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4.その頃のオリオン
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養護院をオリオンの采配で、健全な子供達の本来あるべき施設にすると、次第にそこにいた子供達は、いつも笑顔になりそれぞれに個性を発揮し出した。
ヒリス侯爵家の執務は忙しいが、合間に息抜きを兼ねて、オリオンは養護院を訪れている。
ノアナとの思い出が、オリオンの束の間の休息に癒しをくれる。
ここに来ればいつかノアナに会えると心の奥底で思っているのか、ノアナを知っていた子供達と過ごせば、ノアナの面影に出会えると思っているのか、自然と足を運んでしまっている。
マルロと言う少年が、裏庭で猫の絵を熱心に描いてる。
オリオンはその絵を覗き込むと、その繊細な筆使いと表現力に驚いた。
マルロはこんな才能があるのか?
猫の表情までよく描けている。
ケイラのいた頃は萎縮して、集中して絵を描くことができなかったのだろう。
「とても上手だね。」
「オリオンさん、ありがとうございます。
僕、絵を描くことが大好きなんです。」
「そうか。
どんな絵が得意なの?」
「僕は、人とか動物の絵が上手いです。」
「そうか。
今その場にいない人も描けるの?」
「描けますよ。
猫はすぐにその場からいなくなるので、頭の中から取り出して描いています。」
「だったら、僕が帰った後からも、僕の絵が描けるってこと?」
「はい、覚えていれば。
細かいところは想像で描きますけれど、大体の雰囲気は頭に残るので。」
「マルロは前にここにいたノアナを覚えているかい?」
「覚えていますよ。
よくしてもらっていたので。」
「じゃあ、ノアナの絵を描いてくれないかな?
お金を払うから。
必要な物は全部僕が買うよ。」
「とりあえず、僕の頭の中にあるノアナさんを書きますから、それを見てもらってからでいいですか?」
「ああ、それで構わない。
いつ頃出来上がる?」
「そうですね。
今猫を描いているので、明後日にはできると思います。」
オリオンは、平静を装ったが本当は叫びたいくらい嬉しかった。
日々忘れてしまう記憶の中だけではなく、絵としてノアナを見ることができるなんて。
オリオンは明後日まで、ジリジリしながら待っていた。
2日後、オリオンが養護院に行くと、マルロは出来上がったノアナの絵を彼に見せる。
「どうですか?
僕のイメージはこんな感じだったんですけれど、少し忘れて来ているので想像もあります。」
そこには、ありし日のノアナの笑顔があった。
オリオンは、衝撃を受けたように動けなかった。
それは、オリオンの記憶にあるノアナそのもので、ノアナの笑顔は僕のポッカリ空いた心の穴を塞いでくれていたのを思い出した。
オリオンは、両親を事故で亡くすとすぐに、事故の隠蔽を目論む邸の者の手によって、邸を追い出された。
表向きは、両親と共に亡くなったことにされ、裏では孤児として養護院に預けられた。
後から駆けつけた叔父のヒリス侯爵が、邸の者の悪事を暴いて、オリオンを見つけるために養護院を巡り、オリオンを見つけるまでに、何年もの月日が経っていた。
その間オリオンは、自分自身を貶めた邸の者達を恨んでいたし、何もできない自分に苛立ちも感じていた。
そんな怒りから殻に閉じこもるオリオンに、最初に話しかけて来たのがノアナだった。
自分がされたことをつらすぎて口にできないオリオンに、ノアナは特に気にするようすもなくそばにいてくれた。
そして、オリオンを自然と孤児達の輪に入れ、オリオンが賢いと知ると、わからないことを相談してきた。
元々しっかり者で教育が行き届いているオリオンを、ノアナは尊敬の眼差しで見つめ、いつのまにかオリオンは、孤児院のリーダーのようになっていた。
ノアナは、生まれた時から孤児院にいたので、教育を受けていなかったし、わからないことも多かった。
教えてあげるといつも笑顔でお礼を言うノアナが、オリオンはかわいくて仕方がなかった。
次第にその思いはエスカレートして、ノアナが笑っているなら、もう自分はどうでもいいと思うほどだった。
捨てられた自分には、貴族としての未来はないし、ノアナと隙を見てここを逃げ出し、二人で生きていくために働こうと思っていた。
養護院を出ることを、ノアナに説得する時間が必要だと思っていたから、ノアナが僕に頼るように甘やかして、逃げ出すタイミングを伺っていた。
そんな時、ヒリス侯爵の使いの者が迎えに来て、ノアナも受け入れるように説得して戻ってみると、彼女はいなくなっていた。
僕はその後、ヒリス侯爵の説得は後回しにして、何故先にノアナを連れ出さなかったのかと、後悔する日々を送っている。
あの時僕が無理矢理にでも、ノアナを連れ出していれば、こんなことにはならなかったと、何度自分に絶望したか。
それでもヒリス侯爵は、僕を何年も探してくれたから、恩を返さねばと必死に働き、今ヒリス侯爵は引退して、領地でゆっくり過ごしてもらっている。
そして今は僕が侯爵である。
だが僕は、そうこうしているうちに、自分の心が動かなくなっているのに気がついた。
ノアナのこと以外には、何も関心がないし何もほしくない。
気がついたらそんな自分になっていた。
そんな時に、ノアナの笑顔の絵を手に入れたのだ。
オリオンは涙が溢れそうになる。
ずっと欲しかったものが、目の前にある。
ノアナの笑顔。
僕は両親が亡くなってから、欲しかったものは、たったこれだけだったんだ。
これしか僕を幸せにしない。
「マルロ、お金ならいくらでも出すから、ノアナの絵をもっと書いてくれないかい?
君が望むなら、絵の勉強をしてもいいし、ここを出て僕の専属の絵師になってもいいし、マルロが好きにしていいから。」
「えっ、僕がですか?」
「ああ、ノアナを描けるのは君だけだから頼む。」
「僕は、もっと絵の勉強がしたいです。」
「わかった。
行きたい学院などがあれば、行けるようにするから考えておいて。
そしてできれば、僕の部屋に飾る油絵なども欲しいから、その勉強もしてくれると助かる。」
「わかりました。
調べておきます。」
マルロは、瞳を輝かしてオリオンを見つめる。
まさか、趣味で描いている絵を欲しいと言ってくれる人がいるとは思わなかったし、絵のために学院に行けるようになるとも思わなかった。
孤児だから、生きるためにここを出たらすぐに必死になって働くしかないと思っていた。
それが、絵の道を選べるなんて。
マルロは、そのことが何よりも嬉しかった。
だからマルロは、オリオンのために、ノアナの絵を描いて生きていこうと決心する。
その後オリオンは、マルロを学院に送り、絵を描いて生きていけるようにパトロンになった。
ヒリス侯爵家の執務は忙しいが、合間に息抜きを兼ねて、オリオンは養護院を訪れている。
ノアナとの思い出が、オリオンの束の間の休息に癒しをくれる。
ここに来ればいつかノアナに会えると心の奥底で思っているのか、ノアナを知っていた子供達と過ごせば、ノアナの面影に出会えると思っているのか、自然と足を運んでしまっている。
マルロと言う少年が、裏庭で猫の絵を熱心に描いてる。
オリオンはその絵を覗き込むと、その繊細な筆使いと表現力に驚いた。
マルロはこんな才能があるのか?
猫の表情までよく描けている。
ケイラのいた頃は萎縮して、集中して絵を描くことができなかったのだろう。
「とても上手だね。」
「オリオンさん、ありがとうございます。
僕、絵を描くことが大好きなんです。」
「そうか。
どんな絵が得意なの?」
「僕は、人とか動物の絵が上手いです。」
「そうか。
今その場にいない人も描けるの?」
「描けますよ。
猫はすぐにその場からいなくなるので、頭の中から取り出して描いています。」
「だったら、僕が帰った後からも、僕の絵が描けるってこと?」
「はい、覚えていれば。
細かいところは想像で描きますけれど、大体の雰囲気は頭に残るので。」
「マルロは前にここにいたノアナを覚えているかい?」
「覚えていますよ。
よくしてもらっていたので。」
「じゃあ、ノアナの絵を描いてくれないかな?
お金を払うから。
必要な物は全部僕が買うよ。」
「とりあえず、僕の頭の中にあるノアナさんを書きますから、それを見てもらってからでいいですか?」
「ああ、それで構わない。
いつ頃出来上がる?」
「そうですね。
今猫を描いているので、明後日にはできると思います。」
オリオンは、平静を装ったが本当は叫びたいくらい嬉しかった。
日々忘れてしまう記憶の中だけではなく、絵としてノアナを見ることができるなんて。
オリオンは明後日まで、ジリジリしながら待っていた。
2日後、オリオンが養護院に行くと、マルロは出来上がったノアナの絵を彼に見せる。
「どうですか?
僕のイメージはこんな感じだったんですけれど、少し忘れて来ているので想像もあります。」
そこには、ありし日のノアナの笑顔があった。
オリオンは、衝撃を受けたように動けなかった。
それは、オリオンの記憶にあるノアナそのもので、ノアナの笑顔は僕のポッカリ空いた心の穴を塞いでくれていたのを思い出した。
オリオンは、両親を事故で亡くすとすぐに、事故の隠蔽を目論む邸の者の手によって、邸を追い出された。
表向きは、両親と共に亡くなったことにされ、裏では孤児として養護院に預けられた。
後から駆けつけた叔父のヒリス侯爵が、邸の者の悪事を暴いて、オリオンを見つけるために養護院を巡り、オリオンを見つけるまでに、何年もの月日が経っていた。
その間オリオンは、自分自身を貶めた邸の者達を恨んでいたし、何もできない自分に苛立ちも感じていた。
そんな怒りから殻に閉じこもるオリオンに、最初に話しかけて来たのがノアナだった。
自分がされたことをつらすぎて口にできないオリオンに、ノアナは特に気にするようすもなくそばにいてくれた。
そして、オリオンを自然と孤児達の輪に入れ、オリオンが賢いと知ると、わからないことを相談してきた。
元々しっかり者で教育が行き届いているオリオンを、ノアナは尊敬の眼差しで見つめ、いつのまにかオリオンは、孤児院のリーダーのようになっていた。
ノアナは、生まれた時から孤児院にいたので、教育を受けていなかったし、わからないことも多かった。
教えてあげるといつも笑顔でお礼を言うノアナが、オリオンはかわいくて仕方がなかった。
次第にその思いはエスカレートして、ノアナが笑っているなら、もう自分はどうでもいいと思うほどだった。
捨てられた自分には、貴族としての未来はないし、ノアナと隙を見てここを逃げ出し、二人で生きていくために働こうと思っていた。
養護院を出ることを、ノアナに説得する時間が必要だと思っていたから、ノアナが僕に頼るように甘やかして、逃げ出すタイミングを伺っていた。
そんな時、ヒリス侯爵の使いの者が迎えに来て、ノアナも受け入れるように説得して戻ってみると、彼女はいなくなっていた。
僕はその後、ヒリス侯爵の説得は後回しにして、何故先にノアナを連れ出さなかったのかと、後悔する日々を送っている。
あの時僕が無理矢理にでも、ノアナを連れ出していれば、こんなことにはならなかったと、何度自分に絶望したか。
それでもヒリス侯爵は、僕を何年も探してくれたから、恩を返さねばと必死に働き、今ヒリス侯爵は引退して、領地でゆっくり過ごしてもらっている。
そして今は僕が侯爵である。
だが僕は、そうこうしているうちに、自分の心が動かなくなっているのに気がついた。
ノアナのこと以外には、何も関心がないし何もほしくない。
気がついたらそんな自分になっていた。
そんな時に、ノアナの笑顔の絵を手に入れたのだ。
オリオンは涙が溢れそうになる。
ずっと欲しかったものが、目の前にある。
ノアナの笑顔。
僕は両親が亡くなってから、欲しかったものは、たったこれだけだったんだ。
これしか僕を幸せにしない。
「マルロ、お金ならいくらでも出すから、ノアナの絵をもっと書いてくれないかい?
君が望むなら、絵の勉強をしてもいいし、ここを出て僕の専属の絵師になってもいいし、マルロが好きにしていいから。」
「えっ、僕がですか?」
「ああ、ノアナを描けるのは君だけだから頼む。」
「僕は、もっと絵の勉強がしたいです。」
「わかった。
行きたい学院などがあれば、行けるようにするから考えておいて。
そしてできれば、僕の部屋に飾る油絵なども欲しいから、その勉強もしてくれると助かる。」
「わかりました。
調べておきます。」
マルロは、瞳を輝かしてオリオンを見つめる。
まさか、趣味で描いている絵を欲しいと言ってくれる人がいるとは思わなかったし、絵のために学院に行けるようになるとも思わなかった。
孤児だから、生きるためにここを出たらすぐに必死になって働くしかないと思っていた。
それが、絵の道を選べるなんて。
マルロは、そのことが何よりも嬉しかった。
だからマルロは、オリオンのために、ノアナの絵を描いて生きていこうと決心する。
その後オリオンは、マルロを学院に送り、絵を描いて生きていけるようにパトロンになった。
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