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前半戦

11.獄主、服を贈る

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 地獄の植物は成長が早い。

 獄主に貰った薔薇もニョキニョキと伸び、いくつか蕾もできた。支柱を立てているが、これもすぐ追い抜かれてしまうだろう。

「ハヤトさん、出来そうですか?」
「ええ、勿論。パーゴラなんて素敵ですね」

 ハヤトは、中庭や小道など外構を担当する鬼だ。
 見た目はシュッとしたイケメンで、薄桃色の髪をオールバックにして後ろで束ねている。

 そのハヤトがメジャーで小道を測るのを、聡一朗は手伝っている。
 パーゴラに薔薇を這わせたら、小道にトンネルのような道が出来るだろう。藤棚も好きだが、鬼は嫌うんだったかな?そんな事を考えながら、計測値をメモしていく。


「それにしても大量の薔薇ですね」
「ああ。お陰で小道が薔薇園になってしまった」

 薔薇が欲しいと言った次の日には、薔薇が届いていた。
 当初は薔薇の花束が届いたのだが、その後どこかの従者が青い顔をしながら大量の苗を運んできた。

 「まさか苗とは思いませんでした」と渋い顔をして去っていく従者の顔は、憔悴しきっていて申し訳ない程だった。多分、獄主に怒られたのだろう。

「さあ、今日は終わりです。また明日、材料を持って伺いますね」
「助かります」

 ハヤトが去って行くのを見送ると、居に向かって歩き出す。
 首筋を撫でながら、聡一朗は昨日の事を思い出していた。


(年のせいかな、あんなに疲れるなんて)

 昨日の眠気は、不自然なほど強烈だった。地獄という慣れない土地に来て、疲れていたという言い訳も立つが、聡一朗の場合は快適に過ごしている。

 夜は相変わらず寝れない体質だが、昼寝も出来る環境は、自分に合っていた。
 死ぬ直前まで殆ど寝ずに働いていたことを考えると、頭を傾げるしかない。

 十居の庭では、小鬼たちが忙しなく働いている。
 いつもピカピカにしてくれる庭を見ていると、テキロが茶を盆に乗せてやってきた。

「聡一朗、ハヤトさん帰った?」
「ああ、帰った」
「良かった。彼がいると、浮足立つ鬼が増えるからね」
「はは、そうなのか。格好いいもんな、ハヤトさん」

 今では遠慮なしにタメ口を聞いてくるテキロは、当たり前のように池の縁に腰かける。
 聡一朗は立ったまま、貰った茶を啜った。昨日まで冷茶だったのに、今日の茶は温かい。

「温かいな」
「ああ、もうすぐ寒くなるからな」
「……そうか、早いな」

 地獄は冬が長いらしい。温かい季節は直ぐに過ぎて、直に冬が来る。
 獄主が花嫁を選ぶ時は、きっと真冬の様な寒さになるだろう。

 ソイが無邪気な顔をして駆けてくるのが見え、聡一朗はテキロを見た。明らかに嬉しそうな顔をしているのが、何とも微笑ましい。

 今日の茶菓子は、小さなタルトのような可愛らしい焼き菓子だ。真ん中にジャムがのっていて、いかにも女子向けである。
(なるほど、ソイ寄せの菓子か)そう気付いた聡一朗は、頬が緩むのを抑えられず顔を背けた。

「美味しそう!食べても良いですか?聡一朗様」
「全部やるよ。ソイのだから」

 ニヤニヤ笑いながら聡一朗はテキロを見る。
 テキロは黒目をほぼほぼ喪失させながら真っ赤になり、聡一朗を睨んでいた。

「テキロの黒目無くなる!」
「無くならねぇわ!」

 ソイが2人のやり取りに目を細めながら、菓子を摘まみ上げた。
 口に放り込んでニコリと微笑むソイは、少女から女性に変わる転換期ならではの魅力がある。

 菓子を摘まむソイを見つけた小鬼たちが、わらわらと聡一朗達の元に集まってきた。
 皆自然と一旦作業を中断し、皆で談笑を楽しむ時間となる。

「そういえば、聞いた?獄主様は昨日、五居へ行ったらしいよ」
「五居?私は八居と聞いたわ」

 小鬼たちが談笑するのを、聡一朗は縁側に座って柱に凭れながら眺めていた。

 やはり小鬼たちも獄主の候補者選びが気になるようで、話題に事欠かないらしい。
 五居は男性。八居は女性。
 話を聞きながら、聡一朗は茶を啜る。

(獄主……俺のアドバイスちゃんと実践しているのか?)

 小鬼たちから伝わる情報では、獄主は候補者を一つに固定していない様だった。相談を受けた身としては疑問が残るが、地獄の長の花嫁ともなると慎重になるのも頷ける。

「という事は、昨日の晩で5と8をはしごしたという事になるな」
 まだ年端もいかない風体の小鬼が言うのを、聡一朗は半ば呆れて見ている。思えば彼らは人間よりずっと長生きだ。聡一朗より年が上かもしれない。

「という事は、コンプリートね」
「……いや、コンプリートじゃないぞ」

 小鬼たちの視線が一気に注がれ、聡一朗は慌てて柱から身を起こした。

「おいおいおい、俺は無いって」
 聡一朗が慌てるのを見て、小鬼達は何とも言えない表情を一様に浮かべる。

 昨日、フウトとライトからしっかり「教育を受けた」小鬼たちは、聡一朗の置かれている立場を理解していた。

「そ、そうね。聡一朗様は無いわね」
「だろ?こんなオッサン、相手にされないって」

 小鬼たちからの視線に、聡一朗は言葉に詰まった。
 憐れむような視線は、聡一朗の心に容赦なく刺さる。小鬼たちに気を遣わせてるのも、心が痛んだ。

「その、何だ、あるのか?寵愛を受けている居の世話役の方が優遇されたり、冷遇されている居の小鬼が蔑まれたり、とか……そうだったら、大変申し訳ない。くじ運が悪かったと思ってもらうしかない。ごめん」
「っ!馬鹿か!」

 テキロが声を荒げて立ち上がり、ズンズンと聡一朗の前まで進む。
「俺らはあんたと一緒に過ごせるだけで楽しい!自分を卑下するな!」

 テキロが縁側に座った聡一朗を、まるで叱るように上から睨み付ける。

 テキロは、思ったことを素直に口に出す性質のようだ。真っすぐで、自分の気持ちに嘘を付かない。
 ……まぁ、ソイへの気持ちは素直に口に出せないでいるが。

 しかし蔑まれている、という言葉を否定しなかったのには引っかかった。
 聡一朗が続けて問おうとすると、慣れない声が響く。


「ちゃーっす!聡一朗様に、下賜っす」

 ちゃらい声を響かせて入ってきたのは、服飾担当のワタベだ。
 候補者や世話役の服を作ったり、デザインまでこなす。刈り上げられた頭にはタトゥーまで入っていて、如何にもと言う感じの風体だが、腕はかなり良い。

 ワタベが縁側に並べたのは、袴の上に着る防寒着の様なものだった。
 紺色の生地に、銀の糸で見事な刺繍が施されている。襟元には滑らかなファーまで付いていた。

「直に寒くなりますからね。祭典用、普段着用、作業用と何枚かあるっすよ」
「待て待て、そんなにいらん。そもそも防寒着は最初からあったぞ?」

 居にはたくさんの衣類がある。防寒着もクロークに入っていたのを見ていた。

「聡一朗様に合うよう、特別に作られた物っす。獄主様の指示っすから、いらんなんて無理っすよ~」
「そうか……高そうだな……。ああ、ワタベさん、折角だから茶飲んで行ってよ」
「ち~っす」

 テキロが服を片づけ、ワタベが縁側に座る。
 こう見えて、ワタベは古株の鬼で地位も高い。しかし気さくで偉ぶらないため、ハヤトと並んで小鬼たちの尊敬の的だった。

「しっかし、初めてっすよ。候補者の服を一から作るのは」
「そうか。しかし俺の分まで律儀に作んなくても良かったんだがな」

 ワタベが茶菓子を自身の口に放り投げ、咀嚼しながら聡一朗を不思議そうな目で見ている。

「俺の分までって何すか?」
「……?ああ、俺の分までついでに作らなくてもって事」
「ああ~それは違うっす。だって他の候補者には……むぐ」

 ソイから新たな菓子を口に突っ込まれたワタベは、目を白黒させてソイを見た。ワタベの口を塞いだソイは、意味深な笑みを向けて代わりに口を開く。

「他の候補者の元にも、それは美しい服が届いたんでしょうね~」
「な、見てみたかったな」

 朗らかに笑う聡一朗とソイ、その他周りの鬼たちのホッとした顔を見まわしながら、ワタベはもう一度不思議そうに顔を歪めた。


________

「っまじかよ!知らなかったわ!」
 鬼たちの作業場で、ワタベが腹を抱えて笑っている。ソイが洗濯物を洗いながら、ふすりと溜息をつく。

「そんじゃあ、獄主様は本気だな。御自身の服でさえ適当なのに、聡一朗様の服には生地の色や質感、縫い糸まで指定してきた。めでたいこった」
「でも、聡一朗様は花嫁になりたくないんです」
「……そりゃあ、変だな。あれほどの美しさを持つ獄主と結ばれて、尚且つ獄母になれば永く生きられる。一番でかいのは、地獄を支配できる事だ。候補者は人間の中でも屑だろ?欲望も支配欲も誰より大きいはず。花嫁になりたくない理由が無い」

 屈強な鬼たちを支配下に置き、絶大な権力を得る。過去の獄母の中には天国を侵略しようとする者さえいた。
 時々、小競り合いが起こるのは、それが一因でもある。

「聡一朗様は、優しいのよ」
「馬鹿言うな。候補に選ばれる人間は屑だ」

 ワタベが言うと、ソイがむうと頬を膨らませた。
 「何だその顔」とワタベが眉を引き上げていると、作業場に聡一朗の声が響いた。

「よ~お、元気に働いてる?」
「聡一朗様だ!」

 小鬼たちはいつものようにわらわらと、聡一朗の元へ駆け寄ろうする。が、全員その足をピタリと止めた。

 ヘラリと笑う聡一朗の後ろに獄主の側近であるコウトと、獄主が立っていたからだ。
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