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第1章
元皇帝と皇帝
しおりを挟む裁判の後、数日間、カルロは後処理もあるので神殿に滞在し、その後やっと王宮に帰る事となった。
カルロが王宮から帰ってきて直ぐに向かったのは、独房のある場所だった。
元皇帝の収監された独房に向かったのだ。
カルロは自分が元皇帝と顔を合わせるのは、これで最後になるだろうと考えていた。
明日にも元皇帝は消えてもらう事になっているからだ。
民が驚かないようにひっそりとその身の生涯を閉じてもらう事が、神殿や王侯貴族側の総意だった。
大々的には体調不良により、帝位から退いたと記されるだろうやり方で、玉座から降りてもらう事がこの時点で決まっていた。
独房の中に居る元皇帝は、姿勢を崩さずその瞳に宿る猛々しさもそのままだった。
「余に最後、用事でもあったか?それとも今までの恨み言か?おまえの腹心だけで無く、罪なき者共をわかっていながら捌いて来た余に。
余程思う所があるようだな。」
そう問われて、カルロは小さく深呼吸してから声を出した。
「…貴方の事で、ただ一つわからない事があったので…。答えて貰えるかはわかりませんが。聞きにきました。」
「…。」
「俺が腹心を2人失いそうになり縋った時、貴方は俺に無関心な視線を向けていました。
でも、2人が居なくなったあと、貴方は自分の手駒の中から、スピアという護衛をつけてくれました。」
「……ぁあ。そうだったな。皇太子が身一つでは周りに示しがつかぬだろうから手配した。」
「だが、芯に俺をどうでも良いと思い、手配するのなら、もっと…スピアのように、セドルスに害されない身分を持つとしても…芯の置ける、そして仕事の出来るような者でなくとも良かったはずだ。」
「…それでおまえは、何が聞きたいのだ?本当はおまえに愛情があり、心配であったから人材選びを怠らず、手配したとでも言って欲しいのか?
そう言えば、皇帝の地位に返り咲かせてやるとでも?」
元皇帝の言葉に、カルロは押し黙って拳を握る。
「…いえ。何でもありません。俺がどうかしていました。」
くるりと反転して歩いていくカルロの背に向かって言う。
「言っておくがな、おまえは余を罰したつもりだろうが。おまえだっていずれ余と一緒になる。」
「…?」
「おまえが死に物狂いで得たその玉座とはな、血を血で争った末に今までの皇帝達も手に入れた。
手に入れた後も、人々に裁きを与え血を流し続ける。
己の采配一つで無実の者も、そうでない者の命もたやすく跳ぶ。
その中で、おまえにしか見えない物も見えてこような。」
「…ー。」
「おまえは、親兄弟の屍を超えて
今から余と同じ茨の道へ行くのだ。
覚悟しておけよ。」
足を止めて振り返ったとき、元皇帝の目が笑っているようで、その様子がカルロの勘に触る。
「俺は、無実の者を裁くなどしない。
それに、皇太子として生まれた時点で俺には、この道しかなかった。
セリウムが俺に何もしなければ、俺は奴に何をする気も無かった。」
「…余とて、そうだった。出来うるならば皇帝などやりたくは無かった。人を殺すなど持っての他。
そんな時期も、あったのだ。
だが今はこのザマだ。」
元皇帝が瞳に宿した猛々しい鋭い光の中にはこれまでの、道のりが重く鈍く陰りとして落ちている。
それを悟って、肺の中にある空気が重苦しくなるのを感じた。
「……。」
「この国の皇帝となると言う事がどう言う事か、おまえはこれから身を持って知る事になるだろう。」
「ー・俺は、貴方のようには、ならない。」
「ほう?何故そう言い切れる。」
「俺は自分の為にこの地位を得た訳じゃない。
俺の守りたい者の為に、この地位を手に入れたからだ。そいつらが存在している限り、俺が間違えた道を選ぶ事は無い。」
今度こそカルロはその場を立ち去ってゆく。
その後ろで元皇帝は、口元に笑みを浮かべて、口にした「面白い。あの世で、杯を片手に、見届けてやる。おまえの行く末を。」それは誰の耳にも届かない言葉だったー…。
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