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後半戦
変わっていく関係性 1
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聡一朗は目の前の桶を見つめて、深いため息をついた。
もう吐くものなど残っていない。しかし、胃が収縮するのを止められる訳もない。
「っうっ……!」
冷や汗がだらりと流れ、胃と腹が痙攣する。二日酔いの恐ろしさを、聡一朗は久しぶりに思い知った。
そして何より、昨晩の事を思うと、ぶわりと汗が湧いてくる。
________
今日の朝、聡一朗は新しい居で目を覚ました。目の前には獄主が寝ている。裸だ。まぁそこまでは良い。
問題は自分の身体だった。
目は覚めているのに、身体は鉛のように重い。身体を動かそうとすれば、どこそこが痛んで軋んだ。
おまけに吐き気と寒気で、体調は最悪だった。
昨晩の事を思い出せるか、と言われると、いたした事は覚えている。特に獄主が本気モードに移行した後は、酔いも吹っ飛んでいた。
しかし飲みながら話した内容や、細かいやり取りなどは思い出せない。
裸で寝ている獄主に羞恥心で顔を赤らめる、なんて余裕もない程、聡一朗は具合が悪かった。色んな意味で。
隣にいる獄主の目蓋が、ゆるゆると開かれる。
貴重な寝顔が見れるサービスタイムも、終了のようだ。
「……聡一朗……?そ、聡一朗!!」
突然ガバリと起き上がった獄主は、聡一朗の首筋に手を当てたり、その手を額に移動させたりと忙しい。
その様子から見ると、自分は相当具合が悪そうに見えるようだ。そんな事を呑気に考えていると、獄主が切羽詰まった声を上げた。
「聡一朗、大丈夫か?熱が高い。身体は?どこが痛い?」
どこもかしこも、と声を発しようと思ったが、下手くそなリコーダーのような声しか出ない。
気付けば喉も相当痛い。聡一朗が顔を歪めると、獄主が慌てて寝台を降りた。
「トウゴを呼べ。大至急だ」
獄主の事務的な声が響く。
しばらくして来たトウゴに脈を診られたが、トウゴも首を傾げていた。
「脈が妙な乱れ方をしているので、判別しかねますが……昨日悪いものでも食べましたか?」
聞かれても声が出ない。原因は解っている。あのエビもどきだ。
案の定悪酔いを起こして、昨晩の情事もしっかりと思い出せない。
最悪、最低な34歳が、ここに爆誕した。
________
(もう夕方か……)
死んだように眠ったおかげか、聡一朗の体調は大分良くなっていた。
トウゴに処方されたのど飴を舐めていたら、喉の嗄れも次第に良くなってきたようだ。
しかし今も寝台に横になったまま、天蓋の布越しに侍女達の動きを眺めるしかない。
(あ、あの鬼、獄主の居の鬼だ)
見たことがあると思ったら、獄主専門の侍女だった。なんでここにいるんだろうと思うものの、一番ここにいるのがおかしい自分が言うのも変だな、と聡一朗は笑った。
「獄主様、おかえりなさいませ」
「ああ」
遠くから声が聞こえ、聡一朗は身を起こした。
寝台の隅に移動し、正座する。待ち構えていると天蓋の布が開いた。
(まぁ麗しい)
半日ぶりの獄主だが、やはり美のインパクトが凄い。聡一朗が正座をしながら身体を反らせていると、獄主が片眉を吊り上げた。
「何をしている」
「正座をしています」
獄主は一瞬怪訝そうに聡一朗を見つめるが、すぐに微笑んだ。寝台に上ると可笑しそうに聡一朗を見つめる。
「昨晩の事が思い出せないか?」
「よ、良くお分かりで……」
予想通りだった事が嬉しいのか、獄主がクツクツと笑い始めた。何故か機嫌がよさそうな獄主に、聡一朗は首を傾げる。
「い、いたした事は覚えております」
「ああ。あれを覚えていないと言うなら、もう一度身体に覚え込ませないといけな……」
「覚えています!!」
聡一朗が慌てて言うと、獄主が寝台を軋ませながら近付いてくる。じりじりと後ずさりながら、聡一朗はじわりと汗が浮かぶのを感じた。
「じゃあ、何を覚えていない?」
「……俺、何か、言いました?」
聡一朗が聞くと、獄主は妖艶な笑みを浮かべた。
言ったことを忘れている聡一朗に、美しい顔を駆使して攻撃をしかけてくる。
「私の事が好きと言っていたぞ。聡一朗の全てを、私にやると言ってくれた」
「あ、ああ、それは、違う人かもしれませんね……俺にそっくりな……」
獄主は聡一朗の顎をがっしり掴むと、眉を吊り上げたまま睨み上げる。
「それは無理があるな?」
「ですよね。申し訳ございませんでした」
悪びれもせずヘラリと笑う聡一朗に、獄主は吊り上がった眉を素直に下げた。
「だが、もう良い。聡一朗はもう私のものだ。返すつもりはない」
「……」
「今度は素面の時に抱く」
「……」
「もう半分も、頑張ろうな?聡一朗」
そこまで聞いて、聡一朗は布団を頭からかぶって伏せた。布団の外から、獄主の笑い声が響く。
「じゅ、十居に、帰る」
聡一朗の塊である布団の中から小さく声が聞こえると、獄主がにやりと笑う。
塊に顔を近付け、獄主は囁いた。
「十居はここだ。今日から聡一朗はここで寝る」
「は!?」
突然の宣告に、聡一朗はガバリと身を起こした。すると、ボサボサになった聡一朗の髪を、獄主が愛おしそうに撫でつける。
聡一朗は目を白黒させながら、本能的にぶるりと身体を震わせた。
________
獄主が風呂に入っている隙に、聡一朗は元十居へ向かった。
建物は繋がっているのだ。長い廊下を抜けると、慣れた十居の和室へ出る。ほっと息を付いていると、和室の隅に塊があった。
「テキロ?」
和室の塊、蹲ったテキロは顔を上げた。
三白眼がふにゃふにゃに緩み、目尻に涙まで溜まっている。
「そ、聡一朗ぉ~~」
そこで聡一朗は思い出した。
昨晩テキロはソイにお持ち帰りされたのだ。聡一朗自身の出来事が壮絶すぎて、すっかり忘れていた。
「テ、テキロ……お前、まさか……」
聡一朗が近寄ってしやがむと、テキロは縋るような顔を見せる。想いを寄せた女性と念願が叶った、という顔では決してない。
「何かあったのか?ちんこ立たなかったのか?」
「馬鹿ぁ!何言ってんだよ!」
ついにボロリと三白眼から涙が零れるのを見て、聡一朗は「ごめん」と言いながらテキロの隣に腰を下ろした。
しばらくの沈黙の後、テキロが口を開く。
「お、俺、昨日、酔ってて……」
「うん。知ってる」
「俺も、聡一朗と飲んでいたところまでは覚えてるんだ。……けど……」
聡一朗は頷きながらテキロを見た。
酔いつぶれてソイに連れていかれるテキロを見ていたので、話を聞きながら聡一朗は複雑な心境になった。きっとあの後、ソイと何かあったのだろう。
「あ、の……朝、起きたら……」
「お、おお」
いきなり話が朝に移行したことに、聡一朗は混乱した。
テキロが聡一朗は顔を向けながら、あわあわと口をもどかしく動かしている。顔色は真っ青だ。
「……ワタベさんの部屋で……寝てたんだ」
予想の遥か上空を振り切った告白に、聡一朗は思わず固まった。視線を泳がすテキロは、ひどく動揺している。
ワタベは服飾担当の鬼だ。紛う事なく男性で、聡一朗も何度か会ったことがある。
ここで自分が動揺しては駄目だと、聡一朗は腹に力を込めた。
「テ、テキロ、落ち着け!……ふ、服は、着ていたか?」
「っ……!それが、着てたんだけど……寝間着に、変わってて……俺、着替えた記憶も無くて……」
「な、何だって……!」
ワタベの部屋で寝ていて、服も着替えていた。という事は……限りなく黒に近いのではないか。
聡一朗はテキロの肩を掴んで、上擦った声を上げた。
「テ、テキロ!尻は平気か!?違和感がないか!?」
「ばっ……!それは無いよ!」
テキロの黒目が絞られた事に、聡一朗は妙に安堵を覚えて息をついた。
と同時に、自分のそこはまだ痛むことを自覚してしまい、一気に気持ちが沈む。
「……本当に、何も覚えていないのか?」
「……うん」
頷くテキロを、聡一朗は思わず抱きしめた。
「同志よ……!」と言いながら腕に力を込めると、テキロが腕の中で息を呑む音が聞こえる。
「ま、まさか、聡一朗……!」
「………」
「……聡一朗こそ、だ、大丈夫なのか?……その、尻は……」
「……大丈夫だ。まだ全線開通には至っていない」
テキロは聡一朗を押し返し「何だよそれ」と笑う。
問題は山積みだが、ここは笑っておくしかあるまい。
聡一朗がクツクツと笑いだし、取り敢えず2人して腹を抱えて笑った。
現実逃避コンビの誕生である。
もう吐くものなど残っていない。しかし、胃が収縮するのを止められる訳もない。
「っうっ……!」
冷や汗がだらりと流れ、胃と腹が痙攣する。二日酔いの恐ろしさを、聡一朗は久しぶりに思い知った。
そして何より、昨晩の事を思うと、ぶわりと汗が湧いてくる。
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今日の朝、聡一朗は新しい居で目を覚ました。目の前には獄主が寝ている。裸だ。まぁそこまでは良い。
問題は自分の身体だった。
目は覚めているのに、身体は鉛のように重い。身体を動かそうとすれば、どこそこが痛んで軋んだ。
おまけに吐き気と寒気で、体調は最悪だった。
昨晩の事を思い出せるか、と言われると、いたした事は覚えている。特に獄主が本気モードに移行した後は、酔いも吹っ飛んでいた。
しかし飲みながら話した内容や、細かいやり取りなどは思い出せない。
裸で寝ている獄主に羞恥心で顔を赤らめる、なんて余裕もない程、聡一朗は具合が悪かった。色んな意味で。
隣にいる獄主の目蓋が、ゆるゆると開かれる。
貴重な寝顔が見れるサービスタイムも、終了のようだ。
「……聡一朗……?そ、聡一朗!!」
突然ガバリと起き上がった獄主は、聡一朗の首筋に手を当てたり、その手を額に移動させたりと忙しい。
その様子から見ると、自分は相当具合が悪そうに見えるようだ。そんな事を呑気に考えていると、獄主が切羽詰まった声を上げた。
「聡一朗、大丈夫か?熱が高い。身体は?どこが痛い?」
どこもかしこも、と声を発しようと思ったが、下手くそなリコーダーのような声しか出ない。
気付けば喉も相当痛い。聡一朗が顔を歪めると、獄主が慌てて寝台を降りた。
「トウゴを呼べ。大至急だ」
獄主の事務的な声が響く。
しばらくして来たトウゴに脈を診られたが、トウゴも首を傾げていた。
「脈が妙な乱れ方をしているので、判別しかねますが……昨日悪いものでも食べましたか?」
聞かれても声が出ない。原因は解っている。あのエビもどきだ。
案の定悪酔いを起こして、昨晩の情事もしっかりと思い出せない。
最悪、最低な34歳が、ここに爆誕した。
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(もう夕方か……)
死んだように眠ったおかげか、聡一朗の体調は大分良くなっていた。
トウゴに処方されたのど飴を舐めていたら、喉の嗄れも次第に良くなってきたようだ。
しかし今も寝台に横になったまま、天蓋の布越しに侍女達の動きを眺めるしかない。
(あ、あの鬼、獄主の居の鬼だ)
見たことがあると思ったら、獄主専門の侍女だった。なんでここにいるんだろうと思うものの、一番ここにいるのがおかしい自分が言うのも変だな、と聡一朗は笑った。
「獄主様、おかえりなさいませ」
「ああ」
遠くから声が聞こえ、聡一朗は身を起こした。
寝台の隅に移動し、正座する。待ち構えていると天蓋の布が開いた。
(まぁ麗しい)
半日ぶりの獄主だが、やはり美のインパクトが凄い。聡一朗が正座をしながら身体を反らせていると、獄主が片眉を吊り上げた。
「何をしている」
「正座をしています」
獄主は一瞬怪訝そうに聡一朗を見つめるが、すぐに微笑んだ。寝台に上ると可笑しそうに聡一朗を見つめる。
「昨晩の事が思い出せないか?」
「よ、良くお分かりで……」
予想通りだった事が嬉しいのか、獄主がクツクツと笑い始めた。何故か機嫌がよさそうな獄主に、聡一朗は首を傾げる。
「い、いたした事は覚えております」
「ああ。あれを覚えていないと言うなら、もう一度身体に覚え込ませないといけな……」
「覚えています!!」
聡一朗が慌てて言うと、獄主が寝台を軋ませながら近付いてくる。じりじりと後ずさりながら、聡一朗はじわりと汗が浮かぶのを感じた。
「じゃあ、何を覚えていない?」
「……俺、何か、言いました?」
聡一朗が聞くと、獄主は妖艶な笑みを浮かべた。
言ったことを忘れている聡一朗に、美しい顔を駆使して攻撃をしかけてくる。
「私の事が好きと言っていたぞ。聡一朗の全てを、私にやると言ってくれた」
「あ、ああ、それは、違う人かもしれませんね……俺にそっくりな……」
獄主は聡一朗の顎をがっしり掴むと、眉を吊り上げたまま睨み上げる。
「それは無理があるな?」
「ですよね。申し訳ございませんでした」
悪びれもせずヘラリと笑う聡一朗に、獄主は吊り上がった眉を素直に下げた。
「だが、もう良い。聡一朗はもう私のものだ。返すつもりはない」
「……」
「今度は素面の時に抱く」
「……」
「もう半分も、頑張ろうな?聡一朗」
そこまで聞いて、聡一朗は布団を頭からかぶって伏せた。布団の外から、獄主の笑い声が響く。
「じゅ、十居に、帰る」
聡一朗の塊である布団の中から小さく声が聞こえると、獄主がにやりと笑う。
塊に顔を近付け、獄主は囁いた。
「十居はここだ。今日から聡一朗はここで寝る」
「は!?」
突然の宣告に、聡一朗はガバリと身を起こした。すると、ボサボサになった聡一朗の髪を、獄主が愛おしそうに撫でつける。
聡一朗は目を白黒させながら、本能的にぶるりと身体を震わせた。
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獄主が風呂に入っている隙に、聡一朗は元十居へ向かった。
建物は繋がっているのだ。長い廊下を抜けると、慣れた十居の和室へ出る。ほっと息を付いていると、和室の隅に塊があった。
「テキロ?」
和室の塊、蹲ったテキロは顔を上げた。
三白眼がふにゃふにゃに緩み、目尻に涙まで溜まっている。
「そ、聡一朗ぉ~~」
そこで聡一朗は思い出した。
昨晩テキロはソイにお持ち帰りされたのだ。聡一朗自身の出来事が壮絶すぎて、すっかり忘れていた。
「テ、テキロ……お前、まさか……」
聡一朗が近寄ってしやがむと、テキロは縋るような顔を見せる。想いを寄せた女性と念願が叶った、という顔では決してない。
「何かあったのか?ちんこ立たなかったのか?」
「馬鹿ぁ!何言ってんだよ!」
ついにボロリと三白眼から涙が零れるのを見て、聡一朗は「ごめん」と言いながらテキロの隣に腰を下ろした。
しばらくの沈黙の後、テキロが口を開く。
「お、俺、昨日、酔ってて……」
「うん。知ってる」
「俺も、聡一朗と飲んでいたところまでは覚えてるんだ。……けど……」
聡一朗は頷きながらテキロを見た。
酔いつぶれてソイに連れていかれるテキロを見ていたので、話を聞きながら聡一朗は複雑な心境になった。きっとあの後、ソイと何かあったのだろう。
「あ、の……朝、起きたら……」
「お、おお」
いきなり話が朝に移行したことに、聡一朗は混乱した。
テキロが聡一朗は顔を向けながら、あわあわと口をもどかしく動かしている。顔色は真っ青だ。
「……ワタベさんの部屋で……寝てたんだ」
予想の遥か上空を振り切った告白に、聡一朗は思わず固まった。視線を泳がすテキロは、ひどく動揺している。
ワタベは服飾担当の鬼だ。紛う事なく男性で、聡一朗も何度か会ったことがある。
ここで自分が動揺しては駄目だと、聡一朗は腹に力を込めた。
「テ、テキロ、落ち着け!……ふ、服は、着ていたか?」
「っ……!それが、着てたんだけど……寝間着に、変わってて……俺、着替えた記憶も無くて……」
「な、何だって……!」
ワタベの部屋で寝ていて、服も着替えていた。という事は……限りなく黒に近いのではないか。
聡一朗はテキロの肩を掴んで、上擦った声を上げた。
「テ、テキロ!尻は平気か!?違和感がないか!?」
「ばっ……!それは無いよ!」
テキロの黒目が絞られた事に、聡一朗は妙に安堵を覚えて息をついた。
と同時に、自分のそこはまだ痛むことを自覚してしまい、一気に気持ちが沈む。
「……本当に、何も覚えていないのか?」
「……うん」
頷くテキロを、聡一朗は思わず抱きしめた。
「同志よ……!」と言いながら腕に力を込めると、テキロが腕の中で息を呑む音が聞こえる。
「ま、まさか、聡一朗……!」
「………」
「……聡一朗こそ、だ、大丈夫なのか?……その、尻は……」
「……大丈夫だ。まだ全線開通には至っていない」
テキロは聡一朗を押し返し「何だよそれ」と笑う。
問題は山積みだが、ここは笑っておくしかあるまい。
聡一朗がクツクツと笑いだし、取り敢えず2人して腹を抱えて笑った。
現実逃避コンビの誕生である。
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