テキロが顔を出した。聡一朗の姿を見ると、心配そうに顔を歪める。

「聡一朗……ボロボロじゃん」
「……おお、見た目より精神の方がボロボロだぞ、俺」

 聡一朗は軽く言い放つと、テキロが持っている盆に目を移した。お粥や消化の良さそうな果物が乗っている。
 聡一朗は思わず目を背けた。

「……何か食べられそうなものある?」
「いや、食うよ。せっかく持ってきてくれたんだし」

 体調が悪いのもあるが、食欲はまったく湧かない。二日酔いのように胸がムカムカするのだ。

 奥歯を噛みしめながら身体を起こすと、突然喉の奥から鉄臭い何かが込み上げてきた。聡一朗の異変に気付いて慌てるテキロを制すると、枕元にあった塵捨てにそれを吐き出す。

 血だった。しかし鮮血じゃなくてどす黒い。
 それを見て、テキロがヒュッと悲鳴じみた息を漏らす。

「そ、そそそそ、聡一朗!!!」
「だ、大丈夫だ!!テキロ!黒目!」
「馬鹿ぁ!俺の黒目なんか気にしてる場合か!!トウゴさんを呼ばなきゃ!」
 慌てて立ち上がろうとするテキロの服を、聡一朗が掴む。

「……いや、確かに血らしきものを吐き出しはしたが、吐いてスッキリした。続いて吐きそうな感覚もないし……本当に危ない時は、ガボガボ吐くんだぞ?」
「いぃ、やめて!冷静な判断が今は怖い!!」

 慌てふためくテキロを宥めていると「すみません、入っても?」という声が掛かる。返事も聞かないまま入ってきた人物は、見たこともない男だった。

 金髪碧眼くるくる巻き毛という王子様のお手本のようなルックスに、テキロと聡一朗は固まった。

「いきなり失礼。僕の名はルオだ」
 ルオは言うなり、聡一朗の吐いた血を見つめた。眉を顰める表情も、悩める王子様のようだ。

「もしかして、咎津中毒だったんじゃない?汚血が溜まってたんだよ」
「オケツ?」

 聡一朗の間の抜けた声にルオはくすりと笑うと、後ろを振り返った。

「桃鹿を」と声を掛けると、ルオが護衛の男から皿を受け取る。皿の上には切り分けられた果実がのっていた。

「今期の桃鹿は質が良くてね。実を食べればもっと良くなるよ」
「これが桃鹿?実は初めて見た」

 桃のような見た目だが、桃よりも果汁が多いようだ。実の周りにも果汁がたっぷり覆っていて、キラキラと輝いている。

 ルオはフォークで実を刺し、聡一朗の口元へ差し出した。

 一瞬固まった後、聡一朗はテキロをチラッと見遣った。
 ルオ、と自己紹介はされたが、素性は知らないままだ。さすがの聡一朗も、拉致られたばかりだと警戒心も生まれる。

 肝心のテキロだが、口をあんぐり開けたまま固まっている。

(その顔だと…ルオはお偉いさんか?)

 知らないやつだったら、テキロの三白眼が鋭くなっている筈だ。驚いているという事は、テキロも知っている人物なのだろう。

 聡一朗は頭を下げると、ルオを見た。
「では失礼して」

 パクリとフォークの先の果実を頬張り、その美味しさに聡一朗は思わず破顔した。

「うま!!」
 率直な感想を述べると、ルオが一瞬目を見開き、へにゃりと眉を下げる。

「良かった。もっと食べて」
 ルオがまた果実を差し出してくるので、聡一朗は雛鳥のように素直に食べた。
 ルオが更に眉を下げ、クスクスと笑いだす。

「聡一朗さんは、咎津中毒になるのか。そうだよね……これだけ無垢なんだから」
「……?何で俺の名前……」

 聡一朗が言うと、ルオは真剣な眼差しを向ける。皿をテキロへ渡すと、寝台の脇に膝をついた。

「霧谷聡一朗。君が、本当は天国の花嫁候補者だからだよ」
「て、天国の……花嫁候補?いや、俺は地獄の方だけど……」

 ルオは聡一朗の手を握り、自らの胸元へと引き寄せた。

「手違いだったんだ。君は天国の花嫁だった。最初から天国に来ていれば、君は咎津中毒になんてならなくて良かったし、こんなひどい目にも合わなかっただろう……」
「ええっと、いや、俺……ひどい目なんて……」

 ひどい目に合ったなんて思ったことは無かった。むしろ毎日楽しくて、獄主に感謝もしている。
 聡一朗が困惑していると、ルオが労わるように聡一朗の手をぎゅっと掴んだ。

「君は、無理をしているんだよ。過去の傷が君を無理させている。大丈夫、天国に来れば傷は癒えるからね。辛い過去も全部清算されて、朗らかに過ごすことが出来る」
「……過去の傷が?」

 聡一朗は無意識のうちに、過去に自分が付けた傷に手を当てていた。癒えたはずの傷がチクリと痛む。

「大丈夫。マダリオだって納得してくれるさ。地獄にいたら、君はこんなに傷付いてしまう。地獄にいる理由が無い。僕と一緒に天国へ行こう」
「え?嫌です」

 即答する聡一朗の手を握りしめながら、ルオはピシリと固まった。
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