身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式

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第1章

もう結婚するらしい4

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 生茂る植物の間を、小声で「猫~」と呼びながら探してみた。見つけてからずっとくっついてたから、名前が無くても不便で無かったけど。こういう時不便な事に気が付いた。

(まぁ、瑠璃宮には他に猫はいないとは思うし、部屋に帰ってからちゃんと名前つけよう。)

 そんな事を考えながら前に進んでいく。
 瑠璃宮は、瑠璃の花が大半だけれど他の花や植物が彩りよく整備されており、童話の中にいるようだ。

 途中で景色を楽しんでいたら、思いの外奥の方まできてしまっていたが、テリアは気付かず辺りを見渡す。

「にゃーん」


(猫の声だわ!)

 声のした方に掛けていくと、そこには幻想的な空間が広がっている。
 花びらが舞い、花や植物が咲き乱れ、香りはより心地よく、オルゴールの音が耳に優しく入り込む。
 癒されるためだけに作った空間。

 噴水前に設置された天幕が囲っている中に大仰だが優美な寝台があり、角度を作る事で椅子に座っているような状態で小さな少女が猫を膝の上に乗せて撫でていた。

 天幕の布でその顔はまだ見えないけれど、此処から見える、頬と猫を撫でる手は青白く小さく痩せている。

(もしかして、あれがアリスティナ姫?)


「だぁれ?」

 鈴を転がしたように小さく綺麗な声で、呼びかけられて、幻想的な景色に遠のいていた意識が戻ってきた。

「あ…テリアです。こんにちは。」


 そして思わず名乗ってしまった。誰か聞かれたから。

(何で私に気付いたんだろう。気配?この子何者?)

「テリア様、申し訳ありませんが、私はこの通り、1人で歩く事が出来ないの。
お近くに来てくれませんか?」

(…瑠璃宮に入った事、怒ってない…よね?)

 ごくりと唾を呑んで、促されるままに近寄る。

 天幕の開かれた方に足を進めて、アリスティナ姫の前に出て、ここ数ヶ月でしごかれ…仕込まれたこう言うとき行う目上の方へ用の軽いご挨拶をする。

 膝を折ってカーテシーをしながらも、目は伏せたまま、ドレスの裾を掴んだ手は声が掛かるまでそのままに。
 (えーと、ポイントは…良いと言われるまで視線を上げないだったかな。)

「お初にお目にかかります。私、この度カルロ・デ・クワムント皇太子殿下の婚約者となりました。
セリーヌ子爵家長女テリア・ロナンテスと申します。」


「私はアリスティナ。
お客様が来るのは久しぶりなの。
とっても嬉しい。」

 弱々しくも、本当に嬉しそうな感情を滲ませた声に、良いとは言われてないけれど顔を上げた。

 そこには想像よりもずっと、カルロと同じ紅蓮なのに印象の全く違う、優しく穏やかな垂れ目がちな瞳に、ストロベリーブロンドの小さく色白で可憐な少女がいた。
 頭には、その容姿に似合う白い猫耳が付いている。

(アリスティナ姫は、獣人だったのね。)

 きっと、母親が獣人なのだろう。

 他の領土は知らないが、テリアの故郷セリーヌ領は獣人も人も半々いて、街に出ては良く共に遊んだものだ。勿論猫の獣人もいた。

(身体能力が人よりも優れていたから、鬼ごっこや隠れんぼをしたら大半鬼の最後は私で終わったなぁ…)

 
「実は、姫様が猫アレルギーとかだと大変だから連れ戻さないとって来たんですけど。
余計な心配でしたね。」

 膝の上で気持ち良さそうにしている猫に視線をやる。
 猫の獣人が猫アレルギーな訳がない。頭を掻いて苦笑いをした。

「…テリア様、私をお城の外に出してくれませんか?」

「え?」

「一度で良いから、お城の外に出たいの。」

「私よりも、いつもお付きの使用人とかに頼んで出して貰えば…」

「…私は、
人の悪意を敏感に感じてしまって、見ての通りそれを上手く受け流す気力も、残ってないの。」

 そう言えば、猫の獣人は心を読むとまで言われているほど、人より感性が鋭いから、より一層関われる人は少ないとかって聞いたな。街の獣人友達に。

「でも、会ったばかりの私に頼むなんて。
私も人に言えた義理では無いですけど…あ、カルロ皇太子はどうですか?
アリスティア姫を大切にしてるって聞いたのですが。」

「…カルロお兄様に秘密で、お城を出たいの。

それに、私に何も害意を感じない人はお兄様以外ではテリア様が初めてだから。テリア様にしか頼めないの。お願い。」


(私が…カルロ殿下以外で初めて?

こんな美少女に害意を持つ人がいるの?ほんとに?)

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