12 / 26
12偽ヒロインの失敗
しおりを挟むエクレール男爵令嬢ずぶ濡れ事件から二ヶ月程経ったある日の事だった。
ダンスのレッスンの後、教師と卒業記念を兼ねた学年末のパーティーダンスについて立ち話をしていたシャルロットはクラスメイトより遅れてロッカールームに到着した。
シャルロットが着替え終えた時、次にダンスレッスンを受けるクラスの令嬢達が入室して来たのだが、しばらくすると騒がしくなった。悲鳴も聞こえてくる。
シャルロットが何事かと足を向けると、しゃがみこんだピンク色の髪の令嬢をクラスメイトが取り囲んでおり、その令嬢の手にはビリビリになったダンスレッスン用のドレスが握られていたのだった。
これが本当に物語なら、予備のドレスで授業を受けるところだけれど、現実問題そう言うわけにはいかない。
ドレスは刃物を使って切り刻まれているようだった──これは事件だ。
その後授業は中止になり、生徒はすみやかに帰宅となった。
生徒が帰宅した学園に騎士団が到着し、学園に物々しさが漂った。
貴族の令息令嬢の通う学園、しかも未婚の令嬢しか立ち入れないロッカーでの出来事である。
エクレール男爵令嬢の日頃の言動から内部犯の可能性が高いのだが、王太子の婚約者であるシャルロット・ダックワーズ公爵令嬢が居合わせたため、大事になった。
万が一外部犯で公爵令嬢に危害が及んでいたら──
しかも校内には第二王子殿下とその婚約者、他にも高位貴族は在籍するのだ。
「シャル!大丈夫かい?!」
発見時の様子を聴取するためにアイラのクラスメイトが一時的に集められた部屋に飛び込んできたのは、自ら騎士団を率いてやってきた王太子であるフォンダン・オランジェット第一王子だった。
後ろからフリュイ第二王子殿下とグラン・サントノーレも入ってきた。
騒ぎを聞き付けた園内に残っていた一部生徒も集まってきたが、聴取の終わったクラスメイトの令嬢と共に騎士に帰宅を促された。
そこに別室で事情を聞かれていたアイラ・エクレール男爵令嬢が戻ってきた。
「フリュイ様、来てくださったのですね」
胸の前で手をあわせ、一人嬉しそうにしている。その瞬間フリュイから冷気が漂ってきた。
「え?」急に寒くなった気がしてアイラは自分で自分を抱き締める。見ると側近のサントノーレ侯爵令息は呆れたようにフリュイをみていた。
「フリュイ様、なんだか急に寒くなってきましたね──」
アイラがそう言いながらフリュイの顔を見て止まる。背筋が凍るほどの冷気を纏ったフリュイが射殺さんばかりにアイラを睨み付けていたからだ。
「ひっ」
思わず数歩後ずさるアイラにフリュイが言い放つ。
「先日の”アレ”──報告によるとお前の靴と靴下は濡れていなかったそうだ。それがどういうことか分かるか?
貴様がショコラが来るより先に泉の中に入っていたと言うことだ」
アイラが声もなく何度も頷く。
「そして、俺はお前に名を呼ぶことを許した覚えはない。
ショコラが気に止めていないため今は許してやる。俺のショコラに関わるな。これ以上虚言を続けるようであれば──覚えておけ」
アイラは恐怖のあまり周りを見渡し味方を探す。ふと、フリュイによく似た仕立ての良い服を着た青年が目に入る。第一王子殿下だとすぐに分かった。ここで出会ったということは彼も攻略対象かもしれない。
彼に助けを求めて駆け寄ろうとした時、彼がダックワーズ公爵令嬢の手を取り、キスを落とした。
そしてアイラの方を見向きもせず、底冷えのする声で
「君、自分がロッカールームに入る前からシャルがひとりでそこいたと騎士に告げたそうだね。生憎シャルはダンス講師と立ち話をしていたために他のクラスメイトより一人着替えが遅くなったと証言がとれている。
まさかフリュイの最愛にしたことと同じことを愛する私の婚約者にもするつもりではないよね?──勇気のあることだ」
アイラは思わず座り込んでしまう。フォンダンはアイラを気遣わしげに見るシャルロットを伴って部屋を出、フリュイとグランもそれに続いた。
残った騎士がアイラを立たせ、帰宅を促した。
その日からアイラ・エクレール男爵令嬢がフリュイの前に現れることはなかった。
10
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
お望み通り、別れて差し上げます!
珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」
本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?
かわりに王妃になってくれる優しい妹を育てた戦略家の姉
菜っぱ
恋愛
貴族学校卒業の日に第一王子から婚約破棄を言い渡されたエンブレンは、何も言わずに会場を去った。
気品高い貴族の娘であるエンブレンが、なんの文句も言わずに去っていく姿はあまりにも清々しく、その姿に違和感を覚える第一王子だが、早く愛する人と婚姻を結ぼうと急いで王が婚姻時に使う契約の間へ向かう。
姉から婚約者の座を奪った妹のアンジュッテは、嫌な予感を覚えるが……。
全てが計画通り。賢い姉による、生贄仕立て上げ逃亡劇。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる