46 / 56
お嫁様は想いを伝えた
しおりを挟むフカフカの、ベッドの上に、自分が横たわっているのがわかる。
目を開けるとそこには、天幕が見えた。
あの後、私どうしたのかしら…
マーガレットはその身を起こそうとした。
その時、ベッドの横でマーガレットの手を握っている姿が目に入った。
ふわふわの金色の髪が揺れ、うつ伏せになって眠っていた王子が、ゆっくりと目を開けた。
「マー…ガレット?」
「どうして、ベッドで眠らないのですか?」
「寝たよ。」
「座って寄り掛かっただけじゃないですか。」
「……。それが良いと、思ったんだよ。」
優しい眼差しをして見つめてくる碧眼の瞳に、マーガレットは頬が朱らむ。
その視線から、逃れるように身を起こして手元を見た。
(王子と話をしなければ…ちゃんと、伝えなければ…。)
「王子、あの…お話が「ねぇ、マーガレット。」
言葉を遮られて、顔を上げると、王子はマーガレットから背を向けてベッドの端に腰を下ろした。
「君は、いつも、暖かく僕を抱きしめてくれたね。」
「お…「いつだって、僕の味方でいてくれた。安らげるように最大限つくしてくれた。ずっと側で僕を抱きしめてくれて、守ってくれた。時には共に、泣いてくれた。」
王子の、様子がおかしい。
言葉を発する事をさせないと言うように繋げていく。
「………。」
「君は僕に…約束してくれたよね。素敵な王様になったのなら、ずっと側に…いると。だけど…」
王子が、震えている。マーガレットは震えている背中に、ゆっくりと手を伸ばす。
「最初で最後に、君に僕から逃げるチャンスをあげる。」
王子の言葉に、マーガレットは手を止めた。
(王子から…にげる?)
「思えばいつも、君に選択肢は無かった。王家の為に嫁いで来てくれて、優しさに付け込む形で君を抱き続けた。
君の意思関係なく…赤子さえ出来れば、僕から離れられなくなると知っていたから。」
(…王子……)
王子は話をしながら、背を向けたままだった。
「倒れる程に君を悩ませ追い詰めた。
だから、これでも僕は反省しているんだよ。
今なら、君の宝箱にある、玉璽の押された用紙に僕のサインをしてあげる。」
宝箱にある、玉璽の押された用紙。
それは私が、この結婚をする時に用意してもらった王の玉璽が押されて、後は本人のサインと神殿への提出が済めば離縁が出来てしまう紙。
ずっと、見つからないよう宝箱に隠していた。
マーガレットは、ただ静かに聞いた。
「いつから?」
「いつからだったかな…マーガレットは、覚えているかわからないけど。
君の髪に、花を一輪、飾っただろう。」
「覚えています。あれは…。」
私の、大切な記憶…。
「あの時の僕はね、君の宝箱の中身を見てしまって、父を問い詰めた。何であんな物が君の手元にあるのかと。
それから僕は、君を繋ぎ止める術をずっと探していたよ。花にさえ縋りつくほど必死にね。」
「…。」
『愛しているよ、マーガレット。』
いつも、私の耳元でそう囁いて眠る王子。それには、いつも祈りが込められていた。
どうか、この言葉が、伝わりますようにと。
その言葉がもしも、あの時の華を思い出しながら伝えられていたのだとしたら。
ずっと、これは真実なのだと、真実の愛であると、伝え続けてくれていた。
いつだったか、王子とした会話を思い出す。
『マーガレットも守れるの?素敵な王様の方がマーガレットは好き?』
『マーガレットが僕の側にずっと居たいと思えるくらい?』
『ー・勿論です。王子。』
『じゃあ僕は、素敵な王様になるよ。
だからずっと、僕を見ていてね。』
王子はあの時、どんな気持ちでそう言ってたんだろう。
あの時既に、彼は全てを知っていて、 そして不安を抱いていた。
暴漢から襲われた時助けに来てくれた王子は、私よりも震えていた。その時抱きしめた王子から伝わってきた感情。
私を失う事を恐れている。
何よりも。
私がずっと王子の愛が消える事を恐れ続けていたように。彼もまたずっと…私以上に、彼の努力ではどうしようもない事で、いつか私がその恐れから去るかもしれない事に苦しんでいた。
マーガレットは、王子の背中に額を、少しだけくっつけた。
それに、王子が僅かに動揺しているのがわかる。
「ー・貴方が伝えてくれる愛はいつでも私には、胸が痛いくらいに幸せでした。
だからもう、充分、伝わっています。
伝わっていたのに。私はそれが、幸せに思う程怖くて。
自分の事ばかりで、クリス殿下の為と言いながら、クリス殿下を傷付け続けて。」
「…….。マー…」
「更に私は、貴方を傷つける所でした。私よりも小さな女の子に言われなければ、気付かされなければ。
私はもっと貴方を傷付ける選択をした愚か者です。
こんな私に、愛想が尽きない方が、可笑しいのです。全ては、今更です。
ですが…それでも。」
クリス殿下の背中の衣服を、マーガレットは小さく震える手で、握り締めて、ポツリと、だけどはっきりと口にした。
「クリス殿下、貴方を。どうしようもなく、愛しているんです。」
「…っ」
「沢山貴方を…傷付けてきた私が、こんな事を今更言っても、貴方はもう、愛想尽きてしまったかもしれません。
だけど、離縁は、直ぐにしてあげられません。
何故なら玉璽を押された離縁状はもう、破棄してしまって。手元にないから。」
そう、王子への愛が抑えられないとわかって直ぐ、その日が来ても少しでも貴方の妻でいられるように。私は、それを破棄した。もし離縁を言い出されても、原作通り時間を要するだけと。
持っている事に気付かれて居たとも知らないで。何処までも、愚かだった。
「破棄した?」
マーガレットは、本棚の隠し扉の中にある箱を取り出して、王子の前に回り込むと、目の前で蓋を開けた。
その中には、1枚のしおりしか入っていない。
王子は手を伸ばして、そのしおりを手に取った。
『マーガレット、この花、やっぱり君に1番似合うね。僕のお嫁さんはこの世で1番綺麗だ。』
しおりにして。宝箱に入れていた。
淡いピンクのマーガレット。もうそれだけしか、私がすがる物はない。
じっとそのしおりを手にして見つめている王子に、宝箱の蓋を閉じてマーガレットは正面から伝えた。
「愛しているんです。何よりもクリス…ンッ」
良い募るマーガレットの口を、王子は唇で塞いだ。
腕が強引に引き寄せられて、手にしていた箱は床に落ちた。
前のめりになったマーガレットは、王子の膝に、体の半分乗り掛かっていた。
「!すみませ…ンッ」
両腕ごと顔を引き寄せられたマーガレットは、再び唇を重ね合わされる。
朱らむ顔を隠せるものもなく、顔に血が集まる中、王子はぺろりと舌舐めずりをした後に、マーガレットの目を見て、妖しい光を宿しながら言った。
「マーガレット、もう一度、言って。」
真正面で捉えられ、背けられない程に綺麗な碧眼の瞳。
互いの吐息が近い。
「愛しています…貴方を、愛しています。クリス。」
潤んだ瞳で顔を真っ赤にさせながら言い放ったマーガレットに、王子は両腕から手を離して腰に手を回し抱き寄せた。
28
あなたにおすすめの小説
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる