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第1章
その夜は静かだった2
しおりを挟む暫くの間、2人は沈黙していた。別に気不味い事はなく、カルロも心無しか寛いでいるように感じた。
テリアの見ている視界の先を辿る。
「星や月を見るのがそんなに楽しいか?」
「えぇ、星を線で繋いで形を妄想して、ついでに何故それが星になったのか考えてみると際限なく楽しめますね。
例えばあの星とあの星を繋ぐと猫になります。横にある無数の星が川で、川に魚を狩に出かけたという…」
「…そうか。」
「あんまりピンと来てなさそうですね?」
「ああ、おまえの言う事はたまに意味がわからないな。」
「皆に言われるので、慣れてます。」
カルロはワインを口に含み、先程テリアが指し示した場所を眺めている。
青と金に光る星々が数多川の流れのように続いており、その周りで輝く星もまた、言われてみれば何かの形に見える。
「夜空は暗いばかりと思っていたが寧ろ明るかったのか。
俺は、そうやってどれ程のものを見逃して来たんだろうな。」
「?」
「帰ってきて早々に、アリスが王都に孤児院を設けたいと言ってきた。
孤児の獣人や混血種、人間を分け隔てなく、何にも脅かされる事なく学べる場所を設けたいと。そこで子供達に自分が勉強を教えたいと。
そんな事を、考えてたんだなと思ったよ。ずっと、諦めていただけで。」
「そんな夢があったんですねぇ。アリスティナ姫には。めっちゃ良い!素敵!
想像つきますよ。その未来!あの年齢で古代聖書の文字読めちゃうんですよ?私未だ読めませんもん。先生して欲しいな~なんて。」
頭をポリポリかいて笑う少女を前にして、カルロは微かに目を見開いたあと、軽く息をついた。
「現実的ではないがな。」
獣人は人ではなく奴隷だと言うのが通常の概念で、それを平等に扱い無償で学を身につけさせるなど世の中が許されないだろう事は直ぐに想像がつく。
10人に言えば10人が反対をする。良くて難色を示しぼかすか笑い話にする。
だが、横に居る少女はその所を分かってないせいもあるのは分かるが、其れにしても何ら抵抗もなく事もなげに〝良い〟と肯定する。
「カルロ皇太子は反対なんですか?」
嬉しい表情ではない事を悟り聞かれた質問に、カルロは一拍置いた後に答えた。
「俺は、アリスが未来を語ってくれるならそれを応援したい。出来る事なら手助けしたい。
だけど、今回のは無理だ。」
「え?なんで?やっぱりお金厳しい?」
「…わかるだろ、獣人は法の下に奴隷と決まっているし、ましてや混血種は神を冒涜した存在と扱われている。
その孤児が数多住まう場所など問題が起きないわけもないし、孤児院設立前に企画自体を潰されるだろうな。」
どうして言わなければ分からないのだろうと、出来れば自分とて口には出したくないのだ。カルロにとって大切な家族であるアリスティナは獣人であり混血種だ。
だからこそ、孤児院設立を言い出した時のアリスティナに何と言って良いものかわからなかった。
「よく分からないけど、直ぐには無理なんですね。」
「…話、聞いてたか?」
「聞いてましたよ、だから、取り敢えず法律を変えないとダメって事なんですよね?」
その言葉にカルロは息を呑んだ。
簡単に言うようだが、それはつまり奴隷制度の撤廃を示唆している。
「無理だ。それはこの国の歴史上起こりえた事がない。」
「でもこの先は起こるかもしれないですよ。」
「次の皇帝は俺だ。どう考えても俺にそんな能力はない。無難に治世を収める事で手一杯だ。」
「案外自信がないんですね…。驚きです。」
目を瞬かせているテリアを殴りたい気持ちに駆られたが、カルロは深呼吸をして自分を落ち着かせる。
そんなカルロを尻目に、夜空を見上げ始めたテリアは無言になって、2人の間には再び沈黙が訪れた。
そして、テリアがポツリと呟いた。
「皇帝が諦めたなら難しいか…」
色々な方法を沈黙の最中考えてみた結果呟いた事だというのはわかったが、それはカルロの胸を鋭く突きさす感覚を抱かせるものだった。
その後身動ぎしないテリアに、カルロは立ち上がって正面から見ると、目を閉じてスヤスヤ眠っている。
「…こんな所で寝る事もあるのかこいつは。おいこら、こんな所で寝たら風邪引くぞ。」
声を掛けても目を覚さないテリアを見て、深いため息をつく。
仕方がないので、横抱きしてベッドまで運ぶことにした。
(…想像通り軽いなこいつ。)
ベッドに横たえて布団をかけると、眠るテリアの横に立ち、顔をじっと見下ろす。
縁に両手をついて、身を屈めるとテリアの耳元でポツリと言った。
「ー…有難う。すまなかった。」
こうして夜は静かに更けていった。
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