身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式

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第2章

貴女は笑顔が似合う人3

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「初めの頃…お義兄様に心の中で怒ってましたよね?」

「そりゃあ…」

「お兄様が酷い言動や態度をするので、私はそれが原因だと思っておりました」

「いや、それは間違いではないですよ?」

 そう、間違いではない。
 初めに会った頃のカルロは本当にめっちゃ失礼な奴だったし、あんなの誰でも怒ると言うか、良い感情は抱かないだろう。

 遠い目をして、当時を思い出しているテリアを尻目に、アリスティナ姫はベンチから立ち上がり、数歩いた。

 そして、そのまま星を見上げるように空を仰ぐ。


「…いいえ。
本当にこれはお人柄なんだと思いますけれど…ー」

 
「??」

 言葉をきってから、ゆっくりと振り返ったアリスティナ姫が、また。
 フェリミアの面影とかさなる。

「テリア義姉様が怒っているのは、いつだって誰かの為なんです」


 
 そう言われて咄嗟に思い浮かんだのは、妹であるフェリミアの笑顔と、絶望を瞳に宿して私に赦しを乞い処刑上に立っている姿だった。


「私は自分がされた事が許せなくて…」
「もう、怒っていないのはわかります」

「ーー…」
「本当の気持ちを、教えてくださいませんか?」
「…アリス」
「テリア義姉様は、外に出られない私に手を貸してくれました。だから今度は、私がお力になりたいんです」
「ーー…」
「本当の気持ちを教えてください」


 思わず、あまえたくなってしまうほどに優しい声色が、耳に優しく馴染む。


 ただ、その可愛くて気高くて、優しいえみに、胸の奥に秘めていたものを全て。

 

 受けとめてくれるような錯覚に陥る。




「私はカルロ陛下と離縁をする約束をしていました。その約束は、曲げたくはありません」


 やっと、アリスティナ姫に告げられた初めから抱いていた想い。

 これを言ってしまったら、落胆するアリスティナ姫の姿しか思い浮かばなかった。だけどずっと、この事を隠して置くということもしてはいけない気がした。アリスティナ姫が真剣に、私とカルロの幸せを願ってくれているから。

 アリスティナ姫から向けられた視線に答えるように、その姿を直視しようと、恐る恐る顔を上げて見れば、そこに居たのは想像とは違って動じず、静かに私の言葉の先を待っている姿が目に入った。
 
 ルビーのように綺麗な瞳はただ、穏やかにテリアを写している。


「私には、誰よりも守りたい人がいます。私が守らなくちゃって、幼い頃からずっと、そう思って生きてきました。
けれどーー…私は守れなかった。今度は何があっても、私だけは味方になって守ると決めているんです」

 すると、それまで黙っていたアリスティナ姫は確認するように口を開いた。

「‥テリア義姉様には、元々好きな殿方がいらっしゃったのですか?」
「ぁあ!違います!!全然そう言うのではなくて、守りたい人の性別は女性ですよ!」

 いや、紛らわしい言い方をした私が悪かったかもしれない。
 アリスティナ姫の勘違いにより、緊張していた心は解れて、自然と笑みが溢れる。
 お互い顔を見合わせて、クスクスと笑いあった後、また沈黙をした。

 そうしているうちに、アリスティナ姫は言った。

「テリア義姉様が、そこまでハッキリとしたご意志があるのでしたら、何も言えませんね…」

 元気の良い声を出して、立ち上がったアリスティナ姫は空を仰いだ。

「わかりました。カルロお兄様は、私が説得いたします。だからどうか、そんなに悲しそうで、苦しそうな顔をしないでください」
 
「え?」

「ずっと、私にそれが言えなくて、苦しそうだったんですね。やっとわかりました。負担をかけてしまったこと本当に申し訳なく思います。
カルロお兄様が本気になったら、惚れないお相手など居ないと思っていたのは、身内びいきだと気が付きました…ごめんなさい」

 あ……これ、まだ誤解溶けてないやつだ。私に誰か好きな人が居て、それをずっとアリスティナ姫の手前言いだせずにいたっぽく解釈されてしまっている。


 でもいっそ、アリスティナ姫から離縁の口添えをしてくれると言っているのだから、誤解させておいたままの方が良いのかも知れないーー…

 テリアがそう思いを馳せていると、空を仰ぎながら、目をゴシゴシとこすっているアリスティナが目に入った。


 

「アリス…アリスティナ姫」


 ーーこのまま、誤解された方が、良いのかもしれない。わかっている。
 けれど。



 後ろを向いたまま、動作を止めたアリスティナ姫の背中に向けて、心から沸き上がるそれを伝えずには居られなかった。

 王宮の中で出来た、唯一の友達。心を許せる人、それが私にとってのアリスティナ姫で、泣かせたくないと思っているし、出来れば欺くようなことはしたくない。
 彼女には、嘘をつきたくない。  



「ーーーー私は、カルロ陛下に惹かれています」






 妹を守らなかった夫である彼、それなのに私は、そんな彼に、惹かれている自分の気持ちに今日、気付いてしまった。

 最低だ。こんなのは、最低だ。あのときの怒りは本物で、その気持ちは今だって鮮明に思いだせるのに。




 私はーー…




 テリアは息を吸って、深呼吸をしてから目を閉じて拳を握る手に力を込めた。






「誰よりも傷付いてるのに傷つかない強いフリをして、言っている事はキツイし怒ってるのに、不思議と暖かくも聞こえてしまう。薄情者に見せておいて、大袈裟なくらいに心配症で…ーー天邪鬼で、分かりづらくて、賢そうなのに不器用な彼を見ていたら、近くで支えたくて、力になりたくて、触れて欲しくて仕方ないんです。

今度こそ大切な人の平穏を、守りたいのに。

陛下に…カルロに。どうしようもなく惹かれている自分が居ます」




 だから。


 もう、どうして良いのかがわからずに、心の中がぐちゃぐちゃで、それを落ち着かせようと夜道を歩いていた。

 今は一時私の事を好きだと言っているカルロは、もう時期現れる異世界の聖女を好きだと言う日がくる事だってあるかもしれない。

 私がこのまま此処に居て、処刑されてしまったとしたら、今度はフェリミアに私と同じ思いをさせてしまう。

 なにより…ー


「テリア義姉様……」
 

 赦してはいけない存在だと言うのに。


「私は、カルロ陛下が好きなんです」

 
 
 いつの間にか、目から溢れて頬を濡らしてゆく涙が止まらなくなっていた。

 それを隠すように、アリスティナ姫が駆け寄り、テリアを抱きしめていた。


 
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