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前半戦

25.獄主、めちゃ怒る (上)**

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「今日と明日、聡一朗は帰らん」

 そう十居の小鬼に言い渡す獄主は、まるで背後に焔を宿しているようだった。
 獄主に抱えられている聡一朗が青ざめた顔をして、テキロに目で助けを求めている。

(ごめん、無理)
 当然テキロには止められない。テキロは遠ざかっていく2人を、ただ見守るしかなかった。


 数時間前の事である_____

 獄主はその日、昼食に聡一朗を誘った。しかし、彼から返ってきた返答はこうだった。

『パーゴラがもうすぐ完成だから、行けない』

 勿論腹が立ったが自分が贈った薔薇だ。大事にされている事に悪い気はしない。

 だが悲しいことに会いたいという想いを、獄主はどうしても消化できなかった。昼食を済ませた後、獄主は自然と十居へ向かっていた。

 聡一朗は十居に続く小道で、パーゴラに薔薇を這わせていた。
 獄主が贈った手袋をきちんとつけて、聡一朗は薔薇を優しくパーゴラに括りつける。自然と頬が緩み、声を掛けようとしたその時だった。

 聡一朗は親し気な笑みを、別の鬼に向けている。獄主にも見覚えのあるその男は、施設担当の鬼だ。
 しばし談笑し笑い合うと、聡一朗はまた薔薇に視線を移す。しかし男の視線は、聡一朗から離れない。

 聡一朗の顔を、指先を、身体を、その男は見ている。それだけで全身が総毛立った。
 その男の視線に、情欲の色が確かに揺らいで見える。

 そして男の手がパーゴラの柱に触れた時、獄主の目にそれが映った。
 獄主が聡一朗に贈った手袋を、その男も身に着けていたのだ。


________

「ご、獄主、どうした……?」

 抱えられながら、何度目かも分からない問いを、聡一朗は獄主へ投げる。しかし返答は無いまま、獄主は歩を進める。
 怒っているのは分かる。が、なぜ怒っているのかは聡一朗には分からない。

 聡一朗は戸惑いながらも、どんどん獄主の居が近付いているのに、恐怖を感じ始めた。
 怒りに身をたぎらせている獄主は、何をするか分からない。
 混乱、警戒、恐怖。脳内に警告音が鳴り響く。何もされていないのに、じっとりと汗が滲んでいった。

「明日まで私は居に籠ると、コウトへ伝えろ」
「御意」

 独り言のように獄主が呟くと、フウトとライトの声が返ってくる。久しぶりに聞いた声だったが、今は懐かしむ余裕もない。

「ご、獄主、怒っている理由を教えてくれ。謝るから……」

 自身の居に着き、獄主は足で扉を開ける。
 侍女たちが驚いた顔を浮かべるも、すぐに状況を察して部屋を出て行った。今はその気の利いた行為が、恐怖にしか感じない。

 獄主は寝室には向かわず、ソファに聡一朗を降ろした。細かな装飾がされたソファは大きく、大人が5人は座れそうだ。

 ソファに降ろされるなり、唇を塞がれ、激しく舐られた。歯の裏をなぞられ、舌に噛みつかれる。

 咎津きゅうしん中毒の時は、まるで脳内が蕩けるような快感が駆け抜けたが、今は違う。
 与えられる刺激と、痛みが、まっすぐに脳に届く。その中にある快感が、じわりじわりと脳内を侵食する。

 下唇を噛まれ、聡一朗が痛みに顔をしかめると、獄主の唇が離れた。
 荒い呼吸を繰り返していると、今度は首筋に歯を立てられる。獄主の歯が容赦なく肌を突き破り、聡一朗は痛みの余り仰け反った。

「いっっ!!!たぁ!」

 皮膚が破れた部分を獄主はべろりと舐め、そこに舌を割り入れてくる。痛みと恐怖から逃れようと、聡一朗は獄主の肩をがむしゃらに押しやった。

「ご、獄主!何か言ってくれ。頼むから……」

 聡一朗の上に伸し掛かる獄主の顔は、怒りに震えている。その表情の中に僅かに浮かぶ寂寥せきりょうの色に、聡一朗の胸が痛んだ。

 こんな顔をさせたのは自分だ。怒りの理由が分からない自分にも、苛立ちがあった。

 だがやっぱり返答はない。
 獄主は自身の肩を押さえていた聡一朗の手を、何も言わないまま荒々しく掴む。

 聡一朗の両手首を合わせて掴むと、片手で難なく拘束する。その力は相当なもので、聡一朗の手首の骨と骨がみしりと音を立て、指先が痺れた。

 空いた方の手で、聡一朗の袴の帯が解かれていく。袴から覗く下着を忌々し気に見ると、それを片手で難なく引きちぎった。
 聡一朗のそれはまだ兆しを見せていない。それが気に入らないのか、獄主が荒々しく揉みしだく。

「う、やめ……く……」

 局所を直接刺激され、疼きに腰が跳ねる。
 だが手首の痛みが強烈で、上手く快感を拾う事が出来ない。聡一朗が頭を振って悶えていると、急にそこが温かいもので包まれた。

「っひっ!っは……」

 何事かと聡一朗は下半身に目をやると、獄主が自分のモノを口に入れている光景が飛び込んできた。
 銀糸をさらりと流しながら、聡一朗のものを咥え込む姿は、直視できないほど妖艶だ。

 強烈な快感だった。背徳感と快感が鬩ぎ合って、神経が焼き切れそうに張りつめる。

「うそ、だ、ろ……ん、ふっ!ぃ、んんん!」

 喘ぎ声は、漏らしたくない。きっとフウトとライトは側にいる。

 唇を噛むと、あの時の記憶がフラッシュバックしてきた。口の中に鉄さびの味が充満し、生理的な涙が頬を伝う。
 
 舌先で鈴口を穿られると、ビリビリと快感が突き抜けた。逃げようと腰を引くと、戒めるように吸い上げられる。

「ンんっつ!んんんん!!で、でる!でるから、はなし、い、ああァアああ!!」

 頭が真っ白になり、耳がキーンと音をたてた。自分の息遣いさえ遠くに感じられ、脱力する身体は自分のものとは思えない。

 聡一朗の残滓まで舐め取った獄主が、ごくりと喉を鳴らす音が響く。

 聡一朗が、緩く潤んだ瞳を開けると、そこには情欲に身を焦がした獄主が見下ろしていた。
 恐ろしかった。自分が彼を駆り立てている。自分が性欲の対象なのだと、聡一朗は今更ながら気付かされ、肌が粟立った。

 聡一朗は、気付けばカタカタと小刻みに震えていた。震えを止められず戸惑っていると、手首を握る獄主の手が緩む。
 せき止められていた血流がどっと指先へと押し寄せ、ビリビリとした痛みに聡一朗は顔を歪めた。

 獄主が慌てたように手を離し、聡一朗の震える手を見下ろしている。両手首が赤く腫れあがり、獄主が掴んだ痕がくっきりと残っている。

「そう、いちろう……」
「……だ、大丈夫、大丈夫」

 戸惑う獄主の髪を、安心させるように撫でる。手首がずきりと痛んだが、構うことは無い。

「ごめんな、獄主。俺には、あんたがなんで怒っているのか、分からないんだ」
「……私は………」
「……うん?」

 獄主が再び黙り込み、聡一朗は首を捻る。震えはいつの間にか止まっていたので、身を起こして獄主の顔を包み込んだ。
 獄主の顔からは怒りが消え、戸惑いと寂寥が浮かんでいる。聡一朗は眉を下げた。

「ごめんな。そんな顔をさせるつもりは無かった。俺は変に鈍感なところがあるから、面倒だろうけど、伝えてほしい」
「………手袋を……施設の担当に渡したな?」
「む?」

 聡一朗の脳裏に、いつかの光景が甦った。執務室で獄主に言われた「いいつけ」だ。

『今後、お前の持ち物を、私以外に与えるのは止めよ___』


 慌てて獄主を見ると、責めるような瞳に見据えられる。その瞳に聡一朗はビクリと肩を揺らした。

「あ……で、でもあれは、未使用品だぞ?」
「関係ない。しかも私からの贈り物なのだぞ?」

 聡一朗の手の中の獄主が、恨めし気に目を細める。「ごめん」と謝ってみたものの、獄主の表情は変わらない。

「私は言った筈だ。いいつけを守らなかったら、仕置きだと」
「い、言ったっけ?」

 「言った」と言いながら口付けられ、そのまま抱き上げられる。

「んんん?んンむ?」

 キスされたまま移動し、扉を蹴って開ける音が聞こえた。次に身体を降ろされた所は、寝台だ。
 見下ろす獄主は、拗ねる子供の様な顔をしている。

「本当は、最後まで犯して、聡一朗の全てを奪い尽くすつもりでいた。……しかし気が変わった」
「っ!さらっと物騒な事を……!」

 ぎしり、と獄主が寝台に膝を付き、聡一朗に顔を近付ける。後ずさりする聡一朗の腰を、獄主はすかさず掴んだ。

「聡一朗は分かっていない。自分がどれだけ、鬼を惹きつけているかを」
「な、なにを……」

 獄主は聡一朗の上衣に手をかけた。
 前紐を解くと、抗う様に聡一朗の手が伸びる。しかしその手はびくりと止まり、聡一朗が顔を顰めた。
 手首が殊の外痛んだのだ。

 獄主は心配そうに眉を寄せるも、すぐに責めるような視線に変わった。

「仕置きを止めるつもりはない」

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