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2. それぞれの自己紹介
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少々ばつが悪そうな有馬を、志麻子がニヤニヤと眺めている。
私はさすがに少し驚いて、『元』夫婦という二人を見比べていた。
「───ま、大人の男と女。いろいろあるさね」
和装の志麻子が、他人事のように澄まして言う。
「ふん。志麻子よ、それに関しては珍しく意見が一致したな。───牧野くん、あらためてメンバーを紹介するから、こっちに座ってくれるか?」
有馬が《偽装》で移動した私を(厳密には本当の私自身は最初から動いていないのだが)手招きして、座敷の奥側の席をあてがった。そして自らも私の対面───座敷の上座にあたる席に腰を下ろし、咳払いをする。
「牧野くんの実力は、今しがた実際に見てもらった通りだ。本来なら俺たちも牧野くんに異能を見せるのが筋だろうが、生憎と今日はその時間がない。なので、個々の紹介は簡単に済まそうと思う」
有馬は同意を求めるようにこちらに視線を送り、私も頷いた。
「まず、君の隣に座っている女性だが、彼女が高千穂梓だ。異能は《付与》、その力で組織の護符作りを担当してもらっている」
高千穂梓が、微笑みながら「高千穂です、よろしくお願いしますね」と会釈した。
「あなたが───。その節は、大変お世話になりました」
私は回復護符への感謝を込めて、深々と頭を下げた。
「いえいえ、牧野さんは私たちの大切なお仲間ですからね。お安い御用ですよ♪」
梓は照れるように、はにかんだ。
彼女は白いカットソーの上に桜色のカーディガンを羽織ったスタイルで、しっとりと艶のある長い髪は『良家のお嬢様』といった雰囲気だ。清楚で柔らかな表情には、大人な女性タイプの志麻子とは別種の美しさがあり、男性の目線だと、きっと『守ってあげたくなる』女性に見えることだろう。
「梓の対面にいるのは、さっきから散々絡んでる志麻子だから、もう紹介はいいとして───」
「ちょいとお待ちよ、郡司!あたしの扱い、ひどくないかい?」
志麻子がくわっ、と血相を変える。
「え、だってお前、さっき自己紹介したろ?」
「まだ名乗っただけじゃないか!もう少しぐらい言わせておくれよ」
有馬はやれやれと肩をすくめてから、仕方ないとばかりに軽く顎をしゃくって志麻子に許可の合図を送った。
志麻子の顔がパッと明るくなる。
「牧野ちゃん、さっきは失礼したね。あらためて、あたしは桜井志麻子だよ、以後お見知りおきを。こう見えて、あたしは華道の家元なんかをやってる立場でね。それで見ての通り和装が基本なんだけども、男どもがどうしても『お願いします志麻子さん!』と泣きつかれた時は洋服を着ないでもないポリシーさね。好きなタイプは自分の信念を持ってる男、嫌いなタイプは根性のない男。お酒は基本的に何でも呑めるけど、今は地酒にハマってるよ。で、好きな芸能人は───、」
機関砲のようにまくしたてる志麻子を、有馬が途中で遮った。
「待て待て待て!───おいコラ、志麻子!!誰が直接関係ないことをペラペラ話せと言った?!時間がないんだ、紹介はもっと簡潔にしろ!」
えー、なんだいなんだい、これからがイイ所なのに!と志麻子はブツブツと抗議したが、さすがに場を弁えたのか、仕方なく話を締めくくった。
「残念だよ、趣味・嗜好の話はそのうちまたゆ~~っくりと話すとして。───あたしの異能は《風神》って言うのさ、ここでは力の加減がきかないので、また今度じっくりと見せてあげるさね」
そう言って、志麻子はヒラヒラと手を振った。
有馬がしかめ面で進行を続ける。
「では、次だ。志麻子たちの一つ下座で、向かい合わせに座っているのが藤野真吾と明莉の兄妹だ。真吾の方とは顔合わせ済みだな?」
志麻子と梓の席の、一つ下座にあたる席に、向かい合わせで若い男女が座っている。
男性の方は、昨日私を迎えに来てくれた藤野真吾、その向かい側で彼とどこか雰囲気の似た女子高生らしい少女が、おそらく妹の方なのだろう。
「はい、彼には昨日、こちらまで送っていただきました」
私は真吾に向かって、軽く会釈をする。
彼もそれを見て、同じように会釈で返してきた。
「昨日はお疲れ様でした。俺は今、大学の三回生、妹の明莉は高校二年生です。二人ともまだ経験の浅い若輩者ですが、今後よろしくお願いします」
大学三回生ということは、年は二十歳ぐらいだろうか。そのわりに落ち着いた受け答えで、真吾は私に挨拶をした。
彼には迎えにきてもらった際に少し言葉を交わしたはずだが、極度の疲労でどんな話をしたかは鮮明に覚えていない。何か失礼なことを言ってなければいいけれど───などと考えていると、今度は『妹』の方が顔を紅潮させて身を乗り出してきた。
「は、はじめまして!わたし、藤野明莉です!牧野さんのさっきの異能、すごかったです!!!しかもバリバリのキャリアウーマンって感じで、異能も使えてカッコよくて───わたし、牧野さんにメチャクチャ憧れちゃいますっ!」
「───それはどうも、ありがとうございます」
顔を上気させる少女に、私は少しくすぐったい気分になって礼を言う。
藤野明莉は、クラッカーを鳴らした三人のうちの一人で、髪をおさげの三つ編みにした可愛らしい容姿の少女だ。キラキラと輝く瞳には快活さと好奇心があふれ、学校の制服らしいブレザーの上にカーディガンを羽織ったスタイルは『今時の女子高生』と呼んで、何ら差し支えがないだろう。
「えっとですね、わたしの異能は《脚力強化》』で、真吾 兄にぃのは───」
明莉が、ちらりと兄に視線を送る。真吾が続けた。
「俺の異能は《盾》です」
それらの短い説明だけで、彼らの異能すべてが理解できるわけはないが、私は表面上はとりあえず頷いた。
場を仕切る有馬が、それを補足するように言った。
「二人とも若いが、なかなか大したものだぞ?組織の期待のホープたちだ」
有馬の言葉に真吾は恐縮するように頭を下げ、明莉は「いえいえ、とんでもないですッ!」と顔を赤らめて手を振っている。
「で、紹介する最後の一人だが───、こいつと牧野くんは面識があるんだったか?」
「そうですね、不本意ながら───」
「ちょっちょっ?!それどういう意味だよ、牧野ちゃーん!」
私と有馬の問答に、最後の一人───最も下座にいた、遊佐海斗が声をあげて割り込んできた。
自己紹介を受けるまでもなく、茶髪で『遊んでる風』の若者、まさに『軽薄』を絵に描いたようなこの男を、何の因果か、残念なことに私はすでに知ってしまっている。
なぜなら───。
「つれないなぁ、オレのあげた『解錠アプリ』、かなり役に立ったんでしょ?」
「───はい、残念な事実ですが」
「なんで残念やねん!」
似非関西弁で、遊佐が私に突っ込む。
この若者は、先日私が商業施設の電子錠を破った際に使用した解錠アプリの製作者で、使う異能は《電脳者》。
年齢は真吾と同年代くらいだろうか。遊佐の異能は、およそ『デジタル』と名の付くものすべてを解析し、操ることができるという中々に反則じみた異能の持ち主だ。そしてデジタル系の知識と技術も相当なもので、本人いわく『そこら辺のSEなんかよりも百倍はオレの方がすごい』らしい。
遊佐とは過去に一度だけ顔を合わせる機会があり、その時に携帯端末に非正規の解錠アプリのインストールを強引にされてしまった苦い思い出がある。
年齢や立場に関係なく、遊佐のグイグイと人の領域に平気で入ってこれる性格が、苦手───というか、もっと言うと生理的に無理なタイプだった。クラッカーを鳴らしたメンバーの一人であり、それも全部この男の発案ではないかと、ついつい勘ぐってしまう。
「───まぁいいや。牧野ちゃん、ネットでもSNSでも困ったことがあったらいつでもオレに言ってくれよな!変なカキコされたりでもしたら、リアルでそいつを特定してネットに個人情報のすべてを晒してやるからさ。グフフフ、そいつの隠しフォルダも全部見つけて、それを世界中にバラ撒いてやるぜーー!!!」
「いえ、結構です」
「またまたー!つれないねぇ、でもその塩対応、嫌いじゃないぜ!ウハハハハ!」
「まったく調子のいいヤツだよ、この間までは『オレは志麻子姐さんと梓さん一筋だぜー!』とか言ってたクセにさ」
志麻子がため息まじりに、合いの手を入れてきた。
遊佐は「何すか?ジェラッてんすか?!カワイイっすねー、志麻子姐さん!」などと返して「はぁッ?!年上を気安くからかうんじゃないよ、この痴しれ者め!」などと志麻子とやり合っている。
やはり見た目通り、軽薄で節操がない男のようなので、今後もできるだけ相手をしないようにしよう───と、私は密かに思った。
「ま、とにかく。これで一応、一通りの顔合わせと紹介は終わったな。では、今から会合の本題に入ろうか」
全員を見渡して有馬が『本題』に入ろうとすると、遊佐が「はい!」と手を挙げた。
「その前に~。一ついいっすか、有馬サン?」
「なんだ?」
「今日は、何で諸星サンたちがいないんすかぁ~?」
「─────!」
遊佐の何気ない一言で、場に見えない緊張が走った───ような気がする。
少なくとも、有馬・志麻子・梓の三人は、明らかに先ほどまでよりも表情が硬くなっていた。
険しい顔をした有馬が、低い声を絞り出した。
「遊佐よ───。それと関係した議題もあるので、諸星の件はその時でいいか?」
「そうなんすか?じゃ、とりあえず了解っす!お話を妨げちゃって、サーセンでした!」
遊佐は敬礼のポーズをして頭を下げたが、何となく微妙な空気が流れた。
遊佐が言った、諸星とは、誰のことなのか?
組織内のメンバーについて疎い私は疑問に思ったが、有馬が今回の議題と関係がある、と言っているので、いずれそれも明らかになるのだろう。
微妙になった空気を振り払うように、有馬は頭を軽く振った。
「では今度こそ、議題に入るぞ。まず一つ目は、牧野くんが総務省で行っていた『異能テスト』の件だが───。あのテストへの妨害作業は、本日をもって終了とする」
半ば、覚悟はしていた。
柊木監察官とのあれほどの立ち回り、民間施設への被害、そして、そもそもの私への『異能テスト』の不正疑惑───。
きっと、もう今まで通りにはいかないことは、私も頭ではわかっていた。
しかし、はっきりと言葉として告げられたことで精神的なショックはある。
総務省に入省してから五年、自分の異能・《偽装》を使って異能者をあぶり出す『異能テスト』を秘密裏に妨害することは、完全に私のライフワークとなっていた。それがこんなに呆気なく終わってしまうことは───私の感情はともかくとして───『異能テスト』で国からの発見を免れてきた異能者たちの、今後の不利益にも繋がってしまうのでは?という懸念がある。
私は誰にも見えないように、テーブルの下で膝に置いた拳を、ぎゅっと握りしめた。
「私は、どうなりますか?」
どうにか感情を抑えて、声を絞り出した。
もし『異能テスト』の件で私の身辺に捜査が進んでいるとしたら、組織にも被害が及ぶ可能性がある。もちろん、それは私の望むことではなかった。
「大丈夫、心配しなくていいぞ。異能テストへの妨害は中止するが、それ以外は今まで通りでいい」
「それは、どういう───?」
私は困惑した。
「昨日の襲撃の件は、功を焦った一人の監察官の『勇み足』ということになるように総務省の上の方とは話をつけてある。損害の出た商業施設も、元々あそこは俺の会社の子会社の関連施設でな。オープン前にちょっとした事故があったということで通せる」
「ひゅー♪さっすが、有馬CEO!」
遊佐が口笛を吹いた。
「昨日の一件で、牧野くんが失職するような事態にはならないよう手を尽くしたつもりだ。『異能判定機』の傍にいて『異能テスト』に手を出せないのは悔しいだろうが、さすがにこれ以上の妨害工作はリスキーすぎるという結論に至った。だがむしろ、俺としては牧野くんには、五年もの間よくやってくれたと思っている」
隣の梓が、小声で有馬の話の補足説明をしてくれた。
「牧野さん、有馬さんは総合商社『アリマ』のCEO兼会長をやってらして、色々な所に顔が効くんですよ。ご存知でしょうが、アリマは日本四大財閥の一つで、国内有数の巨大企業。官邸や国家機関にもパイプがあるんです」
「───あの『アリマ』の───」
おそらく、この国の人間なら一度は名前を聞いたことがあるであろう超有名企業の名を、私は呟いた。
私はさすがに少し驚いて、『元』夫婦という二人を見比べていた。
「───ま、大人の男と女。いろいろあるさね」
和装の志麻子が、他人事のように澄まして言う。
「ふん。志麻子よ、それに関しては珍しく意見が一致したな。───牧野くん、あらためてメンバーを紹介するから、こっちに座ってくれるか?」
有馬が《偽装》で移動した私を(厳密には本当の私自身は最初から動いていないのだが)手招きして、座敷の奥側の席をあてがった。そして自らも私の対面───座敷の上座にあたる席に腰を下ろし、咳払いをする。
「牧野くんの実力は、今しがた実際に見てもらった通りだ。本来なら俺たちも牧野くんに異能を見せるのが筋だろうが、生憎と今日はその時間がない。なので、個々の紹介は簡単に済まそうと思う」
有馬は同意を求めるようにこちらに視線を送り、私も頷いた。
「まず、君の隣に座っている女性だが、彼女が高千穂梓だ。異能は《付与》、その力で組織の護符作りを担当してもらっている」
高千穂梓が、微笑みながら「高千穂です、よろしくお願いしますね」と会釈した。
「あなたが───。その節は、大変お世話になりました」
私は回復護符への感謝を込めて、深々と頭を下げた。
「いえいえ、牧野さんは私たちの大切なお仲間ですからね。お安い御用ですよ♪」
梓は照れるように、はにかんだ。
彼女は白いカットソーの上に桜色のカーディガンを羽織ったスタイルで、しっとりと艶のある長い髪は『良家のお嬢様』といった雰囲気だ。清楚で柔らかな表情には、大人な女性タイプの志麻子とは別種の美しさがあり、男性の目線だと、きっと『守ってあげたくなる』女性に見えることだろう。
「梓の対面にいるのは、さっきから散々絡んでる志麻子だから、もう紹介はいいとして───」
「ちょいとお待ちよ、郡司!あたしの扱い、ひどくないかい?」
志麻子がくわっ、と血相を変える。
「え、だってお前、さっき自己紹介したろ?」
「まだ名乗っただけじゃないか!もう少しぐらい言わせておくれよ」
有馬はやれやれと肩をすくめてから、仕方ないとばかりに軽く顎をしゃくって志麻子に許可の合図を送った。
志麻子の顔がパッと明るくなる。
「牧野ちゃん、さっきは失礼したね。あらためて、あたしは桜井志麻子だよ、以後お見知りおきを。こう見えて、あたしは華道の家元なんかをやってる立場でね。それで見ての通り和装が基本なんだけども、男どもがどうしても『お願いします志麻子さん!』と泣きつかれた時は洋服を着ないでもないポリシーさね。好きなタイプは自分の信念を持ってる男、嫌いなタイプは根性のない男。お酒は基本的に何でも呑めるけど、今は地酒にハマってるよ。で、好きな芸能人は───、」
機関砲のようにまくしたてる志麻子を、有馬が途中で遮った。
「待て待て待て!───おいコラ、志麻子!!誰が直接関係ないことをペラペラ話せと言った?!時間がないんだ、紹介はもっと簡潔にしろ!」
えー、なんだいなんだい、これからがイイ所なのに!と志麻子はブツブツと抗議したが、さすがに場を弁えたのか、仕方なく話を締めくくった。
「残念だよ、趣味・嗜好の話はそのうちまたゆ~~っくりと話すとして。───あたしの異能は《風神》って言うのさ、ここでは力の加減がきかないので、また今度じっくりと見せてあげるさね」
そう言って、志麻子はヒラヒラと手を振った。
有馬がしかめ面で進行を続ける。
「では、次だ。志麻子たちの一つ下座で、向かい合わせに座っているのが藤野真吾と明莉の兄妹だ。真吾の方とは顔合わせ済みだな?」
志麻子と梓の席の、一つ下座にあたる席に、向かい合わせで若い男女が座っている。
男性の方は、昨日私を迎えに来てくれた藤野真吾、その向かい側で彼とどこか雰囲気の似た女子高生らしい少女が、おそらく妹の方なのだろう。
「はい、彼には昨日、こちらまで送っていただきました」
私は真吾に向かって、軽く会釈をする。
彼もそれを見て、同じように会釈で返してきた。
「昨日はお疲れ様でした。俺は今、大学の三回生、妹の明莉は高校二年生です。二人ともまだ経験の浅い若輩者ですが、今後よろしくお願いします」
大学三回生ということは、年は二十歳ぐらいだろうか。そのわりに落ち着いた受け答えで、真吾は私に挨拶をした。
彼には迎えにきてもらった際に少し言葉を交わしたはずだが、極度の疲労でどんな話をしたかは鮮明に覚えていない。何か失礼なことを言ってなければいいけれど───などと考えていると、今度は『妹』の方が顔を紅潮させて身を乗り出してきた。
「は、はじめまして!わたし、藤野明莉です!牧野さんのさっきの異能、すごかったです!!!しかもバリバリのキャリアウーマンって感じで、異能も使えてカッコよくて───わたし、牧野さんにメチャクチャ憧れちゃいますっ!」
「───それはどうも、ありがとうございます」
顔を上気させる少女に、私は少しくすぐったい気分になって礼を言う。
藤野明莉は、クラッカーを鳴らした三人のうちの一人で、髪をおさげの三つ編みにした可愛らしい容姿の少女だ。キラキラと輝く瞳には快活さと好奇心があふれ、学校の制服らしいブレザーの上にカーディガンを羽織ったスタイルは『今時の女子高生』と呼んで、何ら差し支えがないだろう。
「えっとですね、わたしの異能は《脚力強化》』で、真吾 兄にぃのは───」
明莉が、ちらりと兄に視線を送る。真吾が続けた。
「俺の異能は《盾》です」
それらの短い説明だけで、彼らの異能すべてが理解できるわけはないが、私は表面上はとりあえず頷いた。
場を仕切る有馬が、それを補足するように言った。
「二人とも若いが、なかなか大したものだぞ?組織の期待のホープたちだ」
有馬の言葉に真吾は恐縮するように頭を下げ、明莉は「いえいえ、とんでもないですッ!」と顔を赤らめて手を振っている。
「で、紹介する最後の一人だが───、こいつと牧野くんは面識があるんだったか?」
「そうですね、不本意ながら───」
「ちょっちょっ?!それどういう意味だよ、牧野ちゃーん!」
私と有馬の問答に、最後の一人───最も下座にいた、遊佐海斗が声をあげて割り込んできた。
自己紹介を受けるまでもなく、茶髪で『遊んでる風』の若者、まさに『軽薄』を絵に描いたようなこの男を、何の因果か、残念なことに私はすでに知ってしまっている。
なぜなら───。
「つれないなぁ、オレのあげた『解錠アプリ』、かなり役に立ったんでしょ?」
「───はい、残念な事実ですが」
「なんで残念やねん!」
似非関西弁で、遊佐が私に突っ込む。
この若者は、先日私が商業施設の電子錠を破った際に使用した解錠アプリの製作者で、使う異能は《電脳者》。
年齢は真吾と同年代くらいだろうか。遊佐の異能は、およそ『デジタル』と名の付くものすべてを解析し、操ることができるという中々に反則じみた異能の持ち主だ。そしてデジタル系の知識と技術も相当なもので、本人いわく『そこら辺のSEなんかよりも百倍はオレの方がすごい』らしい。
遊佐とは過去に一度だけ顔を合わせる機会があり、その時に携帯端末に非正規の解錠アプリのインストールを強引にされてしまった苦い思い出がある。
年齢や立場に関係なく、遊佐のグイグイと人の領域に平気で入ってこれる性格が、苦手───というか、もっと言うと生理的に無理なタイプだった。クラッカーを鳴らしたメンバーの一人であり、それも全部この男の発案ではないかと、ついつい勘ぐってしまう。
「───まぁいいや。牧野ちゃん、ネットでもSNSでも困ったことがあったらいつでもオレに言ってくれよな!変なカキコされたりでもしたら、リアルでそいつを特定してネットに個人情報のすべてを晒してやるからさ。グフフフ、そいつの隠しフォルダも全部見つけて、それを世界中にバラ撒いてやるぜーー!!!」
「いえ、結構です」
「またまたー!つれないねぇ、でもその塩対応、嫌いじゃないぜ!ウハハハハ!」
「まったく調子のいいヤツだよ、この間までは『オレは志麻子姐さんと梓さん一筋だぜー!』とか言ってたクセにさ」
志麻子がため息まじりに、合いの手を入れてきた。
遊佐は「何すか?ジェラッてんすか?!カワイイっすねー、志麻子姐さん!」などと返して「はぁッ?!年上を気安くからかうんじゃないよ、この痴しれ者め!」などと志麻子とやり合っている。
やはり見た目通り、軽薄で節操がない男のようなので、今後もできるだけ相手をしないようにしよう───と、私は密かに思った。
「ま、とにかく。これで一応、一通りの顔合わせと紹介は終わったな。では、今から会合の本題に入ろうか」
全員を見渡して有馬が『本題』に入ろうとすると、遊佐が「はい!」と手を挙げた。
「その前に~。一ついいっすか、有馬サン?」
「なんだ?」
「今日は、何で諸星サンたちがいないんすかぁ~?」
「─────!」
遊佐の何気ない一言で、場に見えない緊張が走った───ような気がする。
少なくとも、有馬・志麻子・梓の三人は、明らかに先ほどまでよりも表情が硬くなっていた。
険しい顔をした有馬が、低い声を絞り出した。
「遊佐よ───。それと関係した議題もあるので、諸星の件はその時でいいか?」
「そうなんすか?じゃ、とりあえず了解っす!お話を妨げちゃって、サーセンでした!」
遊佐は敬礼のポーズをして頭を下げたが、何となく微妙な空気が流れた。
遊佐が言った、諸星とは、誰のことなのか?
組織内のメンバーについて疎い私は疑問に思ったが、有馬が今回の議題と関係がある、と言っているので、いずれそれも明らかになるのだろう。
微妙になった空気を振り払うように、有馬は頭を軽く振った。
「では今度こそ、議題に入るぞ。まず一つ目は、牧野くんが総務省で行っていた『異能テスト』の件だが───。あのテストへの妨害作業は、本日をもって終了とする」
半ば、覚悟はしていた。
柊木監察官とのあれほどの立ち回り、民間施設への被害、そして、そもそもの私への『異能テスト』の不正疑惑───。
きっと、もう今まで通りにはいかないことは、私も頭ではわかっていた。
しかし、はっきりと言葉として告げられたことで精神的なショックはある。
総務省に入省してから五年、自分の異能・《偽装》を使って異能者をあぶり出す『異能テスト』を秘密裏に妨害することは、完全に私のライフワークとなっていた。それがこんなに呆気なく終わってしまうことは───私の感情はともかくとして───『異能テスト』で国からの発見を免れてきた異能者たちの、今後の不利益にも繋がってしまうのでは?という懸念がある。
私は誰にも見えないように、テーブルの下で膝に置いた拳を、ぎゅっと握りしめた。
「私は、どうなりますか?」
どうにか感情を抑えて、声を絞り出した。
もし『異能テスト』の件で私の身辺に捜査が進んでいるとしたら、組織にも被害が及ぶ可能性がある。もちろん、それは私の望むことではなかった。
「大丈夫、心配しなくていいぞ。異能テストへの妨害は中止するが、それ以外は今まで通りでいい」
「それは、どういう───?」
私は困惑した。
「昨日の襲撃の件は、功を焦った一人の監察官の『勇み足』ということになるように総務省の上の方とは話をつけてある。損害の出た商業施設も、元々あそこは俺の会社の子会社の関連施設でな。オープン前にちょっとした事故があったということで通せる」
「ひゅー♪さっすが、有馬CEO!」
遊佐が口笛を吹いた。
「昨日の一件で、牧野くんが失職するような事態にはならないよう手を尽くしたつもりだ。『異能判定機』の傍にいて『異能テスト』に手を出せないのは悔しいだろうが、さすがにこれ以上の妨害工作はリスキーすぎるという結論に至った。だがむしろ、俺としては牧野くんには、五年もの間よくやってくれたと思っている」
隣の梓が、小声で有馬の話の補足説明をしてくれた。
「牧野さん、有馬さんは総合商社『アリマ』のCEO兼会長をやってらして、色々な所に顔が効くんですよ。ご存知でしょうが、アリマは日本四大財閥の一つで、国内有数の巨大企業。官邸や国家機関にもパイプがあるんです」
「───あの『アリマ』の───」
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キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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