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流れる血と涙

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目が覚めたエリザベートは再び襲ってきた腹痛に顔を歪める。月のものとは少し違う、重く鈍いような、それ。そこまで考え、月のものがしばらくきていなかったことに気づいた。そして、今、月のもののそれと同じような、ぬるついた感覚が股の間にあることにも気づいた。

それが確信となったのは、医師の診察によって、だった。ジュストに受けた仕打ちは現場の後始末こそしっかりとされてはいたが、エリザベートの体の傷は数時間経った今も血が流れ続けていた。
ジュストから、エリザベートが転んで怪我をした、と虚偽の報告を受けたジャックがそれを目にして気味悪く思い、医師を呼び、それから。
「奥様、これは……」
眉をひそめた医師が告げたのは、予想通りの事実であった。そして、それはもう流れてしまっていて、この世にはもういない、ということも。
それを聞いてエリザベートは涙し、そして唇を噛んだ。
「先生……旦那様には言わないでください」
「しかし……なぜです」
「初めてのことで、まだ確信がなかったので……誰にも、何も報告していなかったのです。なのに今回私が転んだせいで駄目になってしまったなんて……とても言えません」
はらはらと涙を流しながらそう言うエリザベートの姿は、従順で夫を愛する妻に見えただろう。
「ああ、そういうことでしたか。では、足の怪我からの出血と遅れていた月のものが再開したせいで貧血となっている、ということにでもしておきましょう」
「ありがとうございます」
そう診断してくれた医師に金を握らせて退室させると、エリザベートはベッドの上で膝を抱えて座った。鈍く痛む腹を庇うようにしながら考えるのは、シリルのことだけであった。





もう、自分は駄目なのかもしれない。ベッドに横たわり、ぼやける思考の中でエリザベートはうすうす感じ始めていた。
あれから何日経ったのか分からないけれど、出血が続きすぎたエリザベートは、もう歩けないほどに衰弱していた。
換気もされず締め切られて陽の光も入らない部屋は、血の匂いが充満して、入室した者皆が顔を歪める程であった。使用人達も、事務的に最低限の食事と着替えの世話をしてくれるのみで、エリザベートはほとんど放置されていた。
使用人が置いていった、冷めた食事を摂る気にもならず、エリザベートはなんとか手元に残した壊れたチョーカーを握りしめる。割れた金具が手を傷つけるのも厭わなかった。新たに作られた傷から流れた血液は、チョーカーに飾られた大玉のルビーを塗らす。エリザベートの血を受けたそのルビーは、僅かに色彩を濃くした。
そして、次の瞬間。
「リジー」
静かな部屋で、聞きなれた声がした。幻聴かと思ったけれど、それにしてはあまりにもはっきりとしすぎていて、エリザベートは声の発生源を視線だけで辿る。部屋の隅から順番に視線を遣って、バルコニーへ出る窓付近を見るとそこには、いつの間に入室したのかは分からないけれど、呆然とした顔のシリルが佇んでいた。
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