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第3章学園入学

悪役令嬢と悪役令息1

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「ーーずっと。どう説明して良いかわからなくて。言えなかったことがあるの」
「…うん」

 ライザはゆっくりと身を起こすと、それを支えるようにして、肩にルイス腕が回された。

(いつも、大切なものみたいに触れてくるから、油断をすると寄り掛かって仕舞いそうになる)

「…ー本当は、あの火事のとき、ルイスを助ける人は違う人だったの」
「殿下が言ってたあの女?」
「あの女…ぁあ、イリン様のことは、ウルク殿下の嘘だから気にしないで。彼は嘘つきだから」

 そう言うと、ライザの手に添えられていたルイスの手に、力が入った。

「…ライザは、ウルク殿下が嘘つきだと何故知っているの?」
「え?」
「わたしが知る限り、ライザとウルク殿下が言葉をかわしたことなんて数える程しかないはずだ。
なのに。ウルク殿下とライザの間には何が…ーー」

 ルイスは言葉を切ってから、すり…とライザの手を擦る。

「ルイス?」
「ううん‥遮ってごめん。
話を続けて」


「…ーあの日、ルイスを助けたのは爺やのはずだったの。本来あの場に居なかった私が、現れてしまったから。事実が変わってしまったけれど」
「……」
「私があの場にいなくても、ルイスは助けて貰える予定だったの」

 
 これまで、ルイスは想像以上に自分を救い出した私を美化して、特別な思い出として心の拠り所にしていた。

 ルイスが私へ執着をしたのは、あの事件があったからだ。

 まさか、あの時の私の行動が、ずっと彼に影響をもたらすとは、当時は想像もしていなかった。

 このままでは良くないとは思いつつも、解決を後回しにしてきたのは、家族を殺されて不安定だったルイスが、ゲームの様に闇落ちしない為に必要なものだと思えたからだ。


 私はルイスに自分を重ねていた。

 だから、彼が真っ当な人間として育ち、暖かな家庭を築ける存在になって欲しいと、強く願っていた。

 ヒロインと出会うまで、悪役令息として常に人知れず苦しみ、犯罪に手を染めるはずのルイスが、幸せになる姿を見たい。
 
 私の歩めなかった正しい道を、歩んで欲しいと思った。

 なんの憂いもなく。誰にも邪魔されない優しい世界で。

 学園生活が始まって、私の望んだ通りの道を歩んできたルイスに安堵していた。

 ゲームの様にトラウマに魘される日々を送ることもなく、人格を歪めることもなく、闇落ちをせず、サイコパス殿下の影響を受けて得体の知れない犯罪郷にならず。

 普通の学園生活を送り、授業やテストを受けて、友達も作って、悪役の浮かべる怪しい笑顔では無くて、光の下で楽しそうに笑う姿が似合う人になっていた。

ーー此処まできたら、もう大丈夫だと思えた。 
 今のルイスなら、過去に縛られることはない。人並みの幸せを自ら選んで歩んでいける。

 残るは、私への執着と依存を別の方向へと向けるだけだった。幸せな恋愛をして、暖かな家庭を作るために。

 私が、あの事件でルイスを助けたということが、彼の中であまりにも大きくて、特別だったことを知っている。

 だけどもう、あれから何年も経って、彼は生活の基盤を安定させて、心の傷も随分と癒えていた。

 本人が気付いていないだけで、もう、私への執着という拠り所が無くなっても、ルイスは耐えられるだけの能力を手にしている。

 大人達に良いようにされそうなほどに、不安定だった子供の頃のままではない。

 才能もあったし努力もして、目覚ましいスピードで勉学以外のことも含めて多くのことを学び吸収した彼は、若くして汚い手も使わずに真当な公爵家当主として頼りがいがあり、素敵な男性になった。

 誰と結婚しても、彼は相手を幸せに出来る。
 

 あとは、本人がそれを自覚して、私の庇護から巣立つだけ。それで、彼は完全な幸せを手に出来るはずなのにーー…。それまで彼を支えていた私への執着心が邪魔をしている。

 依存心は、すぐ解消出来るものだとは思っていなかったから、私なりに色々と考えた。
 
 だから、まずは契約上身軽になるよう婚約白紙を打診した。

 婚約など所詮契約でしかないし、もう私に話しかけるなと言っている訳ではない。

 だから、あの時ルイスなら私の言うことを素直に聞き入れてくれると思っていた。断る要素はないと。

 何故なら彼は、私が言うことに反発したことがないからだ。どんなに気が進まないこともこなしてきた。

 公爵家の財産に群がってこようとする親族へ拒絶も辞さない態度や、あしらい方。
 学ぶべきこと、ひっきりなしに届くパーティーへの招待状でどれを選び、参加するべきか。

 気の進まないことも多くあったろうだろうが、私が勧めたことは疑問を抱かずに、全て実行してきた。

ーーなのに、彼は婚約白紙にだけは、強い反発を示して、拒絶をした。


 だからこそ、あの一件で書類上での関係すらも、私と離れることが嫌だと言うのは、よく分かったし、これまでと違って思いの外、手こずるかも知れないと感じた。


 もしー・あの火事場に居たのが、ヒロインであったなら…せめて‥悪役令嬢で無ければ、もっと、単純な話だったと今になって思う。

ーーウルク殿下は、サイコパスのくせに私の心理をよく理解しているのか、それとも偶然なのか。
 
 いつだって私の望みを知っている。それを、またウルク殿下サイコパスの玩具にされるのは真っ平ごめんだ。

  私は焦っていた。
 私に拘る必要が無いことを、出来るだけ早くルイスに分かってもらいたいと言う焦り。
 
 ルイスは賢いから、もう少し視野を広げて沢山の時間を掛ければ、その内わかるだろう。

 だけどその時、私がルイスを、手放せなくなっているんじゃないかと言う恐怖。

ウルク殿下サイコパスは、何故か私の中にある恐怖をいつも、一番良く理解している。

 凄く質が悪く、嫌な予感しかしない。
 纏わりついてはなれない、彼は私が望むものを、残酷なまでに簡単に叶えようとしてくる。

 余計なことをされるまえに、どうにかしなくてはいけない。

 
 
「ー…ライザのことを、一番理解出来るのはわたしだよ」
「え?」
「わたしは、ライザの望みなら何だって叶えたいと思っているよ」

 頬を、するりと撫でつけている白い手が、ヒンヤリとしている。

 一瞬…ールイスの瞳に、見たこともない怪しくて仄暗い光が、見えた気がした。

「君と同じく家族を殺された」
「ーー…」
「君と同じく一人だけ生き残る罪悪感を知っている」

 「ルイ…ス…」


 目を開く私に、彼は唇に弧を描き、何時もと同じく優しい眼差しを私に向けて言った。

「そして君は悪役令嬢で、わたしは悪役令息として生まれてきた」
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