僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩

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1.夫の弟

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「君と結婚しろと言われた時、はっきり言って吐き気が込み上げたよ。

 君に罪はないのは、わかっている。
 でも、無理なんだ。

 申し訳ない。」

 やっぱりそうですよね。
 気持ち悪いですよね。

 だって私、あなたのお兄様の妻だった女ですから。

「いいえ、お気持ちはよくわかります。」

「だから僕達は、白い結婚と言うことにしよう。」

「わかりました。
 よろしくお願いします。」

 ソフィアは、王宛ての結婚の書状にサインすると、夫となるイヴァン・スクワイアの執務室を出た。

 私は、元々侯爵家の人間だったけれど、父が急逝したことで、家が立ち行かなくなり、彼のお兄様であるファルター・スクワイアと慌てて結婚した。

 彼の御家は、男爵家であったけれど、とても裕福で、お母様の生活を支える金銭面での支援のために、私は政略結婚した。

 しかし、結婚してから知ったのだが、ファルター様は、元々付き合っている女性がいたのに、全くタイプではない私と、スクワイア男爵によって、無理矢理結婚させられたと、言うことだった。

 それならばと私は、ファルター様と彼女の付き合いを許し、私達は白い結婚をしていた。

 彼は私と結婚することで、侯爵になれたし、私は未亡人のお母様の生活を支えることができて、それなりに満足していた。

 だが、ファルター様は、結婚してわずか数年で、彼女と会っている時に事故に遭い、帰らぬ人になった。

 そうなると、子供のいない私に、スクワイア男爵は、今度はファルター様の弟と結婚しろと言って来た。

 スクワイア男爵は、私との死別により息子が侯爵であると言う地位が失われるのを、何よりも嫌がったからである。

 兄が亡くなれば、次は弟と、私に結婚を求めてきた。

 私は、やはりお母様の生活を支えなければならない。

 だから、再び結婚を承諾した。

 私は、次こそは愛される普通の結婚をしてみたいと夢見て、イヴァン様にお会いしたが、彼は私のことを考えると、吐き気がするそうだ。

 やっぱり私は愛されない。

 冷静に考えると、兄の元妻なんて嫌だと言うイヴァン様の気持ちはもっともで、私は再び普通の夫婦になる夢を諦めた。

 もし、私の家に財産があり、未亡人であるお母様が生活に困らなければ、私は一人家庭教師などの仕事を探して、自由に生きることができたのだろうか。

 でも、無いものを求めても仕方がない。

 私は、再び白い結婚生活を始める。

 結婚を機に、イヴァン様の邸に越してきて、私に与えられたのは、白い家具のお部屋で、好きに改装していいそうだ。

 執事のホベルトが教えてくれた。

「ソフィア様、私はニコラです。
 ソフィア様の担当になりました。
 これからよろしくお願いします。」

 明るい侍女が、声かけて来てくれた。

「こちらこそ、よろしくね。」

 少なくともニコラは、私を受け入れてくれるらしい。

 ホベルトも優しかったけれど、イヴァン様に嫌われている私にとっては、一人でも多く、そのような人がいてくれるだけで、嬉しい。

「早速だけど、庭園を見ていいかしら。
 素敵な花がいっぱい咲いているわ。」

「はい、ぜひどうぞ。」

 私とニコラは、庭園を歩く。

「素敵ね。
 ここを管理している方にぜひ会いたいわ。」

「あそこにいますので、紹介しますね。」

 ニコラは、庭師のナットを紹介してくれた。

「僕は、庭師のナットです。
 奥様よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくね。
 私のことは、ソフィアと呼んで。

 私は、お花が大好きだから、あなたに色々質問してもいいかしら。」

「もちろんです。
 いくらでも、質問してください。」

 そう言って、ナットは顔を赤らめた。




 その様子を、イヴァンは、執務室の窓から見ている。

 さっきは、ソフィアに吐き気がするなどと失礼なことを言ってしまったが、ソフィアは、見つめられたナットが顔を赤らめるほどに美しい。

 整った顔立ちで、花に囲まれて微笑んでいる。

 もし、兄の妻になるような人でなければ、僕は受け入れただろう。

 でも僕は、爵位にこだわる父も、自分勝手な兄も嫌いで距離を置いていた。

 だからこそ、兄のことを好むような女性は嫌悪してしまう。

 あんな兄と結婚する人だ。
 兄とは似たもの同士なのだろう。

 でも、ソフィアは、先ほどの僕の失礼な物言いにも、嫌な顔一つしなかった。

 兄を好むような女性ならば、感情をあらわにして怒りそうなものだが、意外だった。

 彼女は彼女なりに兄を愛していて、僕を受け入れたくなかったのかもしれない。

 せめて、兄を亡くして悲しんでいるソフィアに、優しく声をかけるべきだったのかな。

 彼女は妻であると同時に、未亡人だった人なのだから。

 元々、誠実で真面目なイヴァンは、すでに後悔していた。
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