斎藤道三になれなかった男~さて、どこまでが史実で、どこまでが嘘か?~

黒坂 わかな

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第1章

狙うは金の山

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リン、・・・リン、・・・リン・・・。

「あれが、金の山か…。ほしい、なんとしても我が手中に収めたい」

茅葺きかやぶき屋根の上方を見上げると、青々と緑が茂る帰雲山かえりぐもやまが見える。

が、塩屋秋貞の眼には、青など映らない。

その青の中に埋もれる、煌びやかな金色だけが見える。

「雲も帰る山で帰雲山、と言われるけえ、あの山に雲がかかっとるのを一度も見たことねえですちゃ」

隣で宇左衛門が言う。


塩屋と宇左衛門は、連雀れんじゃくを背負い、脚絆きゃはんをつけ、商人のふりをしている。

ふり、というのは語弊がある。

塩商人には違いない。

塩屋は越中の塩商人であり、武将でもある。


塩を作るにはたくさんの人夫がいる。

また、塩を内陸に売りに行くにも、たくさんの人足がいる。

行商で盗賊に襲われぬよう、塩屋は使用人たちを鍛えさせ、武装させた。

働きに応じて気前よく米を与えたため、使用人たちはどんどん増え、いつのまにか武装集団となっていた。

こうして武将となった塩屋は、飛騨の空き城・ハマグリ城に入った。


塩屋は越中と飛騨、二国の主になりたかった。

領土を奪うのに、まず一番に手に入れたいのが、金山のある、白川郷の帰雲城であった。

「雲も寄り付かんとは、神様がこの山を守っとるようで、わしはそら恐ろしゅうて…」

宇左衛門が言う。

「何を言うか。この地の領主・内ケ島うちがしまは、金のおかげで贅沢三昧。守るどころか罰を与えねばならぬわ。しかし、このような大きな家に農民を住まわせておるならば、少しは功徳も積んでおるやもしれぬのう」

塩屋は合掌造りの家々を、感心しながら眺めまわす。

「あの中には囲炉裏いろりがあって、階上ではこごじょ(蚕)も育てとるがです」

「ほう。それはいい。にしても、何故合掌造りなどと言うのか」

「そりゃあ、あの屋根の形が、手を合わせて合掌しとるように見えるちゃ…」

「おお、やはりな。そうじゃと思ったわい」

そんな話をしているうちに、遠くで聞こえていた鈴の音が、いつのまにかすぐ近くで鳴っているのに気が付いた。

リリン…、リリン…。

目の前に托鉢たくはつの坊主がいた。

坊主は鈴を下ろし、二人に向かって合掌した。


宇左衛門が小声で、

正論寺せいろんじの住職ですちや」と塩屋にささやく。

宇左衛門は以前からこの白川郷に塩を運んでいるので、顔が利く。

「こりゃあ、ご住職、まいどはや。白川郷の冬は、相変わらず長えことで。春になるまで待ちくたびれましたが」

「お元気そうですな。確か、冬の間に国元のお子が元服されると言っておられましたなあ」

「へえ、つつがなく相すみまして、今は塩づくりを手伝っとりますちや」

「それはそれは」

「そういえばご住職も、ご子息の件、どうなされたが?」

宇左衛門が返すと、住職は少し声を潜めて言った。

「いや、お恥ずかしながら、上の子が頑として首を振らぬゆえ、下の子が継ぐことになりましたのじゃ」

「さようでしたけ、そりゃあ、めでてえことで。由緒ある正論寺の跡継ぎが決まって、一件落着でやんばいのう」

住職と宇左衛門は二人で深々とお辞儀をしあった。

では後ほど塩を収めに参りますさけ、と宇左衛門が言うと、住職はまた鈴を上げ、ゆっくりと遠ざかっていった。


話の分からぬまま調子を合わせていた塩屋が、宇左衛門に聞くところによると、ざっとこういう話であった。

正論寺の住職には息子が二人いる。

が、長男が変わり者で、坊主でありながら武士に憧れ、剣術の鍛錬を始めた。

腕を磨いた長男は寺の近くに道場を開き、門弟を取るほどになった。

住職は、坊主に戻って後を継ぐよう再三説得したが、長男は聞く耳を持たない。

ついに住職は折れて、次男を跡継ぎにすることにした。

塩屋は話を聞き終わると、あごひげを撫でながらこう言った。

「ほほう…、宇左衛門、その話、わしの城取りに使えるやもしれぬぞ」

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