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20. 嵐を呼ぶ講演会③ ~桜木志麻子視点~
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「───牧野ちゃん、真吾ッ!ここはあたしが受け持つから、早く女センセイを避難させなッ!」
あたしは堅物な上に心配性の牧野ちゃんにさっさと行動してもらうために、あえて乱暴な物言いで促した。
「───志麻子さん。では、この場はよろしくお願いします」
「応さ!」
頭のいい彼女は、迷うことなくあたしにこの場を任せてくれた。そのまま、御崎杏花たちを守りながら真吾とともに足早に壇上から姿を消していく。
その結果に満足して、当面の相手───講演会の襲撃者であり、あたしとも面識のある九鬼惣次郎に向かい合った。
九鬼は、異能組織に在籍していた頃と容姿があまり変わらない様子で、相変わらず体の線が細く、短髪を金色に染めたスタイルの、真吾たちと同年代の若造である。
───しかし、妙な感じがする。
牧野ちゃんたちが避難する際、九鬼がそれを阻止する気配がなかったのは意外だった。異能だろうが武器を使った攻撃だろうが、もし九鬼が動いたら即対応するつもりでいたのに、あたしとってはちょっとした肩透かしである。
───何か、狙いや目論見があるってのかぃ?
ゴチャゴチャと考えるのは面倒だし時間の無駄なので、その懸念をストレートに本人にぶつけてみた。
「いいのかぃ、九鬼坊や?お目当ての御崎杏花が逃げていくってのに、それをあっさり見逃すとはね」
九鬼は両腕をだらんと下げた脱力状態で突っ立っていたが、あたしの言葉に反応し、ふてぶてしく口を開いた。
「早く追いかけろってか?そんなこと───、アンタみてぇな化物が目の前にいて、簡単にやらせてくれるのかよ?」
「淑女に対して失礼な物言いだねぇ!───だけど、状況判断力は悪くないよ。さすがに元実戦部隊メンバーさね?」
あたしの言葉に、九鬼は鼻を鳴らしただけで明確な返事をしなかった。
この九鬼は昔から礼儀を知らない生意気な若造だったが、決して馬鹿なヤツではない。御崎杏花を襲うことで、眼前のあたしに隙を見せる方が不利益だと、ちゃんと理解しているのだろう。
あたしは自分が九鬼に遅れをとるなど毛ほども思っていないが、牧野ちゃんが御崎杏花を連れて安全圏まで移動するまで、九鬼を確実に押さえておく必要があった。なので、時間稼ぎと情報収集を兼ねた会話を試みてみる。
「一応、戦りあう前の五体満足のうちに聞いといてあげるよ?この襲撃、自分一人でやってるのかぃ?それとも───、誰か賢さかしいヤツにでも唆かされて、そいつの片棒を担いでるのかぃ?」
「───オバさんには関係ねぇだろ」
不貞腐れたように九鬼が答える。
「あぁッ?」
あたしのこめかみに、怒りで青筋がくっきりと浮かぶ。これが漫画なら「ビキッ」という擬音が入る場面だ。
「さっきからオバさんオバさんってねぇ、あたしゃまだピチピチの三十代だっての!!!」
「───ちっ。うぜぇな……」
九鬼がポツリと呟いた。
予想はしていたが九鬼はあたしと、まともな問答をする気はないらしい。こちらのペースに嵌まらないよう、意識的に自制しているようにも見える。
あたしも激発したフリをやめ、鼻を鳴らした。
「ふん。なんだぃ、若いのにノリが悪いことだね───まぁいいさ。アンタを叩きのめせば、次に誰が出てくるか楽しみがあるってもんさ」
「叩きのめす?───言っとくが、今のオレは、あの頃とは違うぜ?」
九鬼が目を細めた。
「奇遇だね。そいつは、あたしもだよ」
九鬼にスイッチが入ったのを見て、あたしも懐から扇子を取り出して、対異能者としての臨戦態勢に入る。
九鬼もあたしも、お互い口を閉ざし、相手の挙動を見逃すまいと、睨み合うように対峙する。
元々、九鬼は最初からあたしを排除すべき邪魔者としか見ていないだろうし、あたしも九鬼を撃退すべき敵と認識している。和やかな同窓会ではあるまいし、もとより話し合いで九鬼をどうにかできるとは思っていない。
しかし、だ。
異能者を相手どって本気で手合わせをするのは、先日の狩野勇平との一件を除けば、一体いつぶりのことになるだろうか?
そんな場違いなことをぼんやり思っていると、それを隙と見た九鬼が先に動いた!
パチンッ!
九鬼が右手の親指を弾く動作をすると、そこから何かが飛び出して、それは一直線にあたしに向かってきた。
つい先程、真吾を攻撃したものと同種のもの───、とあたしには分かっていたので、焦らず迎撃をする。
あたしは手にした扇子を、自分の目の前で『八の字』を描くように振るった。
「【舞風】」
扇子の軌道に合わせて急激に空気の対流が発生し、それはあたしの前で渦巻く風の防壁を作った。
あたしが作ったその風の渦に、勢いよく突っ込んできた九鬼の攻撃物は、対流に軌道を変えられて大きく右へと逸れていく。
ビスッ!
あたしの背後、舞台の下部の壁のような箇所に突っ込んで小さな穴を穿った。
「ちっ!」
九鬼が舌打ちする。
「どうしたんだぃ、九鬼坊や?真っ直ぐ撃ってくるだけとは、芸がないねぇ!」
あたしは扇子をヒラヒラさせて九鬼を挑発する。
九鬼はこちらを睨んだだけで何も言い返さず、あたしといえばこちらのペースに引き込むために、扇子を口元に寄せ、艶やかに嗤わらってみせた。
「アンタの《空気銃》、こんな程度でお仕舞いかぃ?まぁ何度やっても、この【舞風】で弾いてやるけどねぇ?」
あたしが【舞風】呼んでいるのは《風神》の異能スキルの一つで、限定的だが空気の対流を作り出す能力である。攻撃に使用するには範囲が狭すぎて難儀だが、こと防御に関しては見ての通り、特に射出系の攻撃を逸らすには実に都合がいいスキルだ。
その対流そのものは1分と持たずに消滅するが、瞬間的な使用に限れば、何度も発生させることができる。
それに対する九鬼の異能は《空気銃》。
ヤツの異能ちからは文字通り、空気を圧縮して銃弾のように撃てるというもので、性格と同じく攻撃特化型の異能だ。その《空気銃》は射程の問題もあって、近すぎず遠すぎずの中距離からの仕掛けで力を発揮するタイプで、あたしの風も極端に離れた距離では効果を失うので、九鬼とは噛み合っていると言えるだろう。
しかし、あたしには異能以外にも近距離では『合気柔術』の技術がある。簡単に言えば、九鬼との距離を詰めるほど、あたしの方に有利な条件カードが揃う図式で、それを承知のヤツとしては、あたしを絶対に近づけたくないだろう。
余裕の仕種で誘ったのが効いたのかどうかわからないが、九鬼は間を置かず続けて仕掛けてきた。今度は単発弾ではなく、複数の指を使って。
一発、二発、三発、四発。
立て続けに、空気が圧縮して射ち出される音が響いて、あたしに向けて高密度に圧縮された空気の弾丸が殺到してくる!
「はん、無駄だよ!」
あたしは再度【舞風】を発生させ、自分の体に届く前に九鬼の空気弾を全て、風の対流で逸らすことに成功する。
「どんなもんだぃ?」
勝ち誇るあたしに、九鬼は先程とは逆の方の手で、空気弾を複数射出させた。
「だから、芸がないって言ってるだ───?!」
軽口を途中で止めて、あたしは目を見張った。
九鬼はただ、空気弾を撃ったわけではない。
先程まで、九鬼の指とあたしへの射線は一直線で、その軌道を読むのはそんなに難しいことではなかった。しかし、今度の射撃は正面にいるあたしの方角ではなく、ヤツは自分の真横に向けて空気弾を撃ったのである。
一体、どこに向けて?
弾は明後日の方に飛んでいったが、あたしはそれを笑うことはできなかった。
なぜなら、ヤツが三度目に放った空気弾たちは、途中で大きく軌道を変えて、大きな弧を描きながらあたしに向かってきたのだ!
「くぅっ!」
【舞風】は間に合わない───!
あたしは、咄嗟に『側宙』の要領で体をアクロバットに宙へ舞わせ、草履と足袋を履いた足で、何とかギリギリ床に着地する。次の瞬間、あたしがいた空間に放物線の軌道で空気弾が次々と着弾し、穴が穿たれる。
───間一髪!
しかし、安心する暇もない。
あたしが体勢を整える間に、九鬼は両手の指の全てを握りしめ、それを躊躇することなく開放して、次の空気弾を放っていた。
その軌道はまたもや、四方八方のデタラメな方向で、それが追尾式のミサイルのように途中から大きく方向を変え、全弾があたしに向けて殺到してくる!
「このぉッ!!!」
正直な所、あたしは内心少しばかり焦っていた。
九鬼のヤツ、異能組織を抜けてから大して成長していないだろうと高をくくっていたのだが、まさか異能スキルをきっちり成長させていたとは。前に組織にいた頃は、あんな弾の軌道を変える技は持っていなかったはずなのだ。
「【舞風】!」
あたしは回避と防御を同時に行った。
四方から迫る空気弾をさすがに体術だけで全てかわすにはリスクが高く、一定時間で消える【舞風】を一瞬で全方向に展開するのも不可能だ。そんなわけで、あたしは折衷案としてその両方を一度に実行することした。
【舞風】を部分展開───何とか左手方向だけに風の渦を作り、あたしはその逆方向に体を踊らせる!
【舞風】を展開した方からの弾は行く手を遮られ、目論見通りに目標を外れて次々に床へと着弾していく。おかげで、あたしは逆方向からの弾を捌くことに専念できることになった。
残りの空気弾の1~3発目までは、体を仰け反らせ、そして仰け反らせた姿勢から錐揉み状態に体を回転させて、和服にかすりながらもギリギリで弾をやりすごす。
我ながら、ハリウッドの『ロープアクション』も真っ青なアクロバット的回避術だが、こちとら、そもそもがそこら辺のヤツらとは普段からの鍛え方が違うんだ。幼少時から鬼より怖い祖父より、起床と同時に体術を叩き込まれてきて、もうウン十年なんだよッ!
と、そんなあたしの回想はともかく、九鬼の空気弾は残り一発になっていたのだが、そいつはラストだけあってか執念深く、ジグザグに複雑な軌道を描いてあたしに迫ってくる。
あたしはゆっくりと立ち上がり、扇子を胸の前に構えながら「フーーッ」と息を吐いて空気弾と向かい合う。
右に左に、こちらを幻惑するように動き回る空気弾を目で追っていたが、途中でそれを止め、あたしはスッと目を閉じる。
合気術の修行時代の、祖父の言葉を思い出す。
「志麻子。相手の動きをとらえるのはな、目ではない。お前を倒そうとする相手の心を掴んで、その動きをとらえるのだ。くれぐれも目に頼ってはいかんぞ」
後でわかったが、祖父は『心眼』の達人で、箸で飛び回るハエを捕まえることも余裕だったらしい。
その話を聞いて、祖父がその箸でそのままご飯を食べていたら『ばっちぃなぁ』とあたしが思ったのはともかく、大事なのは九鬼の敵意を読むことである。
右、いやそう見せてのフェイントで左。地面スレスレの下まで落ちて、そこから上昇軌道で一気にあたしの眉間を狙ってくる!
あたしは目を閉じながら、時間を遅送りするような刹那の世界で、扇子を顔の前に構えて、繊細に───とても繊細な所作で、あたしを撃ち抜くはずだった空気弾に扇子で触れる。
それは1秒の、何分の1の時間だったろうか?
秒にも満たない瞬間に、あたしは《風神》の異能により、風の気流を纏わせた扇子で最後の空気弾を『いなした』。
空気弾は軌道を外れ、あたしの背後の床に穴を穿つ。
「───?!」
さすがに九鬼も予想外だったのだろう。
渾身の新スキルが、まさか一発も命中することもなく、あたしに全て捌かれてしまったのだから。
わずかに動揺した九鬼の隙を、あたしはもちろん見逃さない。
「惚けるには早いさね!そらッ【烈空】!」
あたしは扇子を使って攻撃の風を発生させた。
風がうねるように九鬼に遅いかかったが、ヤツは慌てることなく風に向けて四発の空気弾をまったく同じ場所に撃ち込むという神業を見せた!
ドドドドッ!!!
さしもの【烈空】も、その勢いを殺されて微風そよかぜに成り果てる。
だが、別に構いはしない。
あたしの本命は────、
「九鬼坊や、もらったよ!」
九鬼が【烈空】を捌く間に、あたしは易々とヤツの懐の位置まで距離まで詰めていた。
さぁ、こうなればもう、あたしの距離で、料理のし放題だよ!
足を払ってもいいし、腕を掴んで投げてもいいし、当て身を使って昏倒させるという手もある。
どうするにせよ、まともな武術経験がないはずの九鬼は、もはやこのあたしにただ蹂躙されるしかない。
そう思っていたのだが────。
「────く、くはは!」
顔をわずかに歪め、九鬼が嗤った。
私は怪訝な顔をする。
「なんだ、この期に及んで負け惜しみかぃ?」
あたしは何となく嫌な予感を覚えつつも、そう切り返した。
「そう思うか?懐に誘ったのは、どっちかって話だぜ?」
───何かわからないけど、ヤバいッ!
コイツの───、この台詞は単なる負け惜しみじゃない。
あたしは本能的に危険を悟り、ヤツの戦闘力を封じるために腕を掴もうと手を伸ばした。
しかし────。
その前に、九鬼が隠していた切札を放つ方が、一瞬速かった。
ヤツは、右手と左手の直角に曲げた親指同士をぴたりと合わせ、それを圧縮の土台として、今までよりも一際大きな空気弾を、あたしの胸元に向けて発射した!
───距離が、近すぎるッ!
そう思ったが、あたしはこの時点では、反撃気味に放たれたこの空気弾をまだ捌く自信があった。
一瞬、九鬼の方を見ると、ヤツと目が合う。
その顔には、隠しきれない愉悦の感情が浮かんでいた。
なんだ、コイツ?何をそんなに嗤っているっていうんだぃ?
まるでしてやったりと、あたしの選択ミスを嘲笑うかのようなその顔に怒りを覚えた瞬間────、
ヤツが放った一発の空気弾は、あたしの目の前で突然弾け、その中に隠されていた数十発もの細かい空気の弾が、散らばりながらもその全てがあたしに向かってきた────!
「【空気散弾】。逆王手、だ」
九鬼の忌々しい言葉に反論する間もなく、おびただしい凶暴な散弾たちが、なす術もなくあたしの胸元に吸い込まれていく───。
その光景を、第三者のように冷静に見ている自分がいて、そして誰かが、どこかから「志麻子さん!」とあたしの名前を叫んだような気もするが───その声に応えることは、どうやらあたしにはできなそうだ───。
あたしは堅物な上に心配性の牧野ちゃんにさっさと行動してもらうために、あえて乱暴な物言いで促した。
「───志麻子さん。では、この場はよろしくお願いします」
「応さ!」
頭のいい彼女は、迷うことなくあたしにこの場を任せてくれた。そのまま、御崎杏花たちを守りながら真吾とともに足早に壇上から姿を消していく。
その結果に満足して、当面の相手───講演会の襲撃者であり、あたしとも面識のある九鬼惣次郎に向かい合った。
九鬼は、異能組織に在籍していた頃と容姿があまり変わらない様子で、相変わらず体の線が細く、短髪を金色に染めたスタイルの、真吾たちと同年代の若造である。
───しかし、妙な感じがする。
牧野ちゃんたちが避難する際、九鬼がそれを阻止する気配がなかったのは意外だった。異能だろうが武器を使った攻撃だろうが、もし九鬼が動いたら即対応するつもりでいたのに、あたしとってはちょっとした肩透かしである。
───何か、狙いや目論見があるってのかぃ?
ゴチャゴチャと考えるのは面倒だし時間の無駄なので、その懸念をストレートに本人にぶつけてみた。
「いいのかぃ、九鬼坊や?お目当ての御崎杏花が逃げていくってのに、それをあっさり見逃すとはね」
九鬼は両腕をだらんと下げた脱力状態で突っ立っていたが、あたしの言葉に反応し、ふてぶてしく口を開いた。
「早く追いかけろってか?そんなこと───、アンタみてぇな化物が目の前にいて、簡単にやらせてくれるのかよ?」
「淑女に対して失礼な物言いだねぇ!───だけど、状況判断力は悪くないよ。さすがに元実戦部隊メンバーさね?」
あたしの言葉に、九鬼は鼻を鳴らしただけで明確な返事をしなかった。
この九鬼は昔から礼儀を知らない生意気な若造だったが、決して馬鹿なヤツではない。御崎杏花を襲うことで、眼前のあたしに隙を見せる方が不利益だと、ちゃんと理解しているのだろう。
あたしは自分が九鬼に遅れをとるなど毛ほども思っていないが、牧野ちゃんが御崎杏花を連れて安全圏まで移動するまで、九鬼を確実に押さえておく必要があった。なので、時間稼ぎと情報収集を兼ねた会話を試みてみる。
「一応、戦りあう前の五体満足のうちに聞いといてあげるよ?この襲撃、自分一人でやってるのかぃ?それとも───、誰か賢さかしいヤツにでも唆かされて、そいつの片棒を担いでるのかぃ?」
「───オバさんには関係ねぇだろ」
不貞腐れたように九鬼が答える。
「あぁッ?」
あたしのこめかみに、怒りで青筋がくっきりと浮かぶ。これが漫画なら「ビキッ」という擬音が入る場面だ。
「さっきからオバさんオバさんってねぇ、あたしゃまだピチピチの三十代だっての!!!」
「───ちっ。うぜぇな……」
九鬼がポツリと呟いた。
予想はしていたが九鬼はあたしと、まともな問答をする気はないらしい。こちらのペースに嵌まらないよう、意識的に自制しているようにも見える。
あたしも激発したフリをやめ、鼻を鳴らした。
「ふん。なんだぃ、若いのにノリが悪いことだね───まぁいいさ。アンタを叩きのめせば、次に誰が出てくるか楽しみがあるってもんさ」
「叩きのめす?───言っとくが、今のオレは、あの頃とは違うぜ?」
九鬼が目を細めた。
「奇遇だね。そいつは、あたしもだよ」
九鬼にスイッチが入ったのを見て、あたしも懐から扇子を取り出して、対異能者としての臨戦態勢に入る。
九鬼もあたしも、お互い口を閉ざし、相手の挙動を見逃すまいと、睨み合うように対峙する。
元々、九鬼は最初からあたしを排除すべき邪魔者としか見ていないだろうし、あたしも九鬼を撃退すべき敵と認識している。和やかな同窓会ではあるまいし、もとより話し合いで九鬼をどうにかできるとは思っていない。
しかし、だ。
異能者を相手どって本気で手合わせをするのは、先日の狩野勇平との一件を除けば、一体いつぶりのことになるだろうか?
そんな場違いなことをぼんやり思っていると、それを隙と見た九鬼が先に動いた!
パチンッ!
九鬼が右手の親指を弾く動作をすると、そこから何かが飛び出して、それは一直線にあたしに向かってきた。
つい先程、真吾を攻撃したものと同種のもの───、とあたしには分かっていたので、焦らず迎撃をする。
あたしは手にした扇子を、自分の目の前で『八の字』を描くように振るった。
「【舞風】」
扇子の軌道に合わせて急激に空気の対流が発生し、それはあたしの前で渦巻く風の防壁を作った。
あたしが作ったその風の渦に、勢いよく突っ込んできた九鬼の攻撃物は、対流に軌道を変えられて大きく右へと逸れていく。
ビスッ!
あたしの背後、舞台の下部の壁のような箇所に突っ込んで小さな穴を穿った。
「ちっ!」
九鬼が舌打ちする。
「どうしたんだぃ、九鬼坊や?真っ直ぐ撃ってくるだけとは、芸がないねぇ!」
あたしは扇子をヒラヒラさせて九鬼を挑発する。
九鬼はこちらを睨んだだけで何も言い返さず、あたしといえばこちらのペースに引き込むために、扇子を口元に寄せ、艶やかに嗤わらってみせた。
「アンタの《空気銃》、こんな程度でお仕舞いかぃ?まぁ何度やっても、この【舞風】で弾いてやるけどねぇ?」
あたしが【舞風】呼んでいるのは《風神》の異能スキルの一つで、限定的だが空気の対流を作り出す能力である。攻撃に使用するには範囲が狭すぎて難儀だが、こと防御に関しては見ての通り、特に射出系の攻撃を逸らすには実に都合がいいスキルだ。
その対流そのものは1分と持たずに消滅するが、瞬間的な使用に限れば、何度も発生させることができる。
それに対する九鬼の異能は《空気銃》。
ヤツの異能ちからは文字通り、空気を圧縮して銃弾のように撃てるというもので、性格と同じく攻撃特化型の異能だ。その《空気銃》は射程の問題もあって、近すぎず遠すぎずの中距離からの仕掛けで力を発揮するタイプで、あたしの風も極端に離れた距離では効果を失うので、九鬼とは噛み合っていると言えるだろう。
しかし、あたしには異能以外にも近距離では『合気柔術』の技術がある。簡単に言えば、九鬼との距離を詰めるほど、あたしの方に有利な条件カードが揃う図式で、それを承知のヤツとしては、あたしを絶対に近づけたくないだろう。
余裕の仕種で誘ったのが効いたのかどうかわからないが、九鬼は間を置かず続けて仕掛けてきた。今度は単発弾ではなく、複数の指を使って。
一発、二発、三発、四発。
立て続けに、空気が圧縮して射ち出される音が響いて、あたしに向けて高密度に圧縮された空気の弾丸が殺到してくる!
「はん、無駄だよ!」
あたしは再度【舞風】を発生させ、自分の体に届く前に九鬼の空気弾を全て、風の対流で逸らすことに成功する。
「どんなもんだぃ?」
勝ち誇るあたしに、九鬼は先程とは逆の方の手で、空気弾を複数射出させた。
「だから、芸がないって言ってるだ───?!」
軽口を途中で止めて、あたしは目を見張った。
九鬼はただ、空気弾を撃ったわけではない。
先程まで、九鬼の指とあたしへの射線は一直線で、その軌道を読むのはそんなに難しいことではなかった。しかし、今度の射撃は正面にいるあたしの方角ではなく、ヤツは自分の真横に向けて空気弾を撃ったのである。
一体、どこに向けて?
弾は明後日の方に飛んでいったが、あたしはそれを笑うことはできなかった。
なぜなら、ヤツが三度目に放った空気弾たちは、途中で大きく軌道を変えて、大きな弧を描きながらあたしに向かってきたのだ!
「くぅっ!」
【舞風】は間に合わない───!
あたしは、咄嗟に『側宙』の要領で体をアクロバットに宙へ舞わせ、草履と足袋を履いた足で、何とかギリギリ床に着地する。次の瞬間、あたしがいた空間に放物線の軌道で空気弾が次々と着弾し、穴が穿たれる。
───間一髪!
しかし、安心する暇もない。
あたしが体勢を整える間に、九鬼は両手の指の全てを握りしめ、それを躊躇することなく開放して、次の空気弾を放っていた。
その軌道はまたもや、四方八方のデタラメな方向で、それが追尾式のミサイルのように途中から大きく方向を変え、全弾があたしに向けて殺到してくる!
「このぉッ!!!」
正直な所、あたしは内心少しばかり焦っていた。
九鬼のヤツ、異能組織を抜けてから大して成長していないだろうと高をくくっていたのだが、まさか異能スキルをきっちり成長させていたとは。前に組織にいた頃は、あんな弾の軌道を変える技は持っていなかったはずなのだ。
「【舞風】!」
あたしは回避と防御を同時に行った。
四方から迫る空気弾をさすがに体術だけで全てかわすにはリスクが高く、一定時間で消える【舞風】を一瞬で全方向に展開するのも不可能だ。そんなわけで、あたしは折衷案としてその両方を一度に実行することした。
【舞風】を部分展開───何とか左手方向だけに風の渦を作り、あたしはその逆方向に体を踊らせる!
【舞風】を展開した方からの弾は行く手を遮られ、目論見通りに目標を外れて次々に床へと着弾していく。おかげで、あたしは逆方向からの弾を捌くことに専念できることになった。
残りの空気弾の1~3発目までは、体を仰け反らせ、そして仰け反らせた姿勢から錐揉み状態に体を回転させて、和服にかすりながらもギリギリで弾をやりすごす。
我ながら、ハリウッドの『ロープアクション』も真っ青なアクロバット的回避術だが、こちとら、そもそもがそこら辺のヤツらとは普段からの鍛え方が違うんだ。幼少時から鬼より怖い祖父より、起床と同時に体術を叩き込まれてきて、もうウン十年なんだよッ!
と、そんなあたしの回想はともかく、九鬼の空気弾は残り一発になっていたのだが、そいつはラストだけあってか執念深く、ジグザグに複雑な軌道を描いてあたしに迫ってくる。
あたしはゆっくりと立ち上がり、扇子を胸の前に構えながら「フーーッ」と息を吐いて空気弾と向かい合う。
右に左に、こちらを幻惑するように動き回る空気弾を目で追っていたが、途中でそれを止め、あたしはスッと目を閉じる。
合気術の修行時代の、祖父の言葉を思い出す。
「志麻子。相手の動きをとらえるのはな、目ではない。お前を倒そうとする相手の心を掴んで、その動きをとらえるのだ。くれぐれも目に頼ってはいかんぞ」
後でわかったが、祖父は『心眼』の達人で、箸で飛び回るハエを捕まえることも余裕だったらしい。
その話を聞いて、祖父がその箸でそのままご飯を食べていたら『ばっちぃなぁ』とあたしが思ったのはともかく、大事なのは九鬼の敵意を読むことである。
右、いやそう見せてのフェイントで左。地面スレスレの下まで落ちて、そこから上昇軌道で一気にあたしの眉間を狙ってくる!
あたしは目を閉じながら、時間を遅送りするような刹那の世界で、扇子を顔の前に構えて、繊細に───とても繊細な所作で、あたしを撃ち抜くはずだった空気弾に扇子で触れる。
それは1秒の、何分の1の時間だったろうか?
秒にも満たない瞬間に、あたしは《風神》の異能により、風の気流を纏わせた扇子で最後の空気弾を『いなした』。
空気弾は軌道を外れ、あたしの背後の床に穴を穿つ。
「───?!」
さすがに九鬼も予想外だったのだろう。
渾身の新スキルが、まさか一発も命中することもなく、あたしに全て捌かれてしまったのだから。
わずかに動揺した九鬼の隙を、あたしはもちろん見逃さない。
「惚けるには早いさね!そらッ【烈空】!」
あたしは扇子を使って攻撃の風を発生させた。
風がうねるように九鬼に遅いかかったが、ヤツは慌てることなく風に向けて四発の空気弾をまったく同じ場所に撃ち込むという神業を見せた!
ドドドドッ!!!
さしもの【烈空】も、その勢いを殺されて微風そよかぜに成り果てる。
だが、別に構いはしない。
あたしの本命は────、
「九鬼坊や、もらったよ!」
九鬼が【烈空】を捌く間に、あたしは易々とヤツの懐の位置まで距離まで詰めていた。
さぁ、こうなればもう、あたしの距離で、料理のし放題だよ!
足を払ってもいいし、腕を掴んで投げてもいいし、当て身を使って昏倒させるという手もある。
どうするにせよ、まともな武術経験がないはずの九鬼は、もはやこのあたしにただ蹂躙されるしかない。
そう思っていたのだが────。
「────く、くはは!」
顔をわずかに歪め、九鬼が嗤った。
私は怪訝な顔をする。
「なんだ、この期に及んで負け惜しみかぃ?」
あたしは何となく嫌な予感を覚えつつも、そう切り返した。
「そう思うか?懐に誘ったのは、どっちかって話だぜ?」
───何かわからないけど、ヤバいッ!
コイツの───、この台詞は単なる負け惜しみじゃない。
あたしは本能的に危険を悟り、ヤツの戦闘力を封じるために腕を掴もうと手を伸ばした。
しかし────。
その前に、九鬼が隠していた切札を放つ方が、一瞬速かった。
ヤツは、右手と左手の直角に曲げた親指同士をぴたりと合わせ、それを圧縮の土台として、今までよりも一際大きな空気弾を、あたしの胸元に向けて発射した!
───距離が、近すぎるッ!
そう思ったが、あたしはこの時点では、反撃気味に放たれたこの空気弾をまだ捌く自信があった。
一瞬、九鬼の方を見ると、ヤツと目が合う。
その顔には、隠しきれない愉悦の感情が浮かんでいた。
なんだ、コイツ?何をそんなに嗤っているっていうんだぃ?
まるでしてやったりと、あたしの選択ミスを嘲笑うかのようなその顔に怒りを覚えた瞬間────、
ヤツが放った一発の空気弾は、あたしの目の前で突然弾け、その中に隠されていた数十発もの細かい空気の弾が、散らばりながらもその全てがあたしに向かってきた────!
「【空気散弾】。逆王手、だ」
九鬼の忌々しい言葉に反論する間もなく、おびただしい凶暴な散弾たちが、なす術もなくあたしの胸元に吸い込まれていく───。
その光景を、第三者のように冷静に見ている自分がいて、そして誰かが、どこかから「志麻子さん!」とあたしの名前を叫んだような気もするが───その声に応えることは、どうやらあたしにはできなそうだ───。
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