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前半戦
24.聡一朗、候補者になる
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聡一朗の額には、まだ薄っすら傷が残っている。
獄主はそれを眺めて、聡一朗の首筋に視線を落とした。ハヴェルのつけた痕は、もう残っていない。しかし、思い出すだけで殺意が身を焦がしていく。
聡一朗に触れていいのは自分だけだ。ましてや傷つけた者など、いなくなればいい。
何かの想いに身を焦がされるのも、何気ない所作に心動かされるのも、初めての感覚で戸惑うばかりだ。
執務室から続くテラスは、獄主がよく茶を嗜む所だった。
目の前に広がるのは、獄主の故郷へと繋がる雄大な草原だ。その先に雄々しくそびえる山がある。そこに、地獄の王族が住んでいる。
獄主は、故郷に愛情が無い。しかしここから見える景色は好ましかった。
あそこにいる王族とは違う、独りでここを手中に抱き動かしている。それだけが自分の存在意義のような気がしていた。
ここで誰かと食事をとる日が来るなど、思ってもみなかったのだ。記念すべき日ともいえる。
だがしかし今は、目の前のこの男が、ただ憎らしい。
「まだ怒ってんの?獄主」
「……」
数日間、獄主は聡一朗に避けられた。
聡一朗の体調が戻るまで、根気よく待っていた……にも関わらずだ。
どうして避けられるのか分からず、やはり腹を括るのを止めたのかと憤っていたら、聡一朗はふらりとこうして執務室に現れた。
そして今、聡一朗は出された食事を平らげている。
怒っていた筈なのに、食事をする聡一朗に癒されている自分も憎らしい。
「ごめんな、ちょっと混乱していたんだ。やっと考えが纏まった」
「どういうことだ」
聡一朗は言いながら葡萄の皮を剥き始めた。長くて細い手で、器用に剥いていく。
今日のデザートに葡萄なんて選んだのは誰だ。そう毒づきながら、獄主は喉を鳴らす。
果汁で聡一朗の指が濡れる様は、艶がありすぎてつい凝視してしまう。聡一朗に向けていた怒りがまた萎んでいくのを感じ、獄主は一人嘆息した。
「……獄主、ちゃんと花嫁を選ぼう」
「うん?」
聡一朗は真剣な目を獄主へ向けると、心の内を吐露していく。
「……俺はあんたの足枷になりたくないんだ。これから俺はちゃんと桃鹿水も飲んで、自分をちゃんと管理する。だからあんたも、ちゃんと花嫁を見極めてくれ」
「……私が聡一朗に執着するのは、同情だとでも言いたいのか?」
その言葉に聡一朗が眉を寄せ、頭を横に振る。しばらく後、聡一朗が口を開いた。
「分からない、けど、かもしれないだろ?あんたも、ちゃんと自分の気持ちに向き合うべきだ」
「……」
(……軽く見られたものだ)
どこから聡一朗に魅かれていたか、事細かに並べたててやりたかった。
咎津で倒れるより前に、心奪われていたというのに。
「だから残りの候補者のこと、余すことなくちゃんと見て欲しい。数千年に一回の花嫁選抜だろ?大事にして欲しい」
(……ん?)
自分の気持ちを軽んじられ、怒りも湧いてきた。しかし獄主の中に一つの疑問が頭を擡げる。
聡一朗は、これまでずっと自分を候補者として扱って欲しがらなかった。一番最初に獄主が聡一朗を突き放したのが原因でもある。
候補者としての立場に拒否反応を示す聡一朗への対策が、友人設定だった。候補者として扱えば、こうやって拒否されるのは目に見えていたからだ。
その成果に、こうして2人きりで食事をすることを聡一朗は受け入れている。かなり距離は縮まったと言えるだろう。
そして今は、友人ではない。だから……。
「……分かった。残りの期間、しっかり自分と向き合い、花嫁を選抜する」
「!良かった!」
聡一朗の顔がパッと輝いた。同時に安堵したような表情になる。
獄主は瞳を細め、口の端を吊り上げた。心の底から歓喜に似た疼きが湧いてくる。
「残りの候補者の中に、聡一朗も含まれるな?」
「!?い、いや、俺は……」
「お前への気持ちも確かめたい。私はしっかり選びたいのだ。聡一朗に、言われた通り」
獄主は葡萄を剥いていた聡一朗の手を取る。目を丸くしている聡一朗に、怪しく笑いかけた。
「花嫁はどう選ぶと思う?」
聡一朗の人差し指を、口に含む。びくりと聡一朗が身体を揺らし、手を引こうとするのを引き留める。
舌を出し、指の間から指先まで舐め上げると、聡一朗の顔が羞恥に歪んだ。
「私は昼間、執務をしているから、居を訪れるのは主に夜だ」
今度は中指を口に入れ、舌を絡めてゆるゆると動かす。
「……っ!獄主……離せ……」
ちゅぷりと音をさせながら中指を離すと、爪先に歯を立てる。
「そうなると、閨を共にする事が、主な選び方になる。この意味が分かるな?聡一朗」
「っ!!!ちょっと、ま……!」
聡一朗の手には、あの時の傷がまだ残っていた。
親指の付け根。快感を逃すために、聡一朗が自ら噛みしめた、噛み痕だ。獄主はそこを舐め上げた。
聡一朗の脳裏に、否が応でもその晩の光景が蘇る。カッと熱が駆けあがり、咄嗟に獄主から顔を背けた。
「私たちはもう、友人ではない。この意味も分かるか?聡一朗」
聡一朗が腕を引こうと身体全体でもがいている。当然離すつもりはない。
獄主は顔を背けている聡一朗の顎を掴むと、目を合わせるように引き寄せる。
聡一朗の薄茶色の瞳が揺らいで、緑の色彩が差す。獄主は吸い寄せられるようにその瞳を見つめた。
唇を合わせるその瞬間に「美しいな、聡一朗」と呟くと、聡一朗の双眸が苦しそうに細められた。
噛みつくように唇を合わせると、果実の甘さが口に広がる。直接食べるより、何倍も美味だ。
唇を離すと、2人の唇を繋ぐ糸が光を受けて垂れて伸びる。糸の先の聡一朗はこれ以上ない程、扇情的だ。
「……楽しみにしているぞ、聡一朗」
「っっ……!!馬鹿言うな……」
________
(やばい。どうしてこうなった?)
聡一朗は焦っていた。今まで生きた中で、こんなに焦ったのは数えるほどしかない。
十居に着いたのは夕方近くだった。獄主の執務室からどうやって帰ったのか、あまり思い出せない。
縁側の柱を背に、ぼーっと庭の池を眺める。
「大丈夫か?聡一朗」
「テキロ………お前、酒は飲めるか?」
「飲める。用意するよ」
力強く言うテキロが、今は頼もしい。不覚にも涙が出そうだ。
テキロは酒とつまみを持って、直ぐに帰ってきた。2人分の冷奴と枝豆。おじさんには丁度いい酒のあてだ。
出された酒を少しだけ飲んで、聡一朗は口を開いた。
「テキロ……あのさ、今更なんだが、獄主が夜に居に来たら、その、やるのか?」
「勿論。というか、その為に居に来るんだろ?」
「っぐぅ!!簡単に言いやがる……!」
当然のように言い放つテキロの黒目は、悔しいことに正常な大きさだ。自分だけが狼狽えているのが、滅茶苦茶くやしい。
「別に昼間に来ても、やる事は一緒の場合も多い。お昼ごはん食べて、お話して、バイバイなんて、そうそう無いんじゃないかな?」
「っ!馬鹿な!!」
いちいち反応する聡一朗を見ながら、テキロは盃を傾けた。聡一朗はブツブツ言いながら、枝豆の鞘を齧っている。
「お、男同士って、どうやるんだ?やっぱ、あの穴か?」
「は?」
枝豆を齧っていた聡一朗から出た言葉に、テキロは唖然とした。
聡一朗が眉を寄せ「二度も言わせんなよ」と俯くのを見て、テキロは黒目を引き絞る。
「まさか、聡一朗、獄主としてないのか!?」
「し、してねぇわ!!阿呆!」
「だってお前、唾液の摂取とかトウゴさんに言われてたし、獄主の部屋にも泊まったろ!?」
「馬鹿!友人同士でやらねぇだろうが!」
そこまで言うと聡一朗は酒を呷り、空になった盃に酒を注ぎ始めた。
(そうだった。鬼は友達でも慰め合う設定なんだったっけ?)
獄主によって定められた謎の設定。これがテキロに混乱をもたらした。
歴代獄主も含め、花嫁選びは初日から交わるのが普通だ。居を訪れれば、獄主は咎津に誘われるまま身体を繋げる。
明け透けに言えば、花嫁は獄主に一番身体の合った人間という事になるのだ。世継ぎを産ませるために、一番重要な事だった。
獄主と接触があった候補者は、獄主と肉体関係を既に持っている。という認識が普通となる。
だからテキロも、聡一朗も当然獄主と関係を持っていると思い込んでいた。
まさかあんなに執着されておいて、まだだなんて。
テキロが唖然としていると、聡一朗の顔がさっと青ざめた。
「テ、テキロ……、ちょっと待て。十居に来て、獄主とやるんだったら……お、お前……」
「ああ、当然、睦言は聞こえるだろうな。俺はここに住んでいるから」
他の小鬼達は居住区で寝るが、世話役長のテキロは十居で寝起きしている。
十居に沿うようにして立てられた小屋で寝起きするのが普通だが、聡一朗と親しいテキロは、十居の和室で寝ている。
「………無理だ。獄主が来たら、テキロは居住区に行け」
「それこそ無理だ。獄主がいたら、一晩中起きていないといけない決まりなんだ」
「規則は破るためにあるんだぞ!!」
聡一朗が盃を縁側に叩きつけながら、分けのわからない事を言い放つ。
そんな聡一朗に構わずテキロが豆腐に手を出すと、聡一朗はテキロに醤油を差し出した。
(ほんと、不思議な奴だ)
聡一朗の思考回路はどうなっているのだろうか。混乱しているクセに、他人を気遣うことは止めないのだ。
テキロはコホンと咳払いをし、聡一朗を見る。
「事に及んでいる時が一番油断するから、俺もだけじゃなく護衛の2人も、部屋の近くに……」
「いいぃいいぃ、良い。分かった。その話はよそう」
眉間に手を当て、聡一朗は唸っている。その姿に、テキロは疑問が湧き上がり、素直に口にした。
「聡一朗は、女性とは経験があるのか?」
「……なんだよいきなり。……人並みには、あるんじゃないか?特に20代は、訓練の合間をぬって、悪友たちと頑張ってたな」
「訓練?」
「ああ、俺は若いころ、自衛官だったんだ」
テキロは呷っていた盃を、危うく落としそうになった。
「じ、自衛官?似合わない」
「そうだろ?直ぐ辞めたけどな。その感じだと、候補者の生前の経歴は知らされてないんだな」
「ああ、世話役にはそんな情報降りてこないよ」
ふうん、と言いながら、聡一朗は豆腐にくっついたネギの輪っかに、箸を通している。
その顔は仄かに赤い。着流しから覗く鎖骨まで赤くなっていて、目のやり場に困る。
酔った聡一朗は、結構やばいかもしれない。語彙力が足らないが、やばい。
「ああ、どうすっかな……」
そう呟く聡一朗に、掛ける言葉がテキロには見つからなかった。
獄主はそれを眺めて、聡一朗の首筋に視線を落とした。ハヴェルのつけた痕は、もう残っていない。しかし、思い出すだけで殺意が身を焦がしていく。
聡一朗に触れていいのは自分だけだ。ましてや傷つけた者など、いなくなればいい。
何かの想いに身を焦がされるのも、何気ない所作に心動かされるのも、初めての感覚で戸惑うばかりだ。
執務室から続くテラスは、獄主がよく茶を嗜む所だった。
目の前に広がるのは、獄主の故郷へと繋がる雄大な草原だ。その先に雄々しくそびえる山がある。そこに、地獄の王族が住んでいる。
獄主は、故郷に愛情が無い。しかしここから見える景色は好ましかった。
あそこにいる王族とは違う、独りでここを手中に抱き動かしている。それだけが自分の存在意義のような気がしていた。
ここで誰かと食事をとる日が来るなど、思ってもみなかったのだ。記念すべき日ともいえる。
だがしかし今は、目の前のこの男が、ただ憎らしい。
「まだ怒ってんの?獄主」
「……」
数日間、獄主は聡一朗に避けられた。
聡一朗の体調が戻るまで、根気よく待っていた……にも関わらずだ。
どうして避けられるのか分からず、やはり腹を括るのを止めたのかと憤っていたら、聡一朗はふらりとこうして執務室に現れた。
そして今、聡一朗は出された食事を平らげている。
怒っていた筈なのに、食事をする聡一朗に癒されている自分も憎らしい。
「ごめんな、ちょっと混乱していたんだ。やっと考えが纏まった」
「どういうことだ」
聡一朗は言いながら葡萄の皮を剥き始めた。長くて細い手で、器用に剥いていく。
今日のデザートに葡萄なんて選んだのは誰だ。そう毒づきながら、獄主は喉を鳴らす。
果汁で聡一朗の指が濡れる様は、艶がありすぎてつい凝視してしまう。聡一朗に向けていた怒りがまた萎んでいくのを感じ、獄主は一人嘆息した。
「……獄主、ちゃんと花嫁を選ぼう」
「うん?」
聡一朗は真剣な目を獄主へ向けると、心の内を吐露していく。
「……俺はあんたの足枷になりたくないんだ。これから俺はちゃんと桃鹿水も飲んで、自分をちゃんと管理する。だからあんたも、ちゃんと花嫁を見極めてくれ」
「……私が聡一朗に執着するのは、同情だとでも言いたいのか?」
その言葉に聡一朗が眉を寄せ、頭を横に振る。しばらく後、聡一朗が口を開いた。
「分からない、けど、かもしれないだろ?あんたも、ちゃんと自分の気持ちに向き合うべきだ」
「……」
(……軽く見られたものだ)
どこから聡一朗に魅かれていたか、事細かに並べたててやりたかった。
咎津で倒れるより前に、心奪われていたというのに。
「だから残りの候補者のこと、余すことなくちゃんと見て欲しい。数千年に一回の花嫁選抜だろ?大事にして欲しい」
(……ん?)
自分の気持ちを軽んじられ、怒りも湧いてきた。しかし獄主の中に一つの疑問が頭を擡げる。
聡一朗は、これまでずっと自分を候補者として扱って欲しがらなかった。一番最初に獄主が聡一朗を突き放したのが原因でもある。
候補者としての立場に拒否反応を示す聡一朗への対策が、友人設定だった。候補者として扱えば、こうやって拒否されるのは目に見えていたからだ。
その成果に、こうして2人きりで食事をすることを聡一朗は受け入れている。かなり距離は縮まったと言えるだろう。
そして今は、友人ではない。だから……。
「……分かった。残りの期間、しっかり自分と向き合い、花嫁を選抜する」
「!良かった!」
聡一朗の顔がパッと輝いた。同時に安堵したような表情になる。
獄主は瞳を細め、口の端を吊り上げた。心の底から歓喜に似た疼きが湧いてくる。
「残りの候補者の中に、聡一朗も含まれるな?」
「!?い、いや、俺は……」
「お前への気持ちも確かめたい。私はしっかり選びたいのだ。聡一朗に、言われた通り」
獄主は葡萄を剥いていた聡一朗の手を取る。目を丸くしている聡一朗に、怪しく笑いかけた。
「花嫁はどう選ぶと思う?」
聡一朗の人差し指を、口に含む。びくりと聡一朗が身体を揺らし、手を引こうとするのを引き留める。
舌を出し、指の間から指先まで舐め上げると、聡一朗の顔が羞恥に歪んだ。
「私は昼間、執務をしているから、居を訪れるのは主に夜だ」
今度は中指を口に入れ、舌を絡めてゆるゆると動かす。
「……っ!獄主……離せ……」
ちゅぷりと音をさせながら中指を離すと、爪先に歯を立てる。
「そうなると、閨を共にする事が、主な選び方になる。この意味が分かるな?聡一朗」
「っ!!!ちょっと、ま……!」
聡一朗の手には、あの時の傷がまだ残っていた。
親指の付け根。快感を逃すために、聡一朗が自ら噛みしめた、噛み痕だ。獄主はそこを舐め上げた。
聡一朗の脳裏に、否が応でもその晩の光景が蘇る。カッと熱が駆けあがり、咄嗟に獄主から顔を背けた。
「私たちはもう、友人ではない。この意味も分かるか?聡一朗」
聡一朗が腕を引こうと身体全体でもがいている。当然離すつもりはない。
獄主は顔を背けている聡一朗の顎を掴むと、目を合わせるように引き寄せる。
聡一朗の薄茶色の瞳が揺らいで、緑の色彩が差す。獄主は吸い寄せられるようにその瞳を見つめた。
唇を合わせるその瞬間に「美しいな、聡一朗」と呟くと、聡一朗の双眸が苦しそうに細められた。
噛みつくように唇を合わせると、果実の甘さが口に広がる。直接食べるより、何倍も美味だ。
唇を離すと、2人の唇を繋ぐ糸が光を受けて垂れて伸びる。糸の先の聡一朗はこれ以上ない程、扇情的だ。
「……楽しみにしているぞ、聡一朗」
「っっ……!!馬鹿言うな……」
________
(やばい。どうしてこうなった?)
聡一朗は焦っていた。今まで生きた中で、こんなに焦ったのは数えるほどしかない。
十居に着いたのは夕方近くだった。獄主の執務室からどうやって帰ったのか、あまり思い出せない。
縁側の柱を背に、ぼーっと庭の池を眺める。
「大丈夫か?聡一朗」
「テキロ………お前、酒は飲めるか?」
「飲める。用意するよ」
力強く言うテキロが、今は頼もしい。不覚にも涙が出そうだ。
テキロは酒とつまみを持って、直ぐに帰ってきた。2人分の冷奴と枝豆。おじさんには丁度いい酒のあてだ。
出された酒を少しだけ飲んで、聡一朗は口を開いた。
「テキロ……あのさ、今更なんだが、獄主が夜に居に来たら、その、やるのか?」
「勿論。というか、その為に居に来るんだろ?」
「っぐぅ!!簡単に言いやがる……!」
当然のように言い放つテキロの黒目は、悔しいことに正常な大きさだ。自分だけが狼狽えているのが、滅茶苦茶くやしい。
「別に昼間に来ても、やる事は一緒の場合も多い。お昼ごはん食べて、お話して、バイバイなんて、そうそう無いんじゃないかな?」
「っ!馬鹿な!!」
いちいち反応する聡一朗を見ながら、テキロは盃を傾けた。聡一朗はブツブツ言いながら、枝豆の鞘を齧っている。
「お、男同士って、どうやるんだ?やっぱ、あの穴か?」
「は?」
枝豆を齧っていた聡一朗から出た言葉に、テキロは唖然とした。
聡一朗が眉を寄せ「二度も言わせんなよ」と俯くのを見て、テキロは黒目を引き絞る。
「まさか、聡一朗、獄主としてないのか!?」
「し、してねぇわ!!阿呆!」
「だってお前、唾液の摂取とかトウゴさんに言われてたし、獄主の部屋にも泊まったろ!?」
「馬鹿!友人同士でやらねぇだろうが!」
そこまで言うと聡一朗は酒を呷り、空になった盃に酒を注ぎ始めた。
(そうだった。鬼は友達でも慰め合う設定なんだったっけ?)
獄主によって定められた謎の設定。これがテキロに混乱をもたらした。
歴代獄主も含め、花嫁選びは初日から交わるのが普通だ。居を訪れれば、獄主は咎津に誘われるまま身体を繋げる。
明け透けに言えば、花嫁は獄主に一番身体の合った人間という事になるのだ。世継ぎを産ませるために、一番重要な事だった。
獄主と接触があった候補者は、獄主と肉体関係を既に持っている。という認識が普通となる。
だからテキロも、聡一朗も当然獄主と関係を持っていると思い込んでいた。
まさかあんなに執着されておいて、まだだなんて。
テキロが唖然としていると、聡一朗の顔がさっと青ざめた。
「テ、テキロ……、ちょっと待て。十居に来て、獄主とやるんだったら……お、お前……」
「ああ、当然、睦言は聞こえるだろうな。俺はここに住んでいるから」
他の小鬼達は居住区で寝るが、世話役長のテキロは十居で寝起きしている。
十居に沿うようにして立てられた小屋で寝起きするのが普通だが、聡一朗と親しいテキロは、十居の和室で寝ている。
「………無理だ。獄主が来たら、テキロは居住区に行け」
「それこそ無理だ。獄主がいたら、一晩中起きていないといけない決まりなんだ」
「規則は破るためにあるんだぞ!!」
聡一朗が盃を縁側に叩きつけながら、分けのわからない事を言い放つ。
そんな聡一朗に構わずテキロが豆腐に手を出すと、聡一朗はテキロに醤油を差し出した。
(ほんと、不思議な奴だ)
聡一朗の思考回路はどうなっているのだろうか。混乱しているクセに、他人を気遣うことは止めないのだ。
テキロはコホンと咳払いをし、聡一朗を見る。
「事に及んでいる時が一番油断するから、俺もだけじゃなく護衛の2人も、部屋の近くに……」
「いいぃいいぃ、良い。分かった。その話はよそう」
眉間に手を当て、聡一朗は唸っている。その姿に、テキロは疑問が湧き上がり、素直に口にした。
「聡一朗は、女性とは経験があるのか?」
「……なんだよいきなり。……人並みには、あるんじゃないか?特に20代は、訓練の合間をぬって、悪友たちと頑張ってたな」
「訓練?」
「ああ、俺は若いころ、自衛官だったんだ」
テキロは呷っていた盃を、危うく落としそうになった。
「じ、自衛官?似合わない」
「そうだろ?直ぐ辞めたけどな。その感じだと、候補者の生前の経歴は知らされてないんだな」
「ああ、世話役にはそんな情報降りてこないよ」
ふうん、と言いながら、聡一朗は豆腐にくっついたネギの輪っかに、箸を通している。
その顔は仄かに赤い。着流しから覗く鎖骨まで赤くなっていて、目のやり場に困る。
酔った聡一朗は、結構やばいかもしれない。語彙力が足らないが、やばい。
「ああ、どうすっかな……」
そう呟く聡一朗に、掛ける言葉がテキロには見つからなかった。
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