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前半戦
27.獄主、聡一朗の過去を知る
しおりを挟むリュシオルは、神の側近であり右腕だ。
神は滅多に表に出ないため、リュシオルが神に代わって御言葉を授けている。影の最高権力者だ。
実質彼が何もかも動かしているという噂もある程、有能で力を持った人物である。
「マダリン、お久しぶり~」
砕けた態度がいつになっても慣れない。獄主は目の前の男を見た。
神の側近、リュシオル。
癖のある水色の髪は程よくウェーブを描いている。薄い褐色の肌に、透き通るような水色の瞳。神秘的な容姿にも関わらず、彼の口から出る言葉はいつも砕けている。
「マダリオです。リュシオル様」
「知ってるって。マダリン」
まるで語尾にハートが尽きそうな声色だ。
跪いている獄主に立つように指示すると、リュシオルは出された紅茶に口をつける。
薄い笑みを浮かべると「地獄の茶は不味いね」と可愛くない事を美麗な顔で言い放った。
「して、本日は」
「やだなぁマダリン、僕が何の用で来たのか予想は付いているんだろう?」
「………花嫁候補の件ですか?」
リュシオルが指をぱちんと鳴らし、口が弧を描く。瞳はまったく笑っていない。
「そう!やはり優秀だね、マダリンは」
「……」
黙っている獄主に、リュシオルは今度は瞳だけ細めて笑いかける。
「ハヴェルに報告を受けてね。咎津の無い候補者がマダリンのとこにいるって。いや~吃驚しちゃったよ」
(やはりハヴェルの仕業か)
予想はしていた。
だがいずれ獄主からも報告しようと思っていたことだ。怒りは湧かずとも、ハヴェルの根を持つ性格に嫌悪感を覚える。
「霧谷聡一朗、マダリンのとこにいるの?」
「……はい」
獄主が顔を上げると、リュシオルの顔から笑みが消えていた。
水色の双眸が細められ、噎せ返るような力の波動が辺りに渦巻く。
獄主がそれに呑まれないように息を詰めていると、リュシオルが「おっと」と言いながらいつもの調子へ戻った。
「やだなぁ、柄にもなく取り乱しちゃった。大丈夫?マダリン」
「いいえ。それより聡一朗をどうするつもりですか?」
小さく問う獄主に、リュシオルは眉を吊り上げた。面白いものを見つけた子供のように、頬骨が高く持ち上がる。
「マダリン。……霧谷聡一朗はね、神と僕の愛し子なんだよ」
「!?……愛し子……?」
突然の告白に、獄主は頭が真っ白に染まる。聞きたいことは沢山ある筈なのに、声が出ない。
リュシオルは顔を歪ませた。心痛に耐えているような表情だ。
「聡一朗は、僕の後継者にするつもりだった。試練を与えるつもりでね、祝福も加護も与えず、人間界に産み落としたんだ。……それがいけなかった」
リュシオルは指で唇を擦りながら「後悔してるよ」と呟いた。
「彼の人生は悲惨でね。取り巻く環境も最悪だった。彼から聞いているかい?」
「……教えて頂けますか?」
獄主の問いに、またリュシオルは興味深げに眉を吊り上げた。
そして長いまつ毛に縁取られた目蓋を下げると、短く嘆息する。
「彼が12歳の頃、父親が再婚してね。継母には4歳の娘がいた。聡一朗は突然出来た妹を、それは可愛がっていたよ。継母に性的虐待を受けても、妹や父に悟られないよう健気に頑張っていた」
「……12歳の時から?」
リュシオルが頷くのを見て、胸がつきりと痛んだ。
12歳など、まだ性も未熟な少年のはずだ。聡一朗から打ち明けられはしていたが、性的虐待とは聞いていない。
「再婚して間もなく、彼の父が病死した。それから性的虐待は増し、暴力も加わった。生活は困窮し、まさに地獄だったよ。中学生になった聡一朗は、バイトをして家計を助けていた。継母は碌に働かず、家計は聡一朗が支えていたようなものだ。それでも、中学生には限界がある」
「………周囲の大人は、彼を助けなかったのですか?」
リュシオルが頭を振る。
「妹は母を愛していたからね。聡一朗は妹のために周囲には黙っていた。どんな境遇にいても、聡一朗は清い心を濁さなかった。聡一朗は聡い子だったからね、堅実な道を模索して、自衛隊高等工科学校に入学した」
自衛隊高等工科学校は中学卒業と同時に入学できる。在学中も給与を貰え、卒業後も自動的に自衛官となるのだ。
「妹の将来も見据えた選択だった。当然、継母は猛反対だよ、寮生活だからね。家族を捨てるのかと罵られても、彼の意志は変わらなかった。貰った給料の殆どを仕送りし、休みがあれば帰省し……丁度そのころ、継母にも恋人が出来て……思えば聡一朗の人生のピークは、在学中だったかもしれない」
リュシオルがまた紅茶に口を付け、苦々しい顔を浮かべる。それは単に、茶が口に合わないだけでは無さそうだった。
話を続けるのが辛そうに、リュシオルは顔を顰めた。
「聡一朗が自衛官として働き始めて数年後、継母が自殺する。可哀想に、まだ少女だった妹も道連れだ。理由は、母親が恋人に逃げられた事だった。……その日から、聡一朗は壊れた。何もしなくなった。何も口に入れない、睡眠も取らない……思えばあの時、もう迎えに行っておけば良かったんだ」
リュシオルは感情が籠っていない双眸に、獄主を映した。嘲るように笑うと、玲瓏な顔が醜く歪む。
「マダリン、彼が変だとは思わないか?無鉄砲で、なりふり構わず突っかかる。そのくせ愛情深く人を思いやる。しかし与えられる情には鈍感だ」
「……思い当たる所があります」
聡一朗は、獄主やハヴェルに恐れることなく突っかかり、強欲で奔放かと思えば、無欲で自分に情が無い。思い当たる節が確かにある。
リュシオルが頷いて、眉を下げた。「僕が悪いんだ」と呟く。
「あまりに惨い想いをしていたから、教えてしまったんだよ。聡一朗に感情に蓋をするすべを教えた。以来、彼は感情に蓋をして生きている。恐怖も悲しみも、痛みも寂しさも、蓋をしているんだ。聡一朗自身が許せない感情は、全部蓋をしている」
「聡一朗が許せない感情?」
「そうだね。恐怖や寂しさもそうだけど、愛されたいとか甘えたいとか、そんなのも含めてかな」
リュシオルは、眉を顰める獄主を見ている。まるで見定めているような瞳だった。
獄主もそれに気付き、リュシオルを睨むように見つめると、リュシオルが肩を竦めた。またパチンと指を鳴らすと、人差し指を立てる。
「さぁて、話は本題だ!それから数年後、聡一朗が死のうとしているのに気付いて、僕は慌てて彼を候補者にした。そのまま魂の選別に入られると、見つけるのが遅れてしまう。候補者になって、こっちの理を学んでもらうのも良い。ナイスアイデアだった、までは良い」
リュシオルは立てていた指を、獄主に突き付けた。数回揺らすと、口の端を吊り上げる。
そして困った様に眉を下げ、悪戯が見つかった子供のように舌を出した。
「あろうことか、僕は間違って地獄の候補者に彼を入れてしまった。……マダリオ、彼は本当は天国の候補者だったんだ。天国の長であるルオのね。天国も今は花嫁選抜中で、お祭り騒ぎだよ」
「……!」
顔にカッと血が上って、それから急激に墜ちて行く。
指先が痺れて震える。
「うそだ」と自分でも聞こえない声で呟くと、リュシオルがそれを拾った。
獄主の震える指を見て「んん~?」と言いつつ、顔を斜めに仰ぎ見る。何か楽しい事を見つけた子供のようにしゃがむと、リュシオルは俯き加減の獄主を見上げた。
「マダリン、聡一朗のこと気に入ってんの?」
獄主にギロリと睨まれ、リュシオルは手を上げて降参のポーズをとる。無邪気に笑う顔が、ひどく憎たらしい。
「聡一朗は渡しません」
「うん、いいよぉ」
てっきり反対されるかと思っていた獄主は、しゃがみこんでいるリュシオルに訝し気な視線を落とした。
「お~こわ」と言いつつ、リュシオルは立ち上がる。
「ルオには伝えてないし、マダリンが気に入ってるなら、聡一朗はそっちで良いよ。問題が起きなければね」
「……信じていいと?」
「いやだなぁ。僕、神の代弁者だよ?嘘は言わない」
リュシオルは時計も付けていないのに、自分の手首を見た。
「あら、いっけないこんな時間。僕帰らないと!じゃあね、マダリン」
手を上げて踵を返そうとした所で、リュシオルは止まった。顔をこちらに向けないまま、静かに乾いた声が滴り落ちる。
「……聡一朗が、どうして死んだかは、いずれ本人から聞いてあげてね。胸糞悪すぎて、僕からは教えられない」
言い捨てると、リュシオルは足先から透明になっていく。彼は僅かに舌打ちを落としながら、光の粒になって漂い消えた。
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