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6. vs GANS ②
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私の声を受け、店内から壁を抜けて脱出してきたばかりの二人組は驚いたように身を震わせた。
「そこで止まれ、動くなっ!」
反対側から真吾の声も飛ぶ。
窃盗団の二人は、想定外の事態に思わず顔を見合わせた。
この二人は黒いフルフェイス型のヘルメットで完全に顔を隠した出で立ちで、全身も黒系の服で統一している。万が一、防犯カメラに写った際に身元を特定されないための策なのだろう。
二人とも大きなボストンバッグをそれぞれ携えているが、おそらくその中には強奪した貴金属品がパンパンに詰まっているに違いなかった。
強化棍の切っ先を二人組に向け、私は再び警告を発する。
「こちらは異能組織の者です!二人とも、バッグを地面に降ろして両手を挙げなさい!」
黒いスモークがかかったヘルメットの中の表情は読めないが、どちらも私の警告にも微動だにしない。
顔が見えない上に背丈格好も似ているので、この二人組の違いはかなり認識しにくいが、二人のヘルメットには、よく見るとスプレーアートで『GANS』の文字がお揃いで描かれていた。
私が『異能組織の者』とあえて名乗ったのは、彼らにこちらも異能者であることを明確に認識させるためである。先に手の内を見せて警戒心を与えてしまうデメリットもあるだろうが、素直にこちらの能力に脅威を感じて大人しく投降してくれるなら、それに越したことはないという考えだ。
しかし、私と真吾に挟まれた二人組は、返答どころかまるで石のように固まったまま、身動きさえもしなかった。
彼らが何を考えているかもわからず、次第に緊張だけが高まっていく。表面上は冷静な表情を保っていたが、あまりの緊迫感に、自分の激しい心臓の鼓動音が周りにも聞こえているのではないか───?という心境だっだ。
しばらく続いた無言のにらみ合いは、《壁抜け》が(※正確にはこれは能力名だが、名前がわからないので便宜上それを固有名詞として呼ぶことにする)唐突にボストンバッグを、地面にドサッと落としたことで終わりを告げた。
そのまま、両手をすうっと上に挙げていく。
それを確認した私が息を小さく吐いた瞬間、《壁抜け》は挙げた手を素早く腰に回し、スプレー缶のような物を取り出した!
《壁抜け》は私に向かって、手にしたスプレー缶から霧状の気体を噴射した。私の視界全体に、霧が覆い被さる。
決して油断していたわけではない。しかし、《壁抜け》の行動は予想外かつ迅速なもので、この状況で意表を突くには十分な行動力だった。
広がった靄の中から、それを突き破って《壁抜け》ではない方が突進してきたかと思うと、風切り音を響かせて右拳突きを私に放った。完全に意表を突かれた私は、強化棍を振るう間もなく、成す術もなくその攻撃をまともに受けるしかなかった───、
ように見えただろう。
しかし、実際には相手の打ち下ろし気味の拳は、私がいたはずの空間をすり抜け、勢い余って歩道に深々と突き刺さって鈍い音を響かせた。
「────!」
「────!」
より驚いたのは、どちら側だろう?
窃盗団の二人は、そこに確かに『いた』はずの私が突然消えて反対側の真吾の方に突如として現れたことに───。
そして私たちは、素手で歩道の舗装を易々と突き破るような凶悪な『異能』の拳を振るわれたことに───。
《壁抜け》の男だけではなく、やはりもう一人も異能者だった事実に軽く舌打ちをしたい気分だったが───それもあくまで『想定の内』。
尋常ではないほど貫通力のあるパンチを放った男の異能を、その威力から仮に《鎚》とでも呼ぼう。おそらくその正体は、異能が拳にまとわりついて攻撃力や貫通力を何倍にも上げる類いのものだろう───と私は推察した。
《鎚》は地面に刺さった腕を引き抜くと、間髪入れずに私たちに向かってきた。
まずは真吾に拳を向けるかのようにフェイントを入れつつ、彼の方を殴りかかる寸前で動きをピタリと止めて、そのまま強引に体を反転させる。己の全身を捻り、その反動から上半身全体を巻き込むようなダイナミックな動きで、ターゲットを今度はもう一度私に変え、ボクシングの『フック』をさらに大振りにしたような凄まじい拳打を放った!
私は目を大きく見張った。
「────させるかぁッ!」
フェイントに体勢を崩されることなく、真吾が一足で《鎚》と私の間に飛び込んでくる。
「危ないっ!」
私の前に立った真吾に、《鎚》の拳が迫る。
ガンッッ!!!
何か硬い物同士が衝突した、鈍い衝撃音が響き渡った。
火花が散るほどの衝撃とその余波で、一瞬目を閉じてしまう。
目を開けた私の視界に入ってきたのは、右腕の甲の部分に半透明色の『盾』を発生させた真吾の姿だった。
盾側の腕に、反対の左腕も添えた万全の防御体勢で真吾は完全に《鎚》の拳打を受け止めていた。
「───これが、真吾さんの《盾》……」
思わず私は呟いていた。
予め聞いていたので真吾の異能をある程度把握していたつもりだったが、やはり話で聞くのと実際に見るのとでは印象がまるで違う。
彼の異能は敵の『あらゆる攻撃を防ぐ』と崇められた、古えの女神の『万能の盾』をモチーフとした《盾》。
『敵の攻撃は、全て俺に任せてください』
と、事前打ち合わせで彼が宣言した通り、相手の凶暴な拳を真吾は見事に防いでみせたのだった。
しかし、《鎚》と真吾の闘争は、そこからが始まりだった。
左拳からのフックを盾で防がれた《鎚》は、今度は右拳を振りかざした。打ち下ろしのストレートを真吾に振り下ろす!
ガァァァンッッ!!!
真吾は盾を素早く移動させてストレートをまた受け止めてみせたが、その衝撃は凄まじく、踏ん張った真吾の足がビリビリと揺さぶられたほどだった。
《鎚》は、さらに追撃の手を緩めない。 高速で左右の拳を次々と繰り出し、真吾を防戦一方に追い詰めていく。
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッッ!!!
《鎚》が真吾の盾を打つ度に、重く鈍い音が鳴り響く。
拳打はあらゆる角度から、時には下腹部を狙うような軌道もあったようだが、真吾はその全てを見切り、盾を縦横無尽に操って攻撃を捌いていた。
「───すごい……」
拳と盾がぶつかり合うたびに火花が飛び散る。あまりに激しく、そして速すぎるバトル展開に私は手が出せず、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。
互角に見える二人の攻防の潮目が変わったのは《鎚》の大振りのフックを真吾が盾で受けずに、上体を後ろに反らしてかわし、《鎚》が拳をさらに振りかぶった時だった。
「おい。いい加減に───返すぞ!」
真吾が初めて攻めに打って出た。
迫り来る《鎚》の拳に対し、タイミングを合わせて右手の盾を振り払うような動作で迎え撃つ!
空中で、拳と盾が激しくぶつかり合う!
その軍配は、盾に上がった。
「────ッ?!」
《鎚》の拳が盾と衝突した瞬間に、彼の拳は後方に腕ごと弾き飛ばされていた!
何が起こったのか、《鎚》には理解できなかっただろうが、認めざるをえないのは『自分の全力の異能が目の前の若者に打ち負けた』という覆しようのない事実。
《鎚》は今の衝撃で腕の靭帯を痛めたのか、弾かれた右腕をだらりと下げていた。勝ち誇るでもなく、真吾が静かに告げる。
「悪いな、【反動盾】を使わせてもらった」
事前に真吾から聞いていた《盾》のスキル【反動盾】。
盾が受けた攻撃の衝撃を蓄積し、それをエネルギーとして放出させることができるという、文字通りカウンター系の異能スキルだ。先に敵からの衝撃力を貯め、貯めたエネルギーもある一定の時間までしか使えない等の制約はあるが、使い所がハマれば立派な攻撃手段の一つとなる。
真吾が《鎚》の前に進み出ようとすると、私と同じく戦いを静観していた《壁抜け》が新たな行動を起こした。
「危ないッ!」
私が注意を促すと同時に《壁抜け》は懐からオートマチック型の拳銃を取り出し、その銃口を真吾に向けた!
「!」
真吾がそれに気づいた。
《壁抜け》は拳銃の安全装置らしきものを解除し、慣れた手つきで構えると躊躇なく真吾に向けて引金を引いた。
真吾も一切の俊巡をせず、咄嗟に右手の盾の形状を一瞬で大振りな物へと変えた!
───パンパンパンパンパンパンパンパンッ!
連続した銃声が響いた。
銃弾はかなり正確な軌道で真吾の体へ集められていたが、彼のかざした半透明色の【大盾】がその全てを弾いていた。
何発か、盾からの跳弾で弾丸が私の体近くをかすめた時はひやりとしたが、結果として真吾にも私にも、傷がつくことはなかった。
真吾に銃弾を全て防がれたのがよほど予想外だっのか、《壁抜け》はしばらく銃を構えた姿勢で立ちつくしていたが、やがて思い出したように空の弾倉を交換しようと慌てて懐を探り───、
その背後から、とてつもない速度で一陣の疾風が到来したことにまったく気づいていなかった。
「やぁーーーーーーッ!!!」
「!?」
高いかけ声とともに、今まで遊撃手として待機していた明莉が、風を切って現れた!
その動きは───まるで動画の早送りを見ているような───人の限界を遥かに超えた信じがたいスピードの走り方だった。
明莉は《壁抜け》の10メートルほど手前で、タンッ!と跳んだ。
明らかに遠すぎる距離だと思われたが、明莉はまるで空中を滑るように加速を続け、一気に『壁抜け』のもとへ到達した。
「────!」
《壁抜け》は何とか弾倉を交換し、明莉に銃口を向けようとしたが───、残念ながら美しく伸びた彼女の脚が、銃を構えた自分の手首を蹴りあげる方がずっと速かった。
ボキンッ!
《壁抜け》の手首が、本来曲がるはずのない角度に折れ曲がっていた。誰が見ても、一目で骨が折れたのがわかる。
「~~~~~~ッ!!!」
《壁抜け》はヘルメット越しにこもった絶叫を漏らして、その場にへたりこんだ。
「でかしたぞ、明莉」
【大盾】から最初に出した小ぶりな盾に変化させていた真吾が、妹に声をかける。明莉は得意気にVサインを作って「えへへ。でも、ちょっとやりすぎちゃったかな?」と笑った。
「それがあなたの異能、《脚力強化》なのですね」
私は嘆息した。
明莉の異能は脚力や跳躍力など、主に脚を使った攻撃を飛躍的に高めることに特化したもの。それを本気で使った際は、瞬間的になら時速60㎞以上を出せるというから、ある意味で本当に出鱈目な異能力である。
ちなみにそれがどれくらい凄いことかと言うと、陸上の100メートル走の世界記録保持者の全力疾走の『ほぼ倍』のスピードなのだ。
「───勝負あったな」
真吾が《鎚》と《壁抜け》を見下ろす。
窃盗団の二人は、すでに戦闘力が大幅に削がれていた。
《鎚》は右腕を押さえた状態で動きが鈍く、《壁抜け》にいたっては折れ曲がった腕を震わせて、地面にへたり込んだままだ。
犯行を察知した警備会社や警察も、じきに駆けつけてくるだろう。私たちの役目は、この二人組を警察にしっかり引き渡すことで完了する。
─── 一時はどうなることかと思ったけど、この分だと何とか無事に捕縛できそうでよかった───、と私が息をつこうとした時だ。
ブォーーーーーンッ!!!
「─────?!」
かなり近い距離で、車のエンジンらしき轟音が鳴り響いた。
「な、何だ?!」
急いで辺りを見渡した私たちの目に飛び込んできたのは、物々しいエアロパーツで身を固めた車が、こちらに向かって急加速してくる光景だった。
「そこで止まれ、動くなっ!」
反対側から真吾の声も飛ぶ。
窃盗団の二人は、想定外の事態に思わず顔を見合わせた。
この二人は黒いフルフェイス型のヘルメットで完全に顔を隠した出で立ちで、全身も黒系の服で統一している。万が一、防犯カメラに写った際に身元を特定されないための策なのだろう。
二人とも大きなボストンバッグをそれぞれ携えているが、おそらくその中には強奪した貴金属品がパンパンに詰まっているに違いなかった。
強化棍の切っ先を二人組に向け、私は再び警告を発する。
「こちらは異能組織の者です!二人とも、バッグを地面に降ろして両手を挙げなさい!」
黒いスモークがかかったヘルメットの中の表情は読めないが、どちらも私の警告にも微動だにしない。
顔が見えない上に背丈格好も似ているので、この二人組の違いはかなり認識しにくいが、二人のヘルメットには、よく見るとスプレーアートで『GANS』の文字がお揃いで描かれていた。
私が『異能組織の者』とあえて名乗ったのは、彼らにこちらも異能者であることを明確に認識させるためである。先に手の内を見せて警戒心を与えてしまうデメリットもあるだろうが、素直にこちらの能力に脅威を感じて大人しく投降してくれるなら、それに越したことはないという考えだ。
しかし、私と真吾に挟まれた二人組は、返答どころかまるで石のように固まったまま、身動きさえもしなかった。
彼らが何を考えているかもわからず、次第に緊張だけが高まっていく。表面上は冷静な表情を保っていたが、あまりの緊迫感に、自分の激しい心臓の鼓動音が周りにも聞こえているのではないか───?という心境だっだ。
しばらく続いた無言のにらみ合いは、《壁抜け》が(※正確にはこれは能力名だが、名前がわからないので便宜上それを固有名詞として呼ぶことにする)唐突にボストンバッグを、地面にドサッと落としたことで終わりを告げた。
そのまま、両手をすうっと上に挙げていく。
それを確認した私が息を小さく吐いた瞬間、《壁抜け》は挙げた手を素早く腰に回し、スプレー缶のような物を取り出した!
《壁抜け》は私に向かって、手にしたスプレー缶から霧状の気体を噴射した。私の視界全体に、霧が覆い被さる。
決して油断していたわけではない。しかし、《壁抜け》の行動は予想外かつ迅速なもので、この状況で意表を突くには十分な行動力だった。
広がった靄の中から、それを突き破って《壁抜け》ではない方が突進してきたかと思うと、風切り音を響かせて右拳突きを私に放った。完全に意表を突かれた私は、強化棍を振るう間もなく、成す術もなくその攻撃をまともに受けるしかなかった───、
ように見えただろう。
しかし、実際には相手の打ち下ろし気味の拳は、私がいたはずの空間をすり抜け、勢い余って歩道に深々と突き刺さって鈍い音を響かせた。
「────!」
「────!」
より驚いたのは、どちら側だろう?
窃盗団の二人は、そこに確かに『いた』はずの私が突然消えて反対側の真吾の方に突如として現れたことに───。
そして私たちは、素手で歩道の舗装を易々と突き破るような凶悪な『異能』の拳を振るわれたことに───。
《壁抜け》の男だけではなく、やはりもう一人も異能者だった事実に軽く舌打ちをしたい気分だったが───それもあくまで『想定の内』。
尋常ではないほど貫通力のあるパンチを放った男の異能を、その威力から仮に《鎚》とでも呼ぼう。おそらくその正体は、異能が拳にまとわりついて攻撃力や貫通力を何倍にも上げる類いのものだろう───と私は推察した。
《鎚》は地面に刺さった腕を引き抜くと、間髪入れずに私たちに向かってきた。
まずは真吾に拳を向けるかのようにフェイントを入れつつ、彼の方を殴りかかる寸前で動きをピタリと止めて、そのまま強引に体を反転させる。己の全身を捻り、その反動から上半身全体を巻き込むようなダイナミックな動きで、ターゲットを今度はもう一度私に変え、ボクシングの『フック』をさらに大振りにしたような凄まじい拳打を放った!
私は目を大きく見張った。
「────させるかぁッ!」
フェイントに体勢を崩されることなく、真吾が一足で《鎚》と私の間に飛び込んでくる。
「危ないっ!」
私の前に立った真吾に、《鎚》の拳が迫る。
ガンッッ!!!
何か硬い物同士が衝突した、鈍い衝撃音が響き渡った。
火花が散るほどの衝撃とその余波で、一瞬目を閉じてしまう。
目を開けた私の視界に入ってきたのは、右腕の甲の部分に半透明色の『盾』を発生させた真吾の姿だった。
盾側の腕に、反対の左腕も添えた万全の防御体勢で真吾は完全に《鎚》の拳打を受け止めていた。
「───これが、真吾さんの《盾》……」
思わず私は呟いていた。
予め聞いていたので真吾の異能をある程度把握していたつもりだったが、やはり話で聞くのと実際に見るのとでは印象がまるで違う。
彼の異能は敵の『あらゆる攻撃を防ぐ』と崇められた、古えの女神の『万能の盾』をモチーフとした《盾》。
『敵の攻撃は、全て俺に任せてください』
と、事前打ち合わせで彼が宣言した通り、相手の凶暴な拳を真吾は見事に防いでみせたのだった。
しかし、《鎚》と真吾の闘争は、そこからが始まりだった。
左拳からのフックを盾で防がれた《鎚》は、今度は右拳を振りかざした。打ち下ろしのストレートを真吾に振り下ろす!
ガァァァンッッ!!!
真吾は盾を素早く移動させてストレートをまた受け止めてみせたが、その衝撃は凄まじく、踏ん張った真吾の足がビリビリと揺さぶられたほどだった。
《鎚》は、さらに追撃の手を緩めない。 高速で左右の拳を次々と繰り出し、真吾を防戦一方に追い詰めていく。
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッッ!!!
《鎚》が真吾の盾を打つ度に、重く鈍い音が鳴り響く。
拳打はあらゆる角度から、時には下腹部を狙うような軌道もあったようだが、真吾はその全てを見切り、盾を縦横無尽に操って攻撃を捌いていた。
「───すごい……」
拳と盾がぶつかり合うたびに火花が飛び散る。あまりに激しく、そして速すぎるバトル展開に私は手が出せず、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。
互角に見える二人の攻防の潮目が変わったのは《鎚》の大振りのフックを真吾が盾で受けずに、上体を後ろに反らしてかわし、《鎚》が拳をさらに振りかぶった時だった。
「おい。いい加減に───返すぞ!」
真吾が初めて攻めに打って出た。
迫り来る《鎚》の拳に対し、タイミングを合わせて右手の盾を振り払うような動作で迎え撃つ!
空中で、拳と盾が激しくぶつかり合う!
その軍配は、盾に上がった。
「────ッ?!」
《鎚》の拳が盾と衝突した瞬間に、彼の拳は後方に腕ごと弾き飛ばされていた!
何が起こったのか、《鎚》には理解できなかっただろうが、認めざるをえないのは『自分の全力の異能が目の前の若者に打ち負けた』という覆しようのない事実。
《鎚》は今の衝撃で腕の靭帯を痛めたのか、弾かれた右腕をだらりと下げていた。勝ち誇るでもなく、真吾が静かに告げる。
「悪いな、【反動盾】を使わせてもらった」
事前に真吾から聞いていた《盾》のスキル【反動盾】。
盾が受けた攻撃の衝撃を蓄積し、それをエネルギーとして放出させることができるという、文字通りカウンター系の異能スキルだ。先に敵からの衝撃力を貯め、貯めたエネルギーもある一定の時間までしか使えない等の制約はあるが、使い所がハマれば立派な攻撃手段の一つとなる。
真吾が《鎚》の前に進み出ようとすると、私と同じく戦いを静観していた《壁抜け》が新たな行動を起こした。
「危ないッ!」
私が注意を促すと同時に《壁抜け》は懐からオートマチック型の拳銃を取り出し、その銃口を真吾に向けた!
「!」
真吾がそれに気づいた。
《壁抜け》は拳銃の安全装置らしきものを解除し、慣れた手つきで構えると躊躇なく真吾に向けて引金を引いた。
真吾も一切の俊巡をせず、咄嗟に右手の盾の形状を一瞬で大振りな物へと変えた!
───パンパンパンパンパンパンパンパンッ!
連続した銃声が響いた。
銃弾はかなり正確な軌道で真吾の体へ集められていたが、彼のかざした半透明色の【大盾】がその全てを弾いていた。
何発か、盾からの跳弾で弾丸が私の体近くをかすめた時はひやりとしたが、結果として真吾にも私にも、傷がつくことはなかった。
真吾に銃弾を全て防がれたのがよほど予想外だっのか、《壁抜け》はしばらく銃を構えた姿勢で立ちつくしていたが、やがて思い出したように空の弾倉を交換しようと慌てて懐を探り───、
その背後から、とてつもない速度で一陣の疾風が到来したことにまったく気づいていなかった。
「やぁーーーーーーッ!!!」
「!?」
高いかけ声とともに、今まで遊撃手として待機していた明莉が、風を切って現れた!
その動きは───まるで動画の早送りを見ているような───人の限界を遥かに超えた信じがたいスピードの走り方だった。
明莉は《壁抜け》の10メートルほど手前で、タンッ!と跳んだ。
明らかに遠すぎる距離だと思われたが、明莉はまるで空中を滑るように加速を続け、一気に『壁抜け』のもとへ到達した。
「────!」
《壁抜け》は何とか弾倉を交換し、明莉に銃口を向けようとしたが───、残念ながら美しく伸びた彼女の脚が、銃を構えた自分の手首を蹴りあげる方がずっと速かった。
ボキンッ!
《壁抜け》の手首が、本来曲がるはずのない角度に折れ曲がっていた。誰が見ても、一目で骨が折れたのがわかる。
「~~~~~~ッ!!!」
《壁抜け》はヘルメット越しにこもった絶叫を漏らして、その場にへたりこんだ。
「でかしたぞ、明莉」
【大盾】から最初に出した小ぶりな盾に変化させていた真吾が、妹に声をかける。明莉は得意気にVサインを作って「えへへ。でも、ちょっとやりすぎちゃったかな?」と笑った。
「それがあなたの異能、《脚力強化》なのですね」
私は嘆息した。
明莉の異能は脚力や跳躍力など、主に脚を使った攻撃を飛躍的に高めることに特化したもの。それを本気で使った際は、瞬間的になら時速60㎞以上を出せるというから、ある意味で本当に出鱈目な異能力である。
ちなみにそれがどれくらい凄いことかと言うと、陸上の100メートル走の世界記録保持者の全力疾走の『ほぼ倍』のスピードなのだ。
「───勝負あったな」
真吾が《鎚》と《壁抜け》を見下ろす。
窃盗団の二人は、すでに戦闘力が大幅に削がれていた。
《鎚》は右腕を押さえた状態で動きが鈍く、《壁抜け》にいたっては折れ曲がった腕を震わせて、地面にへたり込んだままだ。
犯行を察知した警備会社や警察も、じきに駆けつけてくるだろう。私たちの役目は、この二人組を警察にしっかり引き渡すことで完了する。
─── 一時はどうなることかと思ったけど、この分だと何とか無事に捕縛できそうでよかった───、と私が息をつこうとした時だ。
ブォーーーーーンッ!!!
「─────?!」
かなり近い距離で、車のエンジンらしき轟音が鳴り響いた。
「な、何だ?!」
急いで辺りを見渡した私たちの目に飛び込んできたのは、物々しいエアロパーツで身を固めた車が、こちらに向かって急加速してくる光景だった。
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