彼にも内緒の月の聖女様

月山 歩

文字の大きさ
上 下
2 / 11

2.夜の聖女様

しおりを挟む
「聖女様だ。」
「聖女様、どうかこの子を治してください。」
「聖女様、私の病気を治して。」

 夜の教会に聖女が現れると、治癒魔法を使って、病いや怪我を治してもらおうと、多くの人々が長い行列を作って待っている。

「皆さん、聖女様は一人一人を治療していきますので、時間はかかりますが治療を受けられます。
 自分の番が来るまで、静かにお待ちください。」

 神父様が説明すると、皆安堵の表情を浮かべ、頷く。

 治療院に行っても、薬草を煎じたお茶や軟膏ぐらいしか治療法がないこの王国では、治癒魔法を使う聖女の存在が、多くの人々を支えている。

 それに、治癒魔法を受けるにあたって、対価を求められることはないので、人々はすがるように聖女に助けを求める。

 シアナは神父様に支えられて、夜中じゅう、月が聖女に与える力を失うまで、多くの人々を治療していく。 

「ありがとうございます、聖女様。
 ずっと頭が痛くて、何もできなかったのに、今はすっきりしてまた働くことができそうです。」

「それは良かったですね…。」

 明け方近くになると、もう立ち上がることすらできないほど聖力は消耗し、衰弱するのだ。

 なので、月が沈み朝になると、シアナは教会の奥にある一室で、泥のように眠り、聖力の回復を待ってから自分の家に帰る。

 そして、聖女の姿の時は何故か、白金の髪に水色の瞳になり、肌も透きとって月のように輝く美しい女性になる。

 小さく整った顔立ちは人々の間で、「絶世の美女」と評されている。

 その姿は、昼の地味な自分とあまりにも掛け離れて、同じ人間とは思えず違和感を感じずにはいられない。

 そのため、治癒魔法を使っている自分がまるで別人のように感じるが、そのおかげで、今のところその秘密は誰にも知られていない。

 こうなったのは、ある夜に神父様と共に聖女様が、フードを目深く被り家にやって来てから始まった。

 彼女は私を見つめて、こう言った。

「私はまもなく、聖女の力を失います。
 これからは、聖女の役割をあなたに代わるようにと神から神託がありました。

 あなたは次の月の出る夜から、夜の間だけ聖女になります。
 私の代わりに聖女として、人々を癒してあげてください。

 夕暮れ時、月が出てしまう前に、ぜひこちらの神父様を頼りに教会においでください。

 どうか、人々のために、よろしくお願いします。」

 そう言って、神父様に支えられて、ふらつきながら聖女様は、そのまま姿を消した。

 突然、夜に訪れて告げられた話を、そのまま受け入れることなんてできない。

 私が夜だけ聖女?
 無理、無理。
 私は地味などこにでもいる普通の女なのだから。
 何かの間違いか、悪趣味なイタズラかはわからないけれど、気にしないでおこう。

 その後、しばらくは聖女様の話を聞かなかったことにし、普通の日常を過ごしていたある夜に、突然体が光に包まれ、鏡越しに顔を見ると、全くの別人の聖女様のような姿に変わっていた。

 突然の外見の変化に驚き、どうしたら良いのか分からず、聖女の姿に恐れを抱いた私は、フードを深く被り顔を隠して、なるべく人目を避けて言われていた教会まで行くと、神父様が入り口で待っていて、一室に案内された。

 「あなたが来てくださって良かった。前聖女様は力を失い、今は普通の民として、ひっそりと生活しています。

 これからは、あなたに聖女の役割をしていただきたいのです。
 お願いします。」

 神父様は、真剣な顔で私を説得しようとする。

 「でも、聖女の役割をするとは、具体的にどうすればいいのですか?」

「聖女様、こちらに手をかざしてください。」

 そう言って、神父様は自分の腕にナイフで傷をつけ、その赤い血が一筋腕を伝って流れた。

 神父様が私の前で、急に腕を切ったことにも、流れる血にもびっくりしたけれど、彼に言われた通り手を恐る恐る傷にかざしてみる。

 すると瞬く間に、神父様の腕の傷が癒え、傷あとすら残っていなかった。

「やはりあなたは月に選ばれた聖女様です。

 治癒魔法を使う際に、原因となる病気の箇所がかわからない場合には、その人の症状が改善するイメージを頭の中に描くと良いと伺っています。

 次の月の輝く夜に、聖女様に変化する前に早めに、こちらにおいでください。

 聖女様の姿になってからだと、治療を求める民に囲まれて、動くこともままならず大変なことになってしまうでしょう。

 もし、聖女様の姿になってしまい、こちらまで来るのが間に合わない場合は、家から一歩も出ずに、朝まで家に隠れていてください。

 世間にあなたが聖女様だと知られたら、今までのような日常生活は破綻し、教会にしかいられなくなります。

 それほどまでに、聖女様の力を欲しがる者たちがいるのです。

 聖女様の力欲しさに、悪党に攫われる可能性がありますし、教会に属さないと、聖女様を王族が取り込もうとして、妃にしたいと狙うことがあります。

 そうすれば、あなたの意思とは関係なく、王族の誰かと無理矢理婚姻を結ばされてしまう可能性があります。

 だから、決して聖女であることを誰にも言ってはいけないし、見られてもいけません。

 信頼できる人に思えても、聖女の力があると知れば、残念ながら人は裏切るものです。

 だからこそ、教会は聖女であるあなたを守ります。

 私の言ったことをよく考えて、この先の進むべき道をお決めください。

 もし、反対に王族と結婚したいのならば、教会の後ろ盾を得てから結婚されるとよいでしょう。

 そうすれば、むやみに聖女様としての力を搾取されることなく、新しい王族の一員として迎えられるでしょう。」

 初めて聖女になった日は、神父様の話を聞いた後から、考えすぎて眠れぬまま朝を迎え、元の姿に戻ったことに安堵してから、ひっそりと家に帰った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる

kae
恋愛
 魔獣の森と国境の境目の辺境領地の領主、シリウス・レングナーの元に、ある日結婚を断ったはずの聖女サラが、隣の領からやってきた。  これまでの縁談で紹介されたのは、魔獣から国家を守る事でもらえる報奨金だけが目当ての女ばかりだった。  ましてや長年仲が悪いザカリアス伯爵が紹介する女なんて、スパイに決まっている。  しかし豪華な馬車でやってきたのだろうという予想を裏切り、聖女サラは魔物の跋扈する領地を、ただ一人で歩いてきた様子。  「チッ。お前のようなヤツは、嫌いだ。見ていてイライラする」  追い出そうとするシリウスに、サラは必死になって頭を下げる「私をレングナー伯爵様のところで、兵士として雇っていただけないでしょうか!?」  ザカリアス領に戻れないと言うサラを仕方なく雇って一月ほどしたある日、シリウスは休暇のはずのサラが、たった一人で、肩で息をしながら魔獣の浄化をしている姿を見てしまう。

無実の令嬢と魔法使いは、今日も地味に骨折を治す

月山 歩
恋愛
舞踏会の夜、階段の踊り場である女性が階段を転げ落ちた。キャロライナは突き落としたと疑いをかけられて、牢へ入れられる。家族にも、婚約者にも見放され、一生幽閉の危機を、助けてくれたのは、見知らぬ魔法使いで、共に彼の国へ。彼の魔法とキャロライナのギフトを使い、人助けすることで、二人の仲は深まっていく。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

処理中です...