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前半戦
16.獄主、夜は闇なんです
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体中が痛くて、寒い。頭だけが熱を持って、自分という存在が朧げになる。
でも別に構わない。「聡一朗」はずっと朧げだった。実体のない亡霊だ。
ひたり、と額を撫でられる。冷たいけど優しい。誰の手だろう。大きい。
指の感覚が、心地いい。
髪を梳かれて、宥めるように優しく触られて、聡一朗は知らない感覚に戸惑った。
(お母さんって、こんな感じか……?)
こうして髪を梳かれた事も、労われたことも、聡一朗には無い。
こんなに心休まることも、今まで無かった。
でも、もう夜だ。
夜は、沼のように聡一朗を待ち構える。休めば最後、絡めとられてしまう。
ノイズの様な声が聞こえる。
『聡、心配しなくていいわ。あなたは寝ているだけで良いの』
自分の上で腰を振るそれを、いつも冷めた目で見つめていた。早くこの行為が終わってくれる事だけを考えていた。
頬を張られ、殴られ、寒空に放り出された事も当たり前にあった。
聡一朗の瞳が気に入らない継母は、いつも金切り声で叫ぶ。
『何よその目!!潰してやる!』
目を狙って殴られ、眼帯が外れない時期もあった。
だから何だろう。聡一朗は、何も望んでいなかった。
ただ、沙希に幸せになって欲しかっただけなのに。
『どうして、置いて行ったの?お兄ちゃん』
心が震える。
ごめん、ごめんね。
だからもう、眠ることすら、許されない。
________
「……はっ、ち、がう、……う」
「聡一朗?」
獄主の居に寝かされた聡一朗が、苦し気に譫言を漏らす。先ほどまで穏やかに寝ていた筈なのに、切羽詰まった声に獄主は飛び起きた。
布団を鷲掴んで、顔を歪ませる。
聡一朗の額には異常なほどの汗が浮かんでいて、意識が無いまま懇願するように喘いでいた。
「さ、き、沙希、……!ごめ、ごめん……」
「聡一朗、どうした?」
獄主が聡一朗の手を取ると、身体がビクリと跳ねて強張った。そのままカタカタと震えはじめる。
「あ、あ、あ……やめて……か、さん!いや、だ……」
「聡一朗!……息が出来ないのか?」
聡一朗が、息の仕方を忘れたかのように呼吸を詰める。きゅうきゅうと音がするが、上下するのは肩だけで、胸は動いていない。
その身体を抱き上げ、獄主の胸に凭れかけても状況は変わらない。背中を擦ると、聡一朗の震えが伝わってくる。
(これは、一体どうした?まるで、子供の様な……)
「息を吸え、聡一朗。息だ。分かるな?」
耳元で刺激しない様に優しく言うと、聡一朗の眉が寄る。声の出所を、探しているような仕草だった。
「こっちにこい。そっちは夢だ、聡一朗。息を吸え」
語りかけていると徐々に呼吸が整い、聡一朗がもどかし気に頭を振る。獄主は背中を擦る力を強め、殊更優しく語りかけた。
「上手だ、聡一朗。吸ったら、吐け。ゆっくりでいい」
「っふ……は、は……」
呼吸が正常に移りはじめ、青ざめていた顔に赤みが戻る。
眦に残る粒に、獄主は唇を押し付けた。むずがる聡一朗の鼻梁にも、労わるように唇を落とす。
(一体、何があった?)
守るように抱きしめると、その身体はまだ微かに震えていた。
________
瞳を開けると、降ってくる眩しい光。僅かに頭が痛んで、聡一朗は身を捩った。
最初に感じたのは、優しい手触りの布の感触だ。そして自分の身体に巻き付いている、逞しい腕。
後ろから抱きしめられているため、顔は見えない。だがそこかしこに散りばめられた銀糸が、隣の男の正体を暴いている。
(ええ?)
驚いた聡一朗が視線を泳がせると、見慣れない物ばかりで更に脳内が混乱を招く。
浅葱色の薄い布が、寝台をぐるりと覆っている。天蓋と言うやつかもしれないが、見たこともないため、聡一朗には判別がつかない。
あと男3人は寝れそうな、でかい寝台。自分に巻き付いているのは、多分獄主。
(うん、そうだね。ここは獄主の居だねっ)
教育テレビのお兄さんの様な声色が脳内に流れ、自身が混乱しているのを更に認識する。
次いで自分がちゃんと服を着ているのを確認し、パンツの無事も確認した。
う~ん、と聡一朗は唸る。
昨日の事は、朧げだ。
気を失ったところまでは覚えているが、その先は途切れ途切れである。
獄主に帰ってくれと懇願したのは……覚えている。
(約束通り、帰ったのな。……俺を連れてだけど)
嘆息していると、背後の獄主が動いた。
「聡一朗、起きたのか?」
優しい声が背後から響き、額に手の平が包むように触れる。冷たい心地に、聡一朗はふっと頬を緩ませた。
「ああ、起き……」
起きた、と言おうとした所で聡一朗は固まった。
見上げると、身を起こした獄主が心配そうに見下ろしている。その身体は何も身に着けていない。
鍛え上げられた肉体でありながら、肌は白磁器のように白く滑らかで繊細だ。
鎖骨が流線的に伸びる様は、もはや芸術品である。うん、直視できない。
「ご、獄主、服はちゃんと着ましょうか」
「そんなことは良い。まだ熱がある。水は飲めそうか?」
聡一朗には「そんなこと」では済まされない。
一刻も早く何か身に着けてほしいと言うものの、獄主は長い髪を揺らしてベッドから降りて行く。
サイドテーブルに置いてある水差しには、薄い乳白色の液体が入っている。それをコップに移して、獄主はベッドに戻ってきた。
戻ってきた獄主の姿に、聡一朗は驚愕のあまり顔を歪ませた。獄主は下も何も身に着けていなかったのだ。つまり真っ裸。
寸での所で目を逸らしたので、局部は見ていないが、バクバクと心臓が荒れ狂う。
「な、なんで裸なんだ!!」
「……私は寝る時、何も身に着けない。なぜそんなに狼狽えている?男の裸など、珍しくあるまい」
確かに男同士、裸になるのも見るのも抵抗は無い。寮生活もしていたし、慣れている。
でもそれとは比較対象にならないのだ。
「アンタの裸は神々し過ぎるんだよ!目が潰れる!……あっ痛ぅ!」
「頭痛か?そんなに興奮するな、熱が上がるぞ」
「……っつ、頼むから服を着てくれ……落ち着かない」
枕に顔を伏せ、聡一朗はぐるぐると目眩のする頭を擦りつけた。確かに頭が痛い。
獄主が素直に着物を引っ掛けて、飲み物を差し出してくる。一頻り唸った後それを受け取って、聡一朗は一気に飲み干した。
落ち着いてくると、気になっていた事が頭を擡げてきた。
「……あ、そういえば俺、夜煩かったんじゃないか?獄主はちゃんと寝れたのか?」
「……ああ……お前は、いつもああなのか?」
獄主がベッドに腰掛け、聡一朗を振り返る。銀糸が垂れて表情までは見えないが、暗い声だ。
(やっぱり、煩かったか……)
申し訳なさが募るが、獄主が求めているのは謝罪ではなさそうだ。嘆息して、獄主を見る。
銀糸の間から覗く瞳に、ざわりと胸の内が粟立った。それに蓋をして、出来る限り陽気に口を開く。
「……誰かと寝る時は、一晩中起きてる。寝ててもあれで起きるから、結局眠れないんだ。だから昼寝が多くなるんだけどな、はは」
「……夜寝ないだと?そんな生活を送っていては、身体を壊すぞ」
「長いことこれだから、慣れたよ。死ぬ前は、寝れるときに寝るような生活をしていたから、尚更だ」
感情に蓋をする。
現実だとそれが容易にできるのに、夢の中だと出来なくなる。
恐怖に支配され、絶望に震える。夜は子供の様に怯えなければならないと思うと、眠くもなくなる事が多い。
「可笑しいだろ。34歳のオッサンが夢にうなされて、怯えるんだ。情けない……忘れてくれ」
「情けない訳ないだろう。……うなされる原因を除かなければ、ずっとこのままだぞ。何があった?」
「あったもなにも……子供の頃の話だよ。もう忘れたよ」
「忘れてないから、夢を見るんじゃないのか?」
獄主がしつこく聞くのは、ただの興味本位だろうか。
過去にも気にしてくれる人はいた。カウンセリングも受けたことがある。
だが、聡一朗は平気だった。ある人に教えられた、方法があるからだ。
(感情に蓋をしろ。いつものように、出来るよな?)
出来るだけ、笑みを湛えて。
憂いなど、一つも含まぬよう。
紡ぐ言葉は軽快に、滑らかに……。さあ、口を開け。
「獄主、あのな、俺は継母と肉体関係を持っていたんだ。屑な人生の始まりだよ。笑えるよな」
「……そうか。ごめん、とも言っていたぞ。さき、とも。母の事か?」
(蓋をしろ。大丈夫、溢れない)
「ああ、そうそう、それは、腹違いの妹で……沙希は……さ、きは……は?」
ぐらりと視界が揺れる。一瞬意識が飛んで、次に気付いたときには、獄主の腕に支えられていた。
「すまん、聡一朗。もういい。吐きそうか?」
「……え?あれ?俺、どうして……」
戸惑っている間に身体を抱えられ、寝台に寝かされる。
途端に情けなくなり顔が歪むと、獄主から髪を撫でられた。子供扱いされた気がして鼻梁に皺を寄せると、獄主がふふ、と笑う。
「34歳おっさんか。私にとっては34歳など、赤子に等しい。少し寝ろ、聡一朗」
「………嫌だ。十居に、帰る」
「駄目だ。もう少し居てくれ」
(ず、ずるい……)
「まだ無理するな」じゃなくて「居てくれ」なんて。抗えるはずがない。
目を覆う様に獄主の手が当てられ、聡一朗は素直に瞳を閉じる。
身体がズブズブと沈んでいく感覚がした後、意識も沈んでいった。
でも別に構わない。「聡一朗」はずっと朧げだった。実体のない亡霊だ。
ひたり、と額を撫でられる。冷たいけど優しい。誰の手だろう。大きい。
指の感覚が、心地いい。
髪を梳かれて、宥めるように優しく触られて、聡一朗は知らない感覚に戸惑った。
(お母さんって、こんな感じか……?)
こうして髪を梳かれた事も、労われたことも、聡一朗には無い。
こんなに心休まることも、今まで無かった。
でも、もう夜だ。
夜は、沼のように聡一朗を待ち構える。休めば最後、絡めとられてしまう。
ノイズの様な声が聞こえる。
『聡、心配しなくていいわ。あなたは寝ているだけで良いの』
自分の上で腰を振るそれを、いつも冷めた目で見つめていた。早くこの行為が終わってくれる事だけを考えていた。
頬を張られ、殴られ、寒空に放り出された事も当たり前にあった。
聡一朗の瞳が気に入らない継母は、いつも金切り声で叫ぶ。
『何よその目!!潰してやる!』
目を狙って殴られ、眼帯が外れない時期もあった。
だから何だろう。聡一朗は、何も望んでいなかった。
ただ、沙希に幸せになって欲しかっただけなのに。
『どうして、置いて行ったの?お兄ちゃん』
心が震える。
ごめん、ごめんね。
だからもう、眠ることすら、許されない。
________
「……はっ、ち、がう、……う」
「聡一朗?」
獄主の居に寝かされた聡一朗が、苦し気に譫言を漏らす。先ほどまで穏やかに寝ていた筈なのに、切羽詰まった声に獄主は飛び起きた。
布団を鷲掴んで、顔を歪ませる。
聡一朗の額には異常なほどの汗が浮かんでいて、意識が無いまま懇願するように喘いでいた。
「さ、き、沙希、……!ごめ、ごめん……」
「聡一朗、どうした?」
獄主が聡一朗の手を取ると、身体がビクリと跳ねて強張った。そのままカタカタと震えはじめる。
「あ、あ、あ……やめて……か、さん!いや、だ……」
「聡一朗!……息が出来ないのか?」
聡一朗が、息の仕方を忘れたかのように呼吸を詰める。きゅうきゅうと音がするが、上下するのは肩だけで、胸は動いていない。
その身体を抱き上げ、獄主の胸に凭れかけても状況は変わらない。背中を擦ると、聡一朗の震えが伝わってくる。
(これは、一体どうした?まるで、子供の様な……)
「息を吸え、聡一朗。息だ。分かるな?」
耳元で刺激しない様に優しく言うと、聡一朗の眉が寄る。声の出所を、探しているような仕草だった。
「こっちにこい。そっちは夢だ、聡一朗。息を吸え」
語りかけていると徐々に呼吸が整い、聡一朗がもどかし気に頭を振る。獄主は背中を擦る力を強め、殊更優しく語りかけた。
「上手だ、聡一朗。吸ったら、吐け。ゆっくりでいい」
「っふ……は、は……」
呼吸が正常に移りはじめ、青ざめていた顔に赤みが戻る。
眦に残る粒に、獄主は唇を押し付けた。むずがる聡一朗の鼻梁にも、労わるように唇を落とす。
(一体、何があった?)
守るように抱きしめると、その身体はまだ微かに震えていた。
________
瞳を開けると、降ってくる眩しい光。僅かに頭が痛んで、聡一朗は身を捩った。
最初に感じたのは、優しい手触りの布の感触だ。そして自分の身体に巻き付いている、逞しい腕。
後ろから抱きしめられているため、顔は見えない。だがそこかしこに散りばめられた銀糸が、隣の男の正体を暴いている。
(ええ?)
驚いた聡一朗が視線を泳がせると、見慣れない物ばかりで更に脳内が混乱を招く。
浅葱色の薄い布が、寝台をぐるりと覆っている。天蓋と言うやつかもしれないが、見たこともないため、聡一朗には判別がつかない。
あと男3人は寝れそうな、でかい寝台。自分に巻き付いているのは、多分獄主。
(うん、そうだね。ここは獄主の居だねっ)
教育テレビのお兄さんの様な声色が脳内に流れ、自身が混乱しているのを更に認識する。
次いで自分がちゃんと服を着ているのを確認し、パンツの無事も確認した。
う~ん、と聡一朗は唸る。
昨日の事は、朧げだ。
気を失ったところまでは覚えているが、その先は途切れ途切れである。
獄主に帰ってくれと懇願したのは……覚えている。
(約束通り、帰ったのな。……俺を連れてだけど)
嘆息していると、背後の獄主が動いた。
「聡一朗、起きたのか?」
優しい声が背後から響き、額に手の平が包むように触れる。冷たい心地に、聡一朗はふっと頬を緩ませた。
「ああ、起き……」
起きた、と言おうとした所で聡一朗は固まった。
見上げると、身を起こした獄主が心配そうに見下ろしている。その身体は何も身に着けていない。
鍛え上げられた肉体でありながら、肌は白磁器のように白く滑らかで繊細だ。
鎖骨が流線的に伸びる様は、もはや芸術品である。うん、直視できない。
「ご、獄主、服はちゃんと着ましょうか」
「そんなことは良い。まだ熱がある。水は飲めそうか?」
聡一朗には「そんなこと」では済まされない。
一刻も早く何か身に着けてほしいと言うものの、獄主は長い髪を揺らしてベッドから降りて行く。
サイドテーブルに置いてある水差しには、薄い乳白色の液体が入っている。それをコップに移して、獄主はベッドに戻ってきた。
戻ってきた獄主の姿に、聡一朗は驚愕のあまり顔を歪ませた。獄主は下も何も身に着けていなかったのだ。つまり真っ裸。
寸での所で目を逸らしたので、局部は見ていないが、バクバクと心臓が荒れ狂う。
「な、なんで裸なんだ!!」
「……私は寝る時、何も身に着けない。なぜそんなに狼狽えている?男の裸など、珍しくあるまい」
確かに男同士、裸になるのも見るのも抵抗は無い。寮生活もしていたし、慣れている。
でもそれとは比較対象にならないのだ。
「アンタの裸は神々し過ぎるんだよ!目が潰れる!……あっ痛ぅ!」
「頭痛か?そんなに興奮するな、熱が上がるぞ」
「……っつ、頼むから服を着てくれ……落ち着かない」
枕に顔を伏せ、聡一朗はぐるぐると目眩のする頭を擦りつけた。確かに頭が痛い。
獄主が素直に着物を引っ掛けて、飲み物を差し出してくる。一頻り唸った後それを受け取って、聡一朗は一気に飲み干した。
落ち着いてくると、気になっていた事が頭を擡げてきた。
「……あ、そういえば俺、夜煩かったんじゃないか?獄主はちゃんと寝れたのか?」
「……ああ……お前は、いつもああなのか?」
獄主がベッドに腰掛け、聡一朗を振り返る。銀糸が垂れて表情までは見えないが、暗い声だ。
(やっぱり、煩かったか……)
申し訳なさが募るが、獄主が求めているのは謝罪ではなさそうだ。嘆息して、獄主を見る。
銀糸の間から覗く瞳に、ざわりと胸の内が粟立った。それに蓋をして、出来る限り陽気に口を開く。
「……誰かと寝る時は、一晩中起きてる。寝ててもあれで起きるから、結局眠れないんだ。だから昼寝が多くなるんだけどな、はは」
「……夜寝ないだと?そんな生活を送っていては、身体を壊すぞ」
「長いことこれだから、慣れたよ。死ぬ前は、寝れるときに寝るような生活をしていたから、尚更だ」
感情に蓋をする。
現実だとそれが容易にできるのに、夢の中だと出来なくなる。
恐怖に支配され、絶望に震える。夜は子供の様に怯えなければならないと思うと、眠くもなくなる事が多い。
「可笑しいだろ。34歳のオッサンが夢にうなされて、怯えるんだ。情けない……忘れてくれ」
「情けない訳ないだろう。……うなされる原因を除かなければ、ずっとこのままだぞ。何があった?」
「あったもなにも……子供の頃の話だよ。もう忘れたよ」
「忘れてないから、夢を見るんじゃないのか?」
獄主がしつこく聞くのは、ただの興味本位だろうか。
過去にも気にしてくれる人はいた。カウンセリングも受けたことがある。
だが、聡一朗は平気だった。ある人に教えられた、方法があるからだ。
(感情に蓋をしろ。いつものように、出来るよな?)
出来るだけ、笑みを湛えて。
憂いなど、一つも含まぬよう。
紡ぐ言葉は軽快に、滑らかに……。さあ、口を開け。
「獄主、あのな、俺は継母と肉体関係を持っていたんだ。屑な人生の始まりだよ。笑えるよな」
「……そうか。ごめん、とも言っていたぞ。さき、とも。母の事か?」
(蓋をしろ。大丈夫、溢れない)
「ああ、そうそう、それは、腹違いの妹で……沙希は……さ、きは……は?」
ぐらりと視界が揺れる。一瞬意識が飛んで、次に気付いたときには、獄主の腕に支えられていた。
「すまん、聡一朗。もういい。吐きそうか?」
「……え?あれ?俺、どうして……」
戸惑っている間に身体を抱えられ、寝台に寝かされる。
途端に情けなくなり顔が歪むと、獄主から髪を撫でられた。子供扱いされた気がして鼻梁に皺を寄せると、獄主がふふ、と笑う。
「34歳おっさんか。私にとっては34歳など、赤子に等しい。少し寝ろ、聡一朗」
「………嫌だ。十居に、帰る」
「駄目だ。もう少し居てくれ」
(ず、ずるい……)
「まだ無理するな」じゃなくて「居てくれ」なんて。抗えるはずがない。
目を覆う様に獄主の手が当てられ、聡一朗は素直に瞳を閉じる。
身体がズブズブと沈んでいく感覚がした後、意識も沈んでいった。
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