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前半戦

12.獄主、お貸しします!(前編) *

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「獄主、コウトさん、これ見て」

 聡一朗が指さしたのは、鬼たちの休憩所だった。洗濯場とも連接していて、屋根がある。

「この屋根、所々穴が開いてんの。雨の日はここから雨漏りするんだ」
 コウトが屋根を見上げると、なるほど穴が無数に開いている。老朽化だろう。補修した跡もあるが、あまり意味を成していない。

 コウトは獄主を見た。
 獄主は屋根を見上げた後、聡一朗を凝視している。
 顔は無表情だが、いつも執務中に表れる眉あたりの強張りが今は無い。

「直してほしいってハヤトさんに言ったんだけど、候補者の居以外の補修には申請書がいるっていわれてさ。経費云々もあるから渋られちゃって」
「申請書を出せば、いつかは許可が出ますよ」
「……そうは言っても、獄主の部屋の書類の山を見てからじゃなぁ。いつになるか分かったもんじゃないでしょ?」

 確かに獄主の執務室は、書類で溢れている。

 獄主が悪いわけでは無く、歴代獄主が執務を怠ったせいだ。
 繰り越された仕事と、進行形の仕事が積み上がって今の書類の山が形成されている。
 今の獄主は、歴代一真面目に仕事をしてると有名だ。

「直に寒くなるなら、対処してやんないと。俺の居のパーゴラの材料を使っても構わない。俺んとこは、ここから出た廃材で良いよ」
「大丈夫です。直ぐ手配しましょう。獄主、良いですよね?」
「……構わん。聡一朗、他には?」

 許可が出た上、追加で何かないかと問われた聡一朗は、目を輝かせて喜んでいる。

「あと、この洗濯場なんだけど……」
「ああ。コウト、メモしておけ。忘れるなよ」
「……御意」

 説明を続ける聡一朗の後ろに、獄主はぴったりとくっついている。
 最初は不思議そうな顔をしていた聡一朗も、コウトへの説明に夢中で、そのままの状態を許している。

 遂には聡一朗の肩口に、獄主は顔を埋めるまでに至った。それでも聡一朗は、気にも留めていない。

(何で平気でいられるんだ、この人)

 同じ空間にいるだけでも委縮してしまう程の獄主の空気にも、聡一朗は難なく馴染んでいる。
 普通の候補者なら、獄主と目が合っただけで赤くなったり目が潤んだりするが、聡一朗にはそれがまったくない。

「おい、獄主。あんまりクンクンすんな。臭いかもしれん」
「……臭くない。好きだ」
「ならいいか。コウトさん、次は炊事場行きますか。移動するぞ、獄主」
「ああ」

 聡一朗の肩口から顔を離さないまま、獄主は移動する。

 まるで背後霊のようだが、聡一朗も獄主に合わせてゆっくり進んでいるようだ。
 周りにいる小鬼たちも、獄主の姿に唖然としている。跪くのも忘れているが、獄主にそれを咎める様子は無い。

「もう一個釜があれば、飯作りも楽になると思うんです。増設できます?」
「可能ですよ」
「良かった」

 補修箇所の説明は終わったのか、聡一朗が安心した様に微笑む。
 そして唖然としている鬼たちを見回した後、聡一朗は肩口の獄主に目を向けた。

「……獄主、眠いのか?」
「……眠くはない。聡一朗、もっと喋れ」
「もう終わったよ。そんなに疲れてたのに、何で付いてきたんだよ?コウトさんだけで良いて言ったろ?」
「……」
「しょうがないな。執務室まで送るよ」

 そう言いながら、聡一朗は一定距離以上近付かない鬼たちを見た。
(やっぱ獄主がいると、鬼たちが恐縮するな……)

 聡一朗は小鬼たちを見回し、目当てのソイを見つける。

「ソイ」
「は、はい!」
 突然声を掛けられたソイは、びくりと小さな身体を跳ねさせる。

「施設を使う当事者からの詳しい意見を、コウトさんへ伝えてくれないか?俺は獄主を連れて帰る」
「分かりました」
「お願いな。帰るぞ、獄主」

 聡一朗の肩口から顔を上げた獄主は、柔らかに眉を下げて頷いた。


________

 執務室の仮眠室に獄主を押し込み、扉を開け放ったまま、聡一朗は口を開いた。
 部屋の中にいる獄主に対して声を張っているのは、聡一朗が廊下の壁を背にしているからだ。

「じゃあ、ゆっくり休めよ~」
「聡一朗、なぜそんなに遠くにいる」

 聡一朗は苦笑いを零す。

 警戒している、と言えば己惚れていると取られるかもしれないが、獄主とあの部屋で2人は避けたかった。夢と認定したものの、リアルに覚えている部分もあるのだ。

 あの部屋ではとても平静ではいられない。

「部屋に入れ。友人だろ」
「入らない。疲れてないから、寝ない」
「………」
「あのなぁ、獄主。あんた、頑張りすぎなんじゃないか?」

 予想外の言葉だったのか、獄主が眉を顰めている。聡一朗が呆れたように息を吐いて、そして微笑んだ。

「昼は執務もあって、夜は候補者選びもだもんな。あんたの事だから、慎重に選んでるんだろ?夜は眠れてるのか?いっぱい話して、触れ合って、本当に好きな人が見つかるといいな。でも焦って、睡眠削ったりするのは止めろよ」
「聡一朗……」
「他の候補者の事は知らないから、あんた贔屓になるけどさ。あんたの幸せを一番に考えた方が良いぞ。身体を壊したら、それこそ本末転倒だ。えっと、執務室は、あっちか。んじゃ、また後で」
「そ……」

 聡一朗の手で扉が閉められ、獄主は仮眠室に一人取り残された。
 波打っていた心臓が、まだドクドクと震えている。

(本当に、お前は咎人か?聡一朗)

 獄主が関わってきた人間は、総じて屑揃いだった。母も屑であれば、祖母も屑である。候補者が最も罪深い咎人のため、仕方のないことだった。
 心根の優しい人間など、出会ったことが無い。

 聡一朗の優しさは、嘘なのかもしれない。
 人間と言うのは欺く事に長けている。欲望も多く、多くの者の上に立ちたがる。

(聡一朗の言動全てが、虚構かもしれない)
 そう考えると、信じられないくらい胸が痛んだ。


________

 休めと言われたが、少しも眠れない。

 そもそも疲れなど溜まっていない獄主は、のっそりと身を起こす。一時間以上悶々としていたが、もう限界だ。
 そろそろ夕餉の時間か、とベッドから降りると執務室へ向かう。

 執務室のドアをいつものように開ける。そして目に飛び込んできた光景に、獄主は目を瞬かせた。

 デスクの前に積み上がっていた書類が、綺麗に片付いていたのだ。
 古い書類はまとめて隅に追いやられており、殆ど使っていなかった棚に、書類が綺麗に並べてある。

 窓際だ書類に目を通す聡一朗が、獄主の姿に驚いていた。

「獄主!もういいのか?夕飯になったら起こそうと思ってたのに」
「聡一朗、これは……」
「まだ座ってろよ。もうすぐ終わる」

 何枚か書類を確認し、トントンと整えてデスクへ置く。

「緊急じゃない書類は、今後他の人に任せた方が良い。全部抱え込むから大変になるんだ。コウトさんは優秀なんだから、振り分けも任せればいい」
「ああ……そう、だな」

「俺には地獄の事分からないから、分類だけしたぞ。あっちの隅に置いてあるのは、もう大分昔の申請書だから、暇な時に確認するぐらいで良いんじゃないか?それこそ下っ端の鬼に確認させればいい」
「ああ……」

 素直にソファに座り、聡一朗の言葉に相槌を打つ獄主を聡一朗は見つめた。
 優しく目を細めると、くしゃりと笑う。

「辛い時は言えよ、獄主。あんたに伸し掛かってる物が大きすぎて、俺には想像もつかないが、少しでも軽くなればいいと思って……」

 言葉半ばで突然手首を捕まれ、聡一朗は固まった。

 いつの間にか傍に来ていた獄主の顔は、眉を寄せて歪んでいる。痛みに耐えているようにも見えるし、憤怒に身を焦がしているようにも見えた。

 大事な書類を勝手に分別したのを怒っているのだろうか。

 部外者で尚且つ人間の自分が、地獄の長の執務に口を出すなど、許されない行為だったのかもしれない。
 聡一朗は、獄主の怒りの理由を脳内に列挙し、背筋がさぁっと寒くなった。

「あ、すまん。余計なことを……した、か?」
「おまえ、は……!」
「……?」
「おまえは、どうして地獄ここにいる……聡一朗……」


 獄主は聡一朗の手首を引っ張り引き寄せると、唇を合わせた。

 聡一朗の瞳が見開かれ、獄主はその美しさに心を震わせる。薄い茶色の色彩の奥に、僅かに緑色が隠れている。

「美しい瞳だ。聡一朗」

 僅かに唇を離して言うと、聡一朗の双眸が揺らいだ。

「あ、ああ、これは、ばあちゃんが……あぁっ!」

 獄主の手が聡一朗の股立から中へ入り込み、まだ反応のないそれを揉みしだく。
 聡一朗の言葉が嬌声で掻き消されると、獄主は口元を緩ませた。

「まだ柔らかいな。口付けが足りんか?」
「ば、馬鹿……!なんで……ひ、あ……」
「やはり、パンツは履くな。邪魔で仕方がない」

 パンツをずり下げられ、直接それを触られる。ビリビリと快感が駆け抜け、聡一朗は唇を噛みしめた。あられもなく嬌声をあげる事だけは避けたかった。

 がくがくと震える膝が折れそうになると、獄主に引き寄せられる。
胸にすがって身を捩らせる体勢になり、聡一朗は恥ずかしさで顔を擦り寄せた。

「は、……うっ!何で、いつも、俺ばっかり……!」
「うん?」

 獄主の動きが止まった隙に、胸をぐいっと押しやる。何がわるいと言わんばかりの獄主を、聡一朗は睨み上げた。

「鬼の友人は、慰め合うって言ったよな?俺ばっかり気持ちよくて、あんたは良いのか!?俺ばっかりよがんのも嫌だし、男の矜持が……」
「ほう?なるほど?私を慰めてくれるのか?」
「………」

(なんか地雷踏んだ?俺……)

 目の前の獄主は、それはそれは妖艶な顔で微笑んでいる。チラリと唇を撫でた舌は、鮮やかな赤色だ。

 帯を信じらないスピードで解かれて、あっという間に袴を取り払われた。
 慣れたもんだと悠長に思ってはいられない。唯一守ってくれているパンツも、膝まで降ろされているのだ。

「ま、まっ……うわっ!」

 くるりと身体を回され、デスクに押し付けられる。
 獄主に向かって腰を突き出している姿勢となり、脳内がパニック状態に陥った。

「まてまてまま、待て!獄主、俺、男の子なんです!どうか落ち着いて!話し合おう!」
「自分から誘っておいて、何を言う」
「誘ってない!誘ってないよ俺は!」

 背中を押さえつけられるも、聡一朗は最大限首を反らせて、獄主に訴える。バクバク鳴る心臓は、口から飛び出そうだ。

「お、落ち着いて俺を見てみろ!獄主!おじさんで可愛らしくもない!萎えるよな!な!」
「喧しいな、聡一朗は。……安心しろ。まだ突っ込まん」
「………まだ!?まだって……っつ!?」

 腰のあたりに硬いものが当たり、聡一朗は恐れ慄いた。当たっているモノの正体は見当がつく。

(まじか、カッチカチなんだが……!)
 萎えるかもしれないという一縷の望みは絶たれた。

 上衣に手を掛けられて、聡一朗は慌ててそれを押さえた。そこを捲られては、尻が丸出しになる。

「そ、そこは、勘弁して……」
「なぜだ」
「獄主!目を覚ませ!俺の尻なんか見てどうする!?萎えるぞ!?あ、いや、萎えた方がいいのか?」
「本当にやかましいな」

 背後でゴソゴソと音がする。獄主が前をくつろげている衣擦れの音だ。それが分かると、聡一朗はデスクの上で力の限りもがいた。
 まな板の上の何とやら、だ。力で敵う相手ではないのだと、再認識させられる。

「脚を閉じろ」
「!?閉じていいのか?」

 言われるがままに脚を閉じようとする前に、獄主の脚で聡一朗の脚はピッタリと閉じられた。
 間髪入れず太腿の間に何かを差し込まれ、聡一朗はビクリと身体を揺らす。

 獄主の屹立したモノが、閉じられた太腿の間を割って入っていく。これは、所謂……。

(すまたってやつか!)

 脳内で上手く漢字変換が出来ず眉を寄せていると、ゆっくりとそれが動き始める。太腿の内側は、忠実にそれの形を感じ取った。
 信じられないほど硬く、そして長くてでかい。目で見ることは出来ないが、見れば平静ではいられまい。

 ぬちゅり、と濡れている感覚が感じられ、獄主も感じているのだと分かる。

 どこか安心すると同時に、男にすまたを提供しているというシチュエーションには、苦笑いしか湧いてこない。

 とは言え、最悪のパターンは避けられた。取り敢えず獄主は気持ちよさそうだし、太腿を提供するだけで済んだのは、聡一朗にとって僥倖だ。

 そう悠長に思っていれたのは一瞬だった。
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