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第2章
それは、時を遡る前の皇帝3
しおりを挟む「皇妃様は、異世界の聖女様である皇后様を妬み害そうといたしました。神殿と貴族の総意により、処刑することに致しました」
異世界から聖女を召喚してから幾月か流れた頃、報告という体でそれを聞いた。
「…そのような重大なことを、会議もしないで決定するのか?」
「神殿が決めたことです。もはや皇宮は口出しを出来ません。異世界の聖女がいらっしゃる今は、その後ろ盾である神殿の権威が強まっておりますから」
「それでも今まで、体裁は整えて居ただろう。形式だけでも、皇室の意見を伺うくらいはしても良さそうだが」
突然過ぎて、何か臭うが…。
だが異世界の聖女を得た今、奴らが皇妃を貶める理由は無い。仮にも一国の皇妃を処刑するのは、やはり皇后を害そうとしたからなのか?
どんな思惑があるにせよ、処刑という響きにはいい加減慣れていた。
俺には関係の無いことだから好きにしてくれとも思うがーー…
何だろうな、なまじ顔を見知って話したせいで、このままにするのも、突っかかりを感じていた。
俺は、あの皇妃に好感は持てないが、綺麗事を述べていた昔の自分を見ているようだとも思えるせいなのだろう。
俺は自分の言ったことが、間違いだとは思わないが、皇妃が間違っていたとも思っていない。
ただ、違いは、現実に諦めたか、諦めていないか。俺と皇妃の違いは恐らく、それだけなのだ。
「…あの皇妃が、異世界の聖女の何を妬むんだ?」
「陛下が皇后様に入れ込んで居られるので皇妃様は嫉妬して、毒を盛られたのです」
「はっ、“ 嫉妬”ね」
思わず鼻で笑ってしまったのは仕方のない事だろう。
誰から見ても、俺が皇后に入れ込んでいると見られても可笑しくはないだろうが。
その実は違う。
2人で居ても、文字を教え、後は、向こうが色々聞いてきたり、くだらない話を聞き流すのみ。
皇后の存在は都合が良かった。
周りが異世界の聖女と皇帝の伝説になぞらえることを望んでおり、当分は種馬になれと言われなくて済むからだ。
子が生まれ、ある程度育ったなら、しかもそれが大剣を扱える紅蓮の瞳と髪をしていたら、俺は恐らく用済みになり殺されるだろう。
それが分かっていると言うのに、率先して種馬になる気は起きないだろう。
だが、皆が大切にしている異世界の聖女にかまけていれば、文句を言う者はいないだろう?
都合の良いことに、異世界の聖女は、何故か初めから俺だけには心を許していた。
その理由は他の者達のギラギラとした権力欲求を、感じ取っていたからだろう。
それをどうでも良いと思っている俺に、ホッとしている様子だった。
そんな俺の心境など知る由もない周囲は、皇后の元へとせっせとサボりに行く俺に、伝説になぞらえた関係なのだと信じて疑わなかった。
皇妃から見てもそうだっただろう。
だが。
「嫉妬と言うものは、皇妃が俺を好きだった場合だろ。それが理由で皇后を殺そうとするのはあり得ないな」
「は?」
皇妃は、俺のことがどちらかと言うと嫌いだろう。大して話をしたことはないが、その大して話したことの無い会話の中身は全て俺が怒鳴り散らして、脅して、威嚇して終わっている。
好意をもてと言う方が無理だ。
ーー だとすると、やはり嵌められたのか
それが、何故なのかは分からないが。
「前にも会議で言ったとおり、皇妃は神の加護を得ている可能性がある。安易に処刑すると言うのは、国の損失では無いか?」
「神殿としては、その嘘も赦されない神への冒涜だとおっしゃっておりました。
大司教様が大変お怒りになったとか」
皇帝はそれを聞いて、目を開いた。
ーーなる程、そう言うことか。
だから、この様に処刑を急ぐのだな。
異世界の聖女は、まだ神の加護を得ていない。
ここで、皇妃が神力を得て暗黒龍を討伐できるとしたなら、神殿の威光は途端に鳴りを潜めてしまうだろう。
ならば皆に気付かれてしまうまえに、何とかしたいと言うことか。
「神への冒涜…か、ははっ」
全く、やはりこの世界は、狂っていたのか。
権力やら何やらが絡まって決まった処刑を止める術は、俺にはもう無い。
皇妃の悪運も、ここまでだったと言うことなんだろう。ならば、もう仕方が無い。
全てどうでも良いと、俺はとっくに諦めた。だから、最後は全てを受け入れる。
ーーだが。
何度経験しても、俺には慣れないことがある。
『この世界で起きた問題は、この世界の住人で解決するべきです。』
こうして、何の罪も犯していないのに、綺麗事を言う者が嵌められて死に追いやられる姿を見るたび。
いつも、何とも言えない、虚しさを感じていている。
◇◇◇
「異世界の聖女を、害したらしいな」
拷問されたのか、血の染みた布を身に纏い、疲れきった様子で横たわっている皇妃に話しかけた。
自然と、足がそこへ赴いたのだ。
俺の足音にもビクついて、余程の体罰を受けたのだろう、嘘の自白でも強用されたのかもしれない。
「…逃げたいか?」
そう問いかけると、震える唇が、掠れた声で声を紡いだ。
「へ…か。子爵家を、まも…てください。
わた…しは逃げません、処刑されても良いです。だから…家族だけは」
「……皇后を、殺そうとした者は一族郎党死刑と決まっている」
ヒューヒューと肩をゆらして、皇妃が息を整える音を聞いていた。
「わか…てます。でも……へいかは、あの時、泣いていたではありませんか」
「…??」
「初夜で…私をどなって……壁を殴りつけて、拳から血を流してもなお暴れ回っていましたが、泣いていたでは、ないですか」
「ーー…」
「私にも姉妹がいるのです。平凡で、陰謀などと程遠い優しい姉です……」
その姉の為に、自分は大人しく処刑されるというのか。
自白は早い方が、罪は軽くなる。
後押しをしてくれる権力者がいれば、情状酌量の余地は確かにある。それは、家族にのみ適応されることだが。
「皇妃、おまえが何を間違えたか分かるか?」
「……」
皇妃は沈黙した。そうだろうな、おまえは何も悪い事はしていないのだろうから。
皇妃に引き篭もっていろと怒鳴ったのは俺だ。皇妃は言う通りにして、王宮内の情勢に疎くなった。
俺が皇妃を責める資格はない。
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「へ…いか。貴方は…ーー」
驚いているな、そうだ。
俺は皇妃が無実である事を確信している。
だが、俺にはそれを証明する術がない。
俺が何か言ったところで、現実は変わらない。
何もしないことを、俺はおまえに謝ろうとも思っていない。
この現実が、俺にとっての、普通なのだから。
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