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辺境伯の秘すべき初恋

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 わたしは子供の頃、辺境伯である父に連れられ、この国の王太子である、生まれたばかりと言っても過言ではない赤子の結婚式に参席した。

 子供であるわたしには、退屈なだけだったが、それを表に出している令息は誰1人としていない。

 そんな時、盛大な音楽と共に入場して来た少女の姿に目を奪われた。

 おっとりとして柔らかな面立ち、垂れ目で大きな瞳が印象的だった。
 優雅に紅いカーペットの上を歩いて通り過ぎて行く。わたしよりも幼い小さな少女。

 赤子の王子の隣でスカートを摘み即位のカーテシーをする幼き少女に注がれている数多の視線。嫉妬、哀れみ、羨望、様々な感情を小さな身体で一手に受け止めている中で、柔らかく穏やかな笑みを浮かべている姿に、ただ見惚れていた。



(柔らかそうなのに、ひっそりと芯もありそうで。

何より、凄く可愛い…。)



 女の子にそう思ったのは、初めての事だった。



ーーーーー
ーーーーーーーー



 あれから13年あまりの月日が流れた頃。わたしは、周囲から〝人当たりよく優しい〟と評価される無難な貴族に成長していた。

 わたしの名は、ヴォーレン・バウセラム 

 ミストロイヤ辺境伯として参加した社交界はある噂で持ちきりだった。

 あの時の幼い少女、マーガレット王子妃と、王子殿下が離縁される事となったとか。

「聞いたか、ヴォーレン。」

「聞いたよ。皆挨拶のついでにその話をしていく。よく飽きないな。」

「この件、マーガレット様だけが割りを食うらしいぞ。マーガレット様のご実家は今まで通り、陛下の後継者として王子を支えるとお約束したそうだ。
もう、長年のよしみであるから息子同然なんだと。

それじゃあマーガレット様は立場が無いよな。何の為に嫁がされたのか…可哀想に。」

「マーガレット妃殿下がそれを望んだと聞いているが。なら可哀想ではないだろ。望みを叶えて貰ったのだから。」

「それ、何処まで本当かわからんぞ。
本当だとしても、マーガレット様の立場では強がるしか無いだろう?
きっと心の中では王子と次期妃を呪っているよ。
どの道、離縁された元王子妃って言うのは扱いに困るからな…
地位も無くして、女の幸せも望み薄となると…。お気の毒でならんよ。」

  いつもは他人事のように聞き流す社交界での噂話、事実に脚色を加えて広まったそれは、人の様々な感情を乗せている。

 勝手に哀れな王子妃を語り継ぐ友人に、心が騒めく。この場に長居する気が起きずに、軽くあしらってその場を後にした。




(…?不快…だったのか?こんな事は、初めてだ。)


 


 人混みを避ける為に、適当な庭園へと歩みを進めた。


 風が、花弁を舞い散らせ、葉音を鳴らすその先に居たのは、渦中の人物だと直ぐに気が付いた。

 
 

 何処となく、憂いを帯びてはいるが、あの日見たままの穏やかな表情だった。


 そして、先程知人が言った『きっと心の中では王子と次期妃を呪っているよ。』と言う言葉が蘇った。


 わたしは、知っている。

 彼女が如何に王子を大事にして慈しみ支えて来たのか。
 遠目から、見たことがある。
 膝で眠る幼い王子を見つめる目に慈愛を宿し、その子を守る様に奏でていた子守歌の美しい旋律を。




(あの人が、王子を呪う事は一生ないだろう。王子に何かしらの感情を抱くとすれば、この先にある王子の幸せを願っている。

ただ、それのみだ。)


 対話らしい対話などした事はない。
 けれど、13年前、少女を初めて見た時と変わらぬ穏やかな表情を見てそう思った。

  色々と思い出しながら、庭園の椅子に腰掛けている王子妃を、ボンヤリと見つめていると、垂れ目がちの大きな瞳から、一筋流れ出た涙を見た。


 わたしは思わず一歩踏み出して、そのまま近くに歩みを進めた。



『マーガレット妃殿下と王子殿下が離縁されるらしい…。』


 知人の言葉が頭を過ぎる。

 今まで、遠目から見ていたと言うのに。

 この時湧き出した、わたしの中に秘めて来た筈の想いを、浅ましいと言う者も居るだろう。卑怯だと言う者も居るだろうし、今までずっと当たり障り無く貴族をして来たわたしを知る者が見たら、この行動には、心底驚くだろう。


「妃殿下。」


「!…っ」


  わたしの登場に、目の前に居る妃殿下は涙を見られたと慌てていた。

 遠目からでは見ることの出来なかった表情。
 
 ずっと、この人と話がしたいと思っていた。けれど一目見たその時から、話をしてしまったら不味いとも思っていた。


 この心に宿ってしまった物を。
 いつかは無くさなければと思い、関わらない事で何とか足掻いてきた。

 それが出来なければ、一生秘めて居なくてはならないと。思っていた。
 
 幼き少女を一目見たその時から、わたしはいつも、何処かに彼女の姿を探していた。



 認めよう、この時わたしは、降って湧いたチャンスを逃すまいと、理性が欠如していた。
 


「わたしの名は、ヴォーレン・バウセラムと申します。」

「あ…あの。」


   妃殿下は〝違うのです。〟と、涙の弁明をしようとして顔を覆ってしまった。  

 その妃殿下の身手を片方、己の手に取って、片膝をついた。



「離縁成立後、わたしの元へ。来てもらえませんか?」



「……。?」

「………。」


(やってしまった。最悪だ。)


 2人の間に漂う沈黙に、辺境伯の心は大量な汗を噴き出した。


(……。だが…)


 大きな瞳に溜まった涙がピタリと止まっている。
 驚いた事で、大きな瞳が更にぱっちり見開かれている。
 大衆に向けられていた彼女の視線は今、わたしだけを写している。

「……っ。だ、大事に致します。何処のご婦人よりも貴方を幸せに…大切に致します。」

(ダメだ。まともに話をした事もない男がこんな事を急に言っても。
相手にされる訳がない。というか普通に引かれる…。
今すぐ引き返して初めからやり直したい。
だが、離縁まで待ったり、ゆっくりしていたら他に取られるかもしれない。
それに、こんな機会もうないかもと思うと……。)


「……ふっ。」


 「…ふ?」

「あ、違うのです。あの、笑った訳では無いのですが、貴方が余りにも真っ赤になって必死なものですから…。

…いぇ、笑った…のでしょうか。ごめんなさい。」

「いえ…引かれてしまうかと思ったので。寧ろ笑っていただけて安堵しました。」

「引くなんて。辺境伯様は、噂を聞いて私を慰めてくださったのでしょう?」

「えっ。」

「とても、お優しいのですね。

有難うございます。貴方の優しさに、勇気付けられました。」
 
(…そう言う、捉え方をされたか。
確かに、急に必死なプロポーズをする者がいたら、正気を疑うか冗談か励ましと捉えるだろう。
至って正気で真面目な結婚の申し込みなんだが。)

 先程まで憂いのある表情をしていたのが、笑顔になったのを見て、今日はこれで良いかと思えてきた。
 好印象は抱いて貰えたようだし。

 無から好印象。わたしにしては大きな進歩だ。
 






 
 



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