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6.夜会のお料理

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「こっちの皿にそのお肉を乗せて。」

「かしこまりました、お嬢様。」

 夜会会場の片隅では、貴族達が目もくれない美味しい料理が、手付かずでカウンターに並んでいる。

 それをセシルは次々と皿に盛り付けると、食事スペースで座って静かに食べ進めている。

 皿を持ったビクトルが、あの頃の従者であった自分を真似て、からかうようについて歩く。

「こちらのハムも手間暇かけて作られた貴重な一品です。
 ぜひご賞味ください。」

「そうね。
 いただくわ、ふふふ。」

 ビクトルは従者役を演じて、楽しそうにしている。

 このハムなんて、ジューシーで柔らかく、塩加減が絶妙なのだ。

 貴族達が無駄話をしている間に、こんな美味しい料理が手付かずで残っているなんて信じられない。

 素敵な男性と知り合う目的があるならば、食べている暇がないと言うのは頷けるけれど、そうでない方もいるはずだ。

 ここにいる令嬢達は食べている姿を見せるなんて、品位を欠いていると思っているのね。

 けれども、私にとっては食べる所作さえおかしくなければ、恥ずかしいと言う思いはない。

 ビクトルと二人で夜会に来るのがお仕事の私は、そこで食べようが、話そうが、誰も気にしてはいない。

 ビクトルがやめろと言うのなら、渋々諦めるけれども、彼は笑いながらついて来ている。

 ならば、私は気にする必要などない。

 私が山盛りに飾り付けされたフルーツを物色していると、年配の女性が話しかけて来た。

「あなた、さっきから、美味しそうに食べているわね。」

「はい、とても美味しいです。
 誰もいないので、好きなだけ食べさせてもらっています。」

「そうなの?
 嬉しいわ。
 実は私、ここの夜会の主催者なの。

 夜会の時は、いつも邸の料理人が腕をふるって素晴らしい料理を用意してくれているのに、誰も食べないのよ。

 メニューだって、私と料理長で悩みに悩んで決めているのにね。

 だからと言って、料理はなしにしたら、口さがない者達が何を言い出すかわからないから、やめることができないの。

 もちろん、余った物は邸の者達で食べるから粗末にしているわけではないけれど、こうして食べてくれる人を見るのはいいものだわ。」

「主催者のバネッサ公爵夫人様でしたか、ご招待いただきありがとうございます。

 挨拶が遅れましたことをお詫びいたします。

 お料理については、確かに主催してくれる方からみたらその通りですね。

 今日のために大変な思いをして、ご準備なさっているのでしょうから。

 皆さんのことはわかりませんが、私は美味しくいただきますわ。」

「あなたの飛び出た行動が、はしたないなどと陰口のきっかけになるかもしれないのに、気にしないところは見習いたいわ。

 私自身も文句を言ったけれど、他の方の夜会で、お食事に手をつけることはないもの。」

「そうですか。
 私はお食事をいただく作法が失礼にあたらなければ、出されていたらいただきたいです。」

「あら、心が強くて、素直な方ね。」

 そんなやり取りをしているうちに、次第に他の人達も料理の前に集まり始め、食べ始める方も現れる。

 みんな心の中では、食べたいと思っている方も、誰もいない料理のところへ行くのは気が引けるのだろう。

 ならば失うものなどない私が、先に手をつけるわ。

 だって私の夜会での一番の楽しみは、お食事なのだから。 

 私はワインをかけられて嫌がられるような、明日には民に戻るかもしれない男爵令嬢ですもの、何も恐れるものなどないのだ。

「バネッサ公爵夫人、お久しぶりです。
 私の婚約者とお話ししてくださり、ありがとうございます。」

「あら、コーベット侯爵の婚約者の方だったの?
 知らずに話していたけれど、いい方ね。
 令嬢特有の嫌みが全然ないわ。」

「お褒めいただきありがとうございます。」

「コーベット侯爵ぜひ、彼女と仲良くね。
 私は嫌がらせと悪意だらけの女性達にうんざりしていたの。」

「はい、もちろんです。
 僕も同じ意見です。」

 セシルとビクトルは去っていくバネッサ公爵夫人を見送った。

 ところで、今日はビクトルに絡んでくる令嬢達はいないのね。

 私のお仕事は主にそちらなのに。

「ビクトル、今日はワイン娘達はいないのかしら?」

「ワイン娘?」

「指の動きがちょっとおかしくて、ワインをかけてしまう令嬢達。」

「ああ、今日はいないみたいだね。」

「あら、今日こそ素早い動きで、飛びかかるワインから逃げてやろうと思ったのに。」

「君にとって、ワインをかけられることも運動か何かのようだな。」

「私は、あれも剣術の一つと考えているわ。」

「剣術なのか?」

「だって、剣から逃れるのも、剣術のうちでしょ?
 ワインから逃れるのも、剣術よ。」

「なるほど。
 でも、君はもう令嬢達に狙われることはないだろう。

 先ほどバネッサ公爵夫人と話をしたからね。

 あの方の夜会で、彼女が用意したワインを、彼女に認められた君にかけるような勇気のある令嬢はいないさ。」

「そうなの?
 バネッサ公爵夫人はとても影響力のある方なのね。」

「ああ、もし彼女に睨まれたら、社交界では生きていけないと思われている。

 彼女の庇護を受けたくて、擦り寄る者がいたとしても、判断するのはあくまで彼女次第なんだ。

 近づいて来たからと、自分の信仰者を増やす目的だけで、そばにおくことはない。

 君が彼女に好かれたなら、それは君の人柄を認めたということさ。」

「でも私は、何もしていないのよ。
 ただ、美味しいお料理をいただいただけよ。」

「そうだね。
 それが彼女にとって良かったと言うことさ。
 君は僕の婚約者として認められたね。」

「良かったわ。
 これであなたも安泰ね。
 だとしたら、私のお仕事はこれで終わりかしら?

 後は、みんなが忘れた頃に婚約破棄を発表すれば、いいだけよね。

 思ったより、大したことないし、終わるのも早かったわ。」

「ちょっと待ってくれ。
 そう簡単にはいかない。
 認められたからと、このままにしたくない。」

 ビクトルは何故かとても慌てた様子で、否定する。

「そうね。
 いくら何でも早すぎるかしら、ふふ。
 タイミングがあるわね。」

「ああ、そうだ。」






 ビクトルは思う。

 夜会の会場で、人目を気にすることなく、食事を楽しんでいるセシルの姿は本当に可愛い。

 瞳は生き生きと輝き、まるでお菓子を見つけた子供のようだ。

 セシルにとっては、夜会など出席したところで、話す相手もおらず、僕の婚約者だからと嫌味を言われる場でしかない。

 それでも、セシルは明るく食事を楽しんでいる。

 そして、意図せずにバネッサ公爵夫人と出会いあっさりと気にいられてしまった。

 そのおかげで、これからは令嬢達に攻撃されることもないだろう。

 けれども、それだと僕の婚約者役の必要性が無くなってしまう。

 僕はお金を求める下品なセシルを見て、今度こそ嫌いになろうと思っていたのに。

 それどころか、セシルを見ているだけで、どんどん好きになる自分を止められない。

 こんなはずじゃなかったのに。

 僕のセシルが可愛すぎる。

「私の仕事はこれで終わりね。」と、去られてしまいそうになった時、怖くなって手を伸ばしたのは僕だった。

 僕は君から、離れたくない。

 本当は僕も仕事相手と交流しようとこの場に来たけれど、セシルと一緒に過ごしたい気持ちが勝って、どうしても離れられないでいる。

 君は本当に特別な人だ。
 心から君が好きだよ。





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