7 / 11
第7章
運だめし
しおりを挟む
「ふう~。ついつい、あのように申してしまったわ…」
塩屋は上杉の館を後にしてから、六度目のため息をついた。
「井右衛門よ、わしの首は飛ぶと思うか?どうじゃ」
井右衛門は答えに窮した。
(全く、塩屋様は…。「試してみないと分からん」と、真のことを言えばいいちや…。あの上杉様にはったりを言う
なんぞ。首が飛んでも自業自得が)
と思いつつも、
「塩屋様、もし糞であっても、兄さが天で見ておって、宝に変えてくれるちや」
と慰めた。
「けんど、硝石を売りたいなら、一向宗徒に売ればええがでは?あいつらは鉄砲をよう使うすけ」
井右衛門は率直に言った。
「井右衛門よ、ぬしはわしを商人と思うのか、武将と思うのか」
「へえ、その両方でねえがけ?」
「甘い。わしはもう、八割がた武将じゃ。一向宗の坊主や農民に宝を売って媚を売るなど、絶対にせぬ」
(二割は商人け、半端やのお…)
井右衛門は思ったが、黙っていた。
猿倉城へ戻った塩屋は、上杉にもらった鉄砲の中に、神岡の鉱山で作った鉛の玉を詰めた。
そして、硝石を木炭や硫黄と混ぜ合わせ、中に押し込めると、井右衛門に鉄砲を渡し、
「ほれ」
と言った。
「え、わしが?それは…嫌わい、勘弁、勘弁」
「何を言う、ぬししかおらぬではないか。これがうまくいけば、宇左衛門も喜ぶに違いない。な、頼む」
井右衛門は触ったことさえない鉄砲を無理やり渡された。
そもそも塩屋は雇い主ではあるが、井右衛門は塩屋の一族でもなく、
宇左衛門が死んでから急にあれこれと小間使いされるようになったのだ。
しかし、塩屋がいくつもの城を攻略したり、ものの毛の首を刎ねてきたことを考えると、
逆らえば自分も殺されるかもしれない。
(こりゃあ、やってもやらんでも、地獄やのう)
井右衛門は及び腰になって、恐る恐る、火縄に火をつけた。
(暴発なんぞ、どうかせんでくれちゃ…!)
そう願いながら、引き金を引いた。
ドーン、ミシミシミシ…
(耳がつん裂けるほどの雷と、地が割れるほどの地震…!)
井右衛門は、その恐ろしさに泣き出した。
「何が起きたっちゃ?」
「井右衛門よ、でかした!糞が宝になったぞ!鉄砲が玉を吹いたのじゃ!!」
塩屋は上機嫌で、泣きっ面の井右衛門をきつく抱きしめた。
「塩屋様、もう堪忍してくだせえ、塩屋様の近くにおると、命がいくつあっても足りんちや」
「馬鹿を申すな。肝は冷えても、このような楽しい事、わしのそばにおらぬとできぬぞ。ともあれ、井右衛門よ、ぬしのおかげでわしの首の皮は繋がった。めでたい!祝着至極じゃ!わっはっは…」
塩屋は酒じゃ酒じゃ、と言って、膳所へと足を向けた。
井右衛門はへなへなと、地面に座り込んだ。
首の皮一枚つながった塩屋であったが、当の上杉からは、ああせよこうせよとは、一言も言ってこない。
塩屋のはったりが真であろうと偽であろうと、上杉にとってはたいしたことではなく、
塩屋の命を取るなどとは、はなから考えてはいなかったのである。
その後、上杉は一向一揆勢力を駆逐し、越中の国衆を取り込んで、越中を平定した。
宣言通り、鉄砲は使わなかった。
鉄砲を多数持つ一向一揆勢に対し、雨で鉄砲が濡れて使えない時を狙って、猛追したのである。
塩屋は上杉の館を後にしてから、六度目のため息をついた。
「井右衛門よ、わしの首は飛ぶと思うか?どうじゃ」
井右衛門は答えに窮した。
(全く、塩屋様は…。「試してみないと分からん」と、真のことを言えばいいちや…。あの上杉様にはったりを言う
なんぞ。首が飛んでも自業自得が)
と思いつつも、
「塩屋様、もし糞であっても、兄さが天で見ておって、宝に変えてくれるちや」
と慰めた。
「けんど、硝石を売りたいなら、一向宗徒に売ればええがでは?あいつらは鉄砲をよう使うすけ」
井右衛門は率直に言った。
「井右衛門よ、ぬしはわしを商人と思うのか、武将と思うのか」
「へえ、その両方でねえがけ?」
「甘い。わしはもう、八割がた武将じゃ。一向宗の坊主や農民に宝を売って媚を売るなど、絶対にせぬ」
(二割は商人け、半端やのお…)
井右衛門は思ったが、黙っていた。
猿倉城へ戻った塩屋は、上杉にもらった鉄砲の中に、神岡の鉱山で作った鉛の玉を詰めた。
そして、硝石を木炭や硫黄と混ぜ合わせ、中に押し込めると、井右衛門に鉄砲を渡し、
「ほれ」
と言った。
「え、わしが?それは…嫌わい、勘弁、勘弁」
「何を言う、ぬししかおらぬではないか。これがうまくいけば、宇左衛門も喜ぶに違いない。な、頼む」
井右衛門は触ったことさえない鉄砲を無理やり渡された。
そもそも塩屋は雇い主ではあるが、井右衛門は塩屋の一族でもなく、
宇左衛門が死んでから急にあれこれと小間使いされるようになったのだ。
しかし、塩屋がいくつもの城を攻略したり、ものの毛の首を刎ねてきたことを考えると、
逆らえば自分も殺されるかもしれない。
(こりゃあ、やってもやらんでも、地獄やのう)
井右衛門は及び腰になって、恐る恐る、火縄に火をつけた。
(暴発なんぞ、どうかせんでくれちゃ…!)
そう願いながら、引き金を引いた。
ドーン、ミシミシミシ…
(耳がつん裂けるほどの雷と、地が割れるほどの地震…!)
井右衛門は、その恐ろしさに泣き出した。
「何が起きたっちゃ?」
「井右衛門よ、でかした!糞が宝になったぞ!鉄砲が玉を吹いたのじゃ!!」
塩屋は上機嫌で、泣きっ面の井右衛門をきつく抱きしめた。
「塩屋様、もう堪忍してくだせえ、塩屋様の近くにおると、命がいくつあっても足りんちや」
「馬鹿を申すな。肝は冷えても、このような楽しい事、わしのそばにおらぬとできぬぞ。ともあれ、井右衛門よ、ぬしのおかげでわしの首の皮は繋がった。めでたい!祝着至極じゃ!わっはっは…」
塩屋は酒じゃ酒じゃ、と言って、膳所へと足を向けた。
井右衛門はへなへなと、地面に座り込んだ。
首の皮一枚つながった塩屋であったが、当の上杉からは、ああせよこうせよとは、一言も言ってこない。
塩屋のはったりが真であろうと偽であろうと、上杉にとってはたいしたことではなく、
塩屋の命を取るなどとは、はなから考えてはいなかったのである。
その後、上杉は一向一揆勢力を駆逐し、越中の国衆を取り込んで、越中を平定した。
宣言通り、鉄砲は使わなかった。
鉄砲を多数持つ一向一揆勢に対し、雨で鉄砲が濡れて使えない時を狙って、猛追したのである。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
夕映え~武田勝頼の妻~
橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。
甲斐の国、天目山。
織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。
そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。
武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。
コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
四本目の矢
南雲遊火
歴史・時代
戦国大名、毛利元就。
中国地方を統一し、後に「謀神」とさえ言われた彼は、
彼の時代としては珍しく、大変な愛妻家としての一面を持ち、
また、彼同様歴史に名を遺す、優秀な三人の息子たちがいた。
しかし。
これは、素直になれないお年頃の「四人目の息子たち」の物語。
◆◇◆
※:2020/06/12 一部キャラクターの呼び方、名乗り方を変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる