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第1章
カルロはその時
しおりを挟む『貴方は何を恐れて 何を戸惑っているのですか?』
あの時そう言ったテリアの淀み無ない瞳は、俺の内側を見透かしているように感じたのに不快ではなかった。
まるで〝何も恐れる必要はないのに〟と言われたみたいで、安堵したんだ。
俺はずっと恐れていた。氷の様に冷徹な皇帝である父を。
俺を引き取ってから自らの子を生んだ皇妃を。
俺の存在を脅かす弟を。
俺の立場の危うさを、噂のネタとして楽しむ王宮仕えの者も。
俺の存在を肯定してくれるアリスティナを失う事を。
俺の力の無さも。
俺の敵が誰なのか掴みきれない事も。
毎夜眠りにつくと、気付けば誰かに殺されて、次の日に目を開けられないかも知れないと考えることも。
あげ連ねてみれば、全てを俺は恐れていて、何か一つに触れられると途端に神経は擦り減り、日々綱渡りの中にいる様だった。
テリアと出会う前、現皇妃に俺の嫁と選ばれたテリアも俺の恐れの一つだった。
なのに、初めて見た時から何故か恐れが少しずつ削がれていった。
会話するたびに、不思議なまでに溶かされて、綱渡りだった俺の足元が地に着いていく。
初夜、隣にいるテリアの存在に安堵して気付けば抱き枕にしていた。陽だまりの匂いと柔らかな質感が心地よくて久方振りの深い眠りだった。
そしてアリスティナを連れてゆくテリア達を送り出したあと、王宮の中で予定をこなすも心は落ち着かなかった。
数時間もした頃には、また疑心暗鬼な自分が出てくる。
(俺は、何を根拠にあの女を信用してアリスティナを託した?何が他の者とあいつが違うと言うんだ。
そうだ、俺は誰も信用しないと決めていたのに。
あいつ、俺に何をした?暗示をかけたのか?何で居ないとこんなに落ち着かない。俺は根拠も無しに他人を信じる奴だったか?
あいつは、俺に何をした。)
苛立ちを感じてきた頃、護衛のスピアが俺に言った。
「今皇太子妃様はドルイド地区に居ますよ。」
「は?王都じゃないのか?」
(ドルイド地区だと、此処から馬車で3時間はかかるぞ。わざわざ行って見物する様なところでもない。
まさか、今日中に帰ってこない来ないつもりか?もしかして、アリスティナを連れてこのまま王宮には戻ってこない?
あいつ、何を企んでいる?)
苛立った。この苛立ちはアリスティナを心配してのもので、決して、あいつが居ないと不安だと言うものではない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、辿り着いた先で、俺は彩光の光を受ける山の姿が見えた。
王都でもこれ程に美しい現象はみかけないだろう。まさか、この地区であれ程の美しい光景が見られるとは思わなかった。
その光は、先程まであった苛立ちをなだめ落ち着かせてゆく。
(あぁそうか、其処にいるのか。)
姿は見ていない。だけど、王宮で遠目から見かけていたテリアの姿が思い浮かぶ。
「皇太子殿下、いかがなさいました?我々も山を登ってアリスティナ姫様を探しますか?」
「…いや、もういい。」
あの光を見てテリアには、テリアなりの意図があった事を悟った。
それが何かはわからないが、俺には見えない世界が、テリアには見えていて、それは多分俺が見る世界よりもアリスティナに力を与える。
根拠はないのに、不思議なくらい心は静かに落ち着いた。
「帰るぞスピア、俺は王都に戻る。」
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