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前半戦
17.獄主、クビにして下さい! *
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「お初にお目にかかります。私は獄主の侍医のトウゴと申します。お見知りおきを」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
場所は、未だに獄主の寝室。
まだ落ち着かない寝台の上で、聡一朗は頭を掻いた。助けを求めて逆のベッドサイドを見ると、緊張した面持ちのテキロが座っている。
テキロは侍医と一緒に入ってきたので、言葉は交わしていない。テキロも聡一朗を見て、僅かに安堵した表情を浮かべた後は、ずっと押し黙っている。
「獄主様は執務に戻られていますので、私だけが説明しに参りました。具合は如何ですか?」
トウゴはそう言いながら、自然な流れで聡一朗の手を取る。手首に指を押し当てて黙っているのを見て、脈を測られているのだと気付いた。
昔の香港映画で見たことがある。脈で病気を診るなんて、ほぼほぼファンタジーだと聡一朗は思っていた。
「頭痛や倦怠感は?吐き気、関節痛はどうです?」
「かなり良くなって、ます」
聡一朗は医者にかかるのが苦手だった。
生前、まともに医者にかかったのは、中学生の頃で最後だったと思う。インフルで倒れた聡一朗を、担任が病院まで運んでくれた。
その後、迎えに来てくれた継母に、死ぬほど殴られたのを思い出す。
「脈の触れ方だと、あまり良くなっていませんね。咎津中毒を侮ってはいけません」
「咎津……中毒?」
聡一朗が首を傾げるのを見て、トウゴが意外そうに眉を跳ね上げた。
「獄主から聞いていませんか?」
「いや、何も」
あの後、目が覚めると獄主はいなかった。獄主の居の侍女が起きた聡一朗に気付いて、今に至る。
「咎津は、鬼にも毒ですが、咎津を持たない無垢な人間には、殊更に毒なのです。咎人の作業場で大量の咎津を浴びた聡一朗様は、中毒症状を起こしました」
「あ……それは、ご迷惑を……」
「いいえ、聡一朗様に非はありません。こちらが気が付かなかったのが悪いのです。危うく、聡一朗は死んでしまうところでした。それほど、危険なのです」
テキロが目を見開いて侍医を見つめているのが見え、聡一朗は何とも言えなくなった。
自分が作業場に行きたいと言わなければ、こんなことにはならなかったのだ。テキロにまで心配を掛けて、自分に非が無い等と言えるわけがない。
「聡一朗様が死なずに済んだのは、獄主様から寵愛を……いえ、友人関係が良好だったからです」
「……え?」
「獄主様には咎津を打ち伏せる力があります。獄主様と親しくしていた為、加護があったのでしょう」
「親しく……?」
テキロが呟くのを聞いて、聡一朗は口を引き結んだ。
いくら鬼が友人同士仲良くするのが普通だとしても、気恥ずかしさは変わらない。
「そう。獄主様の汗や、分泌物、唾液などを、触れ合うことで肌から取り入れたり、経口摂取することで……」
「わぁああああああ!ト、トウゴさん!分かりました!うちのテキロの黒目が無くなる!」
「無くならないよ!馬鹿!」
テキロは真っ赤になっている。自分の顔も真っ青か真っ赤か、どちらかに染まっているに違いない。
(テキロが照れる、ということは……やっぱり、友人同士でもそういう事をしていると、恥ずかしい事なのか?)
不可解な鬼の生態。
鬼の世界に身を投じたからには、割り切るつもりでいたが、羞恥心は拭えない。
そもそもこんなオジサン臭い男の相手を、超美形な獄主にされてる事すらおこがましい。その上加護まで受けて、命を救われたなど……もうまともに顔向けできない。
「獄主には、大変ご迷惑をおかけしました。十居に戻ります」
「それは無理ですね。聡一朗様の身体を治すには、獄主様が必要です。こちらの居には獄主様の気で溢れており、尚且つ定期的に獄主様の、唾液等を摂取することにより……」
「だ、あああぁああ!トウゴさん!!!」
誰かこのお医者様の口を塞いでくれ。羞恥心に殺される。
聡一朗はトウゴに向き合って咳払いをし、喉を鳴らす。取り敢えず、現状を打開したい。
「安静にしていれば、獄主がいなくても治りますよね?」
「……時間は掛かりますが、可能です。桃鹿水も欠かさず飲んで頂ければ……」
「桃鹿水は、貴重でしょう?それが無くても、治りますか?」
「……可能性はありますが、死んでしまう確率の方が高いでしょうね」
聡一朗はまた頭を掻いた。未だ十分に働かない頭でなくとも、結論は一緒だ。
「ご迷惑をお掛けしますが、俺それで良いです。候補者として来て、ただの穀潰しになってしまうのは申し訳無いですが……。世話役の鬼も解散で良いですし、十居も出て行きます。何ならどこかの部屋で放置でも……」
「聡一朗、それ以上言うと、十居に監禁するぞ」
「……テキロ、顔が恐い」
先ほどからテキロの圧が凄い。
自分の膝を潰れるほど鷲掴んで、時折聡一朗を親の仇を見るような目で見つめる。流石は鬼だが、聡一朗はテキロに恐ろしさを感じない。
「テキロ、考えてもみろよ。俺、咎津が無いんだぞ。候補の期間生き延びたとしても、その後はどうなる?咎人になるか、消滅するかだろ?咎人になったら、初日で死ねるぞ」
「……っ!トウゴさん、何で聡一朗みたいな人間が、ここにいるんです?そこからおかしいんだ!間違ってる!」
「まぁまぁ、テキロ。そもそも俺死んでるんだから」
「お前は黙ってろ!!」
叫ぶテキロに、聡一朗は仰け反る。
とうとう自分の名称が、「お前」にまで成り下がってしまった。テキロが聡一朗様と呼んでくれていた日々が懐かしい。
感慨深い顔をしていると、トウゴが大きく息をついた。
「聡一朗様に咎津が無い理由は、そのうち明らかにしなければなりません。……聡一朗様、獄主様はあなたを見捨てることはありませんよ」
「……帰ってきたら、説得します」
「はは、聡一朗様は強情ですね。どちらにしても、今日は十居には帰れません。ここで獄主様の帰りをお待ちください」
「……了解、です」
獄主が帰宅してからが勝負だ。
誰かの居に行く時間までに、カタを付けないといけないだろう。迫る決戦に向け、聡一朗は寝て英気を養う事にした。
________
獄主が自身の居に着く頃は、陽はとっくに沈んでいた。
(もうこんな時刻か……)
早めに執務を終わらせて帰るつもりが、食事会の事もあって遅くなってしまった。
どこまでも忌々しい。いっそ中止にしてしまえばと、獄主は歯噛みする。
居の入り口で出迎えた侍女に上着を預け、部屋を進みながら言葉を交わす。
「聡一朗は食事を食べたか?」
「手は付けられますが、半分以上残されています。熱はまだ下がっておりません。汗をかいて寝台を汚すのを気にされて、衣は二回着替えておられました」
小さく舌打ちをして、寝室に入る。あれは本当に気を遣いすぎだ。
浅葱色の布は開け放してあり、寝台の上に丸い膨らみがある。
獄主が自分の居に人間を入れることは、今まで無かった。自分以外の存在が寝室にいるのは、正直違和感がある。
だがそれが聡一朗だと思うと、歓喜に満ちてくるから不思議だ。
寝台を覗くと、青白い顔をした聡一朗が寝息を立てている。
聡一朗の寝顔を見るのは初めてではない。しかし見る度に、獄主の心を掻き乱す。
特に聡一朗の鼻梁が好ましい。
鼻根からすっと細く通る鼻筋は、口付けを落とすと驚くほど滑らかで気持ちが良い。
これで目が開けば、見たこともない程美しい色彩の瞳があるのだ。
(これのどこがオッサンなのか)
自身の事を卑下する聡一朗が、腹立たしい時さえある。
小さな唸り声と共に、聡一朗が身じろぐ。
聡一朗の髪に指を通すと、すこしの間の後、聡一朗が目を開いた。
「聡一朗、大丈夫か」
「あ……すまん、いや、すみません。寝てました」
「食欲が無いらしいな。食べたいものはあるか?」
緩く頭を振る聡一朗の額に、獄主が手を当てる。
聡一朗は気持ちよさそうに目を細めた後、はっと目を見開いた。そして意を決したかのように額にある獄主の手を引き剥がし、握り込む。
「ご、獄主様、俺を正式に候補者から外して下さいませんか?」
「……なんだと?」
「俺を候補者から外して頂ければ、十居からも出て行きます。出来れば、小鬼たちの居住区に住まわせてください」
「……お前は、何を言っている」
獄主の声が冷たさを通り越して、突き刺すような痛みを孕んでいる。聡一朗はそれが分かっていながら、怯むつもりはなかった。
怠い身体を無理矢理起こし、獄主と目線を合わせる。
「俺はそこで、療養します。獄主様の施しも、桃鹿水も不要です」
「お前は馬鹿なのか?そんな事をすれば死ぬぞ」
「仕方ありません。俺の存在は迷惑なだけでしかない。候補の期間を生き抜いても、俺の末路は一緒です」
獄主が握られていた手を振り払い、枕元のクッションを力任せに殴りつけた。
鈍い衝撃音がしてカバーが破れ、中の羽毛が辺りに散る。
それでも聡一朗は怯まない。怒りに震える獄主の瞳を、じっと捉えたまま離さない。
「お前の病は私が治す。ここから出るのは許さん」
「俺がいれば、花嫁選びに支障が出ます。あの時言っていたでしょう?人間を愛せそうだと。……俺は獄主様の、幸せの邪魔だけはしたくないんです」
「っ!お前はッ!」
獄主が手を振り上げたのを見て、聡一朗は目を閉じた。頬を張られるのだと思って、右頬を差し出す様に顔を背ける。
だが予想に反して、獄主の手は聡一朗の真横のクッションに押し付けられる。
唇が重ねられたのは、聡一朗が目を開けたのと同時だった。目の前に迫った獄主の目は見開いており、聡一朗を至近距離から睨み付けている。
痛みを感じるほどに強く噛みつかれ、聡一朗は顔を歪めた。
必死に口を閉じて捻じ込まれる舌を阻止すると、獄主に鼻を摘まみあげられる。呼吸が一切できない。
信じられないといった目を獄主に向けると、獄主の瞳が弧を描いた。
「んんん、ぷ、っはっ!」
息が苦しくて口を開けた瞬間に、舌を捻じ込まれる。それからは、されるがままだった。
舌を吸われ、絡み合わされる。上顎を舌で擦られると、身体がビクリと反応した。
口の中から唾液が溢れ、獄主の唾液と合わさって水音が漏れ出す。耐えきれず喉を鳴らしてそれを飲み込んだ時、聡一朗を異変が襲った。
「っうッ!?は、あぁ、ああああ!」
「……?」
唾液を飲み込んだ瞬間、身体全体から甘い痺れが湧いて弾けた。全身を蹂躙するように駆け抜け、抗えない感覚に肌が粟立つ。
「は、は、あ?」
「達しているぞ、聡一朗」
耳元で囁く獄主は、至極楽しそうだ。一方の聡一朗は、自身に起きたことを信じられないでいた。
今までキスでイったことなんて、勿論ない。
未だ身体が小刻みに震えている。経験もしたことない、強烈な、ある意味で暴力的な快感だった。
「これで解っただろう?お前の身体は、中毒を治すために私を求めている」
「う、嘘だ……」
獄主は聡一朗の上衣の紐を解き、中に手を滑らせる。肌を撫でられるだけで身体が跳ね、甘美な痺れが聡一朗を絡めとった。
獄主の手が下生えにまで届き、訪れるであろう快感に恐怖を抱く。身震いが全身を駆け抜けた。
必死で獄主の手首を掴むと、聡一朗の耳元で獄主が呟く。
「お前を離すものか」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
場所は、未だに獄主の寝室。
まだ落ち着かない寝台の上で、聡一朗は頭を掻いた。助けを求めて逆のベッドサイドを見ると、緊張した面持ちのテキロが座っている。
テキロは侍医と一緒に入ってきたので、言葉は交わしていない。テキロも聡一朗を見て、僅かに安堵した表情を浮かべた後は、ずっと押し黙っている。
「獄主様は執務に戻られていますので、私だけが説明しに参りました。具合は如何ですか?」
トウゴはそう言いながら、自然な流れで聡一朗の手を取る。手首に指を押し当てて黙っているのを見て、脈を測られているのだと気付いた。
昔の香港映画で見たことがある。脈で病気を診るなんて、ほぼほぼファンタジーだと聡一朗は思っていた。
「頭痛や倦怠感は?吐き気、関節痛はどうです?」
「かなり良くなって、ます」
聡一朗は医者にかかるのが苦手だった。
生前、まともに医者にかかったのは、中学生の頃で最後だったと思う。インフルで倒れた聡一朗を、担任が病院まで運んでくれた。
その後、迎えに来てくれた継母に、死ぬほど殴られたのを思い出す。
「脈の触れ方だと、あまり良くなっていませんね。咎津中毒を侮ってはいけません」
「咎津……中毒?」
聡一朗が首を傾げるのを見て、トウゴが意外そうに眉を跳ね上げた。
「獄主から聞いていませんか?」
「いや、何も」
あの後、目が覚めると獄主はいなかった。獄主の居の侍女が起きた聡一朗に気付いて、今に至る。
「咎津は、鬼にも毒ですが、咎津を持たない無垢な人間には、殊更に毒なのです。咎人の作業場で大量の咎津を浴びた聡一朗様は、中毒症状を起こしました」
「あ……それは、ご迷惑を……」
「いいえ、聡一朗様に非はありません。こちらが気が付かなかったのが悪いのです。危うく、聡一朗は死んでしまうところでした。それほど、危険なのです」
テキロが目を見開いて侍医を見つめているのが見え、聡一朗は何とも言えなくなった。
自分が作業場に行きたいと言わなければ、こんなことにはならなかったのだ。テキロにまで心配を掛けて、自分に非が無い等と言えるわけがない。
「聡一朗様が死なずに済んだのは、獄主様から寵愛を……いえ、友人関係が良好だったからです」
「……え?」
「獄主様には咎津を打ち伏せる力があります。獄主様と親しくしていた為、加護があったのでしょう」
「親しく……?」
テキロが呟くのを聞いて、聡一朗は口を引き結んだ。
いくら鬼が友人同士仲良くするのが普通だとしても、気恥ずかしさは変わらない。
「そう。獄主様の汗や、分泌物、唾液などを、触れ合うことで肌から取り入れたり、経口摂取することで……」
「わぁああああああ!ト、トウゴさん!分かりました!うちのテキロの黒目が無くなる!」
「無くならないよ!馬鹿!」
テキロは真っ赤になっている。自分の顔も真っ青か真っ赤か、どちらかに染まっているに違いない。
(テキロが照れる、ということは……やっぱり、友人同士でもそういう事をしていると、恥ずかしい事なのか?)
不可解な鬼の生態。
鬼の世界に身を投じたからには、割り切るつもりでいたが、羞恥心は拭えない。
そもそもこんなオジサン臭い男の相手を、超美形な獄主にされてる事すらおこがましい。その上加護まで受けて、命を救われたなど……もうまともに顔向けできない。
「獄主には、大変ご迷惑をおかけしました。十居に戻ります」
「それは無理ですね。聡一朗様の身体を治すには、獄主様が必要です。こちらの居には獄主様の気で溢れており、尚且つ定期的に獄主様の、唾液等を摂取することにより……」
「だ、あああぁああ!トウゴさん!!!」
誰かこのお医者様の口を塞いでくれ。羞恥心に殺される。
聡一朗はトウゴに向き合って咳払いをし、喉を鳴らす。取り敢えず、現状を打開したい。
「安静にしていれば、獄主がいなくても治りますよね?」
「……時間は掛かりますが、可能です。桃鹿水も欠かさず飲んで頂ければ……」
「桃鹿水は、貴重でしょう?それが無くても、治りますか?」
「……可能性はありますが、死んでしまう確率の方が高いでしょうね」
聡一朗はまた頭を掻いた。未だ十分に働かない頭でなくとも、結論は一緒だ。
「ご迷惑をお掛けしますが、俺それで良いです。候補者として来て、ただの穀潰しになってしまうのは申し訳無いですが……。世話役の鬼も解散で良いですし、十居も出て行きます。何ならどこかの部屋で放置でも……」
「聡一朗、それ以上言うと、十居に監禁するぞ」
「……テキロ、顔が恐い」
先ほどからテキロの圧が凄い。
自分の膝を潰れるほど鷲掴んで、時折聡一朗を親の仇を見るような目で見つめる。流石は鬼だが、聡一朗はテキロに恐ろしさを感じない。
「テキロ、考えてもみろよ。俺、咎津が無いんだぞ。候補の期間生き延びたとしても、その後はどうなる?咎人になるか、消滅するかだろ?咎人になったら、初日で死ねるぞ」
「……っ!トウゴさん、何で聡一朗みたいな人間が、ここにいるんです?そこからおかしいんだ!間違ってる!」
「まぁまぁ、テキロ。そもそも俺死んでるんだから」
「お前は黙ってろ!!」
叫ぶテキロに、聡一朗は仰け反る。
とうとう自分の名称が、「お前」にまで成り下がってしまった。テキロが聡一朗様と呼んでくれていた日々が懐かしい。
感慨深い顔をしていると、トウゴが大きく息をついた。
「聡一朗様に咎津が無い理由は、そのうち明らかにしなければなりません。……聡一朗様、獄主様はあなたを見捨てることはありませんよ」
「……帰ってきたら、説得します」
「はは、聡一朗様は強情ですね。どちらにしても、今日は十居には帰れません。ここで獄主様の帰りをお待ちください」
「……了解、です」
獄主が帰宅してからが勝負だ。
誰かの居に行く時間までに、カタを付けないといけないだろう。迫る決戦に向け、聡一朗は寝て英気を養う事にした。
________
獄主が自身の居に着く頃は、陽はとっくに沈んでいた。
(もうこんな時刻か……)
早めに執務を終わらせて帰るつもりが、食事会の事もあって遅くなってしまった。
どこまでも忌々しい。いっそ中止にしてしまえばと、獄主は歯噛みする。
居の入り口で出迎えた侍女に上着を預け、部屋を進みながら言葉を交わす。
「聡一朗は食事を食べたか?」
「手は付けられますが、半分以上残されています。熱はまだ下がっておりません。汗をかいて寝台を汚すのを気にされて、衣は二回着替えておられました」
小さく舌打ちをして、寝室に入る。あれは本当に気を遣いすぎだ。
浅葱色の布は開け放してあり、寝台の上に丸い膨らみがある。
獄主が自分の居に人間を入れることは、今まで無かった。自分以外の存在が寝室にいるのは、正直違和感がある。
だがそれが聡一朗だと思うと、歓喜に満ちてくるから不思議だ。
寝台を覗くと、青白い顔をした聡一朗が寝息を立てている。
聡一朗の寝顔を見るのは初めてではない。しかし見る度に、獄主の心を掻き乱す。
特に聡一朗の鼻梁が好ましい。
鼻根からすっと細く通る鼻筋は、口付けを落とすと驚くほど滑らかで気持ちが良い。
これで目が開けば、見たこともない程美しい色彩の瞳があるのだ。
(これのどこがオッサンなのか)
自身の事を卑下する聡一朗が、腹立たしい時さえある。
小さな唸り声と共に、聡一朗が身じろぐ。
聡一朗の髪に指を通すと、すこしの間の後、聡一朗が目を開いた。
「聡一朗、大丈夫か」
「あ……すまん、いや、すみません。寝てました」
「食欲が無いらしいな。食べたいものはあるか?」
緩く頭を振る聡一朗の額に、獄主が手を当てる。
聡一朗は気持ちよさそうに目を細めた後、はっと目を見開いた。そして意を決したかのように額にある獄主の手を引き剥がし、握り込む。
「ご、獄主様、俺を正式に候補者から外して下さいませんか?」
「……なんだと?」
「俺を候補者から外して頂ければ、十居からも出て行きます。出来れば、小鬼たちの居住区に住まわせてください」
「……お前は、何を言っている」
獄主の声が冷たさを通り越して、突き刺すような痛みを孕んでいる。聡一朗はそれが分かっていながら、怯むつもりはなかった。
怠い身体を無理矢理起こし、獄主と目線を合わせる。
「俺はそこで、療養します。獄主様の施しも、桃鹿水も不要です」
「お前は馬鹿なのか?そんな事をすれば死ぬぞ」
「仕方ありません。俺の存在は迷惑なだけでしかない。候補の期間を生き抜いても、俺の末路は一緒です」
獄主が握られていた手を振り払い、枕元のクッションを力任せに殴りつけた。
鈍い衝撃音がしてカバーが破れ、中の羽毛が辺りに散る。
それでも聡一朗は怯まない。怒りに震える獄主の瞳を、じっと捉えたまま離さない。
「お前の病は私が治す。ここから出るのは許さん」
「俺がいれば、花嫁選びに支障が出ます。あの時言っていたでしょう?人間を愛せそうだと。……俺は獄主様の、幸せの邪魔だけはしたくないんです」
「っ!お前はッ!」
獄主が手を振り上げたのを見て、聡一朗は目を閉じた。頬を張られるのだと思って、右頬を差し出す様に顔を背ける。
だが予想に反して、獄主の手は聡一朗の真横のクッションに押し付けられる。
唇が重ねられたのは、聡一朗が目を開けたのと同時だった。目の前に迫った獄主の目は見開いており、聡一朗を至近距離から睨み付けている。
痛みを感じるほどに強く噛みつかれ、聡一朗は顔を歪めた。
必死に口を閉じて捻じ込まれる舌を阻止すると、獄主に鼻を摘まみあげられる。呼吸が一切できない。
信じられないといった目を獄主に向けると、獄主の瞳が弧を描いた。
「んんん、ぷ、っはっ!」
息が苦しくて口を開けた瞬間に、舌を捻じ込まれる。それからは、されるがままだった。
舌を吸われ、絡み合わされる。上顎を舌で擦られると、身体がビクリと反応した。
口の中から唾液が溢れ、獄主の唾液と合わさって水音が漏れ出す。耐えきれず喉を鳴らしてそれを飲み込んだ時、聡一朗を異変が襲った。
「っうッ!?は、あぁ、ああああ!」
「……?」
唾液を飲み込んだ瞬間、身体全体から甘い痺れが湧いて弾けた。全身を蹂躙するように駆け抜け、抗えない感覚に肌が粟立つ。
「は、は、あ?」
「達しているぞ、聡一朗」
耳元で囁く獄主は、至極楽しそうだ。一方の聡一朗は、自身に起きたことを信じられないでいた。
今までキスでイったことなんて、勿論ない。
未だ身体が小刻みに震えている。経験もしたことない、強烈な、ある意味で暴力的な快感だった。
「これで解っただろう?お前の身体は、中毒を治すために私を求めている」
「う、嘘だ……」
獄主は聡一朗の上衣の紐を解き、中に手を滑らせる。肌を撫でられるだけで身体が跳ね、甘美な痺れが聡一朗を絡めとった。
獄主の手が下生えにまで届き、訪れるであろう快感に恐怖を抱く。身震いが全身を駆け抜けた。
必死で獄主の手首を掴むと、聡一朗の耳元で獄主が呟く。
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