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前半戦
31.獄主、聡一朗の寝室へ泊る
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聡一朗は風呂から上がると、欠伸を噛み殺した。目をごしごし擦って、和室を見る。
片隅に布団を敷いて寝ているのはテキロだ。
改修を手伝っていたテキロも疲れていたらしく、夕餉の最中に舟を漕いでいた。今日は早めに休むように言ったが、聡一朗の入浴中に素直に寝たようだ。
もうすっかり爆睡しているようで、妙な寝息が聞こえる。鼻でも詰まっているかもしれない。
聡一朗も疲れてはいたが、これくらいの疲れは慣れたものだった。
それにもう夜の帳は下りているので、身体を休めることは諦めている。
聡一朗は寝台に上がり、クッションを積み上げた。それに凭れ掛かると、ふぅと息を吐き切る。
今日は眠りたくなかった。
眠れば悪夢が待っている。せっかく昼間楽しかったのに、台無しになりそうで恐かった。
しかし寝室にいては、眠気は襲ってくる。
やはり庭でも歩こうかなと、聡一朗は腰を上げた。そこでピタリと固まった。寝室の入り口にいつの間にか獄主が立っていたからだ。
「聡一朗、どこへ行く?」
「いや、どこへ行くって、何故ここにいる?」
獄主も風呂上がりなのか、着流し一枚だ。不満そうに眉を寄せるが、口元は緩んでいるように見えた。
「候補者の居に来るのに、理由がいるのか?」
「あ……え?って、ことは?」
そこで、聡一朗の眠気は吹き飛んだ。
何時の事だったか、テキロとやり取りした言葉が頭の中に響き渡る。
『テキロ……今更なんだが、獄主が夜に居に来たら、その、やるのか?』
『勿論。というか、その為に居に来るんだろ?』
心臓がぐっと締まり、全身の毛穴がぶわりと開く。完全に失念していた。毎晩その可能性があるという事を。
「まさか、そんな……今日、これから?」
「そうだな。……そうするか?」
獄主は言いながら、やんわりと笑う。余裕に溢れているその態度に、狼狽える聡一朗は言い返す言葉もない。
獄主は狼狽える聡一朗を満足そうに見て、また一層笑みを浮かべる。
そして、手に持っていたバッグを掲げた。
「漫画だ。一緒に読むか?」
「……へ?漫画?」
獄主が寝台へ近付き、バッグから中身を取り出した。
それを見て、聡一朗は瞳を輝かせる。
「これフウトさん達に借りる予定だった、漫画の続巻!」
「あと10巻で完結だ。読むだろ?」
微笑みながら言う獄主に、聡一朗はコクコクと頷いた。
________
寝台の上に男2人、並んで座っている。
聡一朗はクッションに凭れて漫画を読み、獄主はしっかり腰を立てて書類を捲っていた。
こんな時間まで仕事かよ、と聞いたが、別に急ぎでは無いと言う。
じゃあ取り立ててやる必要も無いのではと思うが、あまり追及すると違う事をする可能性もある。結果、聡一朗は黙っておくことにした。
獄主のページを捲る音が、妙に心地良い。
パラリと音がした後、スス、と書類を指で擦る音がする。癖なのか、頻繁に紙の上を擦る音が聞こえると、くすくすと笑い出したくなる。
聡一朗が読んでいる漫画も、もう5冊目に入った。もう真夜中と呼べる時刻だ。次第に目蓋が重くなってくる。
獄主と聡一朗の肩は触れ合うくらいの距離だが、そこがとても温かい。うつらうつらするのが嫌で、聡一朗は緩く頭を振った。
「聡一朗、眠いのか?」
「んん、寝たくない」
睡魔に襲われ、駄々っ子の様な返答しかできない。
獄主から髪を梳かれ、親指で眉を擦られると、もう駄目だった。
「聡一朗、寝ると良い。私なら気にするな」
「……んん……」
手に持っていた本さえ持てなくなると、獄主に頭を引き寄せられる。そのまま髪を撫でられると、味わったこともない心地よさが身体を巡る。
聡一朗が意識を手放すのに、時間はかからなかった。
「っ!っひ……!」
胸の中で穏やかな寝息を立てていた聡一朗が、ビクリと身体を揺らす。
彼は今、悪夢の中にいる。抗えない恐怖に、身を震わせている。
リュシオルに聞いた通りの過去なら、聡一朗のこれはその時のトラウマが原因だろう。
児童虐待を受け、血を吐く思いで支えた妹を道連れにされた。どれほど辛かったか想像もしたくない。
獄主は聡一朗を抱きしめると、耳元に口を寄せた。
「しー……大丈夫。聡一朗、こっちにおいで」
穏やかな声で言うと、聡一朗は声の出所を探すように頭を振る。助けを求めるような仕草に、心が凍みるように痛んだ。
何度か彼の夜に付き添い、獄主は打開策を探っていた。結果、優しく声をかけるのが一番効果的だと気付いたのだ。
その証拠に最近は、以前のような過呼吸までには至らない。比較的短時間で症状が治まるようになっている。
穏やかな寝息を立て始めた聡一朗の鼻梁に、獄主はそっと口付ける。
「毎晩こうして眠れたら良い」
その為の改修工事でもある。
聡一朗を一層腕の中に抱き込んで、獄主も目を瞑った。
________
テキロは目の前の光景に、心臓の機能を停止させた。
聡一朗の言葉を借りるのは悔しいが、恐らく今の自分には黒目が無いだろう。
朝、聡一朗を起こすのはテキロの仕事だった。決められた時間に、寝室を訪れる。
テキロが起こしに行くと、聡一朗はもう起きているか、作業場に行っていることも多い。
欠伸を噛み殺しながら、今日も聡一朗の寝室のドアに手を掛けた。
「聡一朗、朝だぞ……」
他の候補者じゃ考えられない事だろうが、テキロはノックもせずに扉を開ける。
そこには普段より大きな布団の膨らみがあった。明らかに聡一朗一人ではない。
一瞬思考が停止し立ち尽くしていると、膨らみがモゾモゾ動き、中から艶やかな銀糸が現れた。
この時点で、心臓は止まっていたとテキロは思う。
長い銀糸を垂らしながら上体を起こし、獄主はテキロを見た。
そして人差し指を口元に当てる。「静かに」のジェスチャーであることは、馬鹿でもわかる。
そして、獄主の隣には……もう言うまでもないが、聡一朗が寝ていた。
慌てて頭を下げると、テキロはその姿勢のまま後ろへ下がる。足が縺れなかった事を褒めて欲しいぐらいだ。
静かに扉を閉めると、いつの間にか止めていた息を吐き切る。
(びっくり、した……)
獄主が十居にいた。夜に来たのだろうか。全然気が付かなかった自分の愚かさを呪う。
聡一朗と一緒に寝台に一緒に寝ていた、という事は……そういう事なのだろう。
(そ、聡一朗……お前、ついに……)
感慨深くなると共に、何となく寂しさも湧いてくる。
ずっと童貞仲間だったやつが卒業した時の感覚と似ているが、聡一朗の場合は処女喪失という事になるだろう。
「処女……」
これほど聡一朗に似合わない単語は無い。複雑な面持ちで立ち尽くしていると、いきなりフウトとライトが姿を現した。
2人とも頬が緩みまくっている。
「安心しろテキロ。まだ処女だよ」
「……うそぉ!?寝室で2人で寝てたのに?」
フウトとライトはお互いにニヤニヤ笑い合うと、コクコクと頷く。まるでご褒美を貰ったかのように、目元も口元も緩みっぱなしだ。
「2人で漫画読んでただけだ。愛だよなぁ」
「ま、漫画?」
「テキロ、聡一朗様が不眠症って知ってたか?」
「……え?」
確かにテキロが起こしに行くと、聡一朗はいつも起きている。
寝ていたのを見たのは、聡一朗が自分が死んだと思っていた朝だけだ。聡一朗の寝顔を見たのはあの時が初めてだったので、こっそり観察したのを覚えている。
昼寝が多いのはそのせいか、と今更気付く。これでは世話役失格だ。
「夜中うなされて眠れないらしいぞ。付き添ってやりたいから漫画貸せって言われた時には、鼻血出るかと思ったよ」
フウトが言い、ライトが胸に手を当てた。「尊い」と言いながら、恍惚の表情を浮かべている。
あんぐりと口を開けたままのテキロに、フウトはニヤリと口端を吊り上げる。
「目覚めの一発があるかもしれんから、気を抜くなよ?」
その言葉に一気に赤くなるテキロを、フウトとライトが笑い飛ばした。
________
突然むくりと起きた聡一朗に、獄主は思わず目を丸くした。
先ほどまで寝顔を堪能していたのに、急に身体を起こしたのだ。まるで腹筋でもしているかのようだった。死人が急に生き返る様とも似ている。
聡一朗は窓を見て「あさ……」と呟くと、突然寝台を降りた。
獄主が聡一朗の行動に目を白黒させていると、事もあろうに聡一朗は獄主を背に服を脱ぎ始めたのだ。
躊躇うことなく前紐を外し、肩が露わになった。
普段から陽に当たっているせいか、服を着ている部分は驚くほど白くて透き通っている。僅かに薄桃色の色がさして、まるで少年のような無垢な肌だった。
肩から着物が外れると、着流しは抵抗なく床に落ちる。
肩甲骨の膨らみから腰まで、一切無駄な肉は付いていない。男性にしてはかなり細いが、しっかりと筋肉の陰影が浮かんでいる。
窓辺に掛けられていた今日の着物を取ろうと、聡一朗が手を伸ばす。獄主側へと尻を突き出す体勢になり、獄主が思わず声を上げた。
「そ、聡一朗……!」
その声に、聡一朗は頭だけ振り返る。
聡一朗は獄主を見て、大して驚きもしない。「おお」と言う言葉だけを残して、掛けていた上衣を取った。
「そうだ、獄主も一緒だったな。おはよう」
上衣の袖に腕を通し、前紐を結びながら微笑む聡一朗に獄主は唖然とする。同時に憤りも湧いてきた。
「お、お前、この間は裸になるのを相当嫌がったくせに……!」
どれだけその背中が見たかったことか。不意打ちのように見てしまったせいで碌に見ていない。何と勿体無いことか。
聡一朗は獄主の言葉に僅かに眉を寄せると、拗ねたように唇を突き出した。
「あの時はパンツも履いてなかったんだぞ?本来、男同士なんだから抵抗ないだろ?」
「……な、何!?」
「そもそも俺の身体なんて見ても、問題ないだろ?そうだ獄主、朝飯食って帰るよな?」
(問題ない、だと?ふざけるな……!)
獄主は目を見開くと、上衣だけの聡一朗を見遣った。着流しより短い上衣は、聡一朗の太腿までしかない。
そしてあろうことか、聡一朗はその姿のまま寝室のドアを開いた。
獄主は寝台から降りると、彼の首根っこを掴む。
「!?」
「お前は!!何という格好で出るつもりだ!」
そのまま聡一朗は寝室に引きずり込まれ、獄主から長々と説教を受ける事となった。
片隅に布団を敷いて寝ているのはテキロだ。
改修を手伝っていたテキロも疲れていたらしく、夕餉の最中に舟を漕いでいた。今日は早めに休むように言ったが、聡一朗の入浴中に素直に寝たようだ。
もうすっかり爆睡しているようで、妙な寝息が聞こえる。鼻でも詰まっているかもしれない。
聡一朗も疲れてはいたが、これくらいの疲れは慣れたものだった。
それにもう夜の帳は下りているので、身体を休めることは諦めている。
聡一朗は寝台に上がり、クッションを積み上げた。それに凭れ掛かると、ふぅと息を吐き切る。
今日は眠りたくなかった。
眠れば悪夢が待っている。せっかく昼間楽しかったのに、台無しになりそうで恐かった。
しかし寝室にいては、眠気は襲ってくる。
やはり庭でも歩こうかなと、聡一朗は腰を上げた。そこでピタリと固まった。寝室の入り口にいつの間にか獄主が立っていたからだ。
「聡一朗、どこへ行く?」
「いや、どこへ行くって、何故ここにいる?」
獄主も風呂上がりなのか、着流し一枚だ。不満そうに眉を寄せるが、口元は緩んでいるように見えた。
「候補者の居に来るのに、理由がいるのか?」
「あ……え?って、ことは?」
そこで、聡一朗の眠気は吹き飛んだ。
何時の事だったか、テキロとやり取りした言葉が頭の中に響き渡る。
『テキロ……今更なんだが、獄主が夜に居に来たら、その、やるのか?』
『勿論。というか、その為に居に来るんだろ?』
心臓がぐっと締まり、全身の毛穴がぶわりと開く。完全に失念していた。毎晩その可能性があるという事を。
「まさか、そんな……今日、これから?」
「そうだな。……そうするか?」
獄主は言いながら、やんわりと笑う。余裕に溢れているその態度に、狼狽える聡一朗は言い返す言葉もない。
獄主は狼狽える聡一朗を満足そうに見て、また一層笑みを浮かべる。
そして、手に持っていたバッグを掲げた。
「漫画だ。一緒に読むか?」
「……へ?漫画?」
獄主が寝台へ近付き、バッグから中身を取り出した。
それを見て、聡一朗は瞳を輝かせる。
「これフウトさん達に借りる予定だった、漫画の続巻!」
「あと10巻で完結だ。読むだろ?」
微笑みながら言う獄主に、聡一朗はコクコクと頷いた。
________
寝台の上に男2人、並んで座っている。
聡一朗はクッションに凭れて漫画を読み、獄主はしっかり腰を立てて書類を捲っていた。
こんな時間まで仕事かよ、と聞いたが、別に急ぎでは無いと言う。
じゃあ取り立ててやる必要も無いのではと思うが、あまり追及すると違う事をする可能性もある。結果、聡一朗は黙っておくことにした。
獄主のページを捲る音が、妙に心地良い。
パラリと音がした後、スス、と書類を指で擦る音がする。癖なのか、頻繁に紙の上を擦る音が聞こえると、くすくすと笑い出したくなる。
聡一朗が読んでいる漫画も、もう5冊目に入った。もう真夜中と呼べる時刻だ。次第に目蓋が重くなってくる。
獄主と聡一朗の肩は触れ合うくらいの距離だが、そこがとても温かい。うつらうつらするのが嫌で、聡一朗は緩く頭を振った。
「聡一朗、眠いのか?」
「んん、寝たくない」
睡魔に襲われ、駄々っ子の様な返答しかできない。
獄主から髪を梳かれ、親指で眉を擦られると、もう駄目だった。
「聡一朗、寝ると良い。私なら気にするな」
「……んん……」
手に持っていた本さえ持てなくなると、獄主に頭を引き寄せられる。そのまま髪を撫でられると、味わったこともない心地よさが身体を巡る。
聡一朗が意識を手放すのに、時間はかからなかった。
「っ!っひ……!」
胸の中で穏やかな寝息を立てていた聡一朗が、ビクリと身体を揺らす。
彼は今、悪夢の中にいる。抗えない恐怖に、身を震わせている。
リュシオルに聞いた通りの過去なら、聡一朗のこれはその時のトラウマが原因だろう。
児童虐待を受け、血を吐く思いで支えた妹を道連れにされた。どれほど辛かったか想像もしたくない。
獄主は聡一朗を抱きしめると、耳元に口を寄せた。
「しー……大丈夫。聡一朗、こっちにおいで」
穏やかな声で言うと、聡一朗は声の出所を探すように頭を振る。助けを求めるような仕草に、心が凍みるように痛んだ。
何度か彼の夜に付き添い、獄主は打開策を探っていた。結果、優しく声をかけるのが一番効果的だと気付いたのだ。
その証拠に最近は、以前のような過呼吸までには至らない。比較的短時間で症状が治まるようになっている。
穏やかな寝息を立て始めた聡一朗の鼻梁に、獄主はそっと口付ける。
「毎晩こうして眠れたら良い」
その為の改修工事でもある。
聡一朗を一層腕の中に抱き込んで、獄主も目を瞑った。
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テキロは目の前の光景に、心臓の機能を停止させた。
聡一朗の言葉を借りるのは悔しいが、恐らく今の自分には黒目が無いだろう。
朝、聡一朗を起こすのはテキロの仕事だった。決められた時間に、寝室を訪れる。
テキロが起こしに行くと、聡一朗はもう起きているか、作業場に行っていることも多い。
欠伸を噛み殺しながら、今日も聡一朗の寝室のドアに手を掛けた。
「聡一朗、朝だぞ……」
他の候補者じゃ考えられない事だろうが、テキロはノックもせずに扉を開ける。
そこには普段より大きな布団の膨らみがあった。明らかに聡一朗一人ではない。
一瞬思考が停止し立ち尽くしていると、膨らみがモゾモゾ動き、中から艶やかな銀糸が現れた。
この時点で、心臓は止まっていたとテキロは思う。
長い銀糸を垂らしながら上体を起こし、獄主はテキロを見た。
そして人差し指を口元に当てる。「静かに」のジェスチャーであることは、馬鹿でもわかる。
そして、獄主の隣には……もう言うまでもないが、聡一朗が寝ていた。
慌てて頭を下げると、テキロはその姿勢のまま後ろへ下がる。足が縺れなかった事を褒めて欲しいぐらいだ。
静かに扉を閉めると、いつの間にか止めていた息を吐き切る。
(びっくり、した……)
獄主が十居にいた。夜に来たのだろうか。全然気が付かなかった自分の愚かさを呪う。
聡一朗と一緒に寝台に一緒に寝ていた、という事は……そういう事なのだろう。
(そ、聡一朗……お前、ついに……)
感慨深くなると共に、何となく寂しさも湧いてくる。
ずっと童貞仲間だったやつが卒業した時の感覚と似ているが、聡一朗の場合は処女喪失という事になるだろう。
「処女……」
これほど聡一朗に似合わない単語は無い。複雑な面持ちで立ち尽くしていると、いきなりフウトとライトが姿を現した。
2人とも頬が緩みまくっている。
「安心しろテキロ。まだ処女だよ」
「……うそぉ!?寝室で2人で寝てたのに?」
フウトとライトはお互いにニヤニヤ笑い合うと、コクコクと頷く。まるでご褒美を貰ったかのように、目元も口元も緩みっぱなしだ。
「2人で漫画読んでただけだ。愛だよなぁ」
「ま、漫画?」
「テキロ、聡一朗様が不眠症って知ってたか?」
「……え?」
確かにテキロが起こしに行くと、聡一朗はいつも起きている。
寝ていたのを見たのは、聡一朗が自分が死んだと思っていた朝だけだ。聡一朗の寝顔を見たのはあの時が初めてだったので、こっそり観察したのを覚えている。
昼寝が多いのはそのせいか、と今更気付く。これでは世話役失格だ。
「夜中うなされて眠れないらしいぞ。付き添ってやりたいから漫画貸せって言われた時には、鼻血出るかと思ったよ」
フウトが言い、ライトが胸に手を当てた。「尊い」と言いながら、恍惚の表情を浮かべている。
あんぐりと口を開けたままのテキロに、フウトはニヤリと口端を吊り上げる。
「目覚めの一発があるかもしれんから、気を抜くなよ?」
その言葉に一気に赤くなるテキロを、フウトとライトが笑い飛ばした。
________
突然むくりと起きた聡一朗に、獄主は思わず目を丸くした。
先ほどまで寝顔を堪能していたのに、急に身体を起こしたのだ。まるで腹筋でもしているかのようだった。死人が急に生き返る様とも似ている。
聡一朗は窓を見て「あさ……」と呟くと、突然寝台を降りた。
獄主が聡一朗の行動に目を白黒させていると、事もあろうに聡一朗は獄主を背に服を脱ぎ始めたのだ。
躊躇うことなく前紐を外し、肩が露わになった。
普段から陽に当たっているせいか、服を着ている部分は驚くほど白くて透き通っている。僅かに薄桃色の色がさして、まるで少年のような無垢な肌だった。
肩から着物が外れると、着流しは抵抗なく床に落ちる。
肩甲骨の膨らみから腰まで、一切無駄な肉は付いていない。男性にしてはかなり細いが、しっかりと筋肉の陰影が浮かんでいる。
窓辺に掛けられていた今日の着物を取ろうと、聡一朗が手を伸ばす。獄主側へと尻を突き出す体勢になり、獄主が思わず声を上げた。
「そ、聡一朗……!」
その声に、聡一朗は頭だけ振り返る。
聡一朗は獄主を見て、大して驚きもしない。「おお」と言う言葉だけを残して、掛けていた上衣を取った。
「そうだ、獄主も一緒だったな。おはよう」
上衣の袖に腕を通し、前紐を結びながら微笑む聡一朗に獄主は唖然とする。同時に憤りも湧いてきた。
「お、お前、この間は裸になるのを相当嫌がったくせに……!」
どれだけその背中が見たかったことか。不意打ちのように見てしまったせいで碌に見ていない。何と勿体無いことか。
聡一朗は獄主の言葉に僅かに眉を寄せると、拗ねたように唇を突き出した。
「あの時はパンツも履いてなかったんだぞ?本来、男同士なんだから抵抗ないだろ?」
「……な、何!?」
「そもそも俺の身体なんて見ても、問題ないだろ?そうだ獄主、朝飯食って帰るよな?」
(問題ない、だと?ふざけるな……!)
獄主は目を見開くと、上衣だけの聡一朗を見遣った。着流しより短い上衣は、聡一朗の太腿までしかない。
そしてあろうことか、聡一朗はその姿のまま寝室のドアを開いた。
獄主は寝台から降りると、彼の首根っこを掴む。
「!?」
「お前は!!何という格好で出るつもりだ!」
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