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前半戦

13.獄主、お貸しします!(後編) *

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聡一朗による、前回までのあらすじ

①地獄で一番偉い獄主の花嫁候補だと言われる
②獄主に咎津が無いと実質候補から外される
③獄主に恋愛相談される→唇を奪われる
④獄主に友人認定される→自慰を手伝ってもらう
⑤獄主に素股される ←いまここ


(うん、何でだ)

 冷静にあらすじを辿ると、今の状況が如何に異質か判断できる。まぁ地獄で花嫁候補になった時点で、ファンタジーなのだ。
 どんな状況でも冷静に判断するのが、デキる大人というものだろう。

 今は背後にいる獄主に、慈しみの情さえ感じている。
 まるで腹を空かせている子に飯を提供しているような心情だ。

 それくらい聡一朗には余裕があった。今の自分は太腿をお貸ししているだけで、獄主も満足そうだ。

 だが、その余裕は瞬時に崩れ去った。

 背中の上から熱い吐息が降って来て、不意を突かれた聡一朗は肩をビクリと揺らす。随分先ほどより近い。

 獄主の屹立が自分の裏側を掠めると、快感がじわじわとせり上がってきた。
 聡一朗が腰をくねらすと、獄主が小刻みにそれを擦り込んでくる。

「あ、あ、!まっ……!ちが……!」
「何だって?」

 獄主が荒々しく突きあげると、先走りでぬるついたモノ同士が絡み合う。
 直接握られて扱かれているのとは違う、もどかしい快感が身を駆け巡り、聡一朗は唇を噛みしめた。

(こんな……違う!もっと下!)
 獄主のそれが当たらない様に、聡一朗はつま先を立てて、正常な素股状態に戻そうと努力する。
 それが分かってか、獄主の吐息に笑う声が混じった。

「逃げるな」

 腰が強く掴まれたと思えば、ふわりと身が少し浮く。足先が地面に届いていない。

 そのままの状態で獄主が腰を振ると、否が応でもそれ同士が擦れ合ってしまう。にゅるにゅると淫猥な音が更に羞恥を誘い、掴まれた腰はがっちりと固定されている。

 獄主の屹立は太腿を割り込んで、聡一朗の屹立の雁首まで届く。
 獄主のそれの大きさは相当のモノだ。でなければこんなに刺激されていないのに、と聡一朗はまた唇を噛んだ。

「ひっ……つ!う、う」
「ああ、聡一朗……裸にしたい」
「ばっ……馬鹿か!早、く……イ、け……」

 獄主が腰を打ちつける音と、屹立同士が擦りあう水音。
 まるで本当に犯されているような感覚に陥り、聡一朗は羞恥に顔を歪ませた。与えられる刺激は、相変わらずもどかしい。
 しかし確実に、極まっていくのを感じる。

「聡一朗、首まで赤いぞ。っつ、はは……可愛いな」
「っつ!!馬鹿なこと言ってんじゃねぇっ!早く、はぁ、イケって……ぇ!」

 このままだと、先に自分が達してしまう。そればかりは避けたいと、聡一朗は内腿に力を込めた。

「っく……!」

 張りつめた獄主の声が降って来て、してやったりと思ったものの、聡一朗もそれに煽られた。腰の動きを加速させた獄主に翻弄され、聡一朗は身体をガクガクと揺らす。

「ちょぉ、待っ……!っく!いっ……あ、あああぁ!」
「ああ、聡一朗っ!!」

 切なく名前を呼ばれ、溜まったモノを吐き出した。一人でするのとは桁違いな吐精の快感は強烈で、自然と涙が零れてデスクを濡らす。
 達した獄主は、吐精しながらもゆるゆると腰を揺らしていた。

(てか、めっちゃ出てる……)
 鬼は精液の量も半端ないのか、びゅるびゅると音まで出て、床や聡一朗の内腿を濡らしていく。誰が掃除するんだ。そう思いながら、聡一朗は怠い身体をデスクに預けた。

 デスクに突っ伏しながら、聡一朗は唸った。
 後ろを振り向けない。完全に事後のような状況の中、どういう顔をすればいいのか。

 徐に獄主がデスクの上のティッシュを取り、聡一朗の腿を拭い始める。聡一朗はマッハの勢いで身を起こし、獄主の手を取った。

「じ、自分でやる、から!」
「……?」

 ティッシュで内腿を拭き、膝まで下がっていたパンツを引き上げる。取り上げられなくて良かったと思いながら、聡一朗はホッと息をついた。

「ったく、あんたに後始末なんてさせられないだろ……」
「どうしてだ?」

 そう聞く獄主の顔は、何の淀みもない子供の様な顔だった。
 微かに顔が熱っぽいのは、放った後だからだろう。そのアンバランスな表情は、妙に背徳感を煽る。

 閉口しながらティッシュボックスを手に取り、聡一朗は床にしゃがみ込んだ。
 床に零れた液体は、ティッシュじゃ処理しきれそうもない。
 聡一朗は嘆息すると「雑巾どこだ?」と言いながら立ち上がった。

「良い。後で片づけさせる」

 聡一朗の手を引き、獄主は一人掛けソファに座る。手は繋いだままの状態で、聡一朗に「座れ」と獄主は言う。

「座れも何も、手を離せよ」
「ここに座れ」

 獄主は笑いながら、自身の膝を空いた手でポンポンと叩いている。

「馬鹿か。俺を何だと思ってんだ。女子じゃないんだぞ、おっさんだぞ。良く見ろ」
「知っている。馬鹿ではない。いいから座れ」

 腰を掴まれて、聡一朗は強引に座らせられる。向かい合わせじゃないのが救いだが、絵面的には最悪だろう。
 眉目秀麗な男の膝の上に座る、34歳おっさん。コウトさんが入ってこないことを願うばかりだ。

「それで、祖母がどうした?その瞳の話だ」
「ああ、その話か……えっと、俺の祖母はイタリア人だったらしいんだ。そのせいかな。瞳だけは色素が薄い」
「らしい?」

 聡一朗は自分の身体を見下ろした。上衣にパンツという出で立ちで、話す話題ではない。おまけに腹には獄主の手が巻き付いている。
 嘆息しながら、聡一朗が次の言葉を紡いだ。

「俺の生みの母は、俺を産んですぐ死んだらしい。駆け落ち同然で父の子を産んだから、祖母の事は知らないんだ」
「……そうか。すまない」
「はは、気にしないで良い。もうずっと遠い過去の話だ」

(それにしても、何だろう、この時間は)

 まるで恋人同士のピロートークだ。いや、そんなわけない。そう思考を打ち切ると、聡一朗はふと疑問が湧いた。

「そういや、獄主の親御さんはご存命か?」
「ああ、隠居している」
「お母さんは、人間……って事だよな」
「そうだ」

 いつの間にか聡一朗の首筋に、獄主の鼻が埋まっている。
 匂いを嗅ぐなと言いたいところだが、甘えているような仕草を咎めたりは出来なかった。

「……獄母になる人間は、罪深い咎人だ。私の母も例に漏れない屑だった。生前、我が子を3人殺し、庭に埋めていた。自分が死んだ時にも腹に子がいて、麻薬に手を出し、過剰摂取が死因だ。そんな人間の子が、私だ」

 聡一朗が首筋の獄主に目を遣ると、瞳を縁取る銀色のまつ毛が震えていた。
 堪らず手を延ばし、獄主の髪を労わるように撫でると、獄主の目蓋がふさりと閉じた。

「私は獄主でありながら、人間をどうしても愛せない。母や、祖母にも情を向けられない。歴代獄主は、きちんと人間を愛せたのに、私には出来ない。愛せないくせに、咎津には惹かれ欲情する。歪で、浅ましい。それが私だ」
「………そうか。なんも問題ないよ」
「……」

 獄主の目が開いたのを見て、聡一朗はふすっと笑う。
 優しく獄主の頭を抱き込みながら、まるで子供をあやすように語りかけた。

「言ったろ。あんたの幸せを一番に考えろって。別にいいじゃん、愛せなくって。満たされなくて辛いなら、満たしてほしいって言えよ。きっと誰かが満たしてくれる。あんたには、その魅力があるんだから」

 寂しいなら寂しいって言えばいい。きっと今まで甘えずに生きてきたんだろう。そう思うと、何故だか聡一朗の胸が痛んだ。
 長い間、ずっとこんな葛藤と共に生きてきたのか。そうなら辛かっただろう。

(ん?長い間?)

「……んんっと、なぁ獄主?ところであんた何歳なんだ?」
「……5万歳とちょっとだ」
「んん?何て?」
「聡一朗」
「んあ?」

 突然強く抱きしめられ、聡一朗は息を詰めた。

「今度こそ私は、人間を愛せそうな気がする」
「おお、そうか!それは良かった」

 獄主がグリグリと頭を擦りつけてきて、聡一朗はくすぐったさに身を捩る。
「……ありがとう、聡一朗」
「ん?ああ。本当に愛する人が出来たら、今みたいに他の人間にフラフラ寄っていったら駄目だぞ?」
「そうなのか?好ましくないのか?」
「そりゃぁ、そうだろ」

 抱きしめられていた腕が緩み、聡一朗は獄主を振り返った。
 優しく細められた双眸が、聡一朗を捉えている。息を呑むような美しさに、思わず仰け反った。
 バランスを崩してソファから落ちそうになったところを抱えられ、獄主に呆れたように嘆息される。

「何をしている」
「……ご尊顔が、神々しすぎて。少し控えて頂けませんかね?」
「何を言っている」

獄主の腕から脱出すると、聡一朗は袴を探す。脚を通して帯を結ぶと、腹からぐぅと音が鳴った。

(最も罪深い、屑か……)
正に俺に向けた言葉だな、と聡一朗は思った。
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