ヒロインに婚約者を攻略して欲しかったのですが断られてしまいました

10ずぶ濡れになったのは誰だ

アイラが入学してから半年が経過した。
前世の物語の世界と言うことで四季もあり十月とはいえまだ暑い。記憶を取り戻してからアイラはすっかり暑さに弱くなってしまった。
いや、弱くなったのではなく、前世の涼しげな服でありアイテムを思い出したアイラにとって、夜会以外で肌を人目に晒さない貴族令嬢の服装は真夏にカイロを貼っているのと同じように感じられ、耐えられなくなっていた。
ある日アイラは何か涼めるものはないかと学園を探索していたときに、誰も来ない学園の裏庭に地表から水が湧いて泉を作っている場所を見つけた。ちょうど椅子になりそうな大きな岩もあり、靴と靴下を脱いでそこに腰掛け、湧き水に足をつけて涼むのが日課になっていた。



あら、誰かと思えばアイラ・エクレール男爵令嬢じゃないかしら。ピンク色の髪はよく目立つから遠目でも分かる。
一年生のときに湧き水を見つけた。いつの間にかちょうど良い岩が増えたものだから、暖かくなると涼めるスポットとして通っていた。しばらく来ることが出来なかったので久しぶりに足を運んだのだが、意外な人物と遭遇してしまった。
アイラは相変わらずフリュイ殿下に突撃して弟の頭を悩ませているようだが、ヒドインにありがちなあからさまな事──いきなり真横で転けるなど──を仕掛けてくることはなかった為に少し拍子抜けしていたところであった。
──何か仕掛けてくるかしら？とワクワクしながら近付いたところでアイラ・エクレール男爵令嬢がふいに立ち上がり、足を滑らせて派手に転んだ。
「きゃあっ！！」
「だ、大丈夫？」
慌てて駆け寄るが大丈夫そうではない。顔面から湧き水にダイブしたのだ。下着まで濡れているであろうことは容易に想像できた。
そこへアイラの悲鳴が聞こえたのか２人の生徒がやって来た。
エクレール男爵令嬢を岩に掛けさせ声をかける。
「エクレール男爵令嬢、歩ける？医務室に行きましょう。着替えがあるはずよ」
やって来た生徒の一人が先に医務室に伝えてきますと走っていってしまった。もう一人はエクレール男爵令嬢の靴と靴下を持って寄ってくる。
流石に裸足で歩かせるわけには行かないものね。
ずぶ濡れの男爵令嬢を左右で挟んで医務室の方へと歩いていると、途中で先程知らせに走ってくれた生徒がタオルを持って戻ってきてくれた。暑いから風邪はひかないだろうけど、エクレール男爵令嬢を隠すように頭からタオルをかけた。既にかなりの生徒に目撃されているけれどね。

医務室に到着し、エクレール男爵令嬢を着替えさせたところで何故か慌てふためいたフリュイ殿下が飛び込んできた。
「大丈夫か？！」
遅れて弟もやってきた。
「お久しぶりです、殿下。そんなに慌ててどうされたのですか」
「湧き水に落ちたと聞いたんだが──」
「あぁ、エクレール男爵令嬢を心配されて来られたのですか？」
「は？」
フリュイ殿下の視線がエクレール男爵令嬢をとらえる。一瞬嬉しそうに見えた表情が、一気に悲しそうなそれへと変化した。
「あ、あたしっ・・・サントノーレ侯爵令嬢に・・・」
肝心なところは明確にしない、全ては言わない。悪役令嬢を仕立て上げるときの鉄則である。
はっきり危害を加えられたとは言っているわけではないから指摘できない。「助けて貰ったのだ」と続けることも出来るからだ。

私の目の前でそれをやることは理解に苦しむけれど、良い働きをしているようなので今日の所は見逃してあげましょう。

その日のことは、噂となって学園中を駆け巡った。

サントノーレ侯爵令嬢がエクレール男爵令嬢をずぶ濡れにし、エクレール男爵令嬢を心配した第二王子殿下が血相を変えて医務室に駆け込んだと──