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前半戦
10.獄主、外堀を埋める
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コウトは目の前の聖剣を前に嘆息した。
サイクロプスの喉に刺さっていたそれは、恐らく1万年前に起こった天国との小競り合いの時の物だろう。
「よくもこんなものを喉に入れてましたね」
「……ヒツメは、話せるようになった。今まで理解されず、苦しかっただろうな」
サイクロプスのヒツメは獄主の忠臣だった。天国との小競り合いの時も、ヒツメは大いに活躍したものだ。
獄主はその後のヒツメに、密かに心を痛めていたようだ。目の前の表情は穏やかで、安心しているように見える。
「……それにしても、良く引き抜けましたね?十居の候補者。普通は触れもしない筈です」
「………」
咎人は、天国の物に触れることが出来ない。
善の波動に耐えきれず、死んでしまうものもいる。それを聡一朗は引き抜き、おまけに外へ投げた。
「……あの後、聡一朗は体調を悪くしていた。少なからず、影響はあったのかもしれん」
「なるほど。それで今、獄主の仮眠室で眠りこけているのですね」
獄主は視線を聖剣に向けたまま、自身の唇を擦る。
目を細める顔は、幸せそうにも見えるが、愉しそうにも思えた。
コウトにとってはどちらでも構わなかった。獄主が幸せで楽しいなど、これ以上嬉しいものは無い。
「獄主、霧谷聡一朗を、一居に移しますか?」
「不要だ。そのままでいい」
出された茶に口を付けながら、獄主がきっぱりと言い放つ。
獄主は数千年に一回訪れる候補者選びを、毎回とても嫌がっていた。嫌とは言わないが、候補者のいる半年間は、いつも機嫌が悪い。
コウトが候補者について聞いても「任せる」「後で良い」「どちらでも良い」という声ばかり返ってきた。
今年の獄主は、やはりいつもとは違う。
「コウト。これから先、私から寵愛を得た候補者への下賜は、お前が選べ。贈る物はお前に任せる」
「御意」
しばし、沈黙が続く。下がれ、という言葉が無い限りコウトは下がらない。次の言葉を待っていると、獄主がコトリと茶器を置いた。
「フウト、ライトも聞け」
「はい」
どこからともなく声が2人分響き、気配が僅かに感じられるようになる。姿は見せないが、近くにいるという事がコウトにも感じ取れた。
「この先、私が聡一朗に何か贈り物をしても、頻繁に会いに行っても……万が一、閨を共にしても………聡一朗は、私の友人だ。他の候補者とは別で考えろ」
「………?」
「私がどんなに聡一朗に構っていても、寵愛していると見えても、それは友人だからだ。聡一朗が、他から何か吹き込まれて、自分は寵愛されてるのでは?と聞いて来たら、いいえ、友人ですよ。と言え」
半ば脅しの様な獄主の声は、地を這って近付く地響きに似ている。
要は、聡一朗に「獄主に花嫁候補として見られている」というのを感づかせたくないらしい。
「他の候補者にもだ。聡一朗が寵愛されているのかと聞かれたら、ただの友人ですよ、と言え。今人間界で流行りのブロマンスです、とでも言っておけ」
「ああ、なるほど、ブロマンスですね」
そう言ったのはフウトだ。人間界の漫画やエンタメが好きなフウトとライトは、その手の知識に長けている。
まさかこの場で出し抜かれるとは思っていなかったコウトは、ギリリと奥歯を噛みしめた。
「それから、お前たち。鬼は友人同士、肌を重ねるのが常識だな?」
「………?」
「友人同士でも慰め合い、肌を合わせる事がある。そうだな?」
「………そ、そうです……」
勿論、そんな事は聞いたことが無い。
しかし事実さえ捻じ曲げる力が、地獄の長にはあるのだ。
「良し。分かったら、十居の世話役達全員に、今言ったことを事を熟知させろ。フウト、ライト、行け」
「御意!」
フウトとライトの気配が消えると、獄主がふぅと息を吐いた。
普段は必要最低限の事すら喋らない獄主だ。捲し立てて疲れたのか、再度茶に口を付けている。
過去に多々あった「天国との小競り合い」の作戦会議の時でさえ、獄主はこれほど雄弁ではなかった。
「……そういえば、聖剣は返さねばいけませんね」
「………」
獄主は聖剣を忌まわし気に見つめている。
これを地獄に置いておいて得は無い。むしろ害の方が多いだろう。
「天国と連絡をとれ。持っていくか、取り来るかは、あちらに任せる」
「御意」
________
目を覚ました聡一朗は、慣れない寝台の上で身を起こした。怠さはまだ澱のように沈んだままで、何ならまだ寝れそうだ。
しかし、窓に映る空はもう茜色に染まっている。帰らなければ、テキロ達が心配するだろう。
自身の身体を見下ろすと、きちんとパンツもズボンも履いている。それどころか、聡一朗が放った痕も見当たらない。
(もしかして、夢でした?)
夢だとしたら、とんだ変態だ。
34歳オジサンが、アホ程綺麗な男に弄られ泣いて喘ぐ夢など、怖気が突っ走る。ホラーだ。
うん、忘れよう。聡一朗は心に決めた。
幸運なことに、聡一朗は感情に蓋をするのには長けている。蓋をすると溢れることもない。
この特技のお陰で上司には「危機管理能力が無い」「無鉄砲」などの言葉を多数頂いた。ありがたいものだ。
怠い身体を引きずるように部屋を出ると、執務室を探す。
記憶を頼りに扉を探すと、直ぐに見つかった。一段と豪華な両開きの扉だ。
コツコツと行儀よく扉を叩くと「誰だ」という声が中から響く。知っているような声だが、獄主のものではない。
「霧谷聡一朗です。仮眠室ありがとうございました。帰ります」
「入れ」
あわよくばそのまま帰りたかったが、今度返ってきたのは獄主の声だった。
スンと鼻を鳴らしていると、扉が開く。中から出てきたのは、見たことのある鬼だ。
「あ、片眼鏡」
片眼鏡であるコウトは、その言葉に眉根を寄せたが、直ぐに笑みを浮かべた。
作り笑顔です、と説明しているような笑顔だったが、聡一朗もきちんと笑顔で返す。
「私の名は、コウトです。聡一朗様、以後お見知りおきを」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
視線を上げると、デスクの向こうに獄主が立っていた。
デスクの向こうは窓があり、茜に染まった空が獄主の銀糸を染め上げている。執務中は髪を束ねているようだ。その姿もやはり、目を見張るほど美しい。
「起きたか。聡一朗」
「……ああ、すまん。寝すぎた」
言いながら執務室に入ると、聡一朗はその散らかりように閉口した。
乱雑に積み上げられた書類の束で、壁が形成されている。机の上も、その周りも。まるで床から生えているように積み上がっている。
絶妙なバランスで立っている書類の束に気を取られて、獄主がそこまで迫っているのに、聡一朗は気が付かなかった。
獄主は聡一朗より身体が大きい。地獄の長だし鬼だから当たり前なのだろうが、190㎝は優に超えているのではないだろうか。
聡一朗が見上げると、見下ろした獄主と目が合った。鳶色の瞳に、窺うような色が見える。
(何だ、まだ心配してんのか?)
獄主の手が伸びてきて、聡一朗の髪に触れた。どうやら寝癖が気になっているのか、撫でつけてはピンと起きる髪を凝視している。
「……聡一朗」
「ん?」
「なぜパンツを履いていた?」
獄主の言葉に、聡一朗の全身がピシリと固まった。
聡一朗の頭を撫でていた獄主の手は、動きを止め後頭部に回っている。
その手が、最初から聡一朗が逃げられない様に置いたものだと悟った時、体中に警告音が鳴り響くのを聞いた。
「い、いや……これはさ、」
「聞けば、小鬼に作らせたらしいな?」
「っつ!?なんで!?」
「自分が履いていたパンツを、小鬼に渡したのか?」
「ち、違う!自分の履いていたパンツを、そのまま渡すなんていう変態行為は行っていない!破れるほど洗ったんだ!」
獄主はもう一方の手を、同じく聡一朗の頭に添える。
聡一朗に視線を合わせるように身を低くし、まるで子供に言い聞かせるような表情を浮かべた。
「聡一朗、そういう事を言っているんじゃない」
「ん?」
目の前の獄主は、薄く笑みを浮かべている。笑みを浮かべてはいるが、瞳の奥は剣呑な何かが渦巻いて見えた。
聡一朗がゴクリと生唾を飲み込むと、獄主が耳元に口を寄せる。
「今後、お前の持ち物を、私以外に与えるのは止めよ」
「……?」
「まだ分からんか?とにかく止めよ。言いつけを守らなければ……」
獄主が、聡一朗の耳にかかる髪をすくって指で弄んだ。露わになった耳に、獄主は口付けるように唇を寄せる。
「仕置きだ」
耳から流れ込む声が、呪いのように全身を駆け巡る。ゾクゾクと背が震えて、顔が焙られたように熱くなった。
逃れようとしても、獄主の手が阻む。少しも力を入れている様子はないのに、頭はピクリとも動かない。
「お、お、オジサンを揶揄うんじゃない」
「おじさん?誰のことだ」
「オジサンって言ったら俺しかいないだろ!?」
獄主の瞳が不思議そうに揺れた後、眉が下がった。
手に力が緩んだ隙に、聡一朗はしゅるりと抜けだす。扉を背に、ドアノブにまで手を掛けた。
「と、ともかく、俺は帰るから!じゃあな、獄主、コウトさん」
返事を待たずに閉められた扉を、獄主は見つめていたが……肩が揺れている。
(わ、笑っている……!なんなら腹を抱える勢いで……)
コウトに背を向けながら一頻り肩を揺らした後、獄主は目元を拭った。
息を吐き切り振り返ると、獄主はコウトを見る。スンと何もなかったような無表情で、いつもの冷たい獄主だ。
「コウト、私は帰る。いや今日は……仮眠室で寝る」
そう言いながら執務室を出ていく獄主を、コウトは口を引き結んで見送った。
(絶対、匂い嗅ぐ気だ。あの人……)
今日は候補者の元へは行かないつもりなのだろうか。
コウトは嘆息しながら、従者へ夕食の準備を指示をした。
サイクロプスの喉に刺さっていたそれは、恐らく1万年前に起こった天国との小競り合いの時の物だろう。
「よくもこんなものを喉に入れてましたね」
「……ヒツメは、話せるようになった。今まで理解されず、苦しかっただろうな」
サイクロプスのヒツメは獄主の忠臣だった。天国との小競り合いの時も、ヒツメは大いに活躍したものだ。
獄主はその後のヒツメに、密かに心を痛めていたようだ。目の前の表情は穏やかで、安心しているように見える。
「……それにしても、良く引き抜けましたね?十居の候補者。普通は触れもしない筈です」
「………」
咎人は、天国の物に触れることが出来ない。
善の波動に耐えきれず、死んでしまうものもいる。それを聡一朗は引き抜き、おまけに外へ投げた。
「……あの後、聡一朗は体調を悪くしていた。少なからず、影響はあったのかもしれん」
「なるほど。それで今、獄主の仮眠室で眠りこけているのですね」
獄主は視線を聖剣に向けたまま、自身の唇を擦る。
目を細める顔は、幸せそうにも見えるが、愉しそうにも思えた。
コウトにとってはどちらでも構わなかった。獄主が幸せで楽しいなど、これ以上嬉しいものは無い。
「獄主、霧谷聡一朗を、一居に移しますか?」
「不要だ。そのままでいい」
出された茶に口を付けながら、獄主がきっぱりと言い放つ。
獄主は数千年に一回訪れる候補者選びを、毎回とても嫌がっていた。嫌とは言わないが、候補者のいる半年間は、いつも機嫌が悪い。
コウトが候補者について聞いても「任せる」「後で良い」「どちらでも良い」という声ばかり返ってきた。
今年の獄主は、やはりいつもとは違う。
「コウト。これから先、私から寵愛を得た候補者への下賜は、お前が選べ。贈る物はお前に任せる」
「御意」
しばし、沈黙が続く。下がれ、という言葉が無い限りコウトは下がらない。次の言葉を待っていると、獄主がコトリと茶器を置いた。
「フウト、ライトも聞け」
「はい」
どこからともなく声が2人分響き、気配が僅かに感じられるようになる。姿は見せないが、近くにいるという事がコウトにも感じ取れた。
「この先、私が聡一朗に何か贈り物をしても、頻繁に会いに行っても……万が一、閨を共にしても………聡一朗は、私の友人だ。他の候補者とは別で考えろ」
「………?」
「私がどんなに聡一朗に構っていても、寵愛していると見えても、それは友人だからだ。聡一朗が、他から何か吹き込まれて、自分は寵愛されてるのでは?と聞いて来たら、いいえ、友人ですよ。と言え」
半ば脅しの様な獄主の声は、地を這って近付く地響きに似ている。
要は、聡一朗に「獄主に花嫁候補として見られている」というのを感づかせたくないらしい。
「他の候補者にもだ。聡一朗が寵愛されているのかと聞かれたら、ただの友人ですよ、と言え。今人間界で流行りのブロマンスです、とでも言っておけ」
「ああ、なるほど、ブロマンスですね」
そう言ったのはフウトだ。人間界の漫画やエンタメが好きなフウトとライトは、その手の知識に長けている。
まさかこの場で出し抜かれるとは思っていなかったコウトは、ギリリと奥歯を噛みしめた。
「それから、お前たち。鬼は友人同士、肌を重ねるのが常識だな?」
「………?」
「友人同士でも慰め合い、肌を合わせる事がある。そうだな?」
「………そ、そうです……」
勿論、そんな事は聞いたことが無い。
しかし事実さえ捻じ曲げる力が、地獄の長にはあるのだ。
「良し。分かったら、十居の世話役達全員に、今言ったことを事を熟知させろ。フウト、ライト、行け」
「御意!」
フウトとライトの気配が消えると、獄主がふぅと息を吐いた。
普段は必要最低限の事すら喋らない獄主だ。捲し立てて疲れたのか、再度茶に口を付けている。
過去に多々あった「天国との小競り合い」の作戦会議の時でさえ、獄主はこれほど雄弁ではなかった。
「……そういえば、聖剣は返さねばいけませんね」
「………」
獄主は聖剣を忌まわし気に見つめている。
これを地獄に置いておいて得は無い。むしろ害の方が多いだろう。
「天国と連絡をとれ。持っていくか、取り来るかは、あちらに任せる」
「御意」
________
目を覚ました聡一朗は、慣れない寝台の上で身を起こした。怠さはまだ澱のように沈んだままで、何ならまだ寝れそうだ。
しかし、窓に映る空はもう茜色に染まっている。帰らなければ、テキロ達が心配するだろう。
自身の身体を見下ろすと、きちんとパンツもズボンも履いている。それどころか、聡一朗が放った痕も見当たらない。
(もしかして、夢でした?)
夢だとしたら、とんだ変態だ。
34歳オジサンが、アホ程綺麗な男に弄られ泣いて喘ぐ夢など、怖気が突っ走る。ホラーだ。
うん、忘れよう。聡一朗は心に決めた。
幸運なことに、聡一朗は感情に蓋をするのには長けている。蓋をすると溢れることもない。
この特技のお陰で上司には「危機管理能力が無い」「無鉄砲」などの言葉を多数頂いた。ありがたいものだ。
怠い身体を引きずるように部屋を出ると、執務室を探す。
記憶を頼りに扉を探すと、直ぐに見つかった。一段と豪華な両開きの扉だ。
コツコツと行儀よく扉を叩くと「誰だ」という声が中から響く。知っているような声だが、獄主のものではない。
「霧谷聡一朗です。仮眠室ありがとうございました。帰ります」
「入れ」
あわよくばそのまま帰りたかったが、今度返ってきたのは獄主の声だった。
スンと鼻を鳴らしていると、扉が開く。中から出てきたのは、見たことのある鬼だ。
「あ、片眼鏡」
片眼鏡であるコウトは、その言葉に眉根を寄せたが、直ぐに笑みを浮かべた。
作り笑顔です、と説明しているような笑顔だったが、聡一朗もきちんと笑顔で返す。
「私の名は、コウトです。聡一朗様、以後お見知りおきを」
「ああ、はい。よろしくお願いします」
視線を上げると、デスクの向こうに獄主が立っていた。
デスクの向こうは窓があり、茜に染まった空が獄主の銀糸を染め上げている。執務中は髪を束ねているようだ。その姿もやはり、目を見張るほど美しい。
「起きたか。聡一朗」
「……ああ、すまん。寝すぎた」
言いながら執務室に入ると、聡一朗はその散らかりように閉口した。
乱雑に積み上げられた書類の束で、壁が形成されている。机の上も、その周りも。まるで床から生えているように積み上がっている。
絶妙なバランスで立っている書類の束に気を取られて、獄主がそこまで迫っているのに、聡一朗は気が付かなかった。
獄主は聡一朗より身体が大きい。地獄の長だし鬼だから当たり前なのだろうが、190㎝は優に超えているのではないだろうか。
聡一朗が見上げると、見下ろした獄主と目が合った。鳶色の瞳に、窺うような色が見える。
(何だ、まだ心配してんのか?)
獄主の手が伸びてきて、聡一朗の髪に触れた。どうやら寝癖が気になっているのか、撫でつけてはピンと起きる髪を凝視している。
「……聡一朗」
「ん?」
「なぜパンツを履いていた?」
獄主の言葉に、聡一朗の全身がピシリと固まった。
聡一朗の頭を撫でていた獄主の手は、動きを止め後頭部に回っている。
その手が、最初から聡一朗が逃げられない様に置いたものだと悟った時、体中に警告音が鳴り響くのを聞いた。
「い、いや……これはさ、」
「聞けば、小鬼に作らせたらしいな?」
「っつ!?なんで!?」
「自分が履いていたパンツを、小鬼に渡したのか?」
「ち、違う!自分の履いていたパンツを、そのまま渡すなんていう変態行為は行っていない!破れるほど洗ったんだ!」
獄主はもう一方の手を、同じく聡一朗の頭に添える。
聡一朗に視線を合わせるように身を低くし、まるで子供に言い聞かせるような表情を浮かべた。
「聡一朗、そういう事を言っているんじゃない」
「ん?」
目の前の獄主は、薄く笑みを浮かべている。笑みを浮かべてはいるが、瞳の奥は剣呑な何かが渦巻いて見えた。
聡一朗がゴクリと生唾を飲み込むと、獄主が耳元に口を寄せる。
「今後、お前の持ち物を、私以外に与えるのは止めよ」
「……?」
「まだ分からんか?とにかく止めよ。言いつけを守らなければ……」
獄主が、聡一朗の耳にかかる髪をすくって指で弄んだ。露わになった耳に、獄主は口付けるように唇を寄せる。
「仕置きだ」
耳から流れ込む声が、呪いのように全身を駆け巡る。ゾクゾクと背が震えて、顔が焙られたように熱くなった。
逃れようとしても、獄主の手が阻む。少しも力を入れている様子はないのに、頭はピクリとも動かない。
「お、お、オジサンを揶揄うんじゃない」
「おじさん?誰のことだ」
「オジサンって言ったら俺しかいないだろ!?」
獄主の瞳が不思議そうに揺れた後、眉が下がった。
手に力が緩んだ隙に、聡一朗はしゅるりと抜けだす。扉を背に、ドアノブにまで手を掛けた。
「と、ともかく、俺は帰るから!じゃあな、獄主、コウトさん」
返事を待たずに閉められた扉を、獄主は見つめていたが……肩が揺れている。
(わ、笑っている……!なんなら腹を抱える勢いで……)
コウトに背を向けながら一頻り肩を揺らした後、獄主は目元を拭った。
息を吐き切り振り返ると、獄主はコウトを見る。スンと何もなかったような無表情で、いつもの冷たい獄主だ。
「コウト、私は帰る。いや今日は……仮眠室で寝る」
そう言いながら執務室を出ていく獄主を、コウトは口を引き結んで見送った。
(絶対、匂い嗅ぐ気だ。あの人……)
今日は候補者の元へは行かないつもりなのだろうか。
コウトは嘆息しながら、従者へ夕食の準備を指示をした。
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