【完結】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
上 下
9 / 49
前半戦

8.獄主、死にたがりの候補者です

しおりを挟む

 突然獄主が現れた事にライトは驚き、跪く。

「ご、獄主様。お越しに気付かず、申し訳ありません」
「……良い。下がっておけ」
「……御意」

 聡一朗は腰を下ろしてサイクロプスの首筋を掴むと、下にいる獄主に親し気な目を向けた。
 獄主は目を細めてそれを見ると、部下にバケツを持って行くように指示をする。

「安心しろ。聡一朗が落ちたら、私が受け止める」
「まじ? 俺、重いけど、大丈夫?」
「……私を誰だと思っている」

 獄主の声は冷たかったが、顔は愉快そうに薄い笑みを浮かべている。聡一朗が声を立てて笑い、バケツを持って立ち上がった。

「そうだった。あんたは恐れ多い地獄の主だった。綺麗すぎて忘れてた」
「……っ」

 言葉に詰まったような獄主を不思議に思い、ライトは獄主を見る。眉を寄せる獄主の頬は、仄かに赤い。そしてその目は、確実に聡一朗を捉えていた。

(ええ……? えええ?)

 ライトはここ最近、獄主の行動を見てきた。ずっと空気の様に貼り付いているのだから、例の「苺キッス事件(命名フウト)」も相棒と2人で見ている。

 しかし、獄主が三居の相手と身体を合わせたことも知っているし、他の候補者数名とも既にそういう行為をしている事は事実だ。キスなど、特別不思議ではない。


(しかし、この獄主様の顔は……一体何だ?)

 完全に恋する男の目をしている上に、片思いに心痛める青年にも見える。

 唐突に意中の相手に「可愛いね、綺麗だね」と言われて赤面し、赤面した自分が恥ずかしくて悔しい。そんな顔だ。

(フウト、何故ここにいない……!)

 一緒に少女漫画を読むのが趣味の2人は、この手の話題は大好物だった。

 数千年に一度の大イベント「花嫁選び」も楽しみではあったが、肝心の獄主が盛り上がりに欠ける事が難点だったのだ。

 今年の獄主は、完全に仕上がっている。


 ライトが感動に打ち震えていると、悪臭が鼻をついた。
 目が沁みるほどの悪臭は、サイクロプスの膿の匂いのようだ。そう気付くと、ライトもげんなりと眉を寄せる。

 折角いい気分だったのに、とライトはサイクロプスを見上げる。そこには口元に手巾を巻いた聡一朗が、額に汗を滲ませながら、サイクロプスのおできを手で押さえている。膿を押し出しているようだ。

 手巾を巻いてはいるものの、匂いは強烈のはずだ。それでも聡一朗は嫌な顔一つせず、サイクロプスに何やら話しかけながら膿を出している。

(……あいつ、本当に咎人か?)


 ここで働く咎人は、サイクロプスの世話を嫌々こなす。
 当然のことだ。鬼で、しかも信じられない大きさの鬼の世話など、死んでもやりたくなかっただろう。(実際死んでいるが)

 歯磨きの当番など、咎人10人体制でやるのだ。吐いたり、失神したり、発狂したり、人員が幾つあっても足りない。


 バケツ一杯の膿が溜まった所で、聡一朗が額の汗を拭った。

「ああ、一杯出たな。こんくらい出せば、大丈夫だろ。あとは、化膿止めを塗るだけだ。暴れるなよ?」

 言い聞かせる聡一朗は優しく、サイクロプスの瞳も穏やかだ。
 化膿止めを塗っている間も、サイクロプスは大人しい。聡一朗は下手くそな鼻歌を歌いながら、傷口に巨大なガーゼを貼りつけている。

「いよぉし! 次は口を開けろ!」

 素直に口を開けたサイクロプスの下あごに、なんの躊躇もなく聡一朗は足を掛ける。
 流石に焦ったのか、獄主が聡一朗を呼び止めた。

 獄主の声に、聡一朗はサイクロプスの上の歯に手を掛けたまま振り返る。その姿は自ら死に飛び込もうとしている様にも、見えんことは無い。

「どうした?」
「どうしたじゃない。何をする」
「ちょっと見るだけだ。すぐ戻る」

 聡一朗は軽く言い、サイクロプスの口の中へ潜り込んだ。


 聡一朗には伝えていないが、サイクロプスは人間を好んで食っていた時期があった。現に歯磨き中の咎人の何人かは、彼の胃袋に消えている。
 食べてはいけないと言っているが、自分の好物が舌の上にいるのに我慢しろなど、無理な話ではあった。

 獄主が血相を変えて、冷たい空気を垂れ流す。腰に佩いている愛刀の柄を握りしめると、サイクロプスを睨み付けた。

「ヒツメ、その者を呑んだら、首を落とす」

 言われたサイクロプスは震え出した。
 一つ目を見開いて、口を最大限開く。喋ることは出来なくとも、死んでも飲み込むまいと言う意思を感じられる。

 聡一朗はその会話が聞こえないのか、サイクロプスの口の中で時折独り言を漏らす。

「う~ん、これ痛いか? うっわ、お前これ、どうしたの? 見てるだけで無理、痛い。待って、痛いなら言えよ」

 サイクロプス、もといヒツメを気遣う言葉が漏れるも、当のヒツメはそれどころではない。
 世界一恐い主から、殺気を向けられているのだ。早く口から出てほしい、が本音だろう。

 サイクロプスの口から、次々と何かが飛び出してくる。人骨、木の破片、ハンガー。
 ハンガーが出てきたときは、流石の獄主も「何食ってんだ」という呆れ顔を浮かべた。

「あ、多分これだ」
 その声と共に飛び出してきたものに、獄主もライトも愕然とした。

 それは、聖剣だった。天使にしか扱う事の出来ない、聖なる力の宿った剣。
 その剣は朽ちることもなく、未だ美しく光を放っている。こんなものが喉に刺さっていたら、まともに声も出せないだろう。

「出るよ。噛まないでね」

 軽口と共に出てきた聡一朗は、言うまでもないが全身デロデロに汚れている。
 傍にいた咎人が身を背けて落ちそうになるほどの悪臭で、聡一朗本人も流石に何とも言えない顔をしていた。

「早く降りてこい、聡一朗」
「ん……ああ、待って」

 獄主の声に返事はしたものの、流石に気分が悪いのか、聡一朗が眉を顰めて胸を掴んでいる。蹲るように身を屈める姿を、獄主が放っておける訳がなかった。

「聡一朗、そこにいろ、迎えに行く。おい、湯を沸かしておけ」

 獄主が部下に指示しながら梯子に手を掛けると、聡一朗が慌ててそれを制する。

「駄目だ、来るな。あんたが、汚れる」
「構わん。そこにいろ」

 獄主はスルスルと梯子を登ると、聡一朗の腕を掴んだ。獄主が汚れると思ったのか聡一朗が抵抗すると、有無を言わさず膝裏に手を差し込んで抱き上げた。

「………っ!?」

 いわゆるお姫様だっこに、聡一朗は気恥ずかしさに身を捩る。気分が悪いのも忘れて暴れると、獄主は嬉しそうに頬を緩ませた。

「暴れると、落ちるぞ。……まぁ、今から落ちるが」
「……え……?」

 ふっ、と身が浮いたと思うと、身体がギュッと潰されるような圧迫感が襲う。落ちてる、という感覚はあったが、抱きしめられているせいか、聡一朗に恐怖は無かった。

 地に落ちる衝撃を覚悟して目を閉じていると、意外とふんわりと何の衝撃もなく地に降り立った。

 目を開けると、獄主の整った顔が目の前にある。

 下から見ても綺麗って、どんだけだよ。まつ毛長いな。そんな事を考えていると、獄主が聡一朗に視線を合わせるように俯いた。
 その心底心配そうな顔に、聡一朗は罪悪感に苛まれる。

「……すまん。もう平気だ。降ろしてくれ」
「ならん。このまま湯まで運ぶ」
「……いや、俺、歩けるよ?まじでこのままは恥だから、なぁ聞いてる?」

 目を見開いて唖然とする鬼たちや咎人の間を縫って、獄主は聡一朗を抱いたままずんずん進む。
 それらの目が痛くて、34歳オジサンは獄主の手から逃れようともがくも、ビクともしない。

「ああ、獄主、後生ですから降ろして頂けませんか。御年34歳なんです、俺。お姫様だっこになんて耐えられない歳なんです。いやそれより、周りが可哀想だと思いませんか?34歳オッサンのお姫様抱っこを見るなんて罰ゲームにも等しいと思いますが。聞いてます?獄主?ごくしゅ~?」
「やかましい口だ。後で塞いでやる」
「いや、そうなんですよ。俺元気なんです。降ろしてくれたら駆け出して、スキップするくらい元気なんですぅ」

 軽口を叩いていると、目的の場所に着いたようだ。その場所の管理者らしい鬼が、獄主の姿に慌てながら扉を開いた。

「湯は?」
「沸いております」

 場所は風呂場だった。ただ規模がでかい。
 鬼たちが使う風呂だろうか。スーパー銭湯という説明が一番合っている。脱衣所には籠がズラリと並び、かなり広い。

 やっと降ろされた聡一朗は、地獄で銭湯と言うシチュエーションに胸躍らせた。
 吐き気はいつの間にか治まっている。

「ここで身体を洗え。着替えはライトに持ってこさせる。上がったら、一緒に昼食を食べよう」
「飯って、あんたと?」
「そうだ。何か問題があるか?」
「いや……無いけど。獄主は風呂入らなくていいのか?」

 聡一朗を抱き込んだせいか、獄主の黒衣も汚れている。聡一朗の鼻は麻痺しているのか、匂いはあまり感じなかった。

「私は執務室で入る。……なんだ、一緒に入りたいのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
 これだけの身分の獄主が、大浴場に入るわけもない。そもそも獄主の裸体など、見ただけで目が潰れそうだ。

 獄主は目を細めて聡一朗を見つめた後、踵を返して脱衣所を出ていった。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...