金魚譚

千屋ゆう子

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第4話

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『この分だとまーた風邪ひきそうだよ』

 夫の漆さんの憂鬱そうな低声が、スマホ越しに聞こえました。

「え……?」

 私はそれに対して驚きと悲しみとで呆けちゃって、頭の中が真っ白。小さな頃から風邪一つひかない体の丈夫な漆さんが、風邪などひく筈がないのです。“漆さんが風邪ひく”と聞いただけで判る翌日からの予定…。

『明日から二日間、大阪出張になった……』

 ああ、やっぱり。

 漆さんが遠方に出張となると、私を同行させる訳にはどうしてもいかなくて、数日離ればなれになってしまうのです。その間、私が寂しがるので一人にさせておけない為に、誰かにお守りを頼まなければならないのでした。

 ワガママもいいとこかもしれないけれど、私という女は愛する夫と一ミリも離れられないような甘ったれ妻な為、こういったイレギュラーには非対応なのです。

 その上、漆さんは溺愛している私と離れることによってストレス過多になり、そのせいで免疫力がガクンと落ち、帰宅後必ず風邪をひくのが毎度の事でした。

『お前の預け先は、今回は俺の親父んとこにしたよ。いいだろ?』

「わだちおじいちゃんち?うゆしゃんのじっかにとまゆの?」

『そ。親父と一緒なら色々安心だしな。あー美嘉ぁ、二日だぞ二日!?ぅぅぅ…既に悪寒がする……』

 漆さんは震え出し、私は泣きそうな表情を顔に浮かべ、明日からの二日間をちゃんと乗り越えられるか、深い溜め息と共に案じました。



   ***



 翌十三時、嶋本の運転で実家の門前まで車で来た漆と美嘉。暫しの別れを共に悲しみながら美嘉は漆を見送った。

「美嘉ちゃん、中入ろうか」

 漆の実の父親である蜷川轍(にながわわだち)は、美嘉の手を引き、玄関の鍵を閉めた。

 六十歳、息子同様一八〇センチ台の高身長、毛量のある白髪頭に、年季の入ったシワの入り組んだ強面が、数年前まで極道をやっていた事実を彷彿とさせる轍。一年中和服姿で過ごす様は、美しさすら感じさせる程のダンディな色男である。この男にしてあの息子達ありとも言えるだろう。

 轍の家は広々とした日本家屋で、隠居の身である轍が大体の管理を一人でしている。彼には時間がたっぷりあるのだろう、男一人暮らしにしては掃除も隅々までしっかりと行き届いている。以前ここに住んでいた事のある美嘉としては、二日生活するのに居心地がとても良い。

 のれんをくぐり、台所に通されると、昔、轍や漆達と食事を共にした光景が蘇る美嘉だったが、心の隅に隠していた『あの事故』を思い出してしまい、心臓に軽い痛みが走った。

「美嘉ちゃんが泊まりに来るっていうから、おじいちゃん三時のおやつにケーキ用意しといたんだよ」

 轍は言いながら、冷蔵庫の中からケーキの入った箱を取り出した。

「もしかしてっっ!!」

 食い気味に美嘉が期待を寄せる。

「そう、美嘉ちゃんの大好きな〈山銀(やまぎん)〉の抹茶ケーキ」

 わあああああっっ!!と瞳をキラキラ輝かせ、箱から取り出された栗と粒餡がふんだんに使われている抹茶ケーキを見つめる美嘉。老舗の和菓子屋〈山銀〉が扱う洋菓子が、皿の上で煌めいている。

「よし、美味そうだ、一緒に食べようか」

 轍は美嘉がとても可愛い。まるで自分の娘のように扱う。それは、自分の妻の『美嘉』という名をこの子が受け継いでいる、という嬉々や、昔訳あって美嘉とこの屋敷で暮らしていた為、かなり近しい関係にあるという事や、美嘉の愛情深い人間性を知っているからだった。

「美味いかぃ?」

「んふふ、おいしい」

 轍は心から喜んでいる美嘉を愛おしく想い、ただただ優しく微笑んだ。

「漆とは仲良くやってるのかな?」

「うん、ぜんぜんけんかしないよ」

「そうか、相変わらずか。アイツ、ずっと美嘉ちゃんにお熱なんだなぁ」

「あいさえすぎててときどきこわくなゆくやい」

 はははと轍は笑う。

「漆は一途なとこがあるからな、まあそれだけ仲が良けりゃ安心だ」

 ケーキを一口ひとくち口に運びながら、二人は談笑の時を楽しんだ。

 美嘉は漆に対するように、轍に対しても絶大なる信頼を抱いている。十二歳の若さで自分が両親を亡くした時、身寄りが無くなる所を真先に自宅に招き入れてくれ、その後数年間、学費や生活費の工面もしてくれた轍には、多大なる恩があるのだ。

 そして轍の極道者らしからぬおおらかで優しい人柄にも、人としての好意を寄せていた。

「そうだ。美嘉ちゃん、この後夕飯の買い出しに行くんだが、一緒に来るんだよ?」

「うん、いく!」

 そうかそうかと轍は笑みながら最後の一口を頬張った。



 近くの大型スーパーマーケットに到着すると、轍がカートを引き、美嘉はその買い物かごの中に食料品を入れる役目を担った。

「今夜は美嘉ちゃんの好きな物を作ろうか。何が食べたいかな?」

 美嘉は少し悩んでオムライスを所望した。轍はならばデミグラスソースをと、コーナーを探した。

「みか、ケチャップがいいな」

「お、美嘉ちゃんは本格的なものよりも素朴なものがお好きなのかな。じゃあケチャップは家にあるから後は卵、卵と……」

 その時だった。

 美嘉の息が少し上がる。美嘉自身、その息苦しさに恐怖を覚えた。

「ハァ…ハァ…」

 その異変に轍が気付く。

「美嘉ちゃん?大丈夫かぃ?」

 カートを隅に置いて、轍は美嘉の背中をさすった。だが轍はすぐにそれが美嘉の持病からくる発作だと悟る。

 美嘉の持病は、両親を亡くした事によるショックからなるものだ。そのせいで、ろれつが回らなくもなり、轍はそれを知っていた為、今どうすべきか、悩んだ。

 美嘉の発作というのは、ただ息苦しくなるだけのものではない。不安や緊張が昂ると、性的興奮を引き起こし、達するまで治らない精神的なものなのだ。

 スーパーマーケットという人がごった返す店内で、美嘉を慰める事は容易ではない。

 幸い、まだ美嘉の息は然程荒くはない。だが今から自宅に戻って処置するには遅過ぎる。

 轍は美嘉を抱え上げ、スーパーの店員に軽く事情を説明し、食料品の入ったカゴごとカートを預け、店外へ出て人目の死角を探した。

 焦燥感を抱く中、見つけた店のゴミ置き場に身を潜め、轍は抱えている美嘉の体をそっと壁にもたれ掛けさせた。

 美嘉はまだ苦しそうに息を上げている。

「ごめんよ、少し体を触るからね……」

 そう言って轍は一息つき、美嘉が着ているブラウスの上から胸を優しく揉み出した。

 轍は漆の言葉を思い出していた。

 ────美嘉が発作を起こした時は頼みます。ただ、一つ守って欲しいことが。絶対にセックスで慰めることだけはしないでほしい。あの子も俺も、傷付くことになる────。

 どんなに美嘉が女として美しくいやらしい躰をしていても、この発作を止めることを『抱く』とか『犯す』などという性的な意味での行為と混同してはならない。あくまで『病気の症状を抑える』というような行為として見なさなければ、これはもうただの『同意の上での性行為』だ。しかも息子の嫁とする。

 轍の手が止まる。ただ胸を触っているだけでは、美嘉は達しない。寒い日に、額が薄っすら汗を掻く。

 轍は着物の袖を捲り、また一息ついた。

「美嘉、すまない」

 美嘉のフレアスカートの中に手を入れ、更にショーツの中に手を突っ込んだ。

 ビクッと一瞬、美嘉の体が跳ねたが、轍はそのままゆっくり中指と薬指を割れ目に沈めていく。

「アンッ────」

 自分の妻と離れてから、もう三十年程になる。轍はその間女性関係を一切断って来た。それ程元妻を愛しているのだ。だが二十年程前、妻と同じ名前の少女と出逢い、その子の美しさに同じように美しかった妻の面影を重ねていた。

 轍にとってこの行為は、妻への裏切りになるだろうか。そうであっても、今目の前で苦しんでいる少女を見捨てることなど出来る筈がない。

 濡れそぼった美嘉の秘部を、傷付けないようゆっくりと愛撫していく。美嘉の吐く息がそれと同調し、艶を持ち始める。

「お…じいちゃ…」

 美嘉の奥の奥を、気持ちの良い所を探るように、轍は自分の強い堪え性が崩壊していくのを感じながら弄った。



 十分程かかったか。ゴミ置き場で轍と美嘉は胸を撫で下ろしていた。

「もう大丈夫かぃ?美嘉ちゃん」

 おじいちゃんに迷惑を掛けたと美嘉は申し訳無さで涙ぐむ。

「仕方無いさ。あまり気にやむことはないよ。さ、さっさと買い物を済ませて家に帰ろう」

 美嘉は“気にしない”ことなど出来ずに居た。いつも自分の所為で誰かが迷惑を被る。心の弱さがこの時、顕著に表れてしまっていた。





 食事を終えたこの日の夜、美嘉は借りた漆の部屋で掛け布団に包まっていた。いつもなら、漆が体に触れてくれる。その温もりも、優しさも、今はどこにも無い。

 寂しい。眠れない。先程まで漆とメールのやり取りをしていた美嘉だが、もう返信は無い。きっと寝落ちしたのだと、美嘉は心を震わせる。

「どうしよう……」

 呟くと、美嘉は起き上がり、意を決し枕を脇に抱えて轍の部屋へと向かった。



「おじいちゃん、おきてゆ?」

 障子戸越しに訊くと、轍の「ああ、起きてるよ」という眠そうな声が返って来た。

「はいってもいい?」

「ああ」

 ゆっくりと障子戸を引くと、布団に寝転がりながら、小さな灯りで小説を読んでいた轍が「どうしたんだい?」と訊いてきた。

「あ、あのね、んん……」

 さみしくて。俯きながら小声で美嘉が言うと、轍はこっちにおいでと掛け布団を開ける。

 美嘉はモジモジしながらその隙間に入り、轍の懐に収まった。

 轍の鼻腔をくすぐる甘い匂いは美嘉の髪や体から香って来ていた。

「あったかい……」

 轍の懐に美嘉がギュッと体を寄せる。

 轍にとっては美嘉が娘のようなものだから、本当は美嘉を性的な目では見ない筈なのに、美嘉という女性は誰にとっても性的象徴になってしまうのか、轍の股間が少し疼き始めた。

 とは言え美嘉は息子の嫁。轍は堪えた。



 朝になり、いつもとは違う場所で寝たもんだから、美嘉はなかなか起きれずにいた。

 障子戸が半分開き、轍が「美嘉ちゃん、朝だよ、ご飯出来てるから顔洗って着替えて来なさい」と穏やかな声で起こしてくれた。

 漆と離ればなれになって一日経ったが、慣れることは多分一生無いんだろうなという程に緊張感やら寂寥感やらが心臓の中でぐちゃぐちゃに暴れ回っている。夜眠れたのは、一時の諦めが出来たからだと、美嘉は自分を褒めたが、こうやって朝起きて、慣れは無いと気付いてみて、自分を扱き下ろしたい気持ちになってしまったから、あの褒めは撤回することにしたようだ。

「ふぁぁい」

 欠伸して、目を擦り、徐にスマホを確認すると、漆からメールが来ていた。

 嬉しくてすぐに開き、一通り目を通す。

「ワーオ…」

 その内容のいやらしさに、美嘉は心を揺らした。


[おはよう、美嘉。体調はどうだ?今日は天気が良いからな、陽をいっぱい浴びると良いよ。俺は…お前を想いすぎて食事も喉を通らねぇ。それに、お前とシたすぎてもう我慢の限界だ。明日帰ったら、真っ先にお前を抱くぞ?あ…風邪ひいた時の為に、帰り際に神代先生んとこ寄るかもしれねぇ。よろしく頼む。今日は会合と食事会があるから、終わったらまたメールする。愛してるよ、美嘉。またね。]


 漆のメールはいつも絵文字も顔文字も無い、飾りっ気の無いものだ。だがどこか大人の雰囲気があり、気遣い、読み応えも程々に、美嘉は嬉しさと安心感を感じる。

 返信に少しばかり時間をかけて、その後、洗面所に向かう美嘉だった。



「美嘉ちゃん、コーヒー飲むかい?」

「うん、みゆくたっぷいで!」

「はいよ」

 午前八時。朝食を済ませた後のコーヒーブレイク。そこにはゆったりとした時間が流れていた。美嘉が漆に送ったメールは、まだ返信が無い。

「今日はおじいちゃん、或る所に行かなきゃいけない用があるんだけど、美嘉ちゃんも一緒に来てくれるかい?」

「あゆとこよ……?」



   ***



 体の大きさと毛色の違う三匹の猫達が、廃ビルの中で腹を空かせ大きな声で鳴いていた。ここは轍の所有している土地だ。

「ここだよ、美嘉ちゃん」

 轍が指を差した先を見ると、美嘉は目を輝かせた。

「にゃんちゃーん!かわいい~!ごはんあげにきたのぉ~??」

「そう。この子達、この間っからここに居付いててね、今日も気になって来てみたんだ」

「すて…ねこ??」

「どうだろうなぁ。まあ何にせよ、腹ぁ空かしてるんだ」

 轍は着物の懐に隠していた食パンを、千切って猫にあげ始めた。

 それをジッと見ていた美嘉に、「美嘉ちゃんもあげるかい?」そう気遣って食パンを半分手渡した。

 またも目を輝かす美嘉に、轍はクスリと笑った。

 とても、心地の良い日柄だ。太陽は二人に燦々と降り注ぎ、こうして猫達も元気に生きている。美嘉はそんな風に心の中で幸せと平穏を噛み締めていた。

 なのに、一変した。

「おっさーん、何俺らの溜まり場でやってんすかねぇ」

 轍と美嘉が声に振り向くと、柄の悪い連中が四人、鉄バットを持ってニヤニヤこちらを伺っている。

 轍の私有地なのに、そんな事はお構い無し。よく分からない理屈をごねて通そうとする、悪い輩達だ。

「猫なんか居着かれると色々と困るんすよー」

 なぁ。とリーダー格の男が仲間に同意を求める。

「何だ、お前ら」

 轍の睨みが気に入らなかったのか、リーダー格の男が表情を曇らせた。

「何だぁ?その目は…」

 そして怯える猫達を保護する美嘉に矛先が向いてしまう。

「その子に手を出してみろ、お前ら、生きては帰れねぇぞ」

「何だ?クソジジイ。テメェなんか、怖くねぇっつーの」

 ここで『蜷川』の名を出すのは、カタギに戻った轍としてはNGだ。漆に迷惑をかけてしまう可能性もある。

 轍は羽織紐を解き、羽織を脱ぎ捨て袖を捲った。

「お前ら、運が無かったな」

 そう言い放って轍は連中に向かって行った。

 現役を引退して数年。もうこのような事が起こるとは然程思っていなかった轍。だが未だ鍛えている体、歳を食ったからと言って、まだまだ現役時代並みの力は現存していた。

 そんな轍を見て美嘉は、そこに、蜷川の血を感じていた。漆や釉矢の面影が、重なるようだった。強かな漢達にずっと、宝物のように守られて来た美嘉は、誇らしさと温かさで胸がいっぱいになった。

 そして、一人は前歯を折られ、一人は鼻を折られ、もう二人は肋骨を折られたようだ。

「じ、じいさん…強え……」

 最後の一人まで泡を吹かさせ、轍はハッと我に返る。

「美嘉ちゃん!大丈夫かい!?」

「おじいちゃあーっ!?」

 轍は美嘉を懐に抱き込んで、猫達にも注意を遣った。皆が無事で安心したが、美嘉が泣いているので、気を揉んだ。

「美嘉ちゃん、猫達、ウチに連れてくか。このままここに置いて行くのは不安だしな」

「飼うの!?」

 美嘉の涙がパタリと止んだ。

「そうしようと思う」

 美嘉の顔が晴れ、轍も微笑んだ。



   ***



「ただいま、美嘉」

 轍の家の門前。陽が沈む頃、漆が美嘉を迎えに来た。

 二日。二日だ。たったの二日で漆はゲッソリと痩せ細った。

 不調で汗ばむ首筋に浮き出る血管が何ともセクシーだが、本人としては早く布団に潜って丸一日眠りたい気分のようだ。

「おかえいなしゃい、うゆししゃん」

 今にも零れそうな美嘉の潤んだ瞳を見て、漆は思わず抱き締めた。

「ごめんな、二日も留守にして」

「だいじょぶだよ、みか、がんばえた」

 強がる美嘉に、申し訳無さが顔に滲み出る漆。

 漆は更に強く美嘉を抱き締めた。



 帰宅して程なくすると、漆は当然のように発熱した。

 38度6分。症状は熱と倦怠感のみなので、よく寝れば翌日にはケロッと元気になる筈。その間、美嘉は献身的に看病をした。

「うゆしゃん、はやくよくなってね」

 そう言って、美嘉はベッドに横たわる漆の額に、冷や水を絞ったタオルを乗せた。

 息苦しく熱にうなされる漆は、それでも美嘉との交わりを所望していた。

 だが長く感じた二日間をやっと乗り越えたのに、この有様ではその所望も叶わない。



「み、美嘉、美嘉、ハァ、ハァ」

 まだ寝てれば良いものを、漆は美嘉欲しさにベッドから降りて一階のキッチンまでやって来た。

「うゆしゃ!?」

 美嘉は夕飯を作っている最中だった。驚いた美嘉は、思わず漆の手を取り、テーブル席へ座らせる。

「おねつ……まだあゆね、いきもすこしあがってゆ」

「美嘉が…お前が欲しい…」

 そう言って美嘉の頬に手を添える漆。今美嘉を抱いたら風邪がうつってしまうかもしれない。熱が高い為に、漆は美嘉への配慮が出来なくなっていた。

 けれど、美嘉も美嘉で漆が欲しいと感じてはいた。

「うゆし…さ……んんっ」

 柔らかな唇に雄の唇が強く重なり合う。

 漆の熱を帯びた唇は、舌と共に吸ったり舐めたりを繰り返した。美嘉はその、漆の抑圧が効かない官能的感情に絆され、次第にアソコを濡らしていった。

「親父に慰めてもらったんだろ?どうだった?気持ち良かったか?」

 これはとても意地悪な問いかけだ。美嘉は故意に轍に慰めてもらったのではない。なのにそこに漬け込んで、美嘉の心を翻弄しようとしている。

「ごめ…なしゃい……ばちゅ、うけゆかやゆゆちて…」

 今にも泣きだしそうな美嘉。一方で、美嘉を泣かせたい欲までも強まっている漆にとって、そんな美嘉は格好の餌食だった。

「罰……受けるんだな?」

 コクリ頷く美嘉を見て、漆は喉を鳴らした。



「んふぅ…」

 場所を寝室に移して、美嘉は赤い麻縄に裸体を拘束され、うつ伏せでベッドに沈まされた。

 いわゆる緊縛状態の美嘉を、漆は舐めるように見る。美嘉の豊満な胸は、縄と縄の間で苦しそうに潰れているし、腕を後ろ手に縛られて、上半身は身動きを取るのが困難だ。

 そして、美嘉は小さなお口にボールギャグを咥えさせられ、あたかもSMプレイのような状態にさせられてしまっていた。

「お前の懇願は聞かない。どんなに辛くて嫌な事をされても、お前に拒否権は無い。いいな?」

 美嘉は吐く息と一緒に「んー」とだけ返事をした。

「尻を上げろ」

 上半身はベッドに沈めたまま膝をついて、秘部が丸見えになるような体制になった美嘉の尻を、漆は円を描くように優しく撫でる。

 美嘉はその心地良さにうっとりするが、これは〝お仕置き〟だ。今からどんな事をされるのか、美嘉は見当も付かない。

 ヴヴヴヴヴ……。鳴り出した小さな機械音。漆が手にしているのは、男性器の形をした大人のおもちゃだった。

「んーんんっ、んーっっっ!?」

 美嘉はその恐怖に涙ぐむ。実は、気持ちが良すぎる、という理由で大人のおもちゃが大の苦手な美嘉。バイブの振動に慄いてしまう。

 そんなことはお構いなしに、漆は美嘉の秘部にバイブの先端を充てがう。

 振動が柔らかい皮膚を小刻みに揺らし、快感から次第に濡れそぼっていく秘部からは、とろりと汁が垂れる。

「ふぅーっ、ふぅーっ」

 言葉を発することが出来ずにいる美嘉は、どんどん息が荒くなっていくばかり。

 次いで穴に飲み込まれていく男根のようなぶっといバイブが、美嘉の膣内をグチュグチュと端ない音を立てながら犯していく。美嘉はあまりの気持ちの良さに尻を大きく震わせた。

「んーっ、ふんーっ」

「気持ち良いか?気持ち良いよなぁ?お前、おもちゃ大好きだもんなぁ?ほら、挿れたり出したり、擦れていやらしい汁がたぁーっぷり溢れてんぞ?」

 ニヤニヤと漆の顔が変態的な顔つきになって、美嘉を支配しているこの感覚が気持ち良くて堪らないでいる。

 そして抽送されるバイブ、別のボタンを押すとぐりんぐりん回転し出し、膣内を更に掻き乱していった。

 気持ち良いなんて表現は甘い。美嘉の感じている快感は、そんなものではない。脳味噌はとろけ、口からよだれが溢れ出、ガクガクと腰を震わせるくらいの感覚が美嘉を襲っているのだ。

「んーっ、んーっ」

 美嘉はあまりにも辛くて泣いている。キラキラした大きな瞳から、大粒の涙を溢して。

 一旦膣内から取り出したバイブに、漆は舌を這わせ、愛液を舐め取った。そして再び挿入する。今、『官能』という響きがこの空間を支配している。

 長い時間、バイブの抽送を繰り返した。そろそろ膣の感覚が無くなってくる頃だ。

「美嘉?反省したか?」

 首を何回も縦に振る美嘉。『罰、仕置き』は名ばかりの、単に漆が美嘉を激しく犯したいという名目に過ぎないが、反省したかと訊くことにも、然して意味は無い。

「これ、取ってやる」

 そう言って美嘉の口からボールギャグを外してやった。

 途端、美嘉は嗚咽と共に大泣きして、漆の胸に顔を埋めた。漆は満足気である。何せ、溺愛する妻をここまで泣かせることが出来たのだから。

 その涙は、愛情を感じた、とても気持ち良かったという嬉しさの涙であり、決して辛かった、終わってホッとしたという安堵の涙ではない。だから蜷川美嘉という女は、ハイスペック夫に愛されるのだ。そこらに転がっているような、普通から逸脱した、『面白い女』だからだ。

 もう、仕置きの時間は終えた。ここからは漆と美嘉が、〝夫婦〟として愛し合う時間だ。

 優しく、まるで腫れ物を扱うように、美嘉を仰向けに寝かせる。後ろ手に縛られた腕が痛くないかを確かめながら、そっと。

 次いでするりするりと縄を解いていく。美嘉の真っ白な肌にくっきり残った縄の痕がまたいやらしい。

 漆はその痕を辿るように、腰から胸、胸から首筋にかけて舌で入念に愛撫する。

 そうやって美嘉は、漆の愛情をひた感じるのである。漆の男根が自分の中に割入ろうとするのを、必死に食い止めながら。

「美嘉。お前は本当に可愛い。お前は俺の全てだ。だからもう、俺だけに抱かれてろ」

 漆の声が僅かばかり震えた。快感に集中していた美嘉は、その言葉、声に、これ以上無い程の純然な愛情と、少しの寂しさを感じた。こんなにも愛しているのに、妻が別の男に抱かれてしまう。

 直後、美嘉の躰を包むように覆い被さった漆は、もどかしさに苦しむように、美嘉の躰に鬱血痕をつけていった。

 それは、自分の不甲斐無さに対してなのか。無我夢中で美嘉を抱く漆。どうしようもない事に苛立ちを覚える。

 そうして、塊がずるりと器に挿った。

 美嘉が切ない喘ぎを響かせると、固く大きな男根は、達するまで粘膜を犯し続けた。



   ***



 体温計の電子音が鳴り、見てみると、36度5分。

「何だ、下がってる」

 セックス後、沢山汗を掻いたおかげか、俺の体調は回復し、美嘉と二人で驚きつつ、笑った。

 今度から、出張後は激しめのセックスをすれば良いと判ったが、親父に嫉妬するようじゃ、俺もまだまだ。

 疲れて寝てしまった美嘉の寝顔を見ながら、瞼が重くなるのを幸せに感じる夜だった。
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