金魚譚

千屋ゆう子

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第3話

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「ふぅ…」

 フランス製の花柄のティーカップに入った無糖紅茶を一口啜り、ティーカップと揃いのソーサーにカチャリとそれを置いた。

 蜷川組若頭の嶋本東成(しまもととうせい)には少女趣味がある。と言っても、小さな女の子にしか興味の無い、という方ではなく、例えばぬいぐるみだったり、レースリボンやピンクの小物等、夢幻的で甘美な情緒を好む傾向にある人のことを言うのだが、嶋本はまさにそれで、たった今その世界に浸っている所なのだ。

 嶋本は徐に恋愛小説のページを捲る。この至福のひと時に没入することに、何よりの幸せを感じている。

 蜷川組事務所には、今嶋本以外誰も居ない。だから嶋本の貴重で幸福な時間を邪魔する者も居ない。

 普段無愛想で小言の煩い男として知られる嶋本なのだが、そんな男にもこんなに意外な趣味があるのだと思うと、些か驚きを覚えると共に少し心配にもなる。けれども、これは周知の事実故、たとえ事務所に誰かが居たとしても、嶋本は包み隠さず紅茶を飲みながら恋愛小説を読むことに何の抵抗も持たないのだ。



 事務所の外が騒がしい。そう思って嶋本は小説をそっと閉じる。組員達が帰って来たのだろうか。すると事務所の玄関ドアが勢いよく開き、パンツスーツ姿の女性が入って来た。

「蘭……か」

 嶋本は自前の糸目を更に細めさせる。

「コンニチハ嶋本サン。近所ノオンナ今日もリョコウイクッテヨ。ワタシ買い物カラカエッテキタバカリナノニ呼ビトメラレタアルヨ」

 蜷川組唯一の女性構成員である万蘭艶(ばんらんえん)だ。生粋の中国人で、薬屋〈万悠堂〉の店主、万庵蓮(ばんあんれん)を兄に持つ。

「あ、ああ、ご苦労さん。荷物、そこ置いて」

 蘭艶は言われた通り、買って来た備材をデスクにドスンと置いた。

「シャッチョサンハイナイノカ?」

「四代目は今外出中だ。……蘭、いい加減その呼び方やめないか。四代目が幾ら許しているとはいえ、彼はこの組のボスなんだぞ?」

「シャッチョサンダメ?ワタシコノ呼ビ方気ニイテルヨ」

「はぁ……」

「嶋本サン、チョット頭カタイネ。何ゴトモジュウナンサガ大事ヨ」

 サムズアップする蘭艶に対して嶋本が諦めた。蘭艶はいつもこんな感じだから、何を言っても通じないことが多い。けれども彼女は構成員としては有能なのでこの事務所の出入りも許されている訳で。

「ワタシ車洗テクルアルヨ~」

「ああ。よろしく頼む」

 再び溜め息を吐く嶋本。小説を自分のビジネスバッグにしまい、ティーカップセットを持ってキッチンへ行く。シンクでティーカップとソーサーを洗い、自分のデスクに戻る。

 壁の時計を見遣ると現在時刻は十五時半。まだのんびり出来る時間はあるが、蘭も居ることだしもう仕事に戻ろうと思う嶋本だった。

 そんな折、漆と美嘉がデートから帰宅した。

「お帰りなさい、四代目」

 嶋本が深々とお辞儀する。

「おう。ただいま。これ、一人で留守番してくれたお前に土産だ。生もんだから早く食えよ」

「ありがとうございます。あれ?美嘉さんは?」

「ん?今外で蘭と話してる。今夜はみんなで焼肉でも食い行くか?丁度〈焼庄(やきしょう)〉のオヤジとそこで会ってさ、今夜どう?って訊かれたもんだからよ、後で電話することになってんだ」

「四代目……今月何回目ですか。毎度招集かけて焼肉や寿司……ウチの金だって、無限ではないんですよ?」

「まあ……でもよ、嶋本、美味いもんみんなで食うと、やる気が出るだろ?その方がみんなも仕事に精が出るだろう」

「まあ無理には止めませんが、四代目の決定なので」

「何だよ~、不満そうだなぁオイ~」

 そう言いながら漆はふざけて嶋本の腰をくすぐるが、嶋本にそれは効かず、「やめてください」と真顔で言われてしまった。





 脂の乗った肉達が炭火でジュウジュウと焼かれていく。食欲を誘う肉の良い匂いが室内に充満し、蜷川の者達は頬を緩めながら白米をお供に肉を食らう。

「オヤジー!瓶ビール三本追加ねー!」

「あいよ!!」

「オヤジ、カルビ追加ー!!」

「ハイ!」

 賑やかな店内は蜷川の貸し切りで、入り口の戸には『今夜貸し切り御免』の札が掛かっている。

 然程広くない古い個人経営の店だが、今日集まれた者達十数名が丁度良く収まることが出来るくらいの座敷で、みんなそれぞれ七輪を囲みながら談笑している。

「四代目、もう一本追加しますか?ビール」

 嶋本は美嘉のコップにオレンジジュースを注ぎながら漆の注文の確認を取るという器用さを見せる。

「しまもとしゃんあいがとぉ」

「ああ、一本頼む。美嘉、美味いか?」

「うん!このおにくおいちい」

「ハラミか。こっちのタンも美味いぞ」

「シャッチョサン、コノ店レバーウマイネ。ワタシコンナウマいレバー食ベタノ初メテヨ」

「お、蘭も〈焼庄〉の肉気に入ったか!好きなだけ食え、食って明日からも仕事頑張ろうな!」

 働ク猿ホド食ウベカラズアルネ!と言って、蘭艶はレバーをたらふく口に放り込んだ。

「働かざる者食うべからずですよ」

 嶋本がすかさずツッコむが、「おさゆさん、はたやいてゆのにたべえないんじゃかわいそうだねー」という美嘉の何気無い感想に一同が笑い、状況を理解出来ていない蘭艶は「オサルサンテワタシノコトカ??」と首を傾げ、更に一同が笑った。



「うゆしゃん……ねむぅい……」

 焼肉の宴時はまだ中盤にあった。そんな最中、美嘉が睡魔に襲われ体を俺の胸に預けた。

 今日の美嘉は、秋に差し掛かる今だが薄着で、襟と袖にレースがあしらわれた黒のブラウスに、ジーンズ生地のショートパンツという姿で可愛らしい。長い巻き髪からはシャンプーの甘い匂いがするし、それと混ざって香水の甘い匂いもする。如何にも“女の子”という感覚を与えてくるもんだから、俺は部下達の手前、気にせず抱き締めた。

「美嘉?隣の部屋行くか?」

 この時既に美嘉は眠りについていた。寝顔が赤ん坊みたいでこれまた可愛い。

「オヤッさん、隣、いいか?」

 俺が美嘉を抱きかかえながら隣の座敷を指差すと、〈焼庄〉のオヤジは「ああ布団ね、ちょっと待ってて」と言って隣の座敷の襖を開け、押し入れから布団を出し敷き始めた。

 後の事を嶋本に任せ、オヤジに礼を言い、隣の座敷の襖を閉めると、そこは美嘉と俺だけの空間と化した。

 敷布団に美嘉を横たわらせて、掛け布団を掛けてやる。この一連の動作は、この店に来るとかなりの高確率で訪れる。俺が若い頃から通っている店というのもあって、こういった融通が効くのは嬉しい事だ。

 美嘉の隣に寝転び、腰の辺りをポン、ポン、と一定のリズムで軽く叩き続ける。まるで赤ん坊を寝かしつけるような感じだが、ジッと美嘉の可愛い寝顔を見ていると、それだけでも欲情してきちまう。

 まあこれもお決まりの行為だ。服の上から美嘉の体を触り、優しく蕩けるような口付けをして、なのに美嘉は目を覚ますこと無く、そのまま俺にパクリと食われてしまうのだ。

 ブラウスのボタンを途中まで外すと、白レースのブラに包まれた豊かな胸が現れる。そのブラを剥くと桃色の控えめな乳首が現れ、俺は堪らなくなりその乳首に吸い付いた。

「は……はぅ……」

 眠っているのに少しだけ呼吸が乱れる美嘉。熱でもあるんじゃないかという程に頬も紅潮し出す。

 いつも美嘉との行為には“同意”が無い。寝ていようが何だろうが、美嘉に同意を求めること無く身勝手に抱く。そんな事をしても美嘉は怒ったりはしない。俺がそれを許さないからだ。

 美嘉の体や心は、比喩的に言えば俺の所有物であり、所有物をどうしようが俺の勝手なのだ。それに対して美嘉が怒ろうと悲しもうと嫌がろうと、俺の愛は美嘉に有無を言わせぬことでも感じさせることが出来る、と思っているから気に留めねぇ。美嘉は滅多に怒らねぇし、悲しがっても俺の権力で押さえ付けるし、嫌がるのは美嘉の本心ではなく、“もっとしてほしい”という気持ちの表れだと解っている。

 俺は美嘉の所有者だ。もっと言えば、ご主人様のようなものだ。言うことを聞けないのなら仕置きが必要だし、良い子にしていれば褒美として何でも与えてやる。

 この主従関係に美嘉が文句一つ言わないことに関して、俺はとても満足しているのだが、実は俺達夫婦は出逢ってから今の今まで一度も喧嘩をしたことが無いのだ。

 それ程に仲が良い。そして、互いが互いに何の不満も無い。きっとこの先も喧嘩をすることは無いのだろう。



 親父、ご馳走様でした。親父、ありがとうございます。

 漆に対して皆が口々に言い、漆はご満悦そうに皆を見送った。

 そして〈焼庄〉に残った漆、美嘉、嶋本、蘭艶。

 蘭艶は眠っている美嘉を抱きかかえている。

「蘭、美嘉を家まで頼むぞ」

「任セロアルヨ!シャッチョサン、嶋本サン、オヤスミアル!」

 蘭艶と美嘉が見えなくなるまで見送り続けた後、漆と嶋本は〈焼庄〉の中に戻り、サシで飲み始めた。



「どうぞ」

 嶋本がお猪口にとっくりで酒を注いでくれた。俺は酔い気味で機嫌良さ気に口を開く。

「今日も良い日だ。…みんなもそうだろうか」

「そうだと思いますよ」

 俺は嶋本の返答に微笑む。嶋本もいつもより頬が緩い。

「ん」

 今度は俺がとっくりを持ち、嶋本のお猪口に傾ける。

「ありがとうございます」

 嶋本がグビッと酒を飲むのを見て俺は、「あの頃を思い出すなぁ」と軽く笑んで眉根を歪ませた。

「どの頃です?」

 嶋本が首を傾げる。

「お前と初めてサシ飲みした夜だよ。あん時のお前もそうやって静かだった」

「ああ…懐かしいですね、もう十年程前になりますか」

「お前の二十歳の誕生日。タバコと酒は二十歳からだぞって、俺が言い張ってたもんだからよ、お前それをしっかり守りやがって。ハハッ、笑っちまうよな」

「いつだって、四代目の言う事は絶対、ということですよ」

「そうか。じゃあお前は俺と寝ろって言われたら寝るんだな?」

 意地悪く問う俺を尻目に、嶋本は視線を落とす。

「……あなたの命令なら。死ねと言われれば死にもしますよ」

 ぶっとい鎖にがんじがらめになってたお前を助けたのは、俺だからか。



 エリート一家に生まれ育った嶋本の人生は、それはそれは窮屈なものだった。

 幼い頃から両親に勉強ばかりを強いられ、テレビは一切観せてもらえず、聴いていい音楽はクラシックのみ。友達と遊ぶより勉強することを優先させられ、娯楽作品などには全くと言っていい程接触することを禁じられていた。

 それだけならまだしも、両親が息子にそれだけの事を強いる理由が酷かった。両親は、息子に良い人生を送ってほしい訳ではなく、自分達の私利私欲の為に息子を利用しようとしていたのだ。

 そんな自由の無い生活でも、彼は親が言うことだからと言いなり状態だった。

 彼をそのぶっとい鎖────不自由な世界から抜け出させ、極道界に導いたのが俺だった。

 だがこの話は嶋本にとってのタブーだ。安易に話題に出すと嶋本の体調が悪くなってしまう。だから別の話題に変えよう。



「そういやあの通り魔の件は何とかなったのか?」

 肉をツマミながら視線を嶋本に遣る。

「あの件はまだ……都内近郊に出没するということと、包丁を持って襲うということ以外、何の情報も得れていません」

「早く犯人捕まえねぇと、ここら一帯の住人達も出掛けるに出掛けられねぇ」

 そういった問題を解決させるのも、俺達極道の、いや、蜷川の者の役目と考える。警察なんぞに任せていたら、解決がいつになるか判らねぇしな。



「姐サン軽イアルネ~!ワタシノ半分モナイアルヨ~!フンフンフン」

 蜷川邸まであと数分。蘭艶は鼻歌を歌いながら歩く。

 数メートル先から黒尽くめのフードを被った男が歩いて来るが、蘭艶は何も思わずに擦れ違った。

 そして男は擦れ違い様に包丁を美嘉の腕に刺そうとその刃を向けた。

 だが蘭艶は瞬時に左脚を軸に体を折り、右足で包丁を持つ男の手を蹴り飛ばした。包丁はどこかへ飛び、よろけた男は危険を感じたのか走り去ろうとする。

 が、即座に美嘉を道路脇に下ろし、蘭艶は走って男に飛び掛かり、男の首を両脚の間に挟みそのまま捻って地面に叩き付ける。

「ガハッ」

 そして羽交い締めにしズボンのポケットからスマホを出して漆に電話をかけた。

「シャッチョサン!通リ魔捕マエタアル!!」

 電話の向こうでは漆と嶋本がタイムリー過ぎる上に早々の解決で驚きが沸き起こった。





「……という訳で、通り魔事件は解決、担当班は解散だ」

 漆の言葉に対し、組員達の「はい!!」という声が重なり合い、皆散りぢりに自分達の仕事に戻って行った。

「やんちゃん、ほんとうにあいがとう」

 美嘉が蘭艶に深々と頭を下げる。

「姐サン危ナカタネ、ワタシ居ナカタラアンタ死ンデタトコヨ」

「蘭、俺からももう一度礼を言う。美嘉を守ってくれて本当にありがとう」

「ソウ思ウナラモット給料上ゲテホシイアル。ワタシナカナカノ良イ仕事イツモシテルト思ウヨ」

 漆は笑って「ああ、解った。見合った金を払おう」。

 蘭艶は目を丸くして「ホントアルカー!!」と喜んだ。

「シャッチョサンハ神サマアルヨー!!」

 事務所内は笑いの渦が起こり、漆と美嘉は顔を見合わせて微笑み合った。



   ***



 宵の刻。

 表の黒い看板には〈LONDONs〉と白字で書いてある。扉を開けると、ドアベルがカランカランと音を立てた。

「いらっしゃーい」

 店の奥から落ち着いた雰囲気の二十代後半程の若い女店主が出て来て、嶋本を迎え入れる。

「あの……予約していた……」

「ああ嶋本さん、はいはい、ちょっと待っててくださいね」

 店主はいそいそと店の奥に戻って行った。嶋本は待つ間、店の中を見て回った。

 この店は、輸入雑貨を取り扱う小さな雑貨店で、嶋本はここの常連客だ。
 
 店内には所狭しと輸入雑貨が溢れ、店名の〈LONDONs〉から察するに、きっとイングランドの首都ロンドンの雑貨を取り寄せている店なのだろう。

「嶋本さん、これで良かったかしら?」

 間も無く女店主が戻り、嶋本の前に小振りのピンクのテディベアを差し出した。

 途端、嶋本は胸を高鳴らせ、「はい、これです、ありがとうございます」と言って、両手でテディベアを掴んだ。

 嶋本の頬が恋する乙女のように赤くなっている。

「今日はこれもオマケに付けてあげる」

 女店主はそう言うと、嶋本の左手に小さな小瓶を握らせた。

 その小瓶は、蓋が白い陶器で出来ていて、その側面に淡いピンクの小花が描かれている。ボトルはダイヤモンドのように光り輝く透明な硝子で、開けて匂いを嗅ぐと、甘くて華やかなフローラル系の香りが鼻腔を擽る。香水だ。

「こんな高そうなの、いいんですか……?」

「ええ。嶋本さん、月に何度も来てくださるうちの常連さんでしょう。それに、いつも高い買い物してってくれるから。これはほんのお礼」

 女店主は笑む。

 嶋本は更に胸を高鳴らせ、丁寧に礼を言う。

 店を出て、自宅への帰路を辿るのはさぞかし気分が良いことだろう。

 ピンクのテディベアもオマケの香水瓶も、嶋本の心を高揚させっぱなしだ。

 秋の夕方、少し冷たい風がフッと彼を吹き抜く。とっくに立秋を過ぎたとは言え、まだ九月下旬。嶋本も、行き過ぎる人々も、皆その風に肩を震わせる。

 早く帰ってテディベアを愛でたい。そんな想いがずっと嶋本の頭の中で渦巻いている。

 だがそれも束の間のことだった。

 前方から肩を切り歩いて来た如何にもチンピラな男が三人、下品な笑い声を上げ、道行く人達を不快な気持ちにさせている。

 関わるとろくなことは起こらないだろうという不安で、人々はそいつらに道を明け渡す。

 一方嶋本の頭はテディベアのことでいっぱいで、チンピラ共の存在など目にも耳にも入ってはいなかった。

 テディベアをどこに飾ろうか。

 そんな彼にすれ違いざま強くドンッとぶつかるチンピラ達。

 その拍子に嶋本は大きくよろめき、持っていた〈LONDONs〉の袋が手から離れ宙を舞い、車道へと飛んで行った。それは無残にも車に轢かれてしまった。

 チンピラ共はケタケタと小馬鹿にするように笑って、そのまま過ぎ去ろうとしている。俺達に道を開けないからだとでも言わんばかりの図々しさに、そして何より、予約で四ヶ月待ちだった高価なテディベアと、非売品の香水瓶を失った悲しみに、嶋本は憎悪に目を光らせ、「おい……待てよ……」わなわな声を震わせ、チンピラの肩を掴んだ。

「ああ?んだよテメ……ヒイッ!?」

 眼鏡の奥で今にも殺さんばかりの鋭利な眼光がチンピラ共を切り裂こうとする。

 嶋本の身体を覆う蒼いオーラは、そんな眼光を更に助長させる。

「貴様ら……許さんぞ……」

「ヒィィイイイッッッ……!?」

 嶋本の高圧的な低声にも心臓を鳴らし、怖くなって足を巻き逃げるチンピラ達。

 けれども圧倒的に嶋本の脚の方が速かった。

 チンピラ共の前に立ち塞がると、拳を握りながらチンピラ共を睨み付ける。

「わ、解った、弁償するからよぉ、な、許してくれよぉ」

「あ、ああ、オレ達だってそんなバカじゃ……ぐわあああッッ!?」

 嶋本は腕の血管を目一杯浮かせながらチンピラの首を掴み持ち上げたまま「ぺちゃくちゃ煩せぇんだよ……死にたくなかったら二度とその汚ねぇツラ見せるな」チンピラは首ごと振り投げられ、他のチンピラ二人の上に落ちた。

 嶋本はもう車道に殆んど残骸の無い、テディベアの千切れた腕や香水瓶の破片を見て、心底悲哀に満ちた表情を浮かべた。





 翌朝、まだ昨夜の一件を引きずっている嶋本は、パックのオレンジジュース片手にボーッとしながら壁に寄り掛かっていた。

 それに違和感を覚えた美嘉は、嶋本のスーツの裾を引っ張り「どちたの?」と見上げた。

 美嘉からしてみれば、働き者の嶋本がボーッとしている所など今まで見たことないし、無類の紅茶好きの嶋本がパックの、しかもオレンジジュースを飲んでいるなど、違和感しかないのだ。

「はぁ…」

 深く溜め息を吐く嶋本が開口一番「やってられないですよ」と言い放ち、顔を歪めオレンジジュースのパックを握り潰した。美嘉にはその意味は解らず、二人以外誰も居ない蜷川組事務所はシンと静まり返る。

「……聞いてくれますか…?美嘉さん…」

 嶋本は昨日の事を誰かに話したかったのだろう。かと言って、漆や仲間に話すのは何か違う。口が固く、優しくて聞き上手な美嘉になら話しても然して問題は無いと思ったのかもしれない。



 数時間後には嶋本の機嫌は全回復していた。美嘉も事情が判り安堵の表情だ。

「たーだーいーま~」

 漆の帰宅に嶋本が「お帰りなさい、四代目」と笑顔で応える。

「何だよお前、ニヤニヤして気持ち悪りぃなぁ」

 漆のツッコミに嶋本は「えっ?そうですか?」と嬉しそうにとぼけた。

「あー、ところでよぉ、今日の俺のスケジュール、特に大きい予定は入ってなかったよなぁ?」

「えーっと……あ、はい、そうですね」

 漆のスケジュールが書いてある手帳を見ながら嶋本が頷く。

「じゃあ美嘉とデートしても良いって事だよな?」

 は?と嶋本は糸目を開く。

「だ・よ・な?」

 迫り来る漆に、嶋本は美嘉のことが頭を過り、仕方無く了承した。

「何だ、話が早ぇえじゃねぇか。よし!なら今日も思い切り美嘉を愛でるぞー!!いやっほ~!!」

 クルクル踊るように美嘉の居るキッチンへ消えてった漆を見送る嶋本は、フッと笑んで、ほんの少し自分に対する肯定感が高まったような感覚を味わっていた。

 美嘉はただ聞くことに徹した。だから嶋本のモヤモヤは口から出て行き、美嘉の頭の中で完全に消化されたのだ。友達も恋人も、実際の家族も居ないようなものである嶋本にとって、美嘉の存在は本当に有難かった。鬱憤の吐口があるというのは、自分の中に溜め込まず、そしてそれが溢れ返ることも無いということだ。その相手に美嘉を選んだのは正解だったし、美嘉の優しさを今まで以上に感じることが出来たのは、自身のプラスにもなったことだろう。



   ***



「あッ、んアッ、アァッ」

 ランチもカラオケもショッピングも済ませた後の夕方の事。高級ホテル〈ロイヤルサンストーンホテル〉の一室で、俺と美嘉の躰は交わっていた。

「だめっ、もっ、おくッ、あッアッ、やぁッ、あんッ」

「もう出そうだッ、出るッ、ハ、ンッ────」

「ちょうだッ、いアッ、アッ、アアッ────」

 固く勃起した俺のものが美嘉の蜜壺の中でうねり、白濁色の雄汁を吐き出し、終いにはグチュチュグチュチュと淫乱な音を立てながら中でしごかれ美嘉を孕ませようとする。精子と卵子がめちゃくちゃに絡み合うことで美嘉は多幸の世界に居た。一方俺はまだ全てを出し切れておらず、美嘉の胸に項垂れている。

「まだだ……まだ終わらせねぇ」

 美嘉の股間から溢れる汁を、俺は中指と薬指に絡ませ優しく膣内に戻す。とそのまま指の抽送を始め、美嘉はビクンと躰を退け反らせた。

「ッフぅん……ん~…」

「美嘉……」

 俺がいつもコンドームをしねぇのは、美嘉が子供の出来づらい体だからだ。美嘉も俺も、いつでも子供を迎え入れる心構えはしている。けれども、出来ねぇ事に執着しても仕方ねぇ。きっとその内、そういうタイミングが来る。美嘉もそれを解っているから今は俺との行為を大事にしながら楽しんでいるのだ。

「うゆ…しゃ…」

 あまりの気持ち良さに涙ぐむ美嘉を一瞥するが、その挙動に何を言うでもなく、美嘉の貝口を舌と唇で愛撫し始めた。

「あんっ…ああんっ…」

 舌に絡み付く情液が、口内の粘膜と擦れ合い、あたかも美嘉と同化してしまったような感覚を与えてくるが、美嘉の体液はいつにも増して甘く、美味過ぎてずっと舐めていたい気分にさせられていた。

 自分の奥さんと、デートした後にホテルでエッチ。何つー幸せな日なんだ。俺はそんな嬉々を噛み締めながら、奥さんである美嘉の躰も心も丸裸にし、強かに抱いていった。



「いっぱいイッちゃったね」

 美嘉が横になりながら笑んで言う。その隣で横になっている俺は、美嘉の前髪を軽く掻き上げてやって、「ああ」と笑む。

 五回イッた後の休憩時間。既に時刻は二十一時を回っていた。腹は減ったが、それ以上に性的興奮が体内では冷めやらない。

 美嘉を異常なくらいイカせてやりたくて。五回なんて、全然物足りねぇだろう。アソコがぶっ壊れちまうくらいに抱いてやりてぇんだ。

「お前が辛くて逃げ出したくなる程のセックスがしたい」

 その身勝手な言葉にも、美嘉は怯むことなく「いいよ」と優しく口付けして来た。ならば俺は思う存分お前を手込めに出来る────。



 十七時から二時までの計九時間のセックスに疲れ、美嘉は夕飯を食べずに寝てしまった。俺は自分の絶倫加減にまたやらかしてしまったと猛省していた。

 それと共に、俺は美嘉のことが好き過ぎるのだと再自覚。だから美嘉を気持ち良くしてやりたいし、癒してやりたい、そんな愛情が溢れて、歯止めが効かなくなってしまう。

「ごめんな……」

 寝息を立てている美嘉に寄り添って、髪を撫でる。俺がこんな無理をさせても美嘉は怒りを露わにしたりしない。とは言え、それに甘えてはいけないことは解っている。けれども美嘉が優しいから、俺はそれを盾にして、美嘉の躰を堪能し、美嘉の体を酷使させてしまうのだ。

 愛し過ぎることは罪なのだろうか。深夜帯にこういうことを考えていると、抜け出せなくなる。ベッドに入り、もう寝ようと目を瞑るが、少し手を伸ばせば美嘉の素肌に触れることが出来る。俺はまた自分のものが盛っていくのを感じ、美嘉の躰に跨った。

 美嘉の柔い肌に舌を滑らせる。それにより甲斐甲斐しくもびっちょりアソコが濡れたが、美嘉は全く目を覚まさない。

 俺はそれをいいことに、太く固くそそり勃ったものを美嘉の淫処に擦り続ける。入りそうで入らない焦ったい快感が、継続的に俺の躰を貫いて来る。そしてそのまま美嘉の唇を貪り、これ以上我慢出来なくなった俺は遂に挿入した。

「ゆ…しゃ…?……んっ!?────」

 俺は俺の考えを美嘉に強いてるつもりはねぇ。美嘉は自分の意思で“俺の妻”になったんだ。

「だったらこのセックスにも文句はねぇよなッッ」

 美嘉の欲望が噴き出す。俺の吐瀉液は中に出す間も無く美嘉の割れ目の皮膚に放たれた。

「きょうのうゆしゃんしゅんごぉい」

 美嘉が笑って俺を抱き締めた。ごめんな、美嘉、お前への好きが止まんねぇ……。
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訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

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