上 下
37 / 49
後半戦

変わっていく関係性 2

しおりを挟む
「ソ、ソイ君。ちょっと来たまえ」

 早朝の鬼の作業場。聡一朗は洗濯を終えた後、ソイを呼び出した。

 呼ばれたソイは無垢な笑顔で返事をし、洗濯で濡れた手を拭いながら聡一朗の前に駆け寄ってきた。
 宴会の晩に見た、獲物を狩る目とは大違いだ。

「どうかしましたか?聡一朗様」
「っく……!」

 キラキラ輝く無垢な笑顔に惑わされそうになり、聡一朗は視線を逸らした。
 ここで萎えてはいけない。首を傾げるソイに、聡一朗はストレートに疑問をぶつける。

「ソ、ソイ君。この間の晩、うちのテキロを連れて帰ったよな?」
「はい。回収しました」
「……回収?」
「はい!ワタベさんに回収をお願いされていたので」

 聡一朗は思わず仰け反った。
 仰け反った聡一朗を見て、ソイは微笑む。鬼なのに、小悪魔のような笑みだ。

「な、何故ソイがそんなことを……」
「何故、ですか?……ふふ……」

 口元を手で隠しながら、ソイはクスクス笑う。ひどく嬉しそうな様子のソイに、聡一朗はまったく付いて行けない。

「尊いからですよ!ワタベさんとテキロさん、さいっこうのカップリングじゃないですか!?」
「え?」

 ソイは胸いっぱいに息を吸い込んだと思うと、怒涛の勢いで話し始めた。

「いや~ワタベさんから話を持ちかけられた時は、胸がきゅううんとして即返事しちゃいましたぁ。まじでイイ!テキロさんとワタベさんって、何万歳も離れてるんですよ~?年齢差もめっちゃいいし、何よりワタベさんが受けってとこが胸熱で『攻めでもいい。テキロに任せる』っていう台詞聞いたときには、鼻血噴きそうになりましたよ!」
「あ、え?えっと、何て?」

 聡一朗の声も聞こえないのか、ソイは息継ぎを挟んで更に畳みかける。

「ヘタレ攻めってまじで好きなんですよ!どうなったかテキロさんから聞きましたか?ああ~今後の2人が楽しみすぎて死にそう。いや、でも獄主様と聡一朗様カプが一番という事は揺るぎないですよ?ほんとに毎日、生きる糧をありがとうございます!!」

「……あ、はい」
 何だか良く分からないが、テキロが失恋したことは聡一朗にも理解できた。


_______

 改修工事も終わったため、早朝の作業が終わると聡一朗にはやることが無い。せいぜい庭の手入れぐらいしかないのに、最近は鬼たちが率先して手入れしてしまうから困る。

「暇だぁ」

 聡一朗は口に菓子を放り入れながら呟いた。豆に砂糖がまぶしてある菓子は、どこか懐かしい味がする。

 隣のテキロも豆を口に放り込んでいた。ワタベの部屋にいた事は、彼の中で無かったことになっているようだ。
 まるで以前の自分を見ているようで、聡一朗は苦笑いが漏れてしまう。

 縁側にはフウトとライトも座っている。豆を頬張りながら一心に漫画を読む2人は「暇だ」とぼやく聡一朗の声をBGMとしか思っていないようだ。

(平和だ……)
 聡一朗は鼻から息を吐き切っていると、ふとテキロが口を開いた。

「フウトさん、ライトさん。そう言えば前から疑問だったんですけど、何で獄主様は子供が出来ないのでしょうか?」

 フウトが顔を上げ、テキロを見る。ライトも漫画から視線を外した。

「候補者選抜で毎回花嫁を娶っている筈なのに、毎回獄母にならずに花嫁は死んじゃうでしょ?前獄主はすぐ出来てたのに、何でだろうって」

 花嫁は獄母になれなければ、人間の寿命のまま死ぬ。獄母になれば永い時を生きられるのに比べれば、早急な死だ。そして獄主は独りになる。
 聡一朗も疑問に思っていた事なので、耳をそば立てた。フウトが漫画を閉じ、口を開く。

「地獄の王に子種が無いことは当然ありえない。繁殖能力は他の鬼より断然高いよ。それなのに今の獄主に子供が出来ないのは……まぁ率直に言うと中に出してないからだな」

 そこで聡一朗は固まった。手に持っていた豆がポロリと落ちる。
 その様子に気付かないまま、今度はライトが口を開いた。

「候補者選びの時も勿論、獄主は中に出さない。まぁ選抜中は子供が出来ないように配慮はされているんだけどね。獄主は選ばれた後の花嫁の居にも、基本行かない。頑ななぐらい獄主は子供を作ろうとしないんだ」

 聡一朗はライトの話を聞きながら、達観したような表情を浮かべる。

(ええっと……出され、ましたけど?俺……)
 ……なんて口に出せる訳がない。

 先っぽ挿入の時も何度も出されたし、半分の時も腹がパンパンになるまで中に出された。
 苦しくて中を掻き出そうとすると、また突っ込まれるという所業に気が狂いそうになった事も覚えている。

 生々しい行為を思い出して、聡一朗は頭を振った。聡一朗を横目で見ながら、今度はテキロが口を開く。

「特に男性候補者の場合、子供を作るのが困難ですもんね。きちんと奥に出すことが必要だし、何度も交合しないと子宮は形成されないし……」

 テキロが言うのを、聡一朗はぼんやりと聞いた。相変わらずファンタジーだ。
 男が子を孕んで産むなんて、やはり信じられない。
 遠い目をしている聡一朗に気付いたテキロが、小さく嘆息した。

「聡一朗、聞きたいことがあったら聞いとかないと駄目だぞ」
「テキロよ……今俺がここで色々聞いたら、生々しすぎないか?」
「馬鹿!お前自身の事なんだぞ!」

 鼻息を荒くするテキロを見て、聡一朗はがっくりと項垂れた。テキロの真っすぐな性格が、今は憎らしい。

 聡一朗は手で顔を覆うと、独り言のように呟いた。

「ええっと……妊娠ってまじですんのか?え?何か月で生まれるの?は?そもそも何処から産むの?意味わかんない」
 ブツブツと呪詛を吐くように呟く聡一朗に、フウトはさらっと言い放つ。

「聡一朗様、やっぱ最後までヤったんすか?俺たち音しか聞いてないんで……」
「ま、まだ、全線開通はしてねぇです!!ってか聞いてんのかい!!」

 聡一朗は覆っていた手を離して叫ぶと、また顔を覆う。

(ご、拷問だ。羞恥の拷問)
 妊娠の心配なんて、本来なら一切気にしないで良い筈なのに。
 自分が女性のように種付けされて、その後の事を相談しなければいけないなんて、相当な拷問だと思う。

「聡一朗様も、やっと候補者らしくなりましたね」
「やめて、もうそれ以上おじさんを虐めないで」

 フウトが「聡一朗様」と声を掛けるが、聡一朗は顔を覆う手を離さない。
 ライトが困った様に笑い、聡一朗の前に来て目線を合わせるように膝を折った。

「聡一朗様。妊娠と出産は人間と少し違います。妊娠期は6ヶ月で、出産もタイミングを見て獄主が取り上げます。尻からは生まれません。命の球を聡一朗様から取り出すんです」
「……そう、なのか……」

 尻から出ないというだけで、一縷の望みが見えてきた。聡一朗は喜びそうになった後、慌てて頭を振る。
 いつの間にか妊娠ありきで心配している自分が、許容出来なかった。

「でも出産に伴う痛みは相当らしいです」
「ふぁっつ?」

 また反応してしまい、聡一朗は唸る。耳まで熱いのが堪らなく恥ずかしい。きっと真っ赤に染まっているだろう。
 フウトがニヤニヤしながら、聡一朗を見ている。

「聡一朗様、獄主様に何回ベッドに連れ込まれました?」
「……えっと、2か3」
 聡一朗が指を折りながら言うと、フウトとライトが笑った。

「ぶっちぎりナンバーワンですね。他の候補者、ほぼ1回っすよ」
「はぁああぁああ!?獄主、候補者の居に行ってないんですか!?」
「行ってますよ。行って、茶一杯飲んで帰ってます」
「え……?獄主って、咎津に欲情するんじゃ……?効いてないんですか?」

 勿論効いている。そう思いながらフウトは聡一朗を見た。

 獄主は咎津の催淫効果に抗いながら、茶を一杯飲んで帰る。
 「行かなきゃいいでしょう」とコウトに言われても、「聡一朗から行けと言われた」と素直に従っている。
 傍から見ても涙が出るほど純愛だ。

「効いてますよ。でも聡一朗様には敵わないようです」
「なんだそれ……」

 頭を抱える聡一朗を目の端に見ながら、フウトとライトは思った。

(拗らせてんなぁ……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

捨てられ子供は愛される

やらぎはら響
BL
奴隷のリッカはある日富豪のセルフィルトに出会い買われた。 リッカの愛され生活が始まる。 タイトルを【奴隷の子供は愛される】から改題しました。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...