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次第にアリスの周辺の様子が変化してきた。特に女生徒。物を隠したり破損させたり等という自身の手を汚す行為はしなくとも、態度でその変わり様は分かる。分かる故に、今までは視線を向けるだけであった令息たちが心配して声を賭けるようになる。それは悪循環で、アリスの周囲は心配した男子生徒が固めるようになっていた。
クレアは伯爵令嬢で伯爵家を継ぐための教育を受けてきたので成績も上位である。男爵令嬢で元々平民として過ごしていたアリスとは成績、爵位とも差があるので学年は一緒でもクラスは離れており、更に教室も校舎も別、食堂も基本校舎のものを利用するため、その変わりように全く気付かなかった。
「アリス・キャロット男爵令嬢が不特定多数の男子生徒を侍らせている」
そんな噂がクレアの耳に入れたのは、またしても幼馴染みであるリリーだった。彼女も伯爵令嬢であり、幼い頃からクレアと共に過ごしてきたため、成績は上位であり、別館の生徒である。
「キャロット嬢は確かに美人さんですの。それは認めますが、あんなにあからさまに男子生徒を侍らせて、なにか大変なことにならないか、悔しさを通り越して、なんだか心配になってきましたの」
リリーのそういう素直なところが好ましいのだが、その単語がアリスと結びつかず、聞き返した。
「男子生徒を侍らせている、ですか?」──男子生徒が侍っているのではなくて?
そう思ったが、本人には大違いでも、見た目の違いはあまりないのかもしれない。
「そうですの。毎日授業中以外は男子生徒に囲まれて過ごしているそうですの。本人は困っているという話も聞きますが、不愉快に思っている女子生徒の軽い嫌味にも男子生徒が過剰に反応して、守りを固めているといった風で・・・まぁ悪循環ですわね」
相変わらず見てきたように話すリリーはデザートのケーキを上品に口に運び「この調子では私の婚約者選びは難航しそうですの。でも他の女性に侍っていた男性というのも嫌ですの」とため息をついた。
あのアリスが好んで男性を侍らせるはずもないので、十中八九《ギフト》のせいなのだろうが、大丈夫だろうか──とクレアが心配していたその頃、アリスは何人かの女生徒に絡まれていた。
★
一人で大丈夫だといっても男子生徒が離れてくれず、これ以上女生徒に迷惑はかけられないと、ランチ後何とか一人になったところを複数名の女生徒に声をかけられたのだ。
「アリス・キャロット男爵令嬢。不特定多数の男子生徒では飽き足らず、バードック侯爵令息にまで色目を使うなんて、あなたどういうつもりですの?!」
人気の無いところに誘導され、そう言われる。
「いえ、私はそんなことっ」──していません。
そう否定したいのだが《ギフト》のせいならばと頭をかすめ、していないとは言い切れない。そして、そのはっきしない態度が令嬢たちの気に障る。
確かに最近クラスメイト以外の男子生徒や2,3年生からも声を掛けられることが多くなってきたが、そもそも令嬢の友人のいないアリスにはどの生徒がバードック侯爵令息なのか見当もつかない。
「否定できないということは、思い当たることがあるということですわね。大体大人数の殿方に囲まれて、一体あなたはなにがしたいんですの?!」
学園に入学して以降、《ギフト》のおかげか男女問わず好意を向けられてきた。母親に叱られたことはあっても、このように大勢に詰め寄られて大声で責められたことは引き取られる前にも後にも初めてである。
できれば友達を作ったり恋をしたりして普通の学園生活を送りたいと言って、信じてもらえるだろうか。持っているか定かではない《ギフト》のせいかもしれないと言って信じてもらえるだろうか。
──もし本当に《ギフト》のせいなら、こんなモノいらないのに・・・!!!
アリスは泣きそうになりながら強くそう思い、令嬢を見る。それが睨み付けたように見え、苛立った令嬢が手を振り上げたその時、
「失礼。どうされました?見たところその令嬢は具合が悪そうですが」
アリスを取り囲む令嬢たちの背後から、落ち着いた感じの男性の声がした。
令嬢は手を下ろし振り向くと、悪びれる様子もなく「そうなのです。所用で通りがかったところ気分の優れないご令様子でしたので声をおかけしました・・・ですが私たちの力ではお支えすることもできずに困っておりましたの。あとはお願いできますでしょうか」そう言って、立ち去っていった。
安心して気が抜けたのか、アリスはその場に座り込んでしまった。
令嬢たちが見えなくなったのを確認した男子生徒がアリスのほうを見、一瞬目を見開いた。
――ああ、この人も・・・
アリスはこの生徒も他の男子生徒と同じかと落胆したが、彼は特にアリスに見とれることもなく「立てるか?」と屈託のない笑顔で手を差し出してくれたのだった。
その男性はラディッシュ男爵家の次男でフィンと名乗った。騎士科の3年生らしい。
騎士科は訓練場などと隣接しており、授業で武器を使うため、令息令嬢が万が一にも怪我をすることがあっては大変だと離れた位置にあるらしく、滅多にこちらに来ることはないとのことだった。そのせいか彼はアリスを知らないようだった。
「すまない。絡まれていたのだろう?格好よく助けたかったのだけど、卒業も近いので今貴族と問題を起こすと就職にひびくんだ」肩をすくめてフィンが言う。
卒業後は剣の腕を見込まれて護衛任務が決まっているらしく。就職先がどの貴族と懇意にしているかわからないため今は下手に他の貴族と揉められないとのことだった。
それでも「――とても格好良かったです」アリスは頬を染めて俯いた。こんなに穏やかに人と話したのはクレア以来ではないだろうか。
久しぶりに心から笑った気がして、とても心が温かくなった。
クレアは伯爵令嬢で伯爵家を継ぐための教育を受けてきたので成績も上位である。男爵令嬢で元々平民として過ごしていたアリスとは成績、爵位とも差があるので学年は一緒でもクラスは離れており、更に教室も校舎も別、食堂も基本校舎のものを利用するため、その変わりように全く気付かなかった。
「アリス・キャロット男爵令嬢が不特定多数の男子生徒を侍らせている」
そんな噂がクレアの耳に入れたのは、またしても幼馴染みであるリリーだった。彼女も伯爵令嬢であり、幼い頃からクレアと共に過ごしてきたため、成績は上位であり、別館の生徒である。
「キャロット嬢は確かに美人さんですの。それは認めますが、あんなにあからさまに男子生徒を侍らせて、なにか大変なことにならないか、悔しさを通り越して、なんだか心配になってきましたの」
リリーのそういう素直なところが好ましいのだが、その単語がアリスと結びつかず、聞き返した。
「男子生徒を侍らせている、ですか?」──男子生徒が侍っているのではなくて?
そう思ったが、本人には大違いでも、見た目の違いはあまりないのかもしれない。
「そうですの。毎日授業中以外は男子生徒に囲まれて過ごしているそうですの。本人は困っているという話も聞きますが、不愉快に思っている女子生徒の軽い嫌味にも男子生徒が過剰に反応して、守りを固めているといった風で・・・まぁ悪循環ですわね」
相変わらず見てきたように話すリリーはデザートのケーキを上品に口に運び「この調子では私の婚約者選びは難航しそうですの。でも他の女性に侍っていた男性というのも嫌ですの」とため息をついた。
あのアリスが好んで男性を侍らせるはずもないので、十中八九《ギフト》のせいなのだろうが、大丈夫だろうか──とクレアが心配していたその頃、アリスは何人かの女生徒に絡まれていた。
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一人で大丈夫だといっても男子生徒が離れてくれず、これ以上女生徒に迷惑はかけられないと、ランチ後何とか一人になったところを複数名の女生徒に声をかけられたのだ。
「アリス・キャロット男爵令嬢。不特定多数の男子生徒では飽き足らず、バードック侯爵令息にまで色目を使うなんて、あなたどういうつもりですの?!」
人気の無いところに誘導され、そう言われる。
「いえ、私はそんなことっ」──していません。
そう否定したいのだが《ギフト》のせいならばと頭をかすめ、していないとは言い切れない。そして、そのはっきしない態度が令嬢たちの気に障る。
確かに最近クラスメイト以外の男子生徒や2,3年生からも声を掛けられることが多くなってきたが、そもそも令嬢の友人のいないアリスにはどの生徒がバードック侯爵令息なのか見当もつかない。
「否定できないということは、思い当たることがあるということですわね。大体大人数の殿方に囲まれて、一体あなたはなにがしたいんですの?!」
学園に入学して以降、《ギフト》のおかげか男女問わず好意を向けられてきた。母親に叱られたことはあっても、このように大勢に詰め寄られて大声で責められたことは引き取られる前にも後にも初めてである。
できれば友達を作ったり恋をしたりして普通の学園生活を送りたいと言って、信じてもらえるだろうか。持っているか定かではない《ギフト》のせいかもしれないと言って信じてもらえるだろうか。
──もし本当に《ギフト》のせいなら、こんなモノいらないのに・・・!!!
アリスは泣きそうになりながら強くそう思い、令嬢を見る。それが睨み付けたように見え、苛立った令嬢が手を振り上げたその時、
「失礼。どうされました?見たところその令嬢は具合が悪そうですが」
アリスを取り囲む令嬢たちの背後から、落ち着いた感じの男性の声がした。
令嬢は手を下ろし振り向くと、悪びれる様子もなく「そうなのです。所用で通りがかったところ気分の優れないご令様子でしたので声をおかけしました・・・ですが私たちの力ではお支えすることもできずに困っておりましたの。あとはお願いできますでしょうか」そう言って、立ち去っていった。
安心して気が抜けたのか、アリスはその場に座り込んでしまった。
令嬢たちが見えなくなったのを確認した男子生徒がアリスのほうを見、一瞬目を見開いた。
――ああ、この人も・・・
アリスはこの生徒も他の男子生徒と同じかと落胆したが、彼は特にアリスに見とれることもなく「立てるか?」と屈託のない笑顔で手を差し出してくれたのだった。
その男性はラディッシュ男爵家の次男でフィンと名乗った。騎士科の3年生らしい。
騎士科は訓練場などと隣接しており、授業で武器を使うため、令息令嬢が万が一にも怪我をすることがあっては大変だと離れた位置にあるらしく、滅多にこちらに来ることはないとのことだった。そのせいか彼はアリスを知らないようだった。
「すまない。絡まれていたのだろう?格好よく助けたかったのだけど、卒業も近いので今貴族と問題を起こすと就職にひびくんだ」肩をすくめてフィンが言う。
卒業後は剣の腕を見込まれて護衛任務が決まっているらしく。就職先がどの貴族と懇意にしているかわからないため今は下手に他の貴族と揉められないとのことだった。
それでも「――とても格好良かったです」アリスは頬を染めて俯いた。こんなに穏やかに人と話したのはクレア以来ではないだろうか。
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