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王子妃マーガレット マーガレットside

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 幼き頃、王宮からの使者が迎えに来る前夜の事、いつも穏やかな父は私にこう言った。

〝マーガレット、おまえはこれから

国民全て平等に愛する事を求められるが

1人の人間を愛してはならないよ。〟


 今にして思えば、それは私が政略結婚で嫁ぎ、王子と年の離れた妃として生きる中で、無難で平穏な人生を送れるようにと慮っての言葉であった。 

 それこそが、私が王室へ迎えられる前に母が最後まで難色を示していた理由。
 


 万民を愛する事は望まれても、恋を知る事は望まれていない。

 今回、王子妃として嫁ぐ私に最低限求められている事であり、幸せに過ごせる条件のようなもの。

 恋は行動を狂わせるものであり、常に正しく平等を求められるいずれ王妃なる者にはそれは罪と同義でもあった。

 だからこそ生涯私が恋を知る事は無いだろうと思っていた。

 日常に不満はなく、恋を知る代わりに多くの者が王子妃として慕ってくれ、弟同然に愛する王子の成長を見守るその日々は穏やかな幸せと言えるものであった。



 しかし年頃を迎えた私はそれが〝触れられない〟からこそ尚更憧れ、恋愛小説を読むたびに、焦がれてしまい抱く望みは心に秘めた。



 そしてそれが〝触れられない〟からこそ尊く、〝尊い〟からこそ焦がれるものであった事に気付いたのは、

 皮肉にも王子妃である私に恋をしていると言った辺境伯が紡いだ言葉からだった。


『辺境伯としての任に戻るよう、王命が下りました。

ですから、護衛としての任務は明日で最後となります。』

 


 王命を下さなくてはならなかった理由も分からぬまま、

 本人が褒美として望んでいた護衛騎士から下げられる理由とは何かを考えると、自然と思い当たる事は一つしか無かない。



『この度妃殿下の護衛騎士として配属されたのは、わたしが手柄を立てた褒美に望んだからです』

 そう言っていた辺境伯が当初の〝望み〟を取り消した事によるもの。

  

(違う、辺境伯様はその様な事はしない。いつだって真っ直ぐな気持ちを口にしてくれていた……。)

 その様な事はしない?本当に?
 私は彼の事を何も知らないのに何故そんなふうに思えるのだろうか。

 そんな疑問が湧いてとまらなかった。   

 私の下を去ると言うのなら、王子妃である私は縋り付くわけにもいかず、ただ受け入れるしかない。

 崖の上で、先に帰るように促したのは、己の下を去ってゆく辺境伯を詰る事を言わないための、最後の虚勢。  

 
 辺境伯ならば、聞けぬ願いもこういう時だからこそ、察してその場を後にしてくれるだろうと思ったのは、出会った時に私へ向けてくれた、ペリドットの誠実な眼差しは本物であった事を知っているから。


 マーガレットが振り返らないよう耐える様に肘より下の腕を抱えて立ちすくんでいると、僅かに土を踏む音が小さく聞こえてきた。


 ジャリ…


「…?」.



 音のした方へ視線をやろうとした瞬間、白い手袋が目の前を過ぎり、肩を掴んで引き寄せた。

「ー・罰は後で幾らでも受けます。」

 同時に辺境伯の落ち着いた低い声が聞こえて来た時、視界は近衛の白袖に覆われて、頬には布越しに、高温で熱い男性の体温を感じる。

 胸元に頬が触れただけで、激しく高鳴る心臓の鼓動が伝わってきた。

 かき抱くようにマーガレットの髪に絡めた大きな手には、胸の鼓動を聞かせるが如く力がこもる。


「……っ、、へんきょうはくさ…」


「貴女の中で、既にわたしがその様に価値ある存在となっている事を知らなかったので…軽率でした。」



 先程の態度で見抜かれたであろう自分の気持ちと抱いた不安。

 そして、密着している事で香るベルガモットの匂いに、マーガレットの頬はどんどん赤らみ始めた。




「…。」


 高鳴る自分の心音が聞こえやしないかと不安にかられ、やんわりと胸板を押し返そうとするマーガレットだが、それに反して回された腕に力がこもる。

「申し訳ありません。このように泣かせるつもりはありませんでした。」

「知っています、貴方に落ち度はありません、全て私が…ー」


「誤解です。わたしが期日前に護衛騎士を退くのは貴女を諦めたからではありません。

信じてくださいとしか言えませんが、今回はわたしが望んだ王命ではありません。」
 

「……──。」 



 辺境伯の必死な言葉を聞いて、いつの間にか抵抗を辞めたマーガレットは、そろりそろりと、遠慮がちながらも辺境伯の背中に手を回す。

 その時辺境伯が一瞬動揺し小刻みに震えているのが伝わってきた。

 そうして抱擁を交わした後、辺境伯は名残惜しむようにゆっくりと離れてゆき、初めて見た時と同じく、ペリドットの瞳が真っ直ぐにマーガレット見つめていた。

 山頂から吹き抜けてくる風に邪魔をされない様にするためか、離し難いのか。未だ腰に回された手はそのままで、マーガレットはただ辺境伯を見上げた。
 
 唇が触れそうで触れない程に間近にある顔の距離に辺境伯は堪えるように、身を一旦引いて数歩下がる。

 そして出会った頃と同じく片膝をついて、マーガレットの左手を取った。



「貴女が、王子妃を辞するその時
わたしは此処へ必ず貴女を迎えに行きます。

我家紋、アネモネの華にかけて誓います。」


   誓いの口上を述べた辺境伯は忠誠を表すように、そっとマーガレットの左手の甲に口付けた。
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