妻が通う邸の中に

月山 歩

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5.覚悟を決める

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「またいつになく荒れているな。」

「ああ、わかっている。」

 執務室で酔い潰れた僕は、次の日、休むことなく王宮にやって来た。

 だが、誰がみてもわかるぐらい酷い状態なのは、理解している。

 酒が切れた今は、とにかく頭と胸が痛い。

 こんな姿をイライザに見せたくなくて、無理矢理王宮まで、這ってきたようなものだ。

 特に馬車の揺れは僕を追い詰め、結局途中から、歩いて来た。

 王宮に徒歩で入ったのは、人生で初めてだった。

 周りの者達は、僕を穴が開くほど見てきたが、結局誰一人声かけることなく、今にいたる。

 マーカスは、心配そうに、僕に尋ねる。

「どうだったんた?
 邸の私兵から報告を聞いたんだろ?」

「ああ、イライザは、どうやらある邸に通っていて、その男は病人らしく、医師が診察に行くらしい。

 イライザは足しげく通っていて、私兵から見て、もう無理矢理引き離すのは、難しいぐらい通っているそうだ。

 無理に引き離すには、離縁を覚悟して行わないとダメじゃないかと言われたよ。」

「そんなに深刻なのか?」

「ああ、このことが母に知れたら、修羅場間違いなしだそうだ。」

「そりゃそうだろうな。

 キャサリン夫人からしてみれば、イライザ夫人は、息子と結婚したのに、孫も作らず、男と会っている義娘だからな。」

「そうなんだよ。
 邸の者に箝口令を敷いても、いずれ母に伝わってしまうだろう。

 僕とイライザの仲がおかしくなっていたら、皆騒ぐだろうからな。」

「そうだな。
 夫婦仲がわからない使用人などいないからな。

 これからどうするつもりだ?」

「わからない。
 でも、こうなっても、僕はイライザを愛している。
 だから、別れたくないんだ。

 イライザがその男を選んでも、僕は別れないから、修羅場は免れない。」

「そうなるよな。」

 そう言って、マーカスは僕を心配そうに見る。





 邸に帰ると、ライナスが迎えながら、

「お時間をください。」

 と、深刻な顔で言って来た。

「わかった。
 執務室で。」

 僕は、ライナスにそう言うと、イライザのいる居室へ向かう。





「おかえりなさい、リカルド様。」

「ああ。」

「元気がないのね。
 昨日、執務室で寝てしまったとか。
 私寝室で、待ちながら寝てしまったの。

 迎えに行けば良かったかしら?」

「いや、いいんだ。
 最近忙しくてね。
 君は気にしなくていいから、先に寝ていて構わない。

 また、執務室に行ってくるよ。」

「わかったわ。
 忙しくても、寝る時はベッドで寝た方がいいわ。

 じゃあ、遅くなったら、先に寝るわね。」

 最近、リカルド様はとても忙しそう。
 私が力になれればいいのだけれど、私では役に立たないのはわかっている。

 それに、何だか急に痩せたような気もするから心配だけれど、お仕事なら仕方がない。

 最近、金銭が底をつき、悩んでいる。

 ノーマン医師に、リカルド様に早く相談するように言われているけれど、言わない約束だし、このことがお母様にバレたら、もうリカルド様と一緒にいられないかもしれないから、怖くて言い出せない。

 私はジワジワと追い詰められている。

 でも、リカルド様に抱きしめてもらったら、問題から目を逸らして、幸せなままの私でいれる。

 私は悪い妻なのだ。
 ごめんなさい、リカルド様。





「待たせたな。」

「いえ、イライザ様は大丈夫でしたか?」

「ああ、昨日寝室に行かないで、酔い潰れていたことも、心配はしてくれているが、怒ったりしないよ。

 イライザは、優しい女性だから。」

 二人は、どうしてこうなってしまったんだろう?
 僕達は、どこに流れ着くのか?

 そう思いながら僕は、グラスに酒を注ごうとする。

「お待ち下さい。
 お話がありますし、キャサリン夫人のところにも、まだ行かれてません。

 酒を飲んでから行ったら、キャサリン夫人に耐えられますか?」

「そうだな。
 もう僕も限界かもしれない。

 自分を産んでくれた人だし、後継の問題が出るまでは、それほど酷くもなかった。

 違うのか、父が収めていたから、知らなかっただけか。」

 僕は父が生きていた頃の、母と父の様子を思い浮かべてみる。

「はい、実は旦那様もまた長い間、キャサリン夫人との関係を悩まれていました。」

「そうだよな。
 だとしたら、父は偉大だった。
 あれを我慢できるなんて。」

「いいえ、旦那様も時々、気晴らしなのか、夜がふけても邸に戻られない時がありました。

 それは仕方がないと思われます。」

「そうだな。
 で、話とは何だ?」

「その事についてですが、イライザ様の通われている邸の相手がわからない以上、持ち主を調べてみました。」

「そうか。」

「そしたら、持ち主は旦那様でした。」

「何だって?
 父が?」

「はい。

 なので、イライザ様のお相手のことは、旦那様は早くからご存知で、内緒でイライザ様のお相手を、支援していたのではないのでしょうか?」

「父が…。」

「旦那様が病に倒れた時、お世話をしていたのは、イライザ様です。

 その時に相談されたのではないでしょうか?」

「なるほど。
 確かに。
 病いに侵されて、親身に世話してくれる義娘からの悩みを聞かされたら、父も動くか?」

「はい、イライザ様がお子が授からなくて悩んでいる頃、リカルド様もそうですが、旦那様もイライザ様を責めることなく、キャサリン夫人から庇っておられました。

 だから、旦那様とイライザ様には、信頼関係があったと思われます。」

「そうだな。
 だとしたら、父も認める男と言うことになるな。」

「はい、残念ながら。」

 父が認める男であるならば、もう僕には選択肢はほぼない。

 父が僕よりも、イライザを選んだのだから。

 僕は明日その邸に乗り込んで、僕達の問題の決着をつけよう。

 もう、目を逸らすこともできないだろうから。

 明日すべてが壊れてしまうかもしれないなら、その前に、束の間でもイライザを感じたい。





 僕は寝静まって、明かりを落とした寝室に入った。

 イライザが後ろを向いて寝ている横から、静かにベッドに入り、後ろからイライザを抱きしめる。

 イライザの匂いがする。

 今日を最後に僕達夫婦が穏やかにベッドで寝ることは、もうないのかもしれない。

 けれど、今だけは、愛し合う夫婦のままこうしていたい。

「リカルド様、仕事は終わりましたの?」

 寝ていたイライザが僕に気づき、こちらを向こうとする。

「このままでいて、後ろから抱きしめたい気分なんだ。

 この方がイライザと密着したまま寝れる。」

「ふふ、そう言うことならいいですよ。」

 そう言うとイライザは再び静かに寝入る。

 今、僕はイライザと向かい合って、笑顔を作れる気がしない。

 今の僕は、取り繕うことができずに、顔を見てしまったら、彼女を問い詰めてしまうかもしれない。

 何故なんだと。

 何故僕と二人では、ダメなのかと。

 他に男を作る以外なら、何でも受け入れるのに。

 でも、もう君は動き出してしまった。

 だったら、事実を受け入れなければならないのだろう。

 だとしても、今だけ。
 朝までは、君を抱きしめていたい。

 君は、いつでも温かく、柔らかい。
 この温もりを僕は失ってしまうのか?

 このまま、時が止まれば良いのに。

 そしたら、僕達は新婚夫婦のようにいつまでも愛し合える夫婦のままでいられるのに。

 でも、目を逸らそうとしても、この僕の胸の痛みは消えない。

 多分、一生消えないのだろう。

 僕はイライザを愛しすぎてしまった。



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