上 下
116 / 121
第3章

闇堕ちにはさせない2

しおりを挟む
カルロside


  ーー 今朝、壁に打ち付けた拳からは血が滴っていた。その事に気付かないくらい、頭に血が昇っていて。

 手紙を取ってくる様に伝えたスピアを尻目に、徐に部屋の中にある戸へと歩を進めた。

 確かめたかった。

 あれは夢で現実は違うのだと。



 戸を開くと、俺が使用人に命じて整えたテリア好みの空間が目に入ってきて、幾らか心が落ち着いてきた。

 そのまま、天幕の下に足を進めて、ベッドの際に立つ。

 そこにはちゃんと、大きなベットに不釣り合いな小柄な身体を横たえて、身を丸め寝むるテリアの姿があって、その傍らには水色の猫が居た。

 呑気に寝息を立てている。その呼吸音にほっとして、やはりあれは、夢だったのかも知れないと、手を伸ばした。

 ーーすると、俺の掌からポタリと滴った血が、テリアの頬に落ちた。

 それは、まるで頬から本当に血を流しているかの様に、ツゥ…と白磁の皮膚をつたう。

 薄らと、夢で見た嫌な光景が頭によぎった。


 血を拭おうと、反対の手で頬に触れた瞬間ー…あの処刑場の光景が、鮮明に頭の中で再生された。

 今、テリアの頬についた血が、俺のものだとわかっている。

 なのに…どうして、震えが止まらないんだ。

 

ーーそうしているうちに、前皇帝との最後に交わした会話が聞こえてきた。



『言っておくがな、おまえは余を罰したつもりだろうが。おまえだっていずれ余と一緒になる』

『…?』

『おまえが死に物狂いで得たその玉座とはな、血を血で争った末に今までの皇帝達も手に入れた。
手に入れた後も、人々に裁きを与え血を流し続ける。
己の采配一つで無実の者も、そうでない者の命もたやすく跳ぶ。
その中で、おまえにしか見えない物も見えてこような』

『…ー』

『おまえは、親兄弟の屍を超えて
今から余と同じ茨の道へ行くのだ。

覚悟しておけよ』

 足を止めて振り返ったとき、元皇帝の目が笑っているようで、その様子がカルロの勘に触った。

『俺は、無実の者を裁くなどしない。
それに、皇太子として生まれた時点で俺には、この道しかなかった。
セリウムが俺に何もしなければ、俺は奴に何をする気も無かった』


『…余とて、そうだった。出来うるならば皇帝などやりたくは無かった。人を殺すなど持っての他。

そんな時期も、あったのだ。

だが今はこのザマだ』


 元皇帝が瞳に宿した猛々しい鋭い光の中にはこれまでの、道のりが重く鈍く陰りとして落ちている。

   それを悟って、肺の中にある空気が重苦しくなるのを感じていた。

『……』

『この国の皇帝となると言う事がどう言う事か、おまえはこれから身を持って知る事になるだろう』


『ー・俺は、貴方のようには、ならない』



ーー耳を塞いでも、聞こえて来る。

 俺は、あいつの様にはならない自信があった。
 守りたい者の為に。俺は、力を得たいと思った。


 大丈夫だ、俺にはこいつがいる。
 俺の、側にいる。

 ちゃんと、こうやって触れることが────・
 


 手を伸ばした先には、あの瞬間、残酷なまでに惹かれたその人。
 だけど、一つも触れる事も出来ず、鮮烈な赤を散らして、崩れおちた。

 あの瞬間に、俺は思った。
 俺は、歩んだ道全てを間違えていたのだと。


 肉親だからと第2皇子を潰すことに戸惑わず、誰にも情を移さず、誰の死にも感情を揺さぶられなければ。
 
 クズみたいな人間が多い世界で、求められている皇帝を演じる事が出来たなら。

 余計な情けなどかけなければ。

 きっと、今頃俺は奪われる側じゃなかったんだろう。
 
 
 次にもしも、チャンスがあるのなら。

 


 人の命を、奪うことに躊躇して戸惑い。苛み苦しむ。そんな馬鹿な皇帝には、ならないーー…。

 

 この世界は、自らの血の雨を降らせてようやく理解する。

 自分達に相応しい皇帝がどんな姿をしているのか。

 俺に来世があるのなら


 今度は国に住まう愚民どもに相応しい皇帝になるだろう。

 


♢♢♢
スピアside






「陛下と、2人きりで話したいことがあります」

 先程から荒々しいカルロの状態を気にして、スピアは心配そうな表情を浮かべた。

「で…ですが」

 正直、腹心である自分でも今の陛下が怖いと感じている。女性にはもっと手がつけられ無いのでは無いか、万が一にも、乱心した陛下が皇妃を傷付けてしまったら…ーー。

 先ほどのカルロの様子を浮かべてそんな考えが浮かんだが、彼がテリアを傷つけることなどあり得ないと言う考えに至り、頭を下げ、スピアは部屋から出ていった。
 





 






 

しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...