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第3章
追憶と
しおりを挟む私が泣いている間、アリスティナ姫は華奢な身体で私を労わるように抱きしめてくれていた。
そして、何故か一緒になって涙を流している。テリアは鼻水を啜りながら問いかけた。
「何でアリスが泣いているの?」
「わかりません。義姉様が泣いているのを見ていましたら、自然と溢れて止められなくなってしまって・・。心までぎゅうっと締め付けられてしまいました」
「これが共鳴というものでしょうか?」と小さく呟いている。頭の上に沢山のクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げている様子に、テリアは思わずクスリと笑いがもれだし、心の中がじんわりと暖かくなってゆくのを感じていた。
「敵わないなぁ・・」
そう言って、はにかんだように笑うテリアにアリスティナ姫はつられて笑っていた。
ぁあ、本当に。笑うと余計に私の妹によく似ている。だから一緒に居ると落ち着くし、この笑顔を失ったときのカルロの気持ちが私には手に取るようにわかってしまう。
ーー私は、時間を遡る前、顔も見えない皇帝に怒りを抱いていた。
フェリミアと夫婦として向き合ってくれていたのなら、彼女が人に害を成すことなどありえないとわかる。じゃあ夫婦として向き合ってはくれなかったということなのだろうか。
皇帝が皇妃の処刑を、知らないわけがない。一度でもフェリミアを救ってくれようとしなかったのだろうか、異世界の聖女が来たなら、それまで妻であった者のことなど、どうでも良くなるのだろうか。
どう考えても、処刑台に立たされたフェリミアを見て、大切にしてくれていたとはとても思えなかった。
きっと皇帝は顔色一つ変えずに、言葉一つで人の命を簡単に切り捨ててしまうような、冷静沈着で、冷酷で、残酷で、冷たい人なのだと思って、王宮へ向かうときは怖いという気持ちもあったけれど、同時にそんな感情も抱いていた。
なのにーー・・・見れば見るほど想像とは全然違って、いつだって感情的で、世話焼きで、何気に面倒見が良くて。どちらかというと、実はお母さん気質で。
情に深くて、重度のシスコンで。
他人に厳しいけれど、自分にはもっと厳しくて、理不尽なことも不正も怠惰も断固として許さない真直な人だった。
いつも、真剣で懸命だった。
いつだって、カルロは人の命を惜しんで傷ついていた。
散々カルロを苦しめていた第2皇子の処刑を言い渡す時ですら、一番傷ついていたのは自分だ。
恐らく、アリスティナ姫を守りたいという気持ちが無ければ、カルロは第2皇子をまだ放置していただろう。
アリスティナ姫と同じく肉親であると言う認識も彼の中ではぬぐえていなかったから。
皇帝だから涙一つも流さなかった。淡々と刑罰を言い渡して、何にも感じていない顔をして、だけどー…あの時も、きっと。
心の中で、彼は泣いていた。
夜に私を訪ねてきたカルロの姿は痛々しくて、悲しくて。泣けばいいと私は思うのだけれど、きっと。
皇帝に間違いの道は、存在しておらず。
何かを取れば、何かを諦めなければならず。
どれほどに悲しい存在だということを。
今の私は、知ってしまった。
カルロは、あの処刑の時、なんとも思わない人では無いことくらい。
ちゃんと見ていたから分かる。
(フェリミアに会いに行こう。それで、話をちゃんと聞こう)
思えば、時間が戻ってから直ぐに王宮から迎えが来てしまって、話さなければいけないことが沢山あったけれど、当時の話全てを聞くことは出来ていなかった。
王宮へ一度だけフェリミアが訪ねてきたときも、彼女の不安定さに口を噤んだ。
手紙でも、処刑時のことを思い出させるのも嫌で、触れないようにしていた。
当たり障りのないことだけやり取りをしていた。
沢山話を聞いて、それで。
私も、フェリミアに沢山話をしよう。
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