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第3章
闇堕ちにはさせない2
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カルロside
ーー 今朝、壁に打ち付けた拳からは血が滴っていた。その事に気付かないくらい、頭に血が昇っていて。
手紙を取ってくる様に伝えたスピアを尻目に、徐に部屋の中にある戸へと歩を進めた。
確かめたかった。
あれは夢で現実は違うのだと。
戸を開くと、俺が使用人に命じて整えたテリア好みの空間が目に入ってきて、幾らか心が落ち着いてきた。
そのまま、天幕の下に足を進めて、ベッドの際に立つ。
そこにはちゃんと、大きなベットに不釣り合いな小柄な身体を横たえて、身を丸め寝むるテリアの姿があって、その傍らには水色の猫が居た。
呑気に寝息を立てている。その呼吸音にほっとして、やはりあれは、夢だったのかも知れないと、手を伸ばした。
ーーすると、俺の掌からポタリと滴った血が、テリアの頬に落ちた。
それは、まるで頬から本当に血を流しているかの様に、ツゥ…と白磁の皮膚をつたう。
薄らと、夢で見た嫌な光景が頭によぎった。
血を拭おうと、反対の手で頬に触れた瞬間ー…あの処刑場の光景が、鮮明に頭の中で再生された。
今、テリアの頬についた血が、俺のものだとわかっている。
なのに…どうして、震えが止まらないんだ。
ーーそうしているうちに、前皇帝との最後に交わした会話が聞こえてきた。
『言っておくがな、おまえは余を罰したつもりだろうが。おまえだっていずれ余と一緒になる』
『…?』
『おまえが死に物狂いで得たその玉座とはな、血を血で争った末に今までの皇帝達も手に入れた。
手に入れた後も、人々に裁きを与え血を流し続ける。
己の采配一つで無実の者も、そうでない者の命もたやすく跳ぶ。
その中で、おまえにしか見えない物も見えてこような』
『…ー』
『おまえは、親兄弟の屍を超えて
今から余と同じ茨の道へ行くのだ。
覚悟しておけよ』
足を止めて振り返ったとき、元皇帝の目が笑っているようで、その様子がカルロの勘に触った。
『俺は、無実の者を裁くなどしない。
それに、皇太子として生まれた時点で俺には、この道しかなかった。
セリウムが俺に何もしなければ、俺は奴に何をする気も無かった』
『…余とて、そうだった。出来うるならば皇帝などやりたくは無かった。人を殺すなど持っての他。
そんな時期も、あったのだ。
だが今はこのザマだ』
元皇帝が瞳に宿した猛々しい鋭い光の中にはこれまでの、道のりが重く鈍く陰りとして落ちている。
それを悟って、肺の中にある空気が重苦しくなるのを感じていた。
『……』
『この国の皇帝となると言う事がどう言う事か、おまえはこれから身を持って知る事になるだろう』
『ー・俺は、貴方のようには、ならない』
ーー耳を塞いでも、聞こえて来る。
俺は、あいつの様にはならない自信があった。
守りたい者の為に。俺は、力を得たいと思った。
大丈夫だ、俺にはこいつがいる。
俺の、側にいる。
ちゃんと、こうやって触れることが────・
手を伸ばした先には、あの瞬間、残酷なまでに惹かれたその人。
だけど、一つも触れる事も出来ず、鮮烈な赤を散らして、崩れおちた。
あの瞬間に、俺は思った。
俺は、歩んだ道全てを間違えていたのだと。
肉親だからと第2皇子を潰すことに戸惑わず、誰にも情を移さず、誰の死にも感情を揺さぶられなければ。
クズみたいな人間が多い世界で、求められている皇帝を演じる事が出来たなら。
余計な情けなどかけなければ。
きっと、今頃俺は奪われる側じゃなかったんだろう。
次にもしも、チャンスがあるのなら。
人の命を、奪うことに躊躇して戸惑い。苛み苦しむ。そんな馬鹿な皇帝には、ならないーー…。
この世界は、自らの血の雨を降らせてようやく理解する。
自分達に相応しい皇帝がどんな姿をしているのか。
俺に来世があるのなら
今度は国に住まう愚民どもに相応しい皇帝になるだろう。
♢♢♢
スピアside
「陛下と、2人きりで話したいことがあります」
先程から荒々しいカルロの状態を気にして、スピアは心配そうな表情を浮かべた。
「で…ですが」
正直、腹心である自分でも今の陛下が怖いと感じている。女性にはもっと手がつけられ無いのでは無いか、万が一にも、乱心した陛下が皇妃を傷付けてしまったら…ーー。
先ほどのカルロの様子を浮かべてそんな考えが浮かんだが、彼がテリアを傷つけることなどあり得ないと言う考えに至り、頭を下げ、スピアは部屋から出ていった。
ーー 今朝、壁に打ち付けた拳からは血が滴っていた。その事に気付かないくらい、頭に血が昇っていて。
手紙を取ってくる様に伝えたスピアを尻目に、徐に部屋の中にある戸へと歩を進めた。
確かめたかった。
あれは夢で現実は違うのだと。
戸を開くと、俺が使用人に命じて整えたテリア好みの空間が目に入ってきて、幾らか心が落ち着いてきた。
そのまま、天幕の下に足を進めて、ベッドの際に立つ。
そこにはちゃんと、大きなベットに不釣り合いな小柄な身体を横たえて、身を丸め寝むるテリアの姿があって、その傍らには水色の猫が居た。
呑気に寝息を立てている。その呼吸音にほっとして、やはりあれは、夢だったのかも知れないと、手を伸ばした。
ーーすると、俺の掌からポタリと滴った血が、テリアの頬に落ちた。
それは、まるで頬から本当に血を流しているかの様に、ツゥ…と白磁の皮膚をつたう。
薄らと、夢で見た嫌な光景が頭によぎった。
血を拭おうと、反対の手で頬に触れた瞬間ー…あの処刑場の光景が、鮮明に頭の中で再生された。
今、テリアの頬についた血が、俺のものだとわかっている。
なのに…どうして、震えが止まらないんだ。
ーーそうしているうちに、前皇帝との最後に交わした会話が聞こえてきた。
『言っておくがな、おまえは余を罰したつもりだろうが。おまえだっていずれ余と一緒になる』
『…?』
『おまえが死に物狂いで得たその玉座とはな、血を血で争った末に今までの皇帝達も手に入れた。
手に入れた後も、人々に裁きを与え血を流し続ける。
己の采配一つで無実の者も、そうでない者の命もたやすく跳ぶ。
その中で、おまえにしか見えない物も見えてこような』
『…ー』
『おまえは、親兄弟の屍を超えて
今から余と同じ茨の道へ行くのだ。
覚悟しておけよ』
足を止めて振り返ったとき、元皇帝の目が笑っているようで、その様子がカルロの勘に触った。
『俺は、無実の者を裁くなどしない。
それに、皇太子として生まれた時点で俺には、この道しかなかった。
セリウムが俺に何もしなければ、俺は奴に何をする気も無かった』
『…余とて、そうだった。出来うるならば皇帝などやりたくは無かった。人を殺すなど持っての他。
そんな時期も、あったのだ。
だが今はこのザマだ』
元皇帝が瞳に宿した猛々しい鋭い光の中にはこれまでの、道のりが重く鈍く陰りとして落ちている。
それを悟って、肺の中にある空気が重苦しくなるのを感じていた。
『……』
『この国の皇帝となると言う事がどう言う事か、おまえはこれから身を持って知る事になるだろう』
『ー・俺は、貴方のようには、ならない』
ーー耳を塞いでも、聞こえて来る。
俺は、あいつの様にはならない自信があった。
守りたい者の為に。俺は、力を得たいと思った。
大丈夫だ、俺にはこいつがいる。
俺の、側にいる。
ちゃんと、こうやって触れることが────・
手を伸ばした先には、あの瞬間、残酷なまでに惹かれたその人。
だけど、一つも触れる事も出来ず、鮮烈な赤を散らして、崩れおちた。
あの瞬間に、俺は思った。
俺は、歩んだ道全てを間違えていたのだと。
肉親だからと第2皇子を潰すことに戸惑わず、誰にも情を移さず、誰の死にも感情を揺さぶられなければ。
クズみたいな人間が多い世界で、求められている皇帝を演じる事が出来たなら。
余計な情けなどかけなければ。
きっと、今頃俺は奪われる側じゃなかったんだろう。
次にもしも、チャンスがあるのなら。
人の命を、奪うことに躊躇して戸惑い。苛み苦しむ。そんな馬鹿な皇帝には、ならないーー…。
この世界は、自らの血の雨を降らせてようやく理解する。
自分達に相応しい皇帝がどんな姿をしているのか。
俺に来世があるのなら
今度は国に住まう愚民どもに相応しい皇帝になるだろう。
♢♢♢
スピアside
「陛下と、2人きりで話したいことがあります」
先程から荒々しいカルロの状態を気にして、スピアは心配そうな表情を浮かべた。
「で…ですが」
正直、腹心である自分でも今の陛下が怖いと感じている。女性にはもっと手がつけられ無いのでは無いか、万が一にも、乱心した陛下が皇妃を傷付けてしまったら…ーー。
先ほどのカルロの様子を浮かべてそんな考えが浮かんだが、彼がテリアを傷つけることなどあり得ないと言う考えに至り、頭を下げ、スピアは部屋から出ていった。
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