44 / 121
第1章
アレンの過去1 アレンside
しおりを挟む〝助けて〟
そう言って当然のように助けた貰えるのは、この世で一握りの人間だけだと言う事を知っている。
この世界は人の定めた階級社会で成り立っている。主に上流階級、中流階級、下層階級。下層階級でも社会階級は何段階かに分かれているが、だいたいは普通の平民だ。貧困層はそのうち30%いると言う。
けれども、その貧困層よりも下の階級にいるのが、獣人で、人に飼われた獣人は言わば人では無く物。奴隷となる。
そして
人と獣人の混血には人にも獣人の群れにも居場所はなかった。
わたしには弟が居た。その弟の見た目は獣人そのもの。
そう、わたしには獣人の血がまざっている。それもちょっと珍しい。混血種の母と人間の父との間に生まれたクオーターだった。
獣人の群れにはバレてしまうから交われない。だから、誤魔化しやすい人間との生活をしていた両親はそれまであまり不自由は無かったという。
母は混血種だけど、見た目は人間と何らかわらなかったからバレる事なく生活して来たとの事だった。
その言葉どおり、わたしも同じく下層階級の平民の子として生まれ育った。
だけど、わたしが7歳の頃。
弟が生まれてから状況は変わってしまった。
見た目を見ると獣人そのもの。狼の耳に尻尾。そして身体も弱かった。わたし達家族は弟を隠して育てる事にした。
それが家族の為、弟の為だったから。
ある日両親が、家に帰ってこなくなった。
原因はこの時わからなかった。だけど、家を家宅捜索しに来た衛兵の姿に、両親は良くないことをして捕まったのだと悟らざるを得なかった。
3歳になった弟に深く帽子を被せて、抱えると雪の積もる中をひたすら走った。
走って逃げるうちに寒さとまともな物を食べられない状況に弟が体調を崩したので、街に並ぶ家々に食べ物を乞うた。
穢らわしいと追い払われておわった。
そして行きついた先には教会があった。
外は寒くて、弟はまた熱を出したから、外で寝るのは忍びなかったわたしは教会の戸を叩いて助けを乞うた。
〝弟の熱が悪化しているのです。どうか助けてください〟
神父は貧しいものにも優しくて、安堵し神に感謝した。
通された部屋で着替えの服をもらって、弟を着替えさせお医者様がもう直ぐ来ると伝えに部屋に来た神父は弟の姿を見てから態度が一変した。
「…君は人の姿。だけど弟が獣人?まさか、君達は混血種かい?」
人の良さそうな神父に問いかけられて、その時のわたしは素直に頷いた。この神父なら、教会に招き入れた時同様に「可哀想に、もう大丈夫」と言ってくれる気がしていたから。
そうだ認めよう。この時わたしは世の中を甘く見ていた。
混血種と言うものがこの世でどんな物なのか。知っていたのに。
「正体を偽り、教会へ入り込もうなど神への冒涜だ!
皆!悪魔の子が紛れ込んだぞ!!早く抹殺せねば!!!」
豹変した神父の言動に自分の判断ミスを直ぐに悟り、弟を抱えて再び外に逃げた。ただの人間が、わたしの足に追いつく事もない。
だけど、熱が悪化してゆく弟には早く治療が必要だった。
ダメ元で色んな家に助けを求めた。だけど、その度逃げるしか無くなった。
弟を見せるとどんな優しそうな人間も嫌悪を示した。
兄弟だと名乗ると余計にその目は厳しい。
どれ程逃げる縋るを繰り返しただろう。周りにはどれ程惨めに写っていただろう。
どんなに考えても、この状況での打開策が見つからぬまま。
もう、気付けば弟は腕の中で虫の息だった。
途方に暮れている場合では無いのに、わたしは路地裏に蹲った。
もう自分も動く限界に来ていたのだ。
「こんな所に、汚い、あっちへ行け!」
人間の男に蹴りを入れられながらも、人を見て、希望など無いと知りながらその口は助けを求めた。
「た…すけ。て。」
助けてください、弟が死にそうなんです。
お医者様を。誰か。
「おい、おまえその腕に持ってるのまさか獣人の…っ」
「いたっ!」
男の蹴りが尚も入る筈だった。だけど衝撃は無くて、少女の悲鳴が上がり、わたしの目の前に尻餅をつく人の姿が目に入る。
一目でわかった。綺麗な艶のあるピンクゴールドの髪に、清潔感のある肌。下層階級である者達ではお目にかかる事など滅多に無いであろう。中流階級…否、その身なりは明らかに上流階級。つまり貴族のそれだった。
上流階級は下層階級である者達にとって雲の上の人。
男は混乱しているのか、あまりに場違いな彼女の姿に恐れを抱いているのか、先程とうってかわって土下座をした。
「も、申し訳ございません!!どうか、命だけは!命だけはっっ!!どうかご慈悲を!」
まだ小さな子供が相手。だけど、ヒエラルキーは絶対な世界で
上流階級の方々にしたら下層階級の人間等無に等しい。
それなのに、この男は上流階級の令嬢に蹴りを入れてしまった恐怖で震えている。
先程まで、恐ろしかった男の姿は何処にもない。ただ其処に縮こまっていた。
少女はそんな男に言った。
「いやよ。ゆるさない!またこんど、わたしの、しつじをつれてくるんだからね!」
何がこれから起きるのか、恐怖で引きつる男を他所に、少女はくるりと振り向いて、汚い地面に膝をついてわたしを覗き込む。
「けが、してる。」
小さな女の子の、小さくて綺麗な手が頬にあたる。
「お…れより。弟が。」
助けて、弟を助けてくれ。
お願いだ。お願いだから。誰か。
だけど心の何処かで、無理だと諦めがついていた。
彼女は上流階級だ。下層階級でも顔をしかめてしまう程のものを、助けて貰える道理がない。
わたしの抱えて居るものに獣の耳が生えて居るのを目にうつして、彼女が息を呑むのがわかった。
「これは…。」
ダメだやっぱり、人で無ければこんなにも生きづらいのか。この上混血種とばれたなら。
今度こそ殺されてしまうかもしれない。
逃げなければ。
でも、もう足が思うようには動かない。
「ゆるし…「はやく、はやくじぃに見せないと。」
許しを乞おうとしたわたしの言葉を遮って、少女はその瞳に涙を浮かべてから、その場をかけ出した。
何処に、行ったのだろう。この時は足りない思考でそんなことを考えた。
それが分かったのは、いつの間にか手放した意識が再び戻ってからだった。
0
お気に入りに追加
2,115
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる