身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式

文字の大きさ
上 下
117 / 121
第3章

闇堕ちにはさせない3

しおりを挟む
カルロside


 テリアは、扉が閉まる音がしてから、歩み寄ってきた。チラリと俺の右手へと視線をやりつつも、こちらへと近寄ってくる。

 徐に手を伸ばしてきたかと思えば、右手に巻いた包帯の上からそっと手を重ねてきた。


「ーー私ね、最近こう言うことも出来る様になったんだよ」

 そう言って、指先から暖かな熱と、淡い光がつたって俺の右手を纏わりつく。

「凄いでしょ?」

 口元に小さな弧を浮かべて、テリアの身体は縁をかたどる様に、淡い光を纏っていた

ーーやっぱりおまえは、そう・・だったんだな。

 いつからなのか、俺は知らない。この様子から察するに本人は、皇妃に課される聖女教育の賜物と思っているのだろう。
 
 だがー…前世の皇妃が神器のネックレスに触れた時の姿と重なる。
 
ーーこいつが、ただの聖なる力だと思っているそれは、間違いなく神の加護を受けた力。〝神力〟だ。しかも、これほど自由に操作するまでに至っている。

 
 俺は黙って、右手の包帯をとり傷が癒えたことを確認しているテリアの姿を、じっと見ていた。

ーー俺はいつも、おまえから目を離すことが出来ない。

 俺は、こいつが皇宮に来た時から…その姿を見た瞬間から、落ち着かなくて、気にせずにはいられなかった。

 それが何故なのか、自分のことなのに訳がわからなくて苛立った。
 

 

 義母である前皇妃が用意した婚約者。その思惑通りに、悪意を持ってあてがわれた女に執着してしまう自分に、苛立っていた。

 本当におかしな話だった。


 ずっと、俺の中で謎だった。

 何故こんな感情が生まれる?腹が立って仕方がない。

 顔は確かに好みではあった。だけどこいつがどんな人間なのか、微塵もわからないと言うのに…、皇宮に来る前の評判すら悪く、好印象を抱ける要素など、どこにもないのにーー…。

 だがー…そんな疑問の全てが、わかってしまった。
 




 俺はあの処刑場で


 おまえに一目惚れしていた。


 
 こいつが皇宮に訪れてきた時、俺は警戒していたし絶対に信用しない、情など沸かないと言う自信があった。

 だけど、どんなに心を強く持とうともそれは無駄なことだった。

 あの時点ではもう、既にこいつに惚れた後だったんだ。



「聞いたよ、壁を素手で殴ったんでしょ?」
「ぁあ」
「痛く無いの?」
「…痛く無いな」



 ーー多少ズキズキと疼いたが、こんなものは痛みのうちに入らない。

 

「ふぅん…。まぁ、今は取り敢えずご飯を食べましょう」
「は?」
「ユラ、持ってきて」

 その言葉を合図に、部屋の扉が開いてユラがワゴンを押して入ってきた。米の塊が3つ乗ったお皿を、カルロの前に置いて、グラスに水を注いで入れた。

 一通りのセットを終えると、そのままお辞儀をして、速やかに部屋から出て行く。


「……。俺が暇な様に見えるか?」
「とっても忙しそうに見えるわ」
「……」
「朝食も昼食も食べていないほど。今大切な時なんでしょ?身体を壊したら全て駄目になるよ」
「……」
「前にサンドイッチを作ってくれたお礼よ。今度は私が作ったんだ。おにぎりって言ってね、異世界の聖女様が広めたー…「俺に話したいことは、食事についてじゃないんだろ?」

 話を遮ると、きょとんとした顔をしてテリアは目を瞬いていた。


「聞いたんだろ?色々と」

 
「うん。聞いたわ。
でも私は本当にご飯を持ってきただけよ。
私と話をするって言えば、当分は誰も此処へは来ないから、落ち着いて食事が出来るでしょ?

私が居ても落ち着いて食べられないだろうから、もう部屋から出るけれど」


 テリアは一歩後ろへと離れ、すっとスカートを摘むと、退出を示すお辞儀をした。 
 姿勢を整えてカルロを見据えた後は、その身を翻して扉へと進む。

ーーカチャッ


 扉を開けて本当に、そのまま部屋を出ようとしていると、カルロは声を上げて引き止めた。


「待て」


 テリアは開きかけた扉を、もう一度閉ざして振り向く。


「おまえに、話さなければならないことがあるんだ。
今晩、俺に時間をくれないか?」

「何でしょうか?」

「……」


 黙り込んでしまったカルロを見て、返答に困っていると感じたのか、テリアは口元に小さな笑みを浮かべて頷いた。


「わかりました、それでは今晩お部屋でお待ちしておりますね」


 今度こそ部屋から出て行った扉を見つめながら、机に置かれたおにぎりの1つに手を伸ばしガブリとかじりつく。すると、口の中には塩の味が広がった。

「…うまい」
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

処理中です...