僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩

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6.薔薇の仲介人

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 私は夜会の後、イヴァン様とのことで、少しだけ落ち込んだけれども、いつまでも手に入らないものに固執しても仕方がないと諦めた。

 今日は、花の店主の店で、買い付けのために、色々と各地を回っているコーエンと言う男と、キアリーニ公爵の邸に薔薇を販売に来ている。

 正確には私は、コーエンの口添えをしているだけだけど。

「こちらの薔薇は、まだ名前をつけておりません。

 ぜひ夫人の名前をおつけになって、庭園のシンボルとして、植えたらいかがでしょう。」

 コーエンが提案する。

「ええ、ロマンチックね。
 ねぇ、あなた。」

「そうだな。
 僕達の結婚20周年の記念にいいかもしれないな。」

「この薔薇の雰囲気が、マリア様の可憐さをとてもよく表現しています。」

「まあ、嬉しいわ。
 スクワイア侯爵夫人は、薔薇にとっても詳しいのね。」

「いえいえ、私はただ薔薇が好きで、たまたまここの店主と懇意にしているものですから、紹介しただけですわ。」

「今回このような話をいただけて、感謝しておりますのよ。

 私は薔薇が好きなのですけれども、私の名前をつけて、特別感を出せるなんて、お茶会でも自慢できるわ。」

「はい。

 薔薇は、夫婦の愛を表す特別な花なので、キアリーニ公爵様の愛も表現していますので、愛されているマリア様にこそ、ふさわしいのです。」

「もう、照れてしまうわ。」

 マリア様は嬉しそうに笑った。




 キアリーニ公爵家を後にして、コーエンは、馬車で邸まで送ってくれている。

「ソフィア様といると、とても商売がしやすいですよ。
 ありがとうございます。」

「そう?
 ありがとう。」

「僕は無駄に顔がいいから、貴族に薔薇を売ろうと思っても、夫側に警戒されて、やりづらいったらないんですよ。」

 コーエンは、若く、優男風な魅力のある人だ。

 金髪に碧眼で、夫人達にはさぞかし人気があるのだろう。

「そうなの?」

「はい。

 夫人が、花や苗を買いたいと言っていても、いざ、お金を出す夫に会うと、僕が若い男だからって、夫人との仲を疑われて、結局、ダメになることが何回もあったんです。」

「なるほど、だから店主が、今回私にコーエンとの同行を依頼して来たのね。」

「はい。

 庭園用の命名権のある薔薇は、一つの契約で、かなりの本数が売れるので、いい商売なんですよ。

 それを、いらない夫の勘繰りで、不意にしてしまって、僕は何度泣いたことか。」

「若くていい男も大変ね、ふふ。」

「笑いごとじゃないですよ。」

「ごめんなさい。
 世の中の人とは、逆の悩みだから。」

「そうなんですよ。

 世の妻を愛する貴族男性は、たいがい嫉妬深いですから。

 僕も腹の出た中年男なら、今の仕事取れたよなって思うほど、悲しいことはないです。」

「そうね。
 それは納得いかないのは、わかるわ。

 その点、私が同行していたら、夫人との関係を疑ったりしないわね。

 たとえ、私が夫の同席の場しかいなくても。」

「はい、ソフィア様がいると、貴族夫人達の紹介に見えるので。

 夫人達も愛する夫に、いらぬ疑いをかけられて夫と面倒なことになるより、いいですから。」

「そうね。
 じゃあ私、お役に立てているのね。」

「もちろんです。」

「良かった。
 最近、悲しいことがあったから。」

「聞きますよ。
 いくらでも。」

「ありがとう。
 今日みたいな愛し合う夫婦って、どうやったら、作れるのかしら?」

「ああ、僕も一応独身で、同じ悩みでつまづいています。」

「じゃあ、コーエンに相談してもダメね。」





 夜イヴァンは、友人と高位貴族倶楽部に来ていた。

 貴族男性が、酒を片手に情報交換や、仕事関係の相手を紹介したりする場で、女性はいないので、くつろいで男同士の話ができる。

 僕が友人と雑談していると、

「スクワイア侯爵。
 君とは初めましてだね。」

 壮年の男性が、声をかけて来た。

「庭園の薔薇のことで、夫人に紹介してもらって、妻も大変満足しているんだ。
 ありがとう。

 庭園が完成したら、夜会を開くから、ぜひ夫人と一緒に来てくれ。」

 そう言って、去って行った。

「あの人は?」

 僕は、小声で友人に尋ねる。

「知らないのか?
 愛妻家で有名なキアリーニ公爵だよ。

 彼の夜会なんて、もう、王国のトップクラスの選ばれた者しか入れない夜会だよ。

 王族の方もいるんじゃないかな?

 イヴァンの夫人はすごいな。
 最近、こんな話ばっかりじゃないか。」

 確かにソフィアは、花を仲介する商売みたいなことをしているらしい。

 本人から聞いたわけではないけれども、このような人達が、僕に話しかけるようになった。

 僕が、男爵の次男だった頃には、あり得ないことだった。

 父が商売をする上で、爵位にこだわるのは、このためなんだな。

 何だかわかる気がする。

 父の商売では、こうして感謝されることはなかったのに、ソフィアの商売の相手は、みんな感謝してくる。

 さっきのキアリーニ公爵だって、とても嬉しそうだった。

 そんな上位の貴族を満足させて、ましてや夜会に誘われるほどのことを、ソフィアはしているのだろう。

 公爵が夜会に招くなんて、下品な振る舞いの多い兄の妻だった人がと考えると、信じられない。

 この前夜会で、ソフィアが話していたメルビン伯爵は、下品そのものだったけれども、ソフィア自身を下品だと思ったことはないな。

 もし、ソフィアが少しでも下品な人物なら、キアリーニ公爵が、邸に招待するなんてあり得ない。

 多分、水面下でソフィアの身辺調査が行われていて、問題ないと判断されたのであろう。

 だったら、公爵の目から見ても、ソフィアは、高潔な人物と言うことになる。

 人を判断する目が狂っていたら、公爵家としての威厳は保てないからだ。

 ソフィアは、僕が警戒するべき下品な人間ではないのかもしれない。


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