15 / 36
2
しおりを挟む
「最近……夜会には来ていないのか?」
あえて暗いままの部屋で、ソファーに導かれたシリルはそう、エリザベートに投げかける。
「……叔父に、見つかってしまったんです」
そう答えて、エリザベートは自分の声が震えているのに気づいた。膝に置いた手をぎゅっと握りしめていると、その上にシリルの手が乗せられた。外気に晒され続けたせいで冷えてしまった自分の手を、暖めるように握りこまれ、エリザベートの心臓は早鐘を打ち始めていた。
「そうか、だからだったのか……君の叔父は頑固だな。この間、ブラッドリー公爵家から縁談を持ち込んだんだ。でも、頑なに首を縦に振らない」
「そんな……」
シリルは、もうそんなことまでしてくれていたのだ。こんなにも自分のことを思ってくれているのだ、とシリルの本気さが知れたエリザベートは途端に嬉しくなった。
「……何か裏がありそうだな」
「え?」
シリルがぼそりと呟いた言葉は、エリザベートの耳に届いていなかった。
「なんでもない。君の叔父が君を外に出してくれないというのなら、これからは俺が来る」
「え、でも」
「さぁ、もう寝た方が良い」
どうやってここに、という質問は強引な態度によって掻き消された。寝台に導かれ横になったエリザベートが目の上に手のひらをかざされると、意識は暗転したのだった。
朝、目が覚めたエリザベートは昨日まで落ち込んでいた筈の心が、妙にすっきりとしている気がした。
「そういえば、昨日の夜……」
かばり、と起き上がり部屋を見渡す。けれど、ガラスの破片もその傍らにあるはずの血痕もなかった。
「もしかして、夢だった?」
シリルのことを恋しく思うあまりの。でも、たぶん、きっとあれは夢ではなかった。エリザベートには、何故かそう確信があったのだった。
「リジー。最近どうなの?」
鳥のさえずりと青々とした風が心地良い昼下がり、突然飛んできた質問に、エリザベートは正面を見た。そこに居るのは、友人のミリーナだった。エリザベートはまたもミリーナに招待してもらい、二人だけで庭でお茶を楽しんでいた。
「どうって……なにがですか?」
「何がって……もう!好きな方の話に決まってるじゃない」
ミリーナのミントグリーンを基調としたシンプルなドレスの上で、栗色の巻き毛が揺れる。
「好きな人、って……私、婚約者がいるのですけど」
いかにも恋に恋する乙女のような質問をしてくれるのは良いけれど、聞く相手が違うのではないだろうか。
「……リジーの婚約者ってどこぞのご令嬢とよろしくやってるんじゃなかった?」
「…………」
そうなのだ。もう結婚式まで3ヶ月しかないのに、彼はまだ行動を改めようとはしてくれないのだ。
「ああいうの、ちょっとよろしくないと思うのよね。リジーもそう思うでしょ?」
「そりゃあもちろんそうですけれど……」
エリザベートは、婚約者のジャックに対してはもう呆れる、とかそういう感情を抱いていた。以前、一度彼のことを諌めたことはあった。けれど、大まかに言うと『女のくせに』みたいなことを言われて、それからもう諦めているのだ。
「あっちもあっちで楽しんでるんだから、リジーも楽しめばいいのに」
「たしかに間違ってはいないわね」
ふふ、と笑い合う。でも、ミリーナの瞳は笑っていなかった。
「本当に、こんなに綺麗なリジーの旦那様になれる栄光が手に入るって言うのに、あの男は……」
「ミ、ミリーナ、怖いから……!」
恨みがましくジャックの悪口を言い始めたミリーナは、あまりにも禍々しいオーラを放ち始めていた。クッキーのおこぼれを貰うためにテーブルに来ていた小鳥たちが逃げるように一斉に飛び立つ。こうなったミリーナが止められないことを知っているエリザベートは、それから日が傾くまで、ひたすら愚痴聞きに徹したのだった。
あえて暗いままの部屋で、ソファーに導かれたシリルはそう、エリザベートに投げかける。
「……叔父に、見つかってしまったんです」
そう答えて、エリザベートは自分の声が震えているのに気づいた。膝に置いた手をぎゅっと握りしめていると、その上にシリルの手が乗せられた。外気に晒され続けたせいで冷えてしまった自分の手を、暖めるように握りこまれ、エリザベートの心臓は早鐘を打ち始めていた。
「そうか、だからだったのか……君の叔父は頑固だな。この間、ブラッドリー公爵家から縁談を持ち込んだんだ。でも、頑なに首を縦に振らない」
「そんな……」
シリルは、もうそんなことまでしてくれていたのだ。こんなにも自分のことを思ってくれているのだ、とシリルの本気さが知れたエリザベートは途端に嬉しくなった。
「……何か裏がありそうだな」
「え?」
シリルがぼそりと呟いた言葉は、エリザベートの耳に届いていなかった。
「なんでもない。君の叔父が君を外に出してくれないというのなら、これからは俺が来る」
「え、でも」
「さぁ、もう寝た方が良い」
どうやってここに、という質問は強引な態度によって掻き消された。寝台に導かれ横になったエリザベートが目の上に手のひらをかざされると、意識は暗転したのだった。
朝、目が覚めたエリザベートは昨日まで落ち込んでいた筈の心が、妙にすっきりとしている気がした。
「そういえば、昨日の夜……」
かばり、と起き上がり部屋を見渡す。けれど、ガラスの破片もその傍らにあるはずの血痕もなかった。
「もしかして、夢だった?」
シリルのことを恋しく思うあまりの。でも、たぶん、きっとあれは夢ではなかった。エリザベートには、何故かそう確信があったのだった。
「リジー。最近どうなの?」
鳥のさえずりと青々とした風が心地良い昼下がり、突然飛んできた質問に、エリザベートは正面を見た。そこに居るのは、友人のミリーナだった。エリザベートはまたもミリーナに招待してもらい、二人だけで庭でお茶を楽しんでいた。
「どうって……なにがですか?」
「何がって……もう!好きな方の話に決まってるじゃない」
ミリーナのミントグリーンを基調としたシンプルなドレスの上で、栗色の巻き毛が揺れる。
「好きな人、って……私、婚約者がいるのですけど」
いかにも恋に恋する乙女のような質問をしてくれるのは良いけれど、聞く相手が違うのではないだろうか。
「……リジーの婚約者ってどこぞのご令嬢とよろしくやってるんじゃなかった?」
「…………」
そうなのだ。もう結婚式まで3ヶ月しかないのに、彼はまだ行動を改めようとはしてくれないのだ。
「ああいうの、ちょっとよろしくないと思うのよね。リジーもそう思うでしょ?」
「そりゃあもちろんそうですけれど……」
エリザベートは、婚約者のジャックに対してはもう呆れる、とかそういう感情を抱いていた。以前、一度彼のことを諌めたことはあった。けれど、大まかに言うと『女のくせに』みたいなことを言われて、それからもう諦めているのだ。
「あっちもあっちで楽しんでるんだから、リジーも楽しめばいいのに」
「たしかに間違ってはいないわね」
ふふ、と笑い合う。でも、ミリーナの瞳は笑っていなかった。
「本当に、こんなに綺麗なリジーの旦那様になれる栄光が手に入るって言うのに、あの男は……」
「ミ、ミリーナ、怖いから……!」
恨みがましくジャックの悪口を言い始めたミリーナは、あまりにも禍々しいオーラを放ち始めていた。クッキーのおこぼれを貰うためにテーブルに来ていた小鳥たちが逃げるように一斉に飛び立つ。こうなったミリーナが止められないことを知っているエリザベートは、それから日が傾くまで、ひたすら愚痴聞きに徹したのだった。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。
なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。
7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。
溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる