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12偽ヒロインの失敗

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エクレール男爵令嬢ずぶ濡れ事件から二ヶ月程経ったある日の事だった。
ダンスのレッスンの後、教師と卒業記念を兼ねた学年末のパーティーダンスについて立ち話をしていたシャルロットはクラスメイトより遅れてロッカールームに到着した。
シャルロットが着替え終えた時、次にダンスレッスンを受けるクラスの令嬢達が入室して来たのだが、しばらくすると騒がしくなった。悲鳴も聞こえてくる。
シャルロットが何事かと足を向けると、しゃがみこんだピンク色の髪の令嬢をクラスメイトが取り囲んでおり、その令嬢の手にはビリビリになったダンスレッスン用のドレスが握られていたのだった。



これが本当に物語なら、予備のドレスで授業を受けるところだけれど、現実問題そう言うわけにはいかない。
ドレスは刃物を使って切り刻まれているようだった──これは事件だ。
その後授業は中止になり、生徒はすみやかに帰宅となった。
生徒が帰宅した学園に騎士団が到着し、学園に物々しさが漂った。
貴族の令息令嬢の通う学園、しかも未婚の令嬢しか立ち入れないロッカーでの出来事である。
エクレール男爵令嬢の日頃の言動から内部犯の可能性が高いのだが、王太子の婚約者であるシャルロット・ダックワーズ公爵令嬢が居合わせたため、大事になった。
万が一外部犯で公爵令嬢に危害が及んでいたら──
しかも校内には第二王子殿下とその婚約者、他にも高位貴族は在籍するのだ。

「シャル!大丈夫かい?!」
発見時の様子を聴取するためにアイラのクラスメイトが一時的に集められた部屋に飛び込んできたのは、自ら騎士団を率いてやってきた王太子であるフォンダン・オランジェット第一王子だった。
後ろからフリュイ第二王子殿下とグラン・サントノーレも入ってきた。
騒ぎを聞き付けた園内に残っていた一部生徒も集まってきたが、聴取の終わったクラスメイトの令嬢と共に騎士に帰宅を促された。
そこに別室で事情を聞かれていたアイラ・エクレール男爵令嬢が戻ってきた。

「フリュイ様、来てくださったのですね」
胸の前で手をあわせ、一人嬉しそうにしている。その瞬間フリュイから冷気が漂ってきた。
「え?」急に寒くなった気がしてアイラは自分で自分を抱き締める。見ると側近のサントノーレ侯爵令息は呆れたようにフリュイをみていた。
「フリュイ様、なんだか急に寒くなってきましたね──」
アイラがそう言いながらフリュイの顔を見て止まる。背筋が凍るほどの冷気を纏ったフリュイが射殺さんばかりにアイラを睨み付けていたからだ。
「ひっ」
思わず数歩後ずさるアイラにフリュイが言い放つ。
「先日の”アレ”──報告によるとお前の靴と靴下は濡れていなかったそうだ。それがどういうことか分かるか?
貴様がショコラが来るより先に泉の中に入っていたと言うことだ」
アイラが声もなく何度も頷く。
「そして、俺はお前に名を呼ぶことを許した覚えはない。
ショコラが気に止めていないため今は許してやる。俺のショコラに関わるな。これ以上虚言を続けるようであれば──覚えておけ」

アイラは恐怖のあまり周りを見渡し味方を探す。ふと、フリュイによく似た仕立ての良い服を着た青年が目に入る。第一王子殿下だとすぐに分かった。ここで出会ったということは彼も攻略対象かもしれない。
彼に助けを求めて駆け寄ろうとした時、彼がダックワーズ公爵令嬢の手を取り、キスを落とした。
そしてアイラの方を見向きもせず、底冷えのする声で
「君、自分がロッカールームに入る前からシャルがひとりでそこいたと騎士に告げたそうだね。生憎シャルはダンス講師と立ち話をしていたために他のクラスメイトより一人着替えが遅くなったと証言がとれている。
まさかフリュイ最愛ショコラにしたことと同じことを愛する私の婚約者シャルにもするつもりではないよね?──勇気のあることだ」
アイラは思わず座り込んでしまう。フォンダンはアイラを気遣わしげに見るシャルロットを伴って部屋を出、フリュイとグランもそれに続いた。
残った騎士がアイラを立たせ、帰宅を促した。

その日からアイラ・エクレール男爵令嬢がフリュイの前に現れることはなかった。

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