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36. 嵐を呼ぶ講演会⑲『危険な新手』~桜井 志麻子視点~

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──────

───


さて、と。

これは牧野ちゃんと真吾が、講堂の非常通路で堂神どうがみという猛者と死闘を繰り広げていた時刻と同じ頃───の出来事さ。

あたしらが後を追おうと動き出した直後、牧野ちゃんたちが消えていった壇上の奥の通路の方から、閃光とともに爆発音が響いた────と思ったら、時を置かずして爆風とそれを構成する塵芥が、狭い通路からあたしたちのいる講堂の中へと一気に広がろうとしていた!


「──────ッ!?」


カッ!と瞳を灼くかのような眩い閃光が、視界全体に広がった瞬間。

あたしは咄嗟に、自らの異能《風神かぜつかい》を繰り出していた!

「【絶空】ッ!」

手にした扇を大きく円を描くように鋭く回すと、あたしの体から即座に異能の力が扇に伝わって、渦を巻くように巨大な空気のが生まれた!

その大きな空気の渦を、躊躇うことなく津波のように押し寄せてくる爆風へと向ける。


その刹那────、


迫り来る爆風と、あたしの【絶空】が衝突した!

【絶空】は空気の壁となって爆風の前に立ちはだかり、その大部分を相殺したけれども、さすがに爆発エネルギーの全てまでは防ぎきれない。

幸い、凶暴な爆風の衝撃そのものはあたしらの体に直接届きはしなかったけど、【絶空】と衝突した余波が、講堂全体を揺らすように轟音を発生させた。


「きゃあっ!」

「うぉわッ!」

背後から、遊佐ゆさあずさが悲鳴を上げるのが耳を打った。

しかし、それに構う暇もなくあたしはさらに扇を振るい、異能の風で舞い上がった大量の粉塵を、できるだけ換気の良さそうな講堂各所の出入口方面へと誘導するのに必死だった。

「────ふぅ。おっとっと、梓に遊佐!二人とも、無事かいッ?」

爆発と粉塵がある程度収まったのを確認してから、あたしは息を吐きながら背後を振り返る。

「な、なんとか、無事……?のようですね───」

「こっちも、す───」

一瞬にして巻き起こった爆発と、それに対抗したあたしの異能とのぶつかり合いを目の当たりにしたショックだろうか?梓は手を顔の上に翳かざすような姿勢のままで恐る恐る答え、遊佐もそれに続いた。

「何の合図もなしに【絶空】を使って悪かったさね。今のは仕方なかったとわかってもらえるとは思うけど───

だが二人とも、安心するにはまだ早いからね、しっかりと気を引き締めなッ!さっきの爆発、何者の仕業か知らないが、そいつの脅威が去ったかどうかの判断はまだ出来ないからねぇ!」

「確かに───」

あたしの言葉に梓が頷く。

どこのドイツかイギリスかは知らないが───今から牧野ちゃんたちを追おうとしたあたしたちの、まさに出鼻をくじくようなタイミングでのこの爆発。これを、残念ながらこの場にいないんだよ!

「コイツのお仲間の仕業っすかね?」

先刻の戦闘バトルであたしに打ち負かされ、床に伸びている九鬼くきを見下ろして遊佐が言う。

「どうだろうねぇ?そう考えるのが一番筋道が通ってるんだろうけど、まだ決めつけるのは早計かも───?!」


コロコロコロコロコロ………


口を動かしながらも扇を胸の前で構えていたあたしは、当然、、梓も遊佐もそうだったろう。

そのあたしたちに向かって───、

講堂内を舞い漂う、微かな粉塵の隙間を縫うように、前方からか──その音から判断して、決して大きくはない謎の物体───が、どうやらこちらに向けて転がってくるらしい音が聞こえてきた。

「な、何すかね、この音───?」

遊佐が気味悪そうに、キョロキョロと辺りを見渡した時だった。

突如としてあたしたちの足元に現れたのは、直径2,3cmほどの青みがかかった透明な球体の群れ。

「アレって───ひょっとして、ビー玉か何かっすかね──?」

あたしたちに向かって転がってくる複数の球体を見て、遊佐が誰ともなく呟いた時だった。


ゾワゾワゾワゾワ。


ビー玉のような物体を視認した瞬間、言いようのない悪寒があたしの背中に走った!


理屈じゃあ、ない。


言葉ではうまく説明はできないが───あたしは今現れたばかりの小さな小さな物体に、直感で危険を感じ、無意識に叫んでいた。


「遊佐、梓ッ!には、絶対に触れるんじゃあないよ!!!」

「えっ?」

戸惑う二人を無視して、あたしは異能を発動させていた。

「【烈空】!」

手にした扇を通して生まれた一陣の風が、転がってくるビー玉らしき球体たちを空中へと巻き上げ、そいつらが向かってきた方向へと押し戻そうとした瞬間───、

空中で、一つのビー玉が光ったかと思うと、それは小さな爆発音とともに一気に四散した!


ドカドカドカドカドカァッ!!!


一つの爆発が、他のビー玉の爆発を呼び込む合図スイッチとなり、ビー玉の群体は連鎖的に爆発を繰り返して、まるで夏の夜空を彩る打ち上げ花火のような破裂音を講堂内に撒き散らしていた。

「う、わわわッ?!」

遊佐が思わず悲鳴を上げたが────このあたしの危険予知力やせいのかんを舐めてもらっちゃあ、困るね!

あたしは【烈空】とほぼ同時に【絶空】も起動させており、その対流による障壁バリアーでビー玉の爆風をあたしたちの方に寄せつけなかった。


────でも、コイツは……!


「遊佐に梓!あんたらもとっくに気づいているかもしれないけど、コレは新手の異能者による『爆破系』の異能攻撃だよ!、最新の注意を払いな!」

「────!!!」

二人の顔に緊張が走るのが見て取れたが、その気持ちはよくわかる。

なぜかと言うと、それは───、


この手の能力がいかに『ヤバい』かは、同じ異能者ならわかりすぎるほどわかっているからだ。

あたしも統計とかの専門家じゃないからハッキリとしたことはわからないけど、こういう直接的な火力を持った異能者はかなり存在のはずで、あたしらの組織にも似たような異能者はほとんどいなかったと郡司もとだんなから聞いているし、世の中全体を見渡しても、多分その数は多くはないだろう。

その事実から、敵は元・異能組織所属の人間ではないことは確かだけど、果たしてその正体はどんななのか───?

その答えは、すぐにわかった。

の方から、あたしたちの前に姿を現したからだ。


「おォォ?ん、んんん~~~?

おいおいおい?ちょっと、おかしいじゃねーか?

勇んで攻め込んだはずの九鬼ヤツが、なんでまんまと敵さんにとっ捕まっちまってるんだァァ?

───ったく、テメーらがそんなザマだから、オレや堂神のダンナにきちまうんだよォォ!!!」


あたしたちの前方───無数のビー玉が転がってきた方から、苦々しい言葉を吐き捨てるようにして現れたのは、見るからに『粗暴』な性格を絵に描いたようなつらの男だった。

パッと見、二十代後半ぐらいの年頃に見えるが、ツンツンに尖った髪型と吊り上がった目尻が印象的なである。どう控えめにみても、一般人というより極道ほんしょくの若手エース───にしか、あたしには見えないが、残念ながらというべきか───どうやらコイツが、くだんの爆破系異能者の御本人さまのようだ。

その当人は、あたしたちを順番に一瞥し、最後に転がっている九鬼を忌々しそうに眺めてから、あたしに向けて言い放った。


「───おぃ、そこの姐さんよォ?

こっちも面倒で面倒で仕方ねぇ話なんだけどよォ?そこに転がってる間抜けな九鬼ヤツ、大人しくこっちに引き渡してくんねェか?」

「はっ!そんな要求こと───いきなり出てきたヤツに言われて『はい、どうぞどうぞ♪』とでも、このあたしが言うと思ってるのかぃ?」

あたしはヤツから目を逸らさずに、啖呵を切り返した。

すると、ヤツは『あァ?』と威嚇を兼ねた強面で疑問形を発し、その表情のまま言葉を続けた。


「オメーよォォォ?

をすんなよ?

今オレがしてるのは『お願い』や『命令』なんかじゃあ、ねェ。これからオレがする行為の、いわゆる『事実の確認』ってヤツであり、言うならをしてやってるだけだぜェ?」

「何を───」

「ここまで言ってもわかんねーのかァ?

オメーらになんかは、ねぇってことによォ?」


「─────!」


しまった!

勘づくのが、あまりにも

なぜ、コイツがノコノコとあたしたちの前に姿を現したのか。

爆破系の異能持ちなら、本来は遠隔の安全圏からあたしたちをなぶる様に攻撃してくればいいはず。それが、なぜわざわざ危険を犯してまで、わざわざあたしたちの射程距離まあいにまで自ら入ってきたのか───。

それは、ヤツのに他ならない。

まさか、このあたしとしたことが迂闊にもその違和感に気づかなかったとは!

あたしはヤツから目線を外し、急いで上を見上げた。


講堂の天井よりやや低い位置───その空間全体を埋め尽くすほどの────、

おびただしい数の、ビー玉らしき球体が浮かんでいた。


「─────ッ!」


「ようやく状況がわかったかよォ?

オメーらのはこっちにあるってこった、ひゃははははァ!!!」


口を歪めて、男が笑った。


───ったく。

九鬼の小僧もそうだったけども────コイツも、とあたしは大きく舌打ちをしたい気分になった。
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