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12.大切な人

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「タイラー様、お話してもいいですか?」

 タイラー様の居室には、タイラー様とロドルフがいて、私を迎えた。

「ああ、座って。」

 そう言うタイラー様は、笑顔だが、心は見せない。
 いかにも貴族だ。

 部屋に入って、今ここにいつもの三人でいるけれど、私の心は、一人ぼっちで、タイラー様の気持ちは、遠くにあるのがわかった。

 そう感じたのは、出会ったばかりの時以来だった。

 いや、違う。
 あの頃、私を受け入れてないのにも関わらず、タイラー様は、私を気遣ってくれた。

 今目の前にいるのは、それよりももっと遠い存在の人。

 手を伸ばせば届く距離にいるのに、到底近づくことなど、できそうにもない。

 ここにいるタイラー様は、ちょっとした知り合いのような心の見えない侯爵子息そのもので、私は、つらくなり、話すこともできずに、泣き出した。

「ちょっと、待って。
 どうしたの?
 話を聞くから。」

 そう言って、慌てて、ハンカチを差し出して、私を慰めようとするタイラー様は、いつもの彼で、私は、涙が止まらなかった。

 タイラー様と心が離れるということは、こんなに胸が苦しいのね。

 私も冷静に自分の気持ちを伝えようと思ってここに来たのに、口から出て来るのは、私の心の奥底の一人ぼっちの寂しがりな自分だった。

「だって、タイラー様が、私と距離を置こうとしているのよ。

 私は、タイラー様といつものようにしていたのに。
 私を一人にしないで。」

 タイラー様は、そんな私を、慰めようとしてくれる。

「わかった。
 わかったから、まずは、座ろうか。」

 私をソファに座らせると、タイラー様は、並んで一緒に座ってくれる。

 私は、タイラー様の手をぎっちり掴む。

「何があったの?」

「妹が、私が妾の子だって、クライトン侯爵に手紙を書いたって言ったわ。

 それに、カーステン様が、私と結婚したいと言うから、お父様に来てもらって、私とお父様とカーステン様、クライトン侯爵で話し合ったの。

 説得しても、カーステン様は、納得していないみたいだから、お父様達に任せて、置いて来たわ。」

「うん、うん。」

「それで、私は、タイラー様に、私を受け入れてほしくて、ここに来たの。

 だけど、今のタイラー様は、いつもと全然違う。

 いつもは、タイラー様の心が私を受け入れているから、一緒にいると、毎日楽しかったのね。

 別邸では、何をするにも、いつも三人で、ワイワイ楽しくやっていたのに。

 もう、タイラー様は、私のことは、どうでもいいの?」

「どうでも良いはずないよ。

 僕は、冷静に、君と話がしたいと思ったんだ。

 君の決断は、この先の君の人生がかかっているんだよ。
 よく考えて。」

「いらない。
 冷静に距離を置くタイラー様なんて、いらない。

 私は、いつものタイラー様が好きなの。」

「僕で、本当にいいのかい?
 今ならまだ間に合うよ?」

「私の心は、タイラー様しかいらないの。
 この先も変わらないわ。 

 私は、最初から地位とか名誉が欲しかったわけじゃないの。

 私を好きになってくれる人に、出会いたかった。
 それだけなの。

 私は、生まれた時から、歪な存在だった。

 受け入れてもらっているようで、どこか除け者。

 綺麗だと言うけれど、だからと言って、誰も近づかない、そんな存在だったの。

 でも、タイラー様といると、不思議とここにいていいんだって、安心感があるの。

 ねぇ、タイラー様、もう私のこと好きじゃないの?

 私にとって大切なのは、いつだってタイラー様よ。」

「好きに決まってる。
 ただ、僕は、君にとって一番の選択をしてほしいと思っただけ。

 僕といて、君が幸せって言うなら、もう僕は、遠慮しないよ。
 君を離さない。

 愛してるんだ。」

 そう言って、タイラー様は、私を抱きしめて、頭にキスをした。

 私はやっと、欲しかったものを、手に入れた。

 好きじゃない相手になら、冷静に思いを伝えることもできたのに、タイラー様には、一生できそうにない。

 でも、タイラー様は、そんな私の話でも、ゆっくり聞いてくれる。

 彼は、今まで病気のせいで、悔しい思いを重ねて来ている。
 その分、人の気持ちにも寄り添えるのだ。

 私のすることを否定することなく、受け入れてくれていたことに、もう、慣れていた。

 タイラー様の優しさにいつも包まれていたのだ。

 だからこそ、私の心は自由を感じていた。

 タイラー様が、私を受け入れてくれるのならば、私だってタイラー様のために、伝えたい。

 一生をかけて。

 あなたは、誰よりも、優しくて、人を思いやることのできる素敵な人だと。



 やっと以前のように何でも話せるようになった私達は、このまま王都にいることは、誰のためにもならないと判断して、翌日には、別邸に三人で戻り、ロドルフに見守られて、私とタイラー様は、教会で結婚した。


 カーステン様とハリエットは、しばらく婚約者のまま、話し合うらしい。

 ハリエットには、カーステン様といる覚悟がある。

 だから、今後のことは、ハリエットに任せることに、お父様達も納得したらしい。




 いつしか、別邸の周りの領地は、タイラー様の手腕で、王都に継ぐ街に急成長していた。

 王都に、わざわざ行かなくても、街は栄え、何一つ困ることはない。

 だから、時間がある時は、二人で、デートをする。

 そして、領地の主要な人達を招いて、夜会を開き、私とタイラー様は、ダンスを踊る。

 結局私は、以前、抱いていた夢をすべて叶えたのだ。


 そして今、私達は、その領地が見渡せる丘に立ち、私達の寝室に飾る花を摘むのだ。

 彼に摘んだ花を持ってもらいながら。



            完




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感想 1

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みんなの感想(1件)

松竹梅
2024.11.06 松竹梅

好きなお話、いいお話でした。
塗り薬…独占して売り出したらめっちゃ儲かるんじゃ?とそろばん弾いた下世話な自分が…笑

月山 歩
2024.11.07 月山 歩

感想ありがとうございます。
イメージはヨモギです。
でも、一回塗って、めでたしは、現実では…。
あったら、臭いを我慢して塗るかも。

解除

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